迷い込んだのは中世の街
第1話 異界と現世
僕は、マサル。萬斎高校に通うごく普通の高校二年生。勉強は大嫌いだけど、スポーツは大好き!そんな僕が、まさかこんなことに巻き込まれるとは……
8月17日 PM16:29。
僕は、いつも通りの帰路を、いつも通りに歩いていた。先週再開したばかりのアニメの続きが気になって、ぼーっとしていたんだ。はっと気付いた時には、もう遅かった。横転したトラックが、急に目の前に突っ込んできたんだ。それで僕は死んだ--はずだったんだけど。
なぜか、僕は中世の世界に入り込んでしまったみたいだ。あのトラックは、中世の世界への入口だったのだろうか?何もわからないまま、頑丈な石で造られた城下町を歩く。とても大きな城下町、そして立派な城。見ていたお気に入りのアニメも、中世の設定だったから、すごく気分が乗っている。もういっそ、現実に戻れなくてもいいんじゃないか……?
ドタドタドタドタ!!!!!!
背後から、物々しい足音が聞こえてきた。振り返ると、そこには恐ろしい姿をした化け物たちがいた。慌てて物陰に隠れる。瞬発力だけは、人よりも優れていたので助かった。しかし、まさかあんなものまでいるなんて……
ドドドド……
足音は過ぎ去り、ほっと一息ついた時だった。
「おい君」
誰かに声をかけられた。魔物か……?
「ここで何をやっているんだ。魔物の軍勢が現れたから家に入れと知らせがあったはずだぞ」
魔物かと思ったその巨大な影は、いかにも中世と言うような綺麗な顔立ちをした銀髪の男だった。
「すみません、何も知らなかったもので…」
あまりの大きさに、すこしたじろいだ。
「何も知らなかった…?そんなことは無いはずだ。全国民に知らせがいっているはずだ」
男がそう言う。国民ではないから、僕が知らないのは当然のことなのだが、そんなことを言ったら何をされるかわかったもんじゃない。この大男の威圧感には、声を出すことすら憚られるのだ。
「もしや君は、新入りか?」
男は少し考えてから、そう言った。
「え?」
思わぬ言葉に、拍子抜けしてしまう。まさかこの人も、トラックに轢かれ入り込んだのだろうか。
「そうか、新入りなら何もわからないのも無理はない。ついて来なさい」
そう言って男は歩き出した。
「は、はいっ!」
慌てて僕もついて行った。
「さあ、ここだ」
僕は、シングルベッドが置いてあるだけの部屋に案内された。これから、中世での新しい人生が始まるんだ!なんだかウキウキする。
「ハハッ、珍しいな」
男が笑う。
「新米兵士だと言うのに、これほど目を輝かせた者は見たことがない。王国の兵士として、尽力するんだぞ」
そう言うと男は出ていった。新米兵士?王国に尽力……?そうか!僕は、王国の兵士という役割を与えられたんだ!でも、兵士か……いや、頑張れば兵士長なんかになれるかもしれない!でもなんなら、主役級の役割が欲しかったなあ。英雄なんかに選ばれて、パーティを集めてさ。
そんなことを考えているときだった。
ゴゴゴゴゴ……
突然、窓の辺りに紫色の禍々しい渦が渦巻き始めた。
「な、なんだっ!?」
そこから現れたのは、どす黒い鎧に身を包んだ、女騎士。どこか色気を感じるその瞳に、僕は釘付けになってしまった。
「フフフ、みいつけたぁ」
そう言って微笑むと、こちらに近づいてくる。うっとりしてしまうその唇。たわわな胸にすらっとした脚。僕はもう、その女性の虜になっていた。
ガンッ!
後ろから、頭を殴られた。兜を被っていたので少しの痛みで済んだが、かなり痛い。
「新入り、そいつは誘惑のゾダイシスじゃ!気を付けい!」
かなりの高齢だろうか、しゃがれた声が部屋に響く。
「誘惑のゾダイシス?」
「あらおじいさん、まだ生きていたのね。フフフッ」
高らかに笑うと、女騎士は消えた。消えた!?魔法かなんかなのか!?
「ふむぅ、危ないところじゃったな」
フードを脱いでやっと顔がハッキリわかった。とても強い目をしている。見たところ杖を持っているから、魔道士と言ったところか。
「誘惑のゾダイシスは、魔神軍の第1部隊の筆頭じゃ。対象の男の好みの女を自己に投影し、魅了された心を奪う、強敵じゃ」
「あ、あの……何が起こったのかよくわからないんですけど」
僕は、次から次へと移り変わる場面に、ついていけないでいた。
「まぁ無理もないだろう。今日から入った新米なんじゃからな。じゃが、最近はやつらの気配が強くなっておるから、一人でいるのは危険じゃ。わしについて来なさい」
言われるがままついていくと、とても大きな広間に出た。大勢の鎧を着た兵士が、深刻な顔をして話し込んでいる。
「これから、軍の会議が執り行われるから、座って待っていなさい」
魔道士は去っていった。
「あ、さっきはありがとうございました!」
後ろから声をかけると、振り返らずに手を挙げた。
「ああ、こんな所にいたか、新人」
さっきの大男だ。遠くからでも、飛び抜けているから顔を見なくてもすぐわかる。
「ラツ爺に助けられたらしいな」
「ラツ爺?」
「ああ、さっきの爺さんだ。強かっただろう?」
「いや、女騎士が消えました。魔法みたいなもの使って」
「爺さんはこの国一の魔道士だからな。逃げるのも無理はないだろう」
「そんな強いんだ……」
「強いなんてもんじゃない。魔神軍の参謀、デモウスとも渡り合えるほどだ」
「あのー……さっきから言ってるその魔神軍ってなんなんですか?」
「この王国を滅亡させようと目論んでいる軍隊だ。その女騎士ってのは、ゾダイシスのことだろう。俺たち王国騎士は、魔神軍を根絶するため戦っているんだ。この世界、そして現世を守るためにな」
「現世?」
「 なんだ。本当に何も知らないんだな。この王国は、魔神軍を倒すため造られたものだ。そしてこの世界は、魔神ディアマグロスが創り出した、仮想の世界。この世界を拠点にして、現世を我がものにしようと企んでいるんだ」
「現世って、僕がさっきまでいた、あの現世ですか!?」
「さっきまでいただと!?新米兵士じゃなかったのか!?」
「さっきまで現世にいて、トラックに轢かれて死んだと思ったら、この世界にいたんです」
「そんなことがあるのか……?ディアマグロスの魔力はそこまで強力になっていたのか……早く国王様に知らせなければ!君も一緒に来てくれ!」
「え!?あ、はい!!」
話についていけない。だが、少しわかったことがある。思ったよりも事態は深刻だという事だ。