21. 狩り
ツインテールを振り乱し、カナは必死に謝っていた。
「なーコユキちゃん、機嫌直してえや! 後生やから堪忍やって!」
「だから、怒ってなどおらんと言うておろう」
だって尻尾立ってるやん。耳の辺りの毛逆立ってるやん。半泣きになりながら思う。それはそれで萌えるんやけど、やっぱりいつも通りにもふもふしたい。
「騙すつもりやなかってんて、アタシもよう分かってないねん」
ぴたり、とコユキが足を止めてカナとしてはほっとする。コンパスの長さが違うので、いくら速歩きをしてもコユキが疲れるばかりだ。かと言って抱きかかえたらもっと怒るだろうから自重していた。
「カナ氏、私はカナ氏が自分の正体をこれまで明かさなかったことに怒っているわけではないのだぞ」
怒ってんのは認めるんやな、と思ったが口には出さない。
「そうではなく、己の浅はかさが許せぬだけなのだ」
カナの正体に気づかなかったこと、だろうか。だがコユキは更に苛々と首を振った。
「違う。表示されない【登場人物】がいると言う可能性に思い至らなかったことだ!」
声を荒げるコユキ。この自分が公式の仕掛けた安いフェイクにまんまと騙されるなど。それも、ヒントは与えられていたのだ。このゲームは『しらゆきひめ』の物語に沿っている。そして物語の中に登場する小道具はすべからくキャラクターとしてプレイヤーに割り振られている。だとすれば、原作を隅から隅まで読めば、どんなキャラクターがいるのかはかなりの精度で推測できたはずなのだ。
どれだけ戦ってもどの【人物】のパラメータにも影響しないカナというプレイヤーが、表示されない【人物】に属しているということくらい、分かるはずなのだ!
「コユキちゃあん……やっぱ【白雪姫】死なせてもーたん、まずかった?」
それは当然そうである。コユキのクリア条件を潰す行動に他ならない。悪気はなかったどころかバトル狂が「つい」その場の勢いでやらかしたことなのはコユキとて重々分かっているが。
(だからこそ、今日中に挽回せねばならん)
この城に集められた【白雪姫】を探して自分の蘇生スキルをぶつけるのだ。そうすればカナの失敗くらい許してやれる。ツンデレとか思われたら癪なので口に出しては言わないが、クラスタが判明して尚カナがこれまで通りの態度でいてくれることにはむず痒い感情を覚えるコユキだった。
故に、再会からこちら謝り倒し続けるカナを適当にあしらってコユキは再び歩を進める。何しろ強制移動をくらった【王子】のコユキを、カナは〈山〉から追いかけてきてくれたのだ。その友情(?)に応えてこちらも格好いいところを見せねばなるまい。
「なーごめんてーっ」
「くどいと言うておる!」
細い通路にふたり分の声と足音が反響する。そのせいで、前方の騒ぎに気づかなかった。通路を抜けて開けた場所に出た瞬間、そこに大量のプレイヤーが集まっているのが見えた。
「げっ怖い人達」
思わずといった風に呟いたのは、見覚えのある柔道着の男。そして。
「あっお色気ねーちゃん!」
「へたれ雑魚!」
チャイナドレスの《ランプ》と死んだはずなのに生きている【白雪姫】の少年がいた。
(こいつらを狩りにかかるということは、他の連中は【女王】……退避して別口を探すか?)
見るからに面倒なこの連中をさっくり見捨てて他の【白雪姫】を探す方が効率的だ。しかし、コユキが迷ったのは一瞬だった。
「おい、お色気! 貴様、レベルは!」
「ちょっそれ私のことですか!? 72ですけどっ」
大変不服そうな返事が返った。レベル72の《ランプ》。よろしい、上等だ。
「カナ氏、殲滅戦だ。そこのお色気と緑のと白いの以外、全て潰す」
「合点承知! まっかしといてー!」
嬉々として腕をぐるんと回したカナが、そのまま手近なひとりに殴りかかる。
「一撃!? それ本当に物理っスか!?」
「白いの」呼ばわりされても堪えないセイジがカナの「狩り」に素直に目を奪われる。全日程をほぼ物理攻撃のみで無双してきたカナ、レベルと攻撃力がカンストしているので相手によっては殴っただけで倒せてしまうのである。まるで鬼神の如き傍若無人な強さ。
カナほどではないが無論コユキも強い。2振りの三日月刀を取り出し、遠慮なく振り回した。大量の敵をざくざく斬って薙ぎ払う。吹き荒れる血と肉片はすぐに光の粒となって次々に消えてゆく。
「っとォ! 何やもう終わりかいな、物足りひんわー」
豪快な飛び回し蹴りを見舞ったカナが着地してこきこきと肩を鳴らす。20数名の獲物達は瞬く間に狩りつくされていた。正しく蹂躙であった。
「ふむ、確かに全員【女王】のようだな。ルールブックはダブりばかりか……」
