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しらゆきひめゲーム、始めます  作者: 姉川正義
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2. – 1. 勘違い

長くなったので2本に分けました。

 初めのログインで表れたテロップはこうだった。


> ユウヤ さん、魔法の昔話の世界にようこそ! あなたはこの世界の中では《イノシシ》となります。しらゆきひめの身代わりとなって狩人に刺され、意地悪な女王にその心臓を差し出すこととなったあのイノシシです。


> けなげなイノシシのように、あなたも自分の身をしらゆきひめに捧げることができます。あなたの特殊能力は、自分の命と引き換えに、【白雪姫】の死を回避することです。


> 身を挺して助けたしらゆきひめが生き延び、王子様と幸せな結婚をできたとしたら、イノシシもまた報われることでしょう。


> あなたの物語に幸多からんことを!


 キャラクターは登録時のルーレットで決められた。どう見ても圧倒的な脇役だった。何しろ一瞬で死んでいる。その替わりに、メニューからタブを開くと【白雪姫】【女王】【こびと】【王子】と記されたデータがあった。つまりはサブキャラとしてこれらのメインキャラをサポートすることになるのだろうと推測した。


 文章が抽象的で分かりにくいが、文字通りに読むならばユウヤは【白雪姫】陣営のはずだ。まずは【白雪姫】チームの親キャラ「白雪姫」に該当するマスタープレイヤーを探さなければ始まらない。


 ……と、ここまでが約40分前までのユウヤである。


「ええっと……【白雪姫】とか【こびと】はプレイヤーキャラクターじゃなくてクラスタ名で、そんで逆にさっきのゴーレムはプレイヤーで、【こびと】クラスタに所属する《ハサミ》……?」

「そうですそうです」


 ミグゥと名乗ったチャイナドレスの女性プレイヤーが生真面目な顔で頷いてくれる。どこか学校の先生っぽさのある仕草だった。小学校とかで低学年に好かれるお姉さん先生ってこんな感じだよね。普通チャイナドレスじゃないけどね。


「で、ミグゥさんは」

「あっ呼び捨てでどうぞ」


 やや年上に思えるのでさん付けしてみたところ速攻で呼び捨ての許可が出た。むしろ許可というより積極的な要請と見た方が妥当かもしれない。初心者のユウヤにはソシャゲでのマナーがよく分からない。


「じゃあ、ミグゥは、えっと【こびと】クラスタ所属の《ランプ》である、と」


 再び頷き。ユウヤはまだちょっと混乱している。


 ミグゥが自分のキャラクターは《ランプ》だと名乗った時、ユウヤはこう思った。


 ―――タイトルは『しらゆきひめ』だったけど、色々な世界観ミックス系だったのかこのゲーム。アラジンとかもありなの? ミグゥさんはランプの魔神なの?


「ふふ、地味なシーンで分かりにくいですよね。家に迷い込んだしらゆきひめをこびとが見つけ出す時に使ったランプらしいんですけど」


 ミグゥは爽やかに笑う。声だけ聞いてるとどこまでも清楚な癒し系お姉さんである。何故わざわざどぎついセクシーアバターを選んだのだろうか。よく見ると顔はタレ目ぎみのふんわり優しいつくりだった。ブラウスとかロングスカートの方が似合う気がする。


「ランプの精霊ってことですか?」

「精霊ではないみたいです、ランプそのものですね」


 分からん。ランプも登場人物扱いということか。何でもありじゃねえか。


「僕、登場人物って姫と女王と王子とこびとくらいしか知らないんですけど」


 そういえば『美女と野獣』のアニメ映画ではポットや燭台が喋ったり踊ったりしていた気がする。いやしかしあれは人間が魔法で姿を変えられているという設定だったはずだ。『しらゆきひめ』にもそんな設定があっただろうか。


「そうですね、【登場人物】は確かにそれくらいだと思います。あとは姫の始末を命じられた狩人と、王子の従者とかの脇役ですね」

「じゃあミグゥの《ランプ》ってのは一体……?」


 全くもって話が見えてこないが、自分が何か重大な勘違いをしているんじゃないかということは察せられた。


「あっ分かりました」


 ミグゥがおもむろにポンと手を叩いた。


「ユウヤさん、もしかしてプレイヤーが【登場人物】になるんだと思ってません?」


 もしかしなくてもそう思ってますがもしかしなくても違うんでしょうか。


「プレイヤーは《モノ》になるんですよ。お話に出てくる小道具になって【登場人物】を助けるんです」

「……マジで?」


 ログインから小一時間経過して明かされた衝撃の真実だった。そんなん説明に書いてあったっけ。


「それじゃこの画面に出てる【白雪姫】とか【女王】ってのは」

「その【人物】クラスタに属するプレイヤーのステータスを総合した値が表示されるはずです」


 総合値。特定のプレイヤーではないらしい。どうりで自分のステータスと桁が違うはずだ。主要キャラだから序盤から高スペックなのかと思っていた。冷静に考えてみれば分かる話だ。あれがプレイヤーだとしたらチートすぎて勝負にならない。


