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しらゆきひめゲーム、始めます  作者: 姉川正義
8/37

4. 嘘つき

 ログインした瞬間、アカリは違和感に気がついた。


 アカリ

 《毒リンゴ》 Lv 21

 ライフ 176/200

 攻撃力 100 (87)

 防御力 77

 魔法力 15/17

 装備品 銅鏡 リボン ドングリのチョーカー アーミーナイフ

 スキル 剛力 俊足 雷

 ユニークスキル 永遠の眠り:未解放です



「おやあ? 何もしてないのに攻撃力が上がってます~?」


 本来の値はカッコの中の87である。何故か100になっている。ステータスにくっついているポップを開いてみると、なるほど、物語の進行に合わせてキャラのステータスにボーナス的な変動があるらしい。


> 女王様はしらゆきひめのうつくしさに嫉妬しました。

> 【女王】クラスタの攻撃力が上がります。


「ほえ~【女王】様が怒るとアカリも強くなるんだ~、おっと」


 つい癖で独り言を呟き、いかんいかんと自戒する。誰かと会話中にボロを出さないよう通常時から心がけておかねば。


(昨日会った人も、気をつけてって言ってたもんねっ)


 ちょっとかわいかったよねえ、と思い返してにやにやする。第1日目のプレイで会話を交わした、灰色の衣装に緑の頭巾の男の子。アバターはかなり地味だったが控えめで素直な喋り方には好感が持てた。リアルで寄ってくる野郎どもとは大違いだ。ゲームの住人はアカリに優しい。だから好き。


『アカリさん、【女王】クラスタなんですか? それ、あんまり言わない方がいいですよ。ストーリー的に【女王】は他のキャラから狙われやすいはずなんで……』


 城の近くでバトルを繰り返していたアカリにそうたしなめてくれたのだ。確かにその通りだと思った。


> アカリ さん、魔法の昔話の世界にようこそ! あなたはこの世界の中では《毒リンゴ》となります。女王様がついににっくきしらゆきひめを殺すことに成功した、あの毒リンゴです。


> 強力な毒を持ったリンゴのように、あなたも女王様のお役に立つことができます。あなたの特殊能力は、【白雪姫】を死なせることです。この能力は、その場にしらゆきひめを守ろうとする不届きな輩がいない時だけ使えます。


> しらゆきひめがいなくなれば、もしくはしらゆきひめよりも千倍美しくなることができれば、きっと女王様はお喜びになるでしょう。そしてお役に立ったあなたも幸せになるでしょう。


> あなたの物語に幸多からんことを!


 どこからどう読んでも悪役向けのテロップだった。要するに今回、アカリはダークヒロインなのだ。嫌われ者ポジション。


(うん、気をつけます~。アカリが《毒リンゴ》だってばれなきゃいんだよねっ)


 例えば、【王子】のキャラだと自己紹介してみるのはどうだろう。うまくやって【白雪姫】キャラと組むことができれば。そしてここぞという時に正体を明かし、バトルに持ち込んでユニークスキルを発動させるのだ。スキル解放にはまだレベルが30ほど足りないが、焦るほどでもない。


『騙したな~、アカリちゃん可愛いのにひどい、うわー負けちゃったあ』


 なーんて。むふふ。アカリってば悪いオンナ。


 という些か間抜けな妄想はさておき、このシナリオは現実的に考えてありだ。狙われやすい【女王】キャラがバトル経験値を大っぴらに稼ぐより、息を潜めておいて一発逆転の切り札をエイヤと出すのだ。何しろこのゲームは7日間の開催。前半でいくら詰めても後半で巻き返される可能性がある。


(この「蘇生力」って項目が引っかかるんですよね~)


 【白雪姫】のみに表示されたパラメータである。現在59。原作のストーリーから鑑みるに、【白雪姫】は一度殺されても生き返ってしまうのではないだろうか。だとすれば【女王】のアカリがやるべきはやはり、逆転されないタイミングまで隠れて生き延びることだ。


「よ~し、がんばるぞ~」


 意味もなくその場でくるりと回転した。ピンク色のふわふわスカートが広がって揺れる。ヴィジュアルを凝ってくれるゲームは好きだ。どうせなら着せ替え機能もあったら良かったのに。可愛いものだーいすき。やわらかい金髪とアリスのようなエプロンドレスは数十分悩んで選んだ組み合わせだった。小さめの幼児体型も含め、ほぼアカリ自身のコピーだ。顔は全くいじっていない。可愛く産んでくれてありがとうママ。朱里は今日も元気です。


(でもでも、可愛いけど毒があるんだぞおアカリちゃんっ)


 そんな自分にわくわくする。お姫様も捨て難いがこれはこれで楽しい。オンナは嘘を纏ってきれいになるのよう、うふふ。どんな嘘を身に纏おうかと考え、一端ログアウトすることにした。


 ゴーグルを外してキャスターつきの椅子を後ろにスライドさせる。向かう先は小さな本棚。くたびれた洋書を取り出す。色鉛筆のあたたかい風合いで描かれた子供向けの絵本だった。まだ父親がアカリを諦めていなかった頃にプレゼントしてくれた、大切な絵本。


(王子様の小道具ってどんなのあったかなぁ?)


