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しらゆきひめゲーム、始めます  作者: 姉川正義
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20. 理由

 (アキラ)との間に血のつながりはない。それでも「ゆう兄ちゃん」と慕ってくれる可愛い義弟だ。


 だから、自分とそっくり同じアバターを設定してやることには後ろめたさがあった。顔も体格も服装も声までも本人の望む通り「おそろい」にして、それでいて当の自分はこの顔が大嫌いなのだ。無邪気に喜んでくれたアキラには到底言えた話ではないが。


 眠たげな喋り方やとろくさい仕草までアキラが真似しなくて本当に良かったと思う。


 溌剌とした笑顔、まるで自分の上位互換のようになったアキラ。弟を生贄にするシナリオを組んでしまったのはどこかに嫉妬があったのだろうか。《ナイフ》のユニークスキルを当てられに行けと指示したら何の反発もなく遂行されてしまい、あまつさえ「誉めて!」ときた。罪悪感に泣いた。


(けど、だからこそ。ここまで来たらもう最後までやり切るしかないよね)


 自分が決めたバッドエンドを達成する。


 閉じた目を開くと、四方を囲む石壁が目に入った。初めの城にもこんな部屋があったが、今いるここはフィールド〈隣国の城〉だ。おそらく間取りは使い回しなのだろう。


 メニュー画面を呼び出し、同じくこの城の中にいる面子を確認する。


 強制移動させられた【女王】達はあちこちに散っている。邪魔をされても困るから適当に騙して城から追い出すか。それとも、同士討ちを誘導する方が得か。既に形勢逆転が起きない程度には間引いたが、用心に越したことはない。


 【王子】もあちこちにいるようだが、猫耳の《木の根》以外に脅威になりそうな者はいない。彼女の厄介なユニークスキルだけは潰しておきたいところだ。一緒にいる《ナイフ》に妨害されなければ……いや、逆か。《ナイフ》は今や《木の根》と敵対する立場のはずだ。むしろ近くにいてくれた方が好都合。


 最終日に強制移動を被らない【こびと】クラスタの姿はない。もっとも、いてもいなくても同じことではある。この局面において有効なユニークスキルβは必要レベルも高く、大半の【こびと】プレイヤーはそこまで到達しなかった。そうなるように仕組んだのだが。


 唯一、彼女だけが。


 玄関ホールに「仲間」だった柔道着とチャイナドレスのふたり組が見えた。あれだけ妨害したのに午前の内に着いてしまうとは。彼らは、いやあの《ランプ》は、最優先で潰さなければならない。せっかく死なせた【白雪姫】が生き返ってしまう。


 騙されていたと知ったら彼らは怒るだろうか?


「ごめんねミグゥ。でもこれそういうゲームだから」


 主賓は揃った。さあ、婚姻の宴の始まりだ。


***


「ぐっさんが〈俊足〉スキル持ってないのは想定外だったっス」

「……探知スキルとの相性が悪いので」


 セイジの失言でミグゥは機嫌を損ねたらしい。しかしそのせいで移動に時間を食ったのだからちょっとくらいの愚痴は許して欲しいところだ。まさか〈隣国〉への移動だけで夜が明けるとは。


 当然ながら完撤である。おそらく今日はこのままゲームの中で丸一日過ごして、明日はせっかくの日曜日を後遺症で寝込んで潰すことになるのだろう。ゲーマー冥利に尽きる週末だ。


「けど俺、やっぱ分かんねえっス。あ、いや、ぐっさんが敵じゃないってのは納得したんスけど、その、アッキーが死んでるって話の方っス」


 移動の道々された説明では、アキラは5日目の夕方にカナというプレイヤーのユニークスキルによってゲームオーバーになったとのことだった。故に昨日あの場にいたのはアキラではなくユウヤということになる。