「遺体」の確認がてらコユキがルールブックを回収する。特に目新しい情報はなし。ドロップも今更必要とも思えないものばかりだったので放置した。
「あ、ありがとうございました! ……あの、すみませんがそこのMP回復用ポーション、頂いても?」
1瓶投げる。受け取って服用するチャイナドレス、の後ろに何故かこそこそと隠れる柔道着の男。
「……何してるんですか、セイジさん」
「俺、前にあの猫耳のひとから殺られかけてるんで……これあれっスよね、一難去ってまた一難的な展開っスよね?」
チッと面倒くさそうに舌打ちをしてコユキが答えた。
「あれはブラフだ。貴様の方の誤解が解けたなら敵対する理由ももうない」
「そ、そいじゃ、こっちの怖いチートな姐御も……?」
「心配しいな、コユキちゃんの敵やないんやったらアタシも敵対せえへんし」
「カナさん、流石にその理屈では一般人は納得しないかと」
男ふたりはリアクションに困って顔を見合わせている。
「うん? ああ、ゲーム上で敵キャラちゃうっちゅう保証が欲しいんか。よう説明せんわ、うーんとー」
「カナ氏は《ナイフ》だ」
首を捻ってうなるカナに替わってコユキが説明を始めた。
「げえっ《ナイフ》って【女王】クラスタじゃないスか!?」
「最後まで聞かんか阿呆。所属は【狩人】。総合パラメータに表示されぬ、いわばシークレットクラスタだ。テロップを読んだ限りでは、【女王】陣営につくか【白雪姫】陣営につくかをプレイヤー自身で選ぶことができる」
「へーせやったんか。流石アタシのコユキちゃん、かしこやわあ」
何その飛び道具。知らんがな。とセイジは思う。聞いてねえよシークレットとか。
「だからこんな強いんスか」
「それは個人の才能による。初期値がバトル向きなのは確かなようだが」
「にっへっへー。コユキちゃんに誉められてもーた」
にまにまするカナがコユキの猫耳をもふる。妙に嬉しそうなのは、コユキの機嫌が直ったからである。
さっきからちょいちょい溺愛っぷりが気色悪いんだけどこのふたり一体何なんだろう、と思ったが口には出さないミグゥは抜きん出て大人であった。
「カナさんってひょっとしてガチ百合なんスか?」
思った通りを口に出すセイジはガキであった。
「せやで!」
欲望の赴くまま隠すことなどないカナは大人とか子供とかそんな次元を超越していた。溺愛されている側のコユキの心情は計り知れない。無表情のまま大人しくもふられている。
「それで、だ。ドッペルゲンガーの謎は解けたのか」
もふられ子猫が仕切り役。何だろうこの倒錯感。
「いえ、全く。この子がユウヤさんであるという確証もありません」
ミグゥが目線で少年を示す。さっき呼んでたのはじゃあ何だったんだよ、とセイジは混乱した。ドッペルゲンガー、というのは要するにここにいる彼がユウヤなのかアキラなのかという話のようだが。
「ふん……おい白い方のへたれ、貴様は見分けがつかんのか」
「へ? えーっと、や、見た目はアッキーのが可愛いっス。もっと眼がこう、ぱっちり」
と評されて眼が開いていない方の緑頭巾は苦笑した。
「要するに、それくらいしか違いがないと。……あ、《ガラスの棺》のユニークスキル、解けたんだ。うーんと、これもっかいかけてもらったら僕が【白雪姫】って証明にならないですかね」
ユニークスキルは該当者以外にかけるとエラーを起こす。逆に考えるとクラスタの判別に利用できるわけである。全員が膝を打った。当のセイジだけがよく理解しないままスキルを使わされる。
「……数値が動かなくなりましたね」
「ふむ、小僧は【白雪姫】で間違いないようだな。何れにせよ残数2だ。ぐだぐだ迷っておる暇もあるまい」
「へっあの、何の話スか」
再び話について行けなくなったセイジがきょどきょどする。
「セイジさん……もう少し全体パラメータを見た方がいいですよ。【白雪姫】の蘇生力がもう2になっちゃってるでしょう?」
でしょう、とか言われても分かるわけないのは察して欲しい。
「つまり、【白雪姫】蘇生を可能とするユニークスキル持ちがふたりしか残っておらんということだ、理解したか赤子のようにつるつるの脳みそよ」
「えっマジっスか! それってヤバくないスか!?」
だからそう言ってんじゃねえか、とコユキは苛立って半目になった。
「ゴホン……そしてその内のひとりはこのコユキである。私は棺を転倒させ毒リンゴを吐き出させる《木の根》、ユニークスキルは【白雪姫】の蘇生だ。だが、その前に《ランプ》よ。貴様のユニークスキルβを確認しておきたい」
