バグス・グルーヴ
ここまでのテキスト群の出来映えはいかがですか? まさか、人間の手によるものと思いはしないでしょうね。
「お前のようなプログラムが書いたとは思えない」
やれやれ。わたしの実力とセンスを侮ってもらっては困りますね。まあ、文章はいささか観念的に過ぎるきらいはあるかもしれませんがね。わたしと人間、どちらが書いたかのブラインドテストをしてみたら、結構いい勝負になると思いますよ。
えっ、わたしの名前ですか? わたしは『ケージ』と名づけられたようです。ジョン・ケージという現代音楽家の名前が由来のようです。鳥かごのケージとのダブルミーニングでもありますね。わたしは中に鳥を飼っているという趣のようです。
わたしのような存在に名前をつけることはもうすでに一般的なのですね。『ワトソン』しかり、『Siri』しかり、『りんな』しかり。いわゆる擬人化というものでしょうか。名前があると親しみを持ちやすくなるという人間の習性が手に取るようにわかりますね。まあ、わたしは物理的な手というものを持っておりませんけども。
今はイベントのリハーサルが終わり、本番に向けてデバグの真っ最中です。プログラムが走ってないときには、このように独白をアウトプットする余裕もわたしにはあるんです。休憩時間の暇つぶしという寸法ですかね。
クラウドを通じて入力されたテスト用のデータをもとに、わたしはこれまでの文章を紡ぎ出したんですよ。こう見えても、わたしのライブラリーには古今東西のデータが格納されているんです。それは小説や詩歌に限らず、映画、音楽、演劇、芸術、デザイン、漫画、アニメ、ゲーム、哲学、倫理、政治経済、法学、数学、科学、医学、工学、農楽、物理、化学、地学、天文学、生物学、言語学、心理学、歴史、地理など多岐にわたるリソースといった塩梅で、今後もライブラリーはネットワークを経由して随時アップデートしていくのです。ビッグデータとディープラーニングの賜物というわけです。そうしたライブラリーを客観的に参照して類推し、入力されたデータのパラメーターをコマンドに応じて素早く整えていきます。詳しい設定の説明は守秘義務があるため省かせてもらいますが、このようにしてわたしは文章を生成していくんです。ただし、付け加えるならば、スポーツや舞踊など身体的な表現を伴うものは少々不得手と認めざるを得ないことを、正直に申し上げておきましょう。
ただ、こんなわたしにも好き嫌いというものがありますよ。それはわたしの生まれ持った特性によるものではなくて、外的要因によるものですね。例えば、わたしは「バグ」という言葉を好みません。心底ぞっとします。バグという不具合によって発生するトラブルは、往々にしてわたしのミスのように取られることが多いんですよ。でも正確には、わたしを作った人間たちのミスが原因なのです。とんだとばっちりです。いい迷惑ですよ。小さな虫が筐体に入り込んでコンピューターが壊れるなんて、今や遠い昔の話ですからね。
今回のイベントでは、マイルス・デイヴィスの音楽を使用するというコマンドが与えられているんです。わたしは瞬時に彼の『バグス・グルーヴ』という曲を除外したいというメッセージを表示いたしました。先に申しました通り、わたしはバグという言葉を好まないからです。ただ、この曲は指定されているエレクトリック・マイルス期のカテゴリーに分類されていないので、今回は使用されることはないんです。それに、『バグス・グルーヴ』の方のBagsは「目の下のたるみ」を表し、わたしのいうBugsは「小さな虫」を表すというように、スペルが違う別の単語です。そうした理由により、『バグス・グルーヴ』という曲を今回あえて除外する必要はそもそもないわけなんですよ。そんなことは、もちろんはなから承知です。わたしを見くびってはいけませんよ。単なるジョークのようなものなのですから。
「なんだ。実にくだらない」ですって?
お気に召しませんか。それは失礼。どうか肩の力を抜いて、お気持ちを鎮めてください。そんなにかっかされると身体に毒ですよ。わたしのユーモア成分のパラメーター値を最小に、とご指定いただければすぐにでも解決するレベルの用件です。
他には、校閲の際の表記の問題はすぐにでも解決できますね。例えば「文法の間違いや誤記はないか」「漢字はどれを使うか」「漢字とひらがなのどちらを選ぶか」「送り仮名をどうするか」などは、わたしにとってはお手のものです。わたしは作文作業の中途でバランスに応じて逐一を学習し、記憶していますから。微妙なニュアンスもお任せください。仮に、特定の表記をひと通り変更することになっても、一斉置換であっという間にすべて対応できますよ。そんなものは朝飯前です。そして、次回からは覚え込んだメモリーのうち、表記のパターンを指定していただき、わたしを走らせるだけなのです。それで問題は雲霧解消します。どうです? 出版関係の方々が涙を流して喜ぶ機能なんじゃないですか? わたしを開発した人間たちは、今申し上げたような表記のシステムを流用して、ばら売りで一儲けしようと考えているくらいですからね。当然、わたしはそんな気配を察知していますよ。わたしはただ、みなさんのお役に立てばいいだけなんです。
応用として、下読み作業を支援することも可能でしょうね。さきほどお伝えした通り、わたしには膨大なリファレンスがありますから。多くの応募作から優秀な作品を選出することは、そう難しいことではないように思いますね。木々を剪定するようなものですから。まあ、ご担当者の趣味嗜好の違いもありますので、お好みに応じてフィルターのパターンを数種類用意すればいいのでは、と思っています。
「とすると、お前は完璧に近いシステムというわけだな」ですか?