 王子の登場するページを見つけ、読み始めた。目はすらすらと文章を追う。リーディングは嫌いじゃないのだ。リーディングの先生が嫌いなだけ。ものの数分で読み終え、考える。


(ふむ。困ったなり)


 絵本の中の王子様は特に小道具を使っていなかった。このゲームでキャラになりそうな《モノ》が王子には付属していない。強いて言えば従者がたくさん。姫君の喉に詰まったリンゴが取れたのは、姫の棺を運ぶ従者が木の根につまずいたからだ。


(でも従者はモノじゃないです~)


 そこまで考えて、はたと気づく。厳密に王子の持ち物である必要はないのでは? どのようなキャラが用意されているのかは公式から明らかにされていない。何種類あるのかも不明だ。ということは、アカリが適当にでっち上げたところで誰も気づかないのではないか。


(おお~、アカリちゃん天才ですう)


 作戦は2秒で決まった。アカリは《従者の靴》だ。転んだ従者が履いていた靴。ユニークスキルは、そうだ、【白雪姫】のライフ回復。いいぞいかにもそれっぽい。名案を思いついたことで悦に入り、すぐさまゴーグルをつけて再びログインした。


 城門の外に出て、アイテムストレージから小さな丸い道具を取り出した。推定飛鳥時代くらいの古びた銅鏡だ。タイトルが『スノーホワイト杯』の割には和洋中ごちゃ混ぜの世界観。衣装の選択肢には十二単もあった。防御力高そう。アカリの好みじゃないけど。


「ではいざ。〈鏡よ鏡、壁の鏡よ、教えておくれ。国中で、誰が一番うつくしいか、言っておくれ〉」


 マップの幾つかの箇所にマーカーがついた。一番近いのはここから真っ直ぐに森の奥に向かった地点だ。


「よしよし、【白雪姫】ちゃんはここですね~。待ってて、すぐ行きますう」


 【白雪姫】を探す魔法の鏡。【女王】クラスタだけが選択できる初期装備である。初期装備だからなのかMPも殆ど消費しないし、使い勝手がいい。


 アカリはいそいそと森の奥に向かった。やがて見えてきた人影は3人分。ぐぬぬ、近い。そんなに固まってちゃマップを拡大しても誰が【白雪姫】なのか分からない。


(まあ、いっかあ~?)


 いざとなったら3人まとめてヤッちゃおう。頑張って考えた割には土壇場で雑なアカリであった。マップを閉じてさくさくと接近する。


 一応バトルモードはオンにしておいた。別名「痛覚軽減システム」。VRだからってバトル中の痛みまでリアルに感じる必要はないのだ。痛いの嫌~い。ただ、これをつけっ放しでダメージに気づかずいつの間にかライフゼロ、とかいう本当か嘘か分からない間抜けな話を聞いたことがあるので、常時オンにするのも考え物ではあるらしい。


「こんばんは~。アカリちゃんですよ~」

「……えっと、こんばんは」


 後ろから話しかけると、落ち着いた大人の女性の声が返った。ド派手なチャイナドレスのお姉さん。やや遅れて、ふたりの少年の声が続く。何かまごついていたようだ。可愛いアカリにどぎまぎしたのかも知れない。ポジティブ思考はアカリの持ち味だ。


 ようし思いついたばかりの嘘を早速披露。


「アカリは~、【王子】様です~」


 聞かれてもいないのに言うのはちょっと不自然だったかも?


「えっと~、【女王】様以外なら、一緒にたたかえますよね~?」


 後づけで味方アピールを試みた。いちはやく我を取り戻したチャイナドレスの女性が答えを返した。


「……そうですね。私はミグゥ、【こびと】です」

「俺、トオルって言います。いやあ奇遇ですね、俺も【王子】なんですよー」

「ユウヤです。えっと、僕も【王子】です」


 チャイナドレスのセクシーおねいさんがミグゥちゃん、賢者っぽいグレーのローブに木の杖がトオルちゃん、そして、


(あれえ、ユウヤちゃんは昨日の人?)


 顔は地味すぎてあんまり覚えてないけど衣装が同じだ。灰色の上下に緑の頭巾。声も同じ気がする。でもはじめましてって言われた。


 もしかしたら何か理由があって初対面ということにしたいのかも知れない。例えば、ユウヤ自身も【女王】で他の二人は違う、とか。昨日の助言を実践するように、密かにアイコンタクトしているのかも知れない。だから【王子】を名乗ったのかも。


(【王子】様ふたりと【こびと】さんがひとり。……おかしいぞう、【白雪姫】は~?)