ユニークスキルβ、これについてもセイジは今ひとつ理解していない。質問してばっかりで何だか自分だけが素人の足手まといみたいだ。他の3人は(別次元のマイルールで動いているらしき【狩人】さんは置いておいて)、ちゃんと色々分かっているように見える。
「ユニークスキルの裏バージョン、と言うよりも我々にしてみればようやく本来のスキルが解放されると表現した方が正確でしょうね」
「何スかその、真の力が目覚めし何たらみたいな。ぐっさん厨二スか」
「愚か者、ネトゲ廃人たるもの一度も厨二を患わずして一人前と言えるか! この小二め!」
「えぇっ、さ、さーせん?」
何か理不尽ながらも謝っておく。
「別に厨二なつもりでは言ってませんが……取説にありましたよね、ユニークスキルとはお話の流れを変える力であるって。そう考えると私やユウヤさんのスキルは明らかにずれてるんです。【白雪姫】の探知とかバトル中のステルスとか、プレイヤーのレベルにしか影響してないじゃないですか」
「……日本語でおなしゃっス!」
「己のユニークスキルを考えてみれば良かろうが。貴様のユニークスキルでは【白雪姫】の魅力値に変動が起きる。それと同じだ。個々のプレイヤーやキャラクターではなく、【登場人物】のパラメータや状態に影響してエンディングを左右するのがユニークスキルなのだ」
セイジは一生懸命に頷いた。隣の緑頭巾はぼーっとしている。
「《ランプ》のユニークスキルβは何かしら【白雪姫】を『保護する』もののはずだ。ランプの灯火によって姫を見出したことで、7人のこびとは姫を家に置くことを決めるからな。レベル72、かつ【白雪姫】と共闘しておったならば既に解放されているのではないか?」
「有効化済みです。ただ、説明はβになる前と変わらなかったので具体的な機能は判然としなくて」
《ランプ》のユニークスキルβの解放レベルは70、解放条件は【白雪姫】プレイヤーと共闘関係にあること。
「少なくとも害にはなるまい。蘇生スキルの後ですぐこの小僧に《ランプ》のスキルをかけるが良い。せっかく蘇生したところで【白雪姫】が全滅しては元の木阿弥だからな」
『保護』機能……そうなのだろうか。今ひとつ腑に落ちないまま、ミグゥは特に反論せず受諾した。少なくとも【白雪姫】の害にはならない、それは間違いないだろうから。
「そうですね、もしプロテクトがかけられればそれに越したことは」
こっくりと、緑の頭巾が頷く。
「では行くぞ、小僧。〈転ばせの根〉」
コユキの重ねた両手から緑色の光線が放たれる。光が灰色の衣服の胸に吸い込まれる。
――――――そう見えた次の瞬間、コユキから悲痛な叫びが上がった。
「ッッ失敗した!?」
光線は赤色に変わり、放たれた根源に向かって跳ね返る。
「コユキちゃんッ!!」
即座に駆け寄ったカナがコユキのくずおれた体を抱きとめる。魔女の帽子がぱさりと床にずり落ちた。
「どうして……」
驚きに眼を見開いていた少年がぽつりと口を開いた。
「もしかして……【狩人】のカナさんがいたから……?」
「自分それどうゆう意味やッ!」
キッと怒鳴りつけられて怯みつつも、懸命に推測を口にする。
「す、すみません、僕も今思い出して。《木の根》のユニークスキルって確か、『その場に敵がいない時』みたいな使用条件ありませんでしたっけ?」
「何でぇや! アタシ、コユキちゃんの敵ちゃうて言うてるやんけっ」
「……カナ氏。ユニークスキルを、【白雪姫】に向かって、使っただろう。それで【女王】陣営と、認定された、のではないか……?」
当のコユキがそう告げる。カナの顔が絶望に歪んだ。
「う、嘘やん、嫌や……コユキちゃん、まだ遊ぼうや……コユキちゃんおらな、おもんないねんて……っ」
「すまんな、カナ氏。……気づかなかった、私の落ち度だ」
呟いて、コユキの体が静かに、すうっと薄れて空気に溶け消えてゆく。それは昇天ではなく、消滅。天国もなく地獄もなく、ただ破棄されたデータが消えるように。
コユキちゃんコユキちゃんコユキちゃん、と狂ったように叫ぶカナ。その耳元に、コユキが何かを囁いた。カナがヒッと息を呑む。
「これは、……ユウヤさんセイジさん、もしはぐれたら、中庭の時計台の前で」
ミグゥが低く呟く。同時にその手が魔法スキルの準備をしていた。
「なあ……嘘やろ……?」
ゆらあり。ツインテールの長身が立ち上がる。その瞳には暗い光が宿り、緑の頭巾を睨み据える。
「ッ走って! 〈湧撃・乱舞〉ッきゃあ!?」
「おおおおおおおおおおおおおォオオオオオっ」
怒涛の水飛沫の中、かすかに見えたのは翻るツインテールの影。ミグゥの体を弾き飛ばし、怒り狂ったカナが【白雪姫】を追跡し始めていた。