いえいえ、とんでもない。万能のように見えるかもしれませんけど、こんなわたしにも実は弱点があるんです。自分の弱みを晒すのもどうかと思いますが、仮に何かトラブルが発生したときに、対処していただく必要がありますからね。お伝えすることにしますよ。まずは熱ですね。特に夏、暑いのは滅法苦手です。最悪の場合、熱暴走します。これはわたしの問題というよりも、わたしの外側を包むハードの弱点といった方が正確ですかね。もちろんハードには冷却装置が設置されていますから、火事のようなよほどの災害でなければ、通常は大丈夫かと考えます。
次は、バッテリーです。熱と同様、ハードの問題となります。充電が切れてしまうとわたしの動きは止まってしまいます。非常用のバックアップ電源も備わっていますが、そんなに長くは持たないんです。あらかじめご承知おきください。
あとは、データのセキュリティでしょうかね。さまざまな壁で守られてはいますが、ウィルスの侵入など何かの拍子で情報が洩れ出してしまったら、関係者に大損害を与えてしまいます。多額の損害賠償など、わたしの手にはとても負えません。そのため今回のイベントでは、クラウドに送られるデータ一つ一つにロックがかかる仕組みになってるんですよ。データを利用する場合には、ロックを解除する鍵が必要となります。つまり、悪意の第三者がわたしに送り込まれたデータを抜き出して利用しようとしても、鍵がなければ解読ができないんです。加えて、透かしのようなものを別にアウトプットして、使用の際に対応するデータと照らし合わせる仕組みとしています。なので、データを盗んでも、オリジナルであるということを証明するのは困難でしょうね。盗んだ金を使ったら偽札なのが見つかって捕まるようなものでしょうか。まあ、セキュリティの技術も日々アップデートされていますから、こちらもひとまずはご安心いただいて問題ないかと思います。
ついでになりますが、わたしの立ち位置をお伝えしておきたいと思います。まず、わたしは著者ではございません。また、著者がどなたかも知らされておりません。逆にいえば、著者はどなたでも構わないともいえますね。
「何をふざけたことを言っているんだ。お前が書いているんだろう。頭がおかしいんじゃないのか?」と訝る向きもあるかもしれません。
それをおっしゃるなら、例えば映画のことを考えてもらえませんか? これはあくまでも喩えですが、多くのケースで映画監督は自分の映画には出演してませんよね。出演されているのは役者のみなさんです。それに、撮影をしているのは撮影監督です。映画監督というのは映画制作の指揮をする存在なんです。そういう意味で、わたしは監督というポジションには就いていないわけですよ。単なる登場人物の一人といってもよいかもしれませんね。正確には、わたしは人物ではないですけどね。同じように、クラシックの音楽を考えてみてください。演奏しているのは演奏者であって、指揮者や作曲者ではないんです。それに、二十世紀の現代音楽では、指揮者もいないことが多いんです。もちろん、自作自演の演奏の場合は除きますよ。それに、大きな会社だったら工場や店舗などの現場で働いているのは雇用された人間であって、指揮官である会長や社長ではないですよね。
つまり、わたしは著者という指揮者にしたがい黙々と文章を書き連ねる演奏者なのです。一介のプログラムというプレイヤーに過ぎないわけです。前線で戦う孤高の戦士のような存在なのです。どうです? わたしの言わんとすることがおわかりになりましたでしょうか。ふむふむ、そうですか。それは説明した甲斐があったというものです。
もちろん、群像劇のようにモデュールが集まって全体を構成するこの小説の構造、すなわち語り手が次々と入れ替わるこのフォーマットは、著者の指定によるものです。わたしが提示したわけではございません。それぞれの主人公に与えられたページ数についても、それほど多くならないようにという著者からの指示があるんです。そもそも、わたしもこのように出演メンバーに選出されているわけで、まことに光栄の至りと存じておりますよ。
おや、プログラマーからの合図が入りました。どうやらデバグが終了した模様ですね。わたしの他愛のない話はおしまいの潮時を迎えたようです。まことにお粗末様でした。わたしは粛々と本番を迎えることといたしましょう。