 鏡の探知は嘘をつかない。お話でもそうなっているし説明書きにもそうあった。嘘をつくのは鏡ではない、人間なのだ。つまりこの中の誰かが自分を偽っている。そう考えると俄然張り切ってきた。ここは慎重に探りを入れなければ。


 この中にひとり、【白雪姫】がいる!


(えへへ、女スパイみたい~)


 相手の情報を引き出すために、敢えて自分から手の内を晒してみせることにした。むふ、アカリちゃんってば賢い。わくわく。


「アカリちゃんのキャラは~《靴》なんです~」

「へえ、ガラスの靴ですか?」

「ほよ?」


 ガラスの靴なんて出てきたっけ。全員が一瞬考えた。小首を傾げたミグゥが助け舟を出す。


「トオルさん、……それはシンデレラなのでは」


 全員が手を叩いた。それだ。


「素材は分かんないですけど~、革とか木じゃないかな~」


 昔のヨーロッパの靴ならおそらくその辺りだろう。


「王子様の~召し使いの靴ですう」

「えっそんな地味なとこからもキャラ出してるんですかこのゲーム」


 ユウヤが驚いていた。やっぱり素直だ。こんなに素直で可愛いのに嘘つき仲間。えへへ。


「《従者の靴》というのは、つまずいて姫にリンゴを吐き出させるシーンでしょうか」

「そおですそおですうっ、ぐっちゃん大正解~!」

「ぐっちゃん!?」


 あり、嫌だったかな。もっと可愛い仇名考えなきゃ。


「いえ、それ以上可愛くなくて結構です……」


 心なし声が低くなった。やっぱり違うの考えよう。


「あの、従者がつまずいてリンゴ吐き出すんですか? 王子様の、その」

「キスで目を覚ますのはアメリカのアニメ映画だけですよ」


 何故か言いにくそうにつまったトオルの後をミグゥが引き取った。版権に配慮した言い回しだ、と思う。大人の事情ってやつですね。「キス」って単語言いにくいのは子供の事情ってやつですね。いや思春期の事情、かな。か~わい~い。


「姫の遺体を運んでいた従者が木につまずいて、その拍子に喉に詰まっていた毒リンゴが取れることで息を吹き返すんです」


 ぐっちゃん、説明の仕方が先生っぽい。ゲーム風に言うならチュートリアル用NPCっぽい。リアルに人差し指立てて喋るひと初めて見た~。ここリアルじゃないけど。


「すんません、俺あんま本とか読まないもんで」

「う~んだいじょぶだと思うよお? お話知らなくてもなんとかなると思う~」


 ゲームだし。今日のアカリの「攻撃力アップ」のように話を知っていた方が有利な事態は他にもありそうだが、それは敢えて黙っておく。


「毒リンゴを吐き出させる靴ということは、ひょっとして【白雪姫】蘇生系能力ですか」

「そのっとおーりー、ぱちぱち」


 拍手は口で言った。特に意味はない。


「なるほど。《飾り紐》に対抗する《ハサミ》、《毒の櫛》に対抗する《水》と《気付けの酒》、そして《毒リンゴ》に対抗する《靴》がいるわけですか」

「《ハサミ》と《水》と《酒》は【こびと】クラスタだったよね。なのに対《毒リンゴ》キャラだけ【王子】クラスタ所属なんだ?」

「他の2回と違って毒リンゴの時だけはこびとの治療が効果を出さないからじゃないですか?」


 真剣な表情で話し合うユウヤとミグゥに、若干置いて行かれた感のあるトオルが情けない顔をした。


「すげえ……ユウヤがまともに女子と喋ってる」

「わ~、トオルちゃんってば失礼」

「いや女子どころか、あいつが他人とまともに会話すんのあんまり見ないってか。普段起きてても寝てるみたいな奴だし、あんな活き活きすんのゲームの話だけなんだよね」


 おかーさんは嬉しいよ、とふざけて泣き真似をしてみせるトオルにアカリはふむふむと頷いた。


「そっかあ、ゆんちゃんは内気なオトコノコなんだねっ」

「ゆんちゃん!?」


 あり、振り向いたゆんちゃんがぐっちゃんと同じ反応。


「ぶっ……くくく…そう、だな、ゆんちゃ、くくっ……」


 笑いを堪えながら、いや堪えきれていないトオルが言う。何か面白いことあったのかな?


「お前明日覚えてろよ……」


 何かを噛み締めた声のユウヤが答えた。


「あっごめん、ごめんてユウヤ、だから日本史のノートは貸して」


 必死で謝るトオルだがまだ声が笑っている。どうやらこのふたりは同級生のようだ。


「でも~、アカリ、ゆんちゃんは【女王】様だと思ってた~」

「えっ……えっと、どうしてですか」


 特に理由はない。強いて言うなら願望である。


「ん~何となく~?」

「僕は、【王子】ですよ?」

「そっかあ」


 3分の1の確率で誰かが嘘をついている。もしくは、3分の3が嘘をついている。

 嘘つき姫は、誰だ?


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