謎の青年の攻撃
「工藤、誰だ?知り合いか?」
片桐が工藤に尋ねた。
「いえ、知りません。いや・・・知ってるのかも。なにか古い知人のような気がする」
そのとき、片桐と工藤の頭上を飛び越えて、機動隊員だったものの残骸が2人と謎の青年の間に落ちてきた。
振り返ると最早、立っている機動隊員は一人もいなかった。
「保久、忘れてしまっているのだよ。俺も長く忘れていたからな。でもすぐに思い出すさ」
謎の青年は顔色ひとつ変えることなくそう言うと、自転車を押しながら人狼の居る方向に歩き出した。
「君、何をする気だ!逃げろ」
片桐は慌ててそう叫んだ。しかし青年は振り向きもせず歩いてゆく。
機動隊員たちの血にまみれ、口の端から人間の腸を垂らした人狼は低い唸り声をたてながらこちらに歩いてくる。
そして突然、獲物を狙う狼そのままに青年に飛び掛かっていった。
次の瞬間、青年は自転車のハンドルの付け根あたりを右手で掴み、そのまま片手で軽々とスイングした。
自転車で横殴りにされた人狼は、そのまま側方に吹っ飛び、団地のコンクリートの壁に激突した。
壁の一部がガラガラと崩れ落ちる。
そして地面が血で濡れた。機動隊員の血ではない。驚くべきことに、この一撃で人狼が負傷したのだ。
予想外の展開だが、公安警察5課の二人はもはや呆然と見守るしかなくなっている。
「工藤、この青年は何者だ?彼もやはりMか?」
「いえ、この人は人間です。ただの人間だ」
「ただの人間がどうして人狼を凌ぐ力を持っているんだ?魔力じゃないのか?」
「片桐さん、魔力じゃありません。あえて言うならこれはおそらく・・・」
「・・・おそらく?」
工藤は息を呑んでから答えた。
「これはおそらく神力です」
壁に打ち付けられ負傷していた人狼だが、しかしまだ戦意を喪失したわけではなかった。
ゆっくりと立ち上がり始めている。
その目は怒りと殺意に満ちていた。
「やっぱり簡単には死なないか。しかたないなあ」
青年はそうつぶやくと、機動隊員の残骸から1本の警棒を拾い上げた。
そしてその警棒に、まるで語りかけるように言った。
「来い・・蜈蚣切丸」
すると樫材でできた警棒がまばゆい光を発し始めた。
光は長く伸び始め、まるで日本刀のような形を形成したのだ。
人狼は天を仰ぎ咆哮を上げた。
そして青年に向き直る。
しかし青年は人狼の攻撃を待たなかった。
人間とは思えないスピードで人狼の内懐に飛び込むと、人狼の腰から斜め上に警棒の光剣を跳ね上げた。
肉を切り裂く鈍い音が響くと、人狼は腰から上を切断されて、文字通り真っ二つになって倒れた。
切断面から大量の血を吹き出していたが、間もなくそれも止まった。
今度は完全に息絶えたようだ。
「ああっ!あんた~」
女吸血鬼が叫んだ。
「こいつはお前の旦那か。お前には気の毒だが、旦那は人を殺し過ぎた」
青年は女吸血鬼に声をかけた。
「このクソ野郎!今にお前は地獄の方がまだマシだって目に会うからね。覚えていやがれ」
女吸血鬼の言葉を聞いて、ふーっ・・・と青年は息を吐いた。
「君、君はいったい何者だ」
駆け寄って来て尋ねる片桐を無視して、青年は工藤に話しかけた。
「保久、わかってるよな。この団地まだ終わっていないぞ」
「・・うん、まだ居るな。ああ来たようだ」
あたりを見回すと、ふらふらと歩いている十数名の団地の住人たちがいる。
みんな酔っ払っているように様子がおかしい。
「工藤、どうしたんだ?」片桐が訪ねた。
「片桐さん、こんどはZです」
「Zだと?いったいこの団地はどうなってるんだ?」
片桐は心底疲れ果てたように嘆いた。
そして青年の顔を見る。
「俺は餓鬼の相手は気が重いんだ。彼らはお前たちで眠らせてやってくれ。餓鬼ならその拳銃で簡単に始末できるだろ?終わったら俺をお前らの本陣に連れて行ってくれ」