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しらゆきひめゲーム、始めます  作者: 姉川正義
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1. 遭遇

 これはひょっとして、俗に言う初見殺しというやつではないだろうか。


 自分の4倍はあろうかという巨大ゴーレムを見上げながらユウヤは思った。おかしい。RPGのセオリーに則るならスタート地点の城付近には雑魚しかいないはずである。どう見てもこの短剣はあのゴーレムには刺さらない。むしろ確実に折れる。ならば選ぶ道はひとつ。


「……逃げる!」


 ユウヤは一目散に駆け出した。後ろは振り返らない、いい言葉だ。格言botとかが言いそうだ。


「そんでやっぱり追ってくるんかいっ」


 もやしっ子なので動悸が激しくなった。落ち着け、これはゲーム、これはゲーム。走っているのは橋本雄也17歳の体ではなくヴァーチャルな「ユウヤ」のアバターだ。本当に息切れなんか起こすはずがない。


 必死で自分に言い聞かせるが、巨体が生み出す臨場感たっぷりの地響きと震動はリアルに怖かった。流石は最新鋭のVRだ。ただのCGと大して変わんないじゃーんとか笑っててごめんなさい。


「ぐえっ!?」


 突然目の前の茂みがガサゴソと揺れ、ユウヤは慌てて急ブレーキをかけた。全力疾走の勢いは殺しきれず尻餅をつく。後方のゴーレム、前方にはさあ何が来る!?


 背後にゴーレムが接近しているのが分かる。ユウヤを射程圏内に捉え、屈みこんで腕を伸ばそうとする気配。プレイ開始わずか30分にしてのゲームオーバーを覚悟した。南無。


「伏せて!」

「えっあっハイ!」


 鋭い指示に思わず敬語で返事をする。伏せるまでもなく尻餅ついてますが何か問題でも。


「〈水撃〉!!」


 何が起きているやら分からないユウヤの頭上を何かがゴーレムに向かって飛んでいった。思わず首をすくめ、次いで破裂音に目と耳を塞ぐ。


「まだ油断しちゃダメです、起きて!」


 再び声がして、茂みの中から人影が駆け出してきた。伏せろって言ったり起きろって言ったり忙しい人だなあ、という苦情は喉の奥で固まった。


(い、いやいや今そんな場合じゃないからっ)


 とは思いつつどうしても。清潔そうな声と裏腹に、彼女はどこのマフィアの姐御かというようなド派手なチャイナドレスを着ていた。お団子ヘアーのシニヨンから一筋だけこぼれた髪が風に揺れる。


(しかも露出度……)


 どことは言わないがものすごい山と谷が見えている。脚のスリットもかなりのぎりぎり。有態に言ってとてもセクシーだった。声の印象と180度ずれている。そのアバターご自分で設定なさったんですよね? 大丈夫ですか、これ全年齢向けゲームですよね? あれ僕ちゃんと年齢登録したよね?


「威力が足りなさそうです、回復しちゃう前に走って!」


 密かに動揺する少年の内心には気づいていない様子で、チャイナドレスの女性プレイヤーはユウヤの手を引っ張って助け起こした。背後では片腕がぐじゅぐじゅに溶け崩れたゴーレムがぐらついている。


 背後を確認しつつ木に隠れながら走る。


「何……だと……ゴーレムがポーションを!?」


 ユウヤの常識にポーションを服用して再生するゴーレムというのは存在しなかった。お前本当にゴーレムか? 自前で再生せんのかい。


 それよりもまず手を離してもらえませんかね。一応思春期のオトコノコなんですが。女性プレイヤーの方は目の前のバトルに熱中しているせいで欠片も意識なんかしていないのだが、だから気にするなというのも無理があろう。未知のやわらかさが青少年の混乱に拍車をかける。


 しかし、ユウヤの場違いに甘酸っぱい思考はすぐに断ち切られた。固く握りしめたふたりの手の上にポップが浮かびメッセージが表示されたからだ。


> ユニークスキルの解放条件が満たされました。


「おおっ?」

「どうかしましたか?」


 ポップは本人にしか見えないらしいのでメッセージの内容を読み上げる。復活したゴーレムから逃げ回りつつ、スキルを有効化アクティベートした。


 今まさに使えそうなので早速使用してみるが。


「えっな、何で!? 作動しない!?」


 振り下ろされたゴーレムの腕を両側に飛び退って避ける。有効化しただけでは駄目なのか。何か使用条件があるのかと説明を読み返すも意味が分からない。


「ちょっと見せて頂いてもいいですかっ?」


 チャイナドレスの彼女は回避行動を取りながらも小刻みにさっきの水鉄砲を繰り返し、ダメージは大して与えられないものの、一瞬ゴーレムを停止させるくらいの効果は出している。翻ってユウヤの方は逃げ回るだけで精一杯の体たらくである。


 バシュッ!

