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しらゆきひめゲーム、始めます  作者: 姉川正義
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3. 級友

 ミグゥには叱られたが、結局ユウヤは夜中までログインしっ放しだった。採集作業だけでもじわじわと経験値が貯まるようで、レベルを8まで上げることができた。但しやはり対プレイヤーでのバトルの方が効率はいいらしい。ミグゥのレベルは昨日午前の時点で既に15だった。


 だからと言ってソロでバトルに挑むのは少し腰が引けた。何故ならば攻撃力がとてもとても低いからだ。雑魚キャラでレベル上げができないシステムというのは予想以上にやりにくい。その辺りの対策もミグゥに聞いておけば良かったと思うが後の祭り。


 よって他プレイヤーと思しき人影が動いたら極力こそこそと回避した。こっそり回避できなかった相手からは堂々と脱走した。もしくは話し合いによる平和的妥協を試みた。チキンと言わば言え。


(今日は午後からしかプレイできないなー)


 早くログインしたい。いっそ仮病で早退したい。


「わーユウヤンてば眠そー」

「また夜中までゲームかよ。エロゲか? 今度こそエロゲに手を出したか?」


 あくびを噛み殺し歩く雄也の隣にふたりの男子高校生が並ぶ。全員同じ制服。


「おはよ……融、香坂。あれ浜野は?」

「安定の寝坊遅刻です」


 あいつそろそろ呼び出し食らうんじゃねえかな、とニヤニヤし合う西原融と香坂拓実は1年生の時から雄也の悪友だ。クラスが分かれた今でもよくつるむ。


「ふわあ……でも寝坊したい気持ちも分かるよねー。何が哀しくてこのクソ暑い8月に補習だよ」

「まったくだ。俺らまだ2年だぜ?」

「じゃあ来年なら喜んで補習受けるか?」

「嫌でーっす」

「でっすよねー」


 普段通りの下らない会話をする内に下駄箱に着いてしまった。雄也はちょっとだけ名残惜しく思う。


「んじゃな雄也、また昼に」

「あいよ」

「また後でー」


 ふたりと別れ、自分の教室に入る。途端、ぴりぴりとした空気が肌を刺した。


(だから嫌なんだよ自分のクラス……)


 顔を上げる者も雄也に声をかける者もいない。私語をしている者すらいない。全員が黙々と問題集や参考書を睨んでいた。「俺らまだ2年だぜ?」融の台詞を脳内で虚しく再生する。


 ホームルームまで7分ある。時計を見て、雄也は机に突っ伏した。

 誰かの舌打ちが聞こえた気がした。


(あー……さっさとゲームに戻りたい)


 一瞬で眠りに落ちる。


***


「ぶっははは! マジ受けるんですけど! それで3限終わるまでずっと寝てたの!? 誰も起こしてくれないわけ!? やっべーまたひとつ雄也伝説が」

「ねー本当びっくりだよ……気づいたら誰もいなくてさあ……」


 もそもそと食パンをかじりながら雄也はたそがれた。今日のおかずは苺ジャム。87円の食パン1斤で3食済ますのが一番コスパがいい。


 目を醒ますと教室は既に無人だった。4限の化学が移動教室であることを思い出すまで数十秒。それからのろのろと立ち上がり教科書を準備する間にチャイムが鳴った。


 遅れて到着したことを教師に咎められ、理由を問われて馬鹿正直に「寝てました」と答え、「いい加減にしろ橋本!」と怒鳴られ、後ろのどこかでくすくすとひそやかな笑いと舌打ちが聞こえ、その全部を雄也は半分寝惚けたままの頭で受け流した。


「むしろ雄也ならそこで再び寝ても俺は驚かない」

「いや、流石に頑張って起きた。ノート間違えてたけど」


 問3を橋本、と言われ黒板に数式を書き始めたところ教師の顔が見る見る険しくなった。「馬鹿にしてるのかお前は!」と威圧されても何のことだか分からない。え、何でちゃんと予習してきたのに。そう困惑する雄也が解いたのは物理の問3である。化学のノートは家に忘れてきたようだ。