「理屈の上では確かにそうなんスけど、でもやっぱ昨日アカリって子と一緒にいたの、アッキーの方っスよ。俺、自分のダチ間違えたりしないっス」


 力いっぱい間違えてたじゃねえか、とは口に出さずミグゥは大人の対応を取る。


「そうですね、確かにユウヤさんでは辻褄の合わないことも多々あります」


 アカリと行動していた時の彼は奇妙ではあった。


「……死んだアッキーがユンチーにのり移った」

「リアルのアキラさんは多分ちゃんと生きてますから殺さないであげて下さい」

「あのかっ飛んだ【女王】ちゃんと一緒にいるうちに毒電波でブラックユンチーが覚醒した」

「それとアキラさんとどう関係が?」

「ぐっさんの双子説よりマシだと思うっス」

「…………」

「…………」


 不毛なやり取りに、大人ふたりは揃って溜め息をつく。


「……どっちにしろ、ブラックユンチーとホワイトユンチーがいるのは確かなんスよねえ……。ブラックの方はぐっさん倒そうとしてるし。ぶっちゃけどうなんスかぐっさん、戦えるんスか?」


 セイジが問うたのは、仲間を攻撃できるかという意味ではない。それができないことは分かりきっている。一度親しくした相手を攻撃できないどころか、ミグゥはそのマイルールによって、相手から攻撃された場合に自衛すらできない可能性があった。


 刃物は先を潰したもののみ。

 攻撃は自分の手足を使った打撃か水系魔法のみ。

 相手の体を損傷させないこと。

 誰かを殴るなら自分の手も痛みを感じるべきこと。

 倒すなら威力が大きく苦痛の少ない魔法で長引かせずに済ますこと。


「ブラックの方、その弱点知ってるっスよね、多分。そこ突かれたら負けるっスよ」


 推測ですが、と前置きしてミグゥはセイジの懸念を否定した。


「彼はバトルをしません。アカリさんと同行していた時然り、あなた方をミスリードしていた時然りで、必ず他人に狩りをさせて自分では手を出さないという行動パターンが見受けられます。スペックに制約があるのか他の理由なのかは判然としませんが」


 納得しかけたセイジだが、ふとあることに気づく。


「……ん? 【王子】騙して【こびと】狩りさせてたのってアッキーっスよね? アッキーは普通に自分でバトルしてたっスよ」

「ええ。ちょうどその辺りからですね。我々にとってのユウヤさんとそちらにとってのアキラさんが混ざり始めたのは」

「やっぱアッキーの生霊説が! ユンチー取り憑かれたんスよ!」

「……ああ、やっとセイジさんのユニークスキルが解除されましたね」


 あ、流された。割と真面目に言ったのに。セイジは迷信を信じるタイプだ。


「良かった。数値が動かないと戦況が分かりませんから……残り2か、まずいですねこれ」

「俺のユニークっスか? 確かに使ったけど何か作動しなかったんスけど」

「しっかり作動してますよ。それも以前より持続時間が伸びているようです」


 首を傾げるセイジに、全体パラメータを睨みながらミグゥが答える。


「昨日ユンチー何も影響受けてなかったスよ?」

「ユウヤさん個人ではなく【白雪姫】への影響です。ユニークスキルは本来そういうものですから」


 そう言われて全体のパラメータを見る。が、見ても分からない。数字が並んでいるだけにしか見えない。困った顔でミグゥ先生に助けを求めた。


「《ガラスの棺》のユニークスキルの効果は【白雪姫】の魅力値上昇と聞いていましたが、もうひとつ。持続時間内の【白雪姫】の数値固定、ですね」


 昨夜のバトル以降、全くパラメータが変動していません。断言するミグゥにセイジはちょっと引いた。数字が変わったかどうかなんてグラフもないのに何で分かるんだこのひと。


「……ぐっさん。言いたくはないんスけど」

「ガチすぎてキモいというコメントは受け付けません」

「じゃなくって。敵襲っス」

「ッ何でわざわざ間を持たせたんですか!?」


「15匹目【白雪姫】ゲットォ! 〈炎撃・砕〉!!」


 飛びのいたセイジとミグゥの間を通過し、炎の弾が石壁に孔を穿った。


「ちょっあっつぅ!? いや待って俺ら【白雪姫】じゃねえっスよ!」


 叫んだセイジの声がホールに反響する。聞く耳を持たずバトルアックスを構える髭面の男、推定【女王】。その魔法技の立てた騒音とセイジの声を聞きつけ、更に敵が増えてしまった。


