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しらゆきひめゲーム、始めます  作者: 姉川正義
35/37

25. (a) 9月3日(金)

 ログインすると城の前庭に出た。井戸のある庭、物語のオープニングの場所だ。


 あのトライアルプレイからおよそ1ヶ月。40人余りの入院患者を出したにも関わらず、何故かサイトは未だに閉鎖されていなかった。運営会社曰く「問題点は既にデバッグ済み」とのことで、ログインしても心身に異常をきたすことはないそうだ。


 といってもイベントの開催期間が終わった今、ログインしたところで何ができるわけでもない。


 目の前にはただ高画質の風景が広がっている。木の葉が光を透かしてさらさらと揺れた。実は井戸の水も飲める。冷たくて甘い水はコンビニのミネラルウォーターとは一味違う気がする。気がするだけで味の違いなんて庶民の高校生に本当は分かりもしないのだろうが。


「タダで森林浴できるって考えたらお得、かな?」

「びーぐるマップでおうちにいながら世界旅行!みたいなものではないでしょうか」


 独り言に返事をしながら現れる人影。派手なチャイナドレスは結局変えなかったようだ。


「こんばんは」


 変に照れくさいなあ、と思いつつ挨拶をする。


「こんばんは。ゲーム時間では昼ですが」


 ミグゥは相変わらずどこまでも真面目だ。


「いや、ログアウト忘れたりしないように、できるだけ現実時間に合わせた方がいいかなー、とか」


 なるほど、と頷かれて非常に決まり悪かった。嘘です本当は特に何も考えてませんでした。


 何を喋ればいいのか分からなくて無駄に視線を泳がせる。すると、城の中から走り出てくる小さな人影が見えた。


「とうっ!」

「痛ってぇ!? いきなり何すんですか!」


 ドロップキックを真正面から食らって尻餅をついたユウヤを、猫耳の魔女っ子が尊大に見下ろす。


「西にリア充あればこれを蹴り潰し、東にリア充あればこれを殴り潰す。ネット巡回警備員の重要な職務である。無論24時間態勢だ、よく覚えておけ小僧」


 覚えてどうすんだよ。これテストに出るの? そもそもユウヤ自身には特にリア充していた覚えがない。非常に理不尽な自宅警備員の言いがかりであった。


「あっユウヤ君がロリのぱんつ見ようとしてる」

「してねえ!」


 がさごそと茂みを割って現れる柔道着。この野郎ちょっとラストで活躍したからって調子に乗りやがって。と思ったがおそらくセイジは普段からこんな奴だ。リアルで会ったことないけど。


 気を取り直してユウヤは魔女っ子に向き合った。


「えっと、お久しぶり……ですよね? その節はどうもお世話になりまして」

「ふん、多少は礼儀をわきまえておるようだな」


 そうですね礼儀の「れ」の字もないのはむしろ貴女の方ですね。実際にクラスにこんな態度のでかい女がいたら苛められるに違いない。しかし可愛い猫耳魔女っ子がやると妙にしっくり嵌まっていて、「まあ二次元ってこんな感じだよね」と納得してしまうのだった。


「そういやラビットとユンチーて知り合いだったんスね!」


 何が嬉しいのか嬉々として割り込んでくるセイジ。そこに待ったがかかった。


「こるァアアア!!」

「ぎゃあ!?」


 2階の窓から落下してきたカナである。ハイスペックは健在だ。鼻先数ミリの距離までセイジに詰め寄ってガンを飛ばす。


「ラビットて何やねん、アタシのコユキちゃんになれなれしい呼び方すな!」

「す、すんまっせん」


 腰が折れそうなほどにぺこぺこと平謝りするセイジ。そちらを見向きもせず、カナは愛しいコユキを抱きしめた。そして頬ずりした。


「んーコユキっちゃーん。今日ももふもふかわええなあー」

「……」


 コユキの方は特にリアクションをしない。表情も変わらないが、殴り飛ばしたりしないところを見ると嫌がってはいないのかも知れない。


 これは本人が言うところの取り締まり対象には当たらないのだろうか。ネット警備員のリア充認定基準は未知数だ。


「ユキちゃあ~ん、待って~」


 1階の廊下から間延びした声が聞こえた。すかさずコユキが釘を刺す。


「カナ氏。奴は攻撃するなよ?」

「うっ……!」


 まさに噛み付こうとする姿勢だったカナは、当のコユキから言われて不本意そうに踏みとどまる。


「……せやけどコユキちゃん、あいつのこと好かんて言うてたやんかあ」


 ちょっと泣きそうだった。


「好かん。だが、見込みはある」

「そらこのメンバーやったらおねーさんの次に強いんやろけど」

「ほえ~、なになに、何のお話~?」


 薄暗い廊下から日の光の下に出て、大きな瞳をぱしぱしと瞬かせながらアカリが問うた。


「貴様がカナ氏と張り合えるほどの脳筋だという話だ、小娘」

「ええ~? アカリちゃん、こう見えて頭は悪くないのですよ~?」


 如何にも頭の悪そうな喋り方で言われると実に説得力があった。悪い意味で。能ある鷹は爪を隠す見本のようなピンクロリータである。ゆるふわな砂糖菓子の中に隠されていた「爪」は、厳密に言えば能力の高さとは違うのかも知れないが、大変恐ろしかったのは確かだ。