「ええとつまり、『登場人物を導いて下さい』って具体的にはどうするんですか? 直接その、【人物】にどうこうしたりはできないってことですよね」


 完全に生徒と先生状態だった。ちょっと格好悪い気もするが、既に巨大な勘違いを晒してしまったので今更だ。この際なので聞けることは聞いておくことにする。


「そうですね、私もまだ初日ですし詳しいことは分かりませんが」


 控えめな前置きをしてミグゥは語り始める。


「自分の属する【人物】の数値には少なくとも影響できるはずなんです。たとえばさっきのバトルで私の攻撃力が上がって、そうするとそれが【こびと】の攻撃力に反映されます」


 ミグゥの観察によると、所属プレイヤーのバトル成績が親キャラのステータスに反映されるのはおよそ10分おき。さっきのバトルの結果もそろそろ親キャラの数値に足されるだろう。


「ただ、味方を倒しちゃったので今回はプラスマイナスゼロでしょうね」


 推測ですが、とあくまでも控えめな態度を崩さないミグゥ。とは言うものの、プレイ開始からここまでの短時間でそれだけの判断材料を集めたということである。素直に尊敬する。


「それなら僕もバトルして【白雪姫】のスコア上げないと」

「バトルだけじゃないですよ。そういうユニークスキルもあるみたいです。スキルの解放条件も色々」


 そう言ったミグゥがおもむろにユウヤの手を取ったせいでどぎまぎしてしまう。普通のゲームなら誤魔化せる顔色や心拍数が、VRのここでは隠せない。どうか動揺がばれませんように!


「さっき、こうやって手を握りましたよね?」

「ふぁ、はい、そでしたね」


 ミグゥはとても真面目な表情をしていた。天然怖い。


「多分それで仲間認定されて、〈獣の臓腑〉スキルが解放されたと思うんです」


 どぎまぎし過ぎてミグゥの重要な説明をうっかり流しかけてしまった。


「ん? 仲間ができるとスキルが解放ってこと?」

「ユウヤさんの《イノシシ》の場合はそうじゃないかなって。お話では自分の身を犠牲にして白雪姫を逃がすポジションだから。このゲームでは後方支援系に特化しててスキル使うにも味方の存在が必須だったりするんじゃないかと推察します」

「おおー、説得力」


 このひとやっぱり賢い。ただの天然ちゃんじゃない。いまだに手離してくれないけど。


「ミグゥだけにスキルかけろって言ったのも、もしかして?」

「はい、おそらく単純なステルス技ではなくて、ユウヤさん自身に敵の意識を集中させることで味方から目を逸らす仕組みなのではないかと」


 そしてその推測は当たりだった。ぶっちゃけ使い勝手は宜しくない。ユウヤが自分の防御力なりスピードなりを向上させない限りただの自爆スキルである。文字通りの生贄だ。


「うわ……僕、体育2なのに」

「え? それは全く問題ないですよね?」


 そこで更なる勘違いが発覚した。と言ってもVR初挑戦のユウヤであり、このゲーム端末が新規のシステムを採用している以上は無理もない誤解であった。


「普通のVRなら確かに本人の身体能力が多かれ少なかれ鍵になりますけど。『ルートヴィヒII』は完全に脳のみで操作するというのがひとつの売りなんです」


 人間が体を動かすには脳から筋肉や神経組織に命令を伝達し、それに応えて身体組織が動く、というプロセスを辿らなければならない。従来のVRもまたこのプロセスをコンピューターが模写することで成り立ってきた。端末からプレイヤーの身体に電流を流して本当に体を動かしているかのような感覚を生み出すのである。


 『ルートヴィヒII』のプログラムはそこから現実の身体を切り離した。脳とデジタル世界のアバターを直結させる技術により、純粋にアバターの体にプレイヤーが乗り移ったかのような操作感を可能としたのだ。つまり、アバターの動作はプレイヤー自身の身体能力に左右されない。


 本人の体が違う環境を味わうのが従来のVR。これに対し、違う体を味わうのが新規のVRである。


「でもさっき僕めっちゃ息切れしてたんだけど」


 それこそリアルの雄也17歳のもやしな体と同様に。


「うーん、それは慣れとイメージの問題ですね。私だってリアルではとろくさいですよ? でも、それは筋肉の反応速度とか反射神経のせいですよね。この体は脳が命じたままに動くわけですから、そういう能力的な制限は実質ないも同然なんです」


 イメージした通りに体が動く。100キログラムを片手で持ち上げる自分をイメージできれば、100メートルを3秒で走る自分を想像できれば、それはこの仮想空間において可能となる。


「ただまあ、脳も自分の体のスペックに慣れちゃってますから、その思い込みというのか、イメージの足枷を外すのは結構難しいんですけどね」


 さっきのゴーレムの動きがぎこちなかったのは、リアルの体とあまりに違うがために感覚のずれの修正が間に合わなかったのだろう。


 ゲーム空間の中ではリアルの強者が必ずしも強者ではない。頭の回転が速ければ、想像力に富んでいれば、理論上は際限なく強くなれる。


「……もしかして空も飛べる?」

「そ、それは流石にちょっと分からないです」




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