 水鉄砲がうまいこと頭部に当たり、ゴーレムがポーションを取り出そうとあたふたし始めた。闇雲に足をばたつかせるので危なくて迂闊に近づけないが、少なくともこちらを追いかけてくる素振りはない。その隙を狙って彼女がユウヤの近くに戻った。


 急いでスキルの説明を見せる。


> 狩人はしらゆきひめのものと偽って森の獣の心臓と肺を差し出しました。女王はそれを喜んで塩茹でにして食べました。

> 獣の臓腑:敵の目を欺きしらゆきひめを死なせないためのユニークスキルです。


「女王が白雪姫の殺害を命じるシーンですよね……」

「何か分かるんですか?」


 真剣に考え込む表情の女性はユウヤの問いを無視し、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。


「狩人は姫に同情して姫を殺さずに逃がす、でも殺した証拠に心臓を持ってこいと命じられているから、代わりに森の動物を殺して、で、そのダミーを女王は白雪姫のと勘違いしたまま食べる……」


 こうして聞いてみるとなかなかにグロい。女王本人としては人間の臓物を食べているつもりなわけである。うわあカーニバル。色々な意味で怖くなってきたので適当なことを言ってみる。


「敵の目を欺くって言うからステルス技とかだと思ったんですけど」


 自分にかけてみたがゴーレムの目が逸れた様子はない。


「そうですね、確かにステルス系だと思います。ただ使用条件は……あの、言いたくないとは思いますが、キャラクターを教えて頂いても?」

「うっ……僕、《イノシシ》です」


 あまり知られたくないキャラクターだと何故分かったのだろうか。


 ユウヤ

 《イノシシ》 Lv 1

 ライフ 82/100

 攻撃力 6

 防御力 7

 魔法力 5/5

 装備品 短剣

 スキル なし

 ユニークスキル 獣の臓腑:解放されました


 キャラクター《イノシシ》。イノシシて。取説には「お話の中に登場するもの」と書いてあったのでヒロインの姫なり敵キャラの女王なりをイメージしていた。せめて人間にしてくれよ。ていうかイノシシはありなの? 登場人物なの? 兵士1とか村人2ですらないの?


「ネトゲってジョブとか自分で選べるわけじゃないんですね」


 言い訳がましく苦笑いしてみせると、女性は真面目な顔で首を振った。


「選べますよ。ただここのメーカーは多少ネジが飛んでて、前にも……っと、そんな場合じゃなかった。ユニークスキルのことなんですけど、原作のストーリーに添って考える必要があるんです」


 彼女は再び思考に戻る。ここでの役割は、とか、敵味方の認定が、とかの言葉が途切れ途切れに聞こえてきた。難しすぎてユウヤには割り込めなくなる。


 その傍らで別の音も聞こえてきていた。重厚で硬い何かが軋みを上げる音。見て確認するまでもなかった。ゴーレムが再生を終えこちらに向かって動き始めていたのだ。


「……分かった! 《イノシシ》さん!」

「ハイ!」


 突然呼ばれて思わずいい返事をしてしまう。


「そのスキル、私だけ・・・にかけて下さい!」

「へ? えっと……了解です!」


 どんな理屈でその結論なのか全く理解できていないがユウヤは素直に頷いた。だってこのひと何か頼りになりそう。頭良さそうだし学級委員長オーラが滲み出てる。


 学級委員長兼水使い(仮)が敵の肩に水鉄砲をぶつけ、ユウヤがスキルの使用を念じる。


「〈獣の臓腑〉……これでかかったんでしょうか……?」


 やっといて何だが自信がない。ユウヤの目からはさっきまでと同様に見えているからだ。ステルスというからには見えなくなるはずではないのか。


「ってうわあ!?」


 勇者すぎる。それともこの手のゲームに勇者は必須なのか。それは勇者違いである。お姉さんはゴーレムに向かって一目散に駆けて行った。ゴーレムは彼女に気づいた様子もなく、ユウヤの隠れている木の方に真っ直ぐ進んでくる。


