数か月前のこと
ここで話はひとまず、**台第五住宅の惨劇より数か月ほど過去に遡る。
筆者である私(冨井)は、かつて「蜈蚣切」という小説を書き上げたことがあった。
この小説は私の作というより、私に憑依したひとりの武将の言霊による自動筆記のようなものだった。
彼は平安時代に実在した、藤原秀郷という武将で、名乗りは俵藤太という。
藤太曰く、彼は史上最強の武将にして史上最強の妖魔ハンターなんだそうだ。
小説の内容はほとんど彼自身による自慢話のようなもので、まあ私もホラ話の一種だろうと思って書き上げたのだ。
「蜈蚣切」を書き上げてから1か月ほどしたころ、PCに向かって仕事をしていた私のところに、またしても藤太の言霊が降りて来た。
正直言うと彼の言霊は仕事の邪魔になるので、かなり迷惑なのである。
「蜈蚣切」にしたところでさほど人気が出たわけでもなく、所詮は飯のタネにはならないからだ。
しかし降りてきたものは仕方ない。
指先はひとりでに動き出し、キーボードは勝手に藤太の言葉を紡ぎはじめる。
・・・冨井、また新しい小説のネタをやるぞ。今回はあれだ、異世界転生モノってやつだよ。このジャンルは人気があるんだろ?
「異世界転生モノ?誰がどういった異世界に転生するんだ?」
・・・誰がって俺にきまってるじゃないか。俺が現代に転生するんだよ。
「はあ?現代に転生なら異世界転生じゃないじゃない」
・・・俺からしたら異世界だろ。俺が現代に転生して大活躍するんじゃない。面白くなるぞ。
「ああもう。。藤太、ぜんぜんわかってないな。異世界転生モノってのはテンプレがあるんだよ」
・・・テンプレ?なんだそりゃ。
「まず主人公は現実世界ではあまりパッしない奴だ。特に優れたところはなく、独身・彼女なし。趣味はゲーム。そういったところだ」
・・・冴えない奴だな。
「それが普通の奴なんだよ。そんな冴えない奴が何かの拍子でRPGみたいな、魔法とか勇者とかの世界に転生するんだ」
・・・ふん、それで?
「転生した世界では、主人公は特に努力しなくてもチートで最強の能力を手に入れる。努力なしってのがポイントだ。苦労や苦痛はNGなんだよ。現実世界では大したことないゲーム知識とかがその世界ではすごい威力を発揮して無敵なんだ。そして間もなく主人公は登場する美少女キャラ(それも処女に限る)たちにモテまくってハーレム状態になるんだ」
・・・ふーん。つまり典型的な現実逃避だな。現実世界で戦えない奴が異世界で戦えるわけないだろ。RPG世界に転生したら、そこが現実になるんだよ。剣で斬られりゃ痛いし、ドラゴンの火で焼かれりゃ熱いんだ。殴り合いのひとつもやったことない奴が戦えるかよ。それに現実で女に声かけることも出来ない奴が、異世界で突然モテてハーレムなんて童貞の妄想以外ありえんな。
「あ、あ!やめ・・バカ!!今、確実に主な読者層を敵に回したぞ。そんなことだから、あんたの小説は人気でないんだよ」
・・・まあそう言うな。実は俺の転生はすでに半分は完了しているんだ。現代の俺は、まさにパッとしない冴えないモテない野郎さ。これなら読者の共感を得られるだろ?
「しかし、あんたはもともと史上最強なんだろ?それが現代に転生して共感得られるかね」
・・・たしかに俺はもともとチートで最強で無敵だからな。でも現代でパッとしない冴えない野郎が、実は史上最強のヒーローの生まれ変わりってのは夢があるんじゃないか?
「普段は冴えないボクだけど、実は隠された能力と使命を持っているってパターンか?それも典型的な中二病設定じゃない」
・・・いいんだよそれで。とにかくお前には俺の転生の完了を手伝ってもらいたいんだ。転生した俺はまだ前世記憶を持っていない。だから覚醒させなきゃならないんだ。
「僕は忙しいから、面倒はご免だよ」
・・・何、簡単なことだ。転生した俺のSNSに2つほどコメントを付けてくれればいいんだ。まず最初のコメントは。。。
藤太の指定した日。
藤太の指定したSNSはつぶやき系のもので、ハンドルネーム”TOTA"という人物のものだった。
どうやら転生した彼は前世記憶が無くても、その名を選んだらしい。
毎日何かつぶやいてはいるのだが、別にどうということのない平凡な日常の出来事や、その日食べたものとか、はっきりいって実につまらない内容ばかりだ。
当然、フォロワーもなければコメントのひとつも付いていない。
私はそのSNSに捨てアカウントをひとつ作って、つまらないつぶやきの最新のものに最初のコメントを書き込んだ。
『瀬田の唐橋に行け』