「それならどうして全員殺そうとしたんですか……」

「そうだよ、大人しく相打ちになってくれればよかったのに」


 半目で問うミグゥの尻馬に乗って、もうひとりの緑頭巾が現れた。瞬間、不届きな発言を咎めるようにミグゥ先生から睨まれ、ふいとふて腐れて目を逸らす。


 そして苛立ちをぶつけるように、自分と同じアバターの少年にいちゃもんをつけた。


「何、じろじろ見て」

「ああ、いや、その……やっぱり見分けつかないかな、と思って」


 そんなに特徴ない顔かな僕、と眉を八の字に寄せるユウヤを見て、ミグゥは内心で否定した。


(ちゃんと見分けつくよユウヤさん。表情も仕草も喋り方も、よーく見たら全然違うもの)


 とはいえ、少し遠くで直立されたらやはり同じに見えるのだろうが。何しろ学友のトオルですら間違えていたくらいだ。


 トオルはあれ以来一度もログインしていない。機材もとっくに返送したと聞いている。何がとは言わないがピンクロリータの乱心が軽くトラウマになったらしい。


 もうひとりの緑頭巾の少年は、特に心的外傷などはなかったそうだが。


「ハルトさん、アキラさんは?」

「アキラは多分もう寝てるんじゃないかと思います」

「多分?」

「あ、僕ら一緒に住んでないので」

「えっえっと、聞かない方がいいですか?」

「別に。隣の区だしそんなに離れてないよ。よく会うし」

「そのよく会う弟によくもまあえげつない役目を負わせたものだな」

「生贄になれとか嫌がられなかったの?」

「あの子なあ、アタシが負かした時笑いよってん。何か裏あるんや思たけど、あれお兄ちゃんの言いつけ守れたのが嬉しかっただけやってんなあ。ほんま健気やで」

「いいじゃないですか、ゲームの中で死ぬくらい」

「抜かせ。あの段階でなら分かっておったろうが、心的外傷のリスクは」

「せやな、それはあかんわ」

「遠慮なく倒した貴女がそれを言いますか」

「いやだってアタシは知らんかったもん」


 木陰を涼しい風が吹き抜ける。リアルの東京ではまだまだ厳しい残暑が続いているが、ヴァーチャルの世界は既に秋が訪れているらしい。


「ああ、それは違いますよユウヤさん」

「暦の設定が現実時間とずらしてあるようだからな、これは秋でなく春だろう」


 当然、と頷き合うチャイナと猫耳。何でそんなん知ってんだよ。


「気候は北欧っぽいもんね~。秋ならもっと寒いと思う~」


 女性陣のガチ度合いにちょっとビビったハルトである。ちらりと横を見ると、ユウヤは平然としていて軽くイラっときた。そうだったこいつはこの中の誰よりもガチだった。


 ひとり無邪気なセイジが木の葉を触って納得している。


「おおっ、言われてみればこれ、若葉っスね!」


 実は田舎で自然と戯れて育ったセイジである。東京には空がない。でもヴァーチャルの世界には空があった。ニセモノだと分かっていてもちょっぴり嬉しい。


「あ、せや、若葉で思い出したわ」


 ポンと手を打つカナ。ちょいちょいと手招きされ、全員が彼女の後に続いた。


 向かった先は、建物を挟んで逆側にある庭だった。ゲーム最終日の乱闘で盛大に破壊された庭である。あの日の惨状のまま、特に修復の予定はない。崩れた石造りの建物の瓦礫が散乱し、辺り一帯の草木は引き千切られて無残な枯れ草になっていた。


「ほれここや、見てみい」


 ドヤ顔で大きな瓦礫の下を指差すカナ。そこには。


「……芽? ですか?」


 石と枯れ草の灰色の世界に、小さな小さな緑色。


「せやねん、アタシが植えたってん。ええやろー? 廃墟に息づく緑! せーめーの力やで!」


 いや廃墟にしたの9割方あんただけどな? という突っ込みは全員が遠慮した。ツインテールのドヤ顔があまりに輝いていたので。


「植物とか植えたら育つみたいやんかあ? せっかく場所もあんねやし、次のイベントまで暇やん。開拓競争とかどやろ!? な、楽しない!?」

「VRカタンか、悪くない」


 止める前にコユキが頷いてしまったので、焦った生真面目委員長はずいっと前に出た。


「待って下さい! カナさんの規格外スペックで菜園なんてやったらどんなモンスターが育ってしまうか分からないじゃないですか!」

「む。それもそうだな。ではカナ氏は格闘スキルを活かして道場でも開いたらどうだ」

「それはそれで何かパネエ軍団ができちゃうんじゃないスかね……」


 7日間のゲームが終わり、つわものどもが夢の跡にはただ広いヴァーチャル空間だけが残された。

 彼らの新たな物語は始まったばかりだ。

 あなたの物語に幸多からんことを!


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