**台第五住宅の惨劇2
「工藤、下がれ!」
そう叫ぶと片桐は、スーツの上着の下に隠されたホルスターから拳銃を抜き出し、工藤の前に進み出た。
そして唸り声をあげて、今にも飛び掛かろうとする人狼を狙って続けざまに全弾発砲した。
人狼の動きは両手を振り上げて飛び掛かる態勢のまま静止した。
片桐はリボルバーから空の薬きょうを捨て去り、手早く新しい銃弾を装填した。
「工藤、万能魔弾を6発ブチ込んだ。銀の弾だからWにも効くはずなんだが、こいつ死んでないぞ」
万能魔弾とは種類が特定できないM(魔物)に使用する弾丸で、銀の弾頭に特殊な退魔加工が施されている。
しかし片桐の言う通り、人狼は呼吸を弾ませて動きを止めたものの、まだ低い唸り声をあげていた。
しばらく見ていると、人狼の上半身の銃創が盛り上がりはじめた。
コツン、コツンと音を立てて、地面に銀の魔弾が落下する。
「片桐さん、ヤバいです。これは撤退しほうがいい」
工藤が言ったそのとき、背後の車道に機動隊のバスが到着した。
ただちに重装備の機動隊員たち20名ほどが、ジュラルミン盾を持って降りてくる。
片桐は機動隊員たちに向かって叫んだ。
「コードMだ!全員に万能魔弾による発砲を許可する」
機動隊員たちは立ちすくんでいる人狼の姿を見て、一瞬の動揺を隠せなかった。
彼らは本物の魔物を見るのは初めてなのだ。
しかし、さすがに高度な訓練を受けた警察の精鋭部隊である。
ひるむことなく隊列を組んで、人狼の眼前に進み出た。
「ウチの人がそんな武器で倒せるわけないわ。みんな食い散らされるわよ」
霊糸の網に絡めとられたままの女吸血鬼がわめいている。
「ふん、人狼と吸血鬼の夫婦か」片桐が吐き捨てるようにつぶやく。
「片桐さん、万能魔弾がすべて排出されたようですよ。ほら人狼の傷が回復していく。攻撃しなきゃ」
工藤が言うと
「よし、ここからは機動隊の諸君の奮闘に期待しよう。全員攻撃開始だ!」
機動隊員はジュラルミン盾を並べて、まさに鉄壁の防御態勢を敷いた。
そして拳銃による魔弾での一斉射撃体制に入る。
しかし人狼は目にも留まらぬスピードでジュラルミンの鉄壁に体当たりを仕掛けた。
まるでダンプカーに突進されたように、5名の機動隊員が吹っ飛ばされた。
この最初の一撃で、隊員たちの3名は圧死し、2名は全身骨折と内臓破裂という瀕死の重傷を負ってしまったのだ。
公安警察5課に所属し、あまたの魔物たちと対峙してきた片桐、工藤もこれほどの力を持つバケモノに出会うのは初めての事だった。
「・・なにものなんだ?こいつは?」片桐は唸った。
団地のあちこちのベランダには、騒ぎに驚いて出てきた住民たちがこちらを見て騒いでいる。
人狼は機動隊員のひとりの首を片手で掴むと、まるで野球のボールを投げるように軽々とそのベランダのひとつに投げつけた。
機動隊員の身体は3階のベランダまで飛んで行き、壁にぶつけられた熟れたトマトのように潰れて弾けた。
同時にベランダに出ていた老夫婦もろともベランダは崩れ落ちてゆく。
いくら人狼とはいえ、あり得ない力である。
残る機動隊員たちは万能魔弾を発砲したが、なんと人狼は倒された隊員の持っていたジュラルミン盾を手に取って魔弾を跳ね返したのである。
この跳弾を受けて、さらに数名の隊員が死亡した。
ここからは人狼による一方的な殺戮であった。
機動隊員たちはなすすべもなく、手足をもぎ取られ、首を噛みちぎられ殺されていった。
あたり一面に血と臓物が散らばってゆく。
あまりに凄惨な戦況に、すでに声を失い立ち尽くす片桐と工藤の背後から
チリン、チリン・・・自転車のベルの音がした。
2人が振り返ると、そこには自転車に乗った若者が居た。
ボサボサの髪、特に良くも悪くもない容姿。
地味なスウェットパーカーとコットンパンツにスニーカー。
ごく平凡というか、これといって特徴の無い痩せた青年だ。
「君!すぐに逃げなさい!」
片桐が叫んだ。
しかし若者は特に表情を変えることなく、片桐ではなく工藤の方を向いて言った。
「待たせたな、保久。ああ来るのが遅かったか・・悪かった。ひどい犠牲が出てしまったんだね」