「いや俺もやるよ? ノート間違えて持って来るとかよくやるよ? でも黒板に書く前に気づくよ」

「そこが雄也だよなあ」


 学校での雄也は一事が万事この調子だった。おそらく職員室ではブラックリストに載っている。


「けどまあ、あと1コマ頑張れば終わりだから」

「そんで速攻帰ってゲームするわけか。そりゃ特進の連中には嫌われるわお前」


 特別進学クラスの生徒は夜中までゲームなんてしない。学校の補習が終わったら塾の補習に直行するのである。2年の夏が勝負を分けうんたらかんたら。


「今何やってんの?」

「『ルートヴィヒII スノーホワイト杯』ってやつ」


 有名タイトルではないが伝わるだろうか。


「えっ雄也も当たったの!? 俺も俺も」

「融も!?」

「うっそお前ら、『ルートヴィヒ』ってあれだろ、スプートニクが出してるやつだろ? あんなキワモノメーカーのゲームやってんの?」


 キワモノ、と評した香坂の言葉に遅れて登校した浜野が食いついた。


「知ってるー、変わったネタゲーばっかり出す炎上メーカーだよね」


 ちょっと何それ知らないんですけど。奥さんもうちょい詳しく。


「こないだ燃えたの何だっけ、VRの人生ゲーム?」

「それVRでやる意味あんの?」

「なかったからぼっこぼこに叩かれたんだよ」

「あとリズムゲーも出してた」

「あれだろ、オペラの曲しか入ってない謎のリズムゲー。マニアには受けたんだっけ?」

「マニアにしか受けなかったから赤字出したらしいよ」


 他にも色々とやらかしているメーカーだった。何故潰れないのかは世界七不思議のひとつである。


「何でそんなの買っちゃったのよ」

「……買ってない。抽選当たったら無料で機材プレゼントってあったから」


 タダで流行のVRMMOがやれるなら儲けもの。そう思って特に考えずに応募したのである。何しろVRの機材は高い。高校生のお小遣いではなかなか手の出せるものではなく、現状VRプレイヤーは大きなお友達が9割を占めている。


「あーね、雄也ん家そんな余裕ないもんね」


 浜野が納得して頷いている。橋本家の事情は知っていながら、彼らはこうしてフラットな態度で接してくれる。大らかな友人の存在はとても有り難かった。ヘンに重くなられるとこっちが気を遣う。


「そのための抽選プレゼント企画じゃねえの!? 中高生にもVRを知ってもらおう的な! いいじゃん雄也、俺らの若いパワーでVR世界に風穴開けようぜっ」


 融ががっしり雄也と肩を組んだ。気を遣ったフォローなのかどうかは分からない。ただのノリと勢いかも知れない。まあそれくらいでちょうどいい。


「雄也どの辺にいる? あ結構遠いな。んじゃ今日ログインしたらここ目指して、そんで……」


 特に同意した覚えもないが、一緒にプレイすることは決定事項のようだ。雄也を置き去りにしたテンションで融が地面に位置関係を描く。一通り喋り終わってから突っ込もうと雄也はのんびり待った。若いパワーとか言うにはちょっと覇気がない今時の青少年である。


「融、2点確認させて」

「おう」

「まず、……敵対クラスタじゃないよね?」

「うおうっ」


 盲点、と額を叩く融。このゲーム、普通のRPGではないので場合によっては共闘不可能なのである。プレイヤーどうしがリアルの友人知人でもクリア条件が拮抗するならむしろ敵対不可避。下手すると人間関係を壊すゲームだった。これもまた炎上案件かも知れない。


「……俺、【王子】なんだけど雄也は?」


 あっ言っちゃうんだ。お前のその潔さは嫌いじゃないぞ融。


「おっけー、僕【白雪姫】だから大丈夫」

「融が王子で雄也が姫? 何おまいらBL始めんの?」

「王子! 雄也はともかく融が王子! ぷくくくく」

「ちょっ何で雄也はいいの!?」

「いやよくねえよ、雄也は眠り姫だろ」

「むしろ寝過ぎ姫?」


 嬉々としていじってくる香坂と浜野に応戦しつつゲームの説明をするので昼休みが終わった。そのせいで雄也は2点目を確認し損ねた。


 僕ソロじゃないんだけどいいかな?


(……まいっか。融ならむしろミグゥと組むの喜びそう)


 何しろミグゥの見た目はエロいお姉さんである。きっと好物だろう。だからってふたりがあんまり仲良くなりすぎるとちょっと嫌だなあ、と一瞬思った自分には気づかない振りをする。


 【白雪姫】【王子】【こびと】のチームなら何となくバランスも良さそうだった。それに、もしかしたら自分のクリア条件に近づけるかも知れない。放課後が待ち遠しい。


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