佐藤太郎の変化
・・・瀬田の唐橋?
意味不明のコメントだが、この言葉は何か太郎の記憶の琴線に触れるものがあった。
気になったので目の前のPCで検索してみた。
『滋賀県・大津市にある日本三名橋のひとつで近江八景のひとつ』
記憶違いか?太郎は滋賀県など一度も行ったことがないのだ。
しかし何かが引っかかる。
しばらく考えてみたがさっぱりわからない。
そうこうしているうちに、エロサイトを見る気もすっかり失せてしまった。
そのまま簡易なベッドに倒れこみ、太郎は眠りについた。
その夜、太郎は夢を見た。
太郎は大きな木造の橋の上に居た。
空は真っ黒な雲で覆われ、その隙間で稲妻が光っている。
目の前には真っ黒な水面が広がっている。海のようだった。
いや、これは海ではなく巨大な湖面である。
遠くの空を見渡すと、向こうから無数のたいまつの炎が二筋の隊列を組んで迫ってきている。
目をこらすとそれはたいまつでは無かった。
巨大な怪物だ。最初は龍のようなものかと思ったがそうではない。
それは信じられないほどに巨大な百足であった。
無数の脚の先が赤く炎のように燃えていて、その先頭には気味の悪い怪物の顔があった。
その目もやはり炎のように赤く燃えている。
その怪物を目の前にして、夢の中の太郎にはなぜか恐怖心は微塵もなかった。
ただ、激しい闘志が太郎の心を満たしていたのだ。
その時、声が聞こえた。
「藤太さん、眉間を狙え!術者の霊力は眉間に集中している」
保久の声だ・・・
窓から差し込む朝の陽ざしで太郎は目を覚ました。
しばらくベッドから起きることができなった。
あまりにもリアルな映像の夢だった。
保久の声もはっきり耳に残っている。
・・・保久?保久って誰だ?
その日も昨日同様に午前中は大学に行き、午後からはコンビニでのバイトであった。
シフトも昨日と同じ、辰宮姫香とふたりだ。
ユニフォームに着替えてレジに立つと、まるでデジャブのように昨日のオラオラ系2人組が店に入って来た。
姫香が身をすくめているのがわかる。
「おい、兄ちゃん。お前んとこの朝の店員はなってないな。これを見ろ」
短髪の方の男がレトルトカレーの空箱を太郎のレジに投げつけた。
「なんですか?このカレーには卵は入ってませんけど」
太郎がそう答えると、男はまたもや大声で怒鳴りつけた。
「小麦粉が入ってるんだろ!俺は小麦アレルギーなんだよ!アナヘラシー起こしかけたぜ!どう責任とるんだよ、ああ?」
ここまでは昨日と変わらない、ならず者による言いがかりだった。
しかし昨日と違うのは、どういうわけか太郎は彼らに恐怖心がまったく感じられなかったことだった。
「アナフィラキシーでしょ?アレルギー持ってるなら正確に覚えてくださいよ」
予想外の返答に短髪の男は顔を真っ赤にした。
「やかましい!生意気ぬかすなボケ!どう責任取るか聞いてるんだ」
「藤太君、警察呼ぶわ」
姫香が言いうのを太郎は手で制止した。
「いや、いいから。俺、ちょっとこの人たちと外で話してくる。ここで話すとまた店長がうるさいからさ」
コンビニの店外の駐車場から建物の脇にある、自転車置き場のさらに奥に太郎と2人組は移動した。
ここは防犯カメラの死角になっているのだ。
この場所につくなり、短髪の男は太郎の胸倉をごつい手で掴んだ。
「ああ、お前俺たちを外に連れ出してどういう風に話をつけるつもりだ?コラ!」
ロン毛の男もそれに追従して怒鳴り声をあげる。
「お前、兄貴を怒らせたらコンクリ抱かせて海に沈められるぞコラ!」
兄貴というセリフは自分たちがヤクザの構成員であるかのように見せかける、奴らの脅しの手口なのだろう。
しかしこの脅し文句にも、なぜか太郎はまったく恐怖を感じなかった。
胸倉を掴む男の手首に視線を落として言った。
「あれ、なんかいい数珠ブレス付けてますね。これは虎目石ですか?2cm以上はあるな」
そう言うと太郎はその石の玉のひとつを人差し指と親指で摘まんだ。
そしてそのままブドウの実を潰すように軽く力を加える。
虎目石の玉は角砂糖のように粉々に砕け散った。
短髪の男の顔が青ざめ、表情が凍り付くのがわかった。
「こっちは水晶だ。これも大きいなあ」
続けざまにパチン、パチンと水晶の玉をふたつ、指先で砕いた。
完全に声を失っていた彼らに太郎は言った。
「あまり揉め事は起こしたくないんです。今日はおとなしく帰ってもらえませんか?」
店内に戻ると青ざめた顔をした姫香が心配そうに尋ねた。
「大丈夫?藤太君、何かされたんじゃない?」
「ああ、大丈夫だよ。話したら帰ってくれた。それより姫香ちゃん、瀬田の唐橋って知ってる?」
唐突な質問に、すこし戸惑った様子の姫香は少し間を置いて答えた。
「近江八景のひとつ、瀬田の唐橋のこと?」
「へえ、よく知ってるね」
「私の実家が滋賀県の大津だから知ってるわよ。その唐橋がどうかしたの?」
「実家が大津なのか。明日はオフだから行ってみようかと思ってるんだけど、よかったら一緒に行かない?」
さらに唐突な提案に、姫香は驚いた表情で言った。
「ちょっと藤太君、いきなり女の子を旅行に誘うわけ?あなた本当に藤太君?なんか性格変わってない?」