「あっ効いてる! ステルス効いてますよ!」


 それはいいんですがそうやってぴょこぴょこ跳ねると見えますよ。あとバカっぽいです。頼りになる委員長オーラはどこ行ったんや。


 お姉さんはすぐさま大技のためのチャージに入った。ゴーレムの真正面でやっているのに敵は全くそれを妨害しようとしない。


「そりゃそうだろうね僕しか見えてないんならねっ」


 自分にもスキルをかけたいと思ったが、拳が飛んでくるのでそんな暇がない。彼女の水鉄砲のような時間稼ぎの手段は残念ながら持っていなかった。


 仕方がないのでユウヤは走った。ぐるぐるとゴーレムを翻弄し、それでいてその場を離れすぎないように。幼少期以来こんなに走ったことなどない。自分の動きを追いかけるように周囲の木々が豪快にもぎ倒されていく。


「……よし、行けます! 離れて!」

「ハイ!」


 最後の体力を振り絞って全力疾走した。最後は地面にスライディング。


「〈水撃・砕〉!!」


 凛とした声と共に太い水の槍が弾き出される。勢いよく射出された水はゴーレムの心臓部に突き刺さり、ゴオッと盛大な音を立てて岩の体が砕け散った。


 土煙が収まりきる前に、ゴーレムが光の粒と化して昇天し始める。見たことのない幻想的な光景に、息を切らして地面にへたり込んだままのユウヤはしばし見蕩れた。


「おお……勝った……? のか……?」

「やりましたねっ。ドロップ山分けしましょう?」


 次第に薄れていく、元・ゴーレムだった光の粒。その根元には幾つかの小瓶や石が落ちていた。さっきゴーレムが使っていたものと思しきポーションの瓶を手に取り、その感触にじわじわと実感が湧いてくる。


「……や、やった! 初バトル! 初勝利!」


 ドロップをきっちり二等分する。彼女の方が多くないといけない気がしたのだが固持されてしまった。


 そして大方のアイテムは分け終え、ひとつ分けきれずに残ったもの。


「これ、ハサミですよね?」

「さっきのひとの正体ですよね」

「???」


 彼女が手を触れると、ハサミの上にポップが表示された。


《ハサミ》 Lv 6

> しらゆきひめは飾り紐で締め付けられて窒息していました。こびとは紐をハサミで切りました。するとしらゆきひめは息を吹き返しました。

> 《ハサミ》には【白雪姫】のライフを回復させるユニークスキルがあります。


「???」


 いや読んでも意味が分からない。原作のワンシーンなのは分かるが。混乱するユウヤと違い、チャイナドレスのお姉さんプレイヤーは何かに気づいて顔を顰めた。


「しまった……味方クラスタだったのか」


 この説明のどこからそれが読み取れたのか。ユウヤの困惑顔を見て説明してくれる。


「つまり、今倒したこのプレイヤーさんは【こびと】クラスタの《ハサミ》というキャラクターで、ちゃんと話し合っていれば、同じく【こびと】クラスタの私や【白雪姫】クラスタの《イノシシ》さんと共闘できる可能性があったということです」

「ごめんなさい余計にわけが分かりません」


 素直に申告するユウヤである。《ハサミ》というキャラクター、とは? そんなんいたっけ? 7人のこびとに色々ニックネームがあったのは覚えているが。


 いやそもそもあのゴーレムがプレイヤー?


「あっごめんなさい」


 何を勘違いしたのか、お姉さんは何故かその場に三つ指を突いた。


「私ったら名乗りもせずに。……改めて、はじめまして。【こびと】クラスタ所属、キャラは《ランプ》のミグゥと言います。よろしくお願いします」


 朗らかないい笑顔だった。


「えっあっご丁寧にどうも? 【白雪姫】クラスタで《イノシシ》のユウヤです……けど?」


 ハサミの上に新たなポップが表れる。


> ルールブック No. 12 このゲームでは、プレイヤー以外の敵やNPCが配置されていません。


 ユウヤに理解できたのはひとつだけだった。

 あっ……別に本名で登録しなくても良かったんだ……。


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