「どっからそんなわらわらと!?」

「ひぃ、ふぅ、……20人近くいますね」


 彼、セイジ言うところの「ブラックな方のユンチー」は確かに自らバトルをしない。但しその分、他のプレイヤーをけしかける戦法が得意技だった。これは明らかに奴の仕業と見ていいだろう。


 ぐるりと取り囲まれてふたりは退路を失う。別の棟へと続く通路が放射状に伸びる円形のホール、その全ての通路が塞がれている。推定【女王】達の眼は何故か血走っていた。


「こ、怖いんスけどっ。何でこんな必死なんスか【女王】とかもう勝ち抜け決まってるようなもんスよね!?」

「……【白雪姫】の蘇生力がゼロになってないからでしょう。あるいは、【姫】の魅力値が【女王】を上回っているから。違いますか?」


 妖艶なポニーテールの女魔法使いが口を開く。


「よく分かってるじゃないお嬢ちゃん。そうよ、魅力値で【白雪姫】より上に立たないとあたくしのクリア条件が満たされないの」

「ケッなーにが『あたくし』だ、キャラ作りすぎてきめえんだよネカマ!」

「はァ!? ネカマじゃねえし!!」


 若草色の着流しをまとった男が野次を飛ばし、言い争いで包囲網が崩れる。入り乱れて飛ぶ罵声を聞く限り、どうも獲物の取り合いに発展したようだ。【白雪姫】なんてもう殆ど残ってないのに、という台詞が聞こえた。


「チャンス! 〈湧撃・刃〉! 走って!」


 その隙間にミグゥが水流を叩き込んだ。大きな鉈で割ったようにひとの塊が削がれ、通路が見える。セイジとミグゥは懸命に走り抜けた。直撃した何人かは倒せたようだが、それでも追っ手が多い。


 それから入り組んだ石壁の通路を右に曲がり左に曲がり階段を昇っては降り後方に向かって魔法を撃ち、そろそろポーションで回復しないとライフが赤信号、と感じ始めた頃。


「嘘やん!? 前からも何か来る!?」

「あれは……!」


 大勢の【女王】軍団に追われて逃げる【こびと】ふたり組。その正面からも大勢の何かが走ってきて、すわ挟み撃ちかとセイジは絶望に襲われた。しかしミグゥは先頭にいるプレイヤーの姿に気づく。


「ユウヤさん! 避けて!」

「へうわっはい!」

「〈湧撃・砕〉!」


 緑頭巾の少年がダイナミックに飛び込み前転し、その後ろに見えた人の群れに向かってミグゥが水魔法を放つ。再びの大技で、ちょうど通路の開けた交接点に来ていた第2集団が蹴散らされた。3人になった追われる側は水の鉈が切り開いた隙間を駆け抜ける。


「素敵なお知らせです。……今のでMPがゼロになりました。回復薬は持っていません」

「何で途中で調達して来なかったの!?」

「ぐっさんて冗談言えたんスね……」


 男ふたりが好き勝手言っているが、そもそも彼らは魔法スキルをほぼ覚えていない。頼みの水使いがMP切れを起こしたことで今度こそ万事休すである。


「なーごめんてーっ」

「くどいと言うておる!」


 その時、一本の脇道からブーツか何かの硬質な足音が響き渡った。足音は二人分。反響のせいで内容は聞き取れないが何やら言い争っている気配がした。


 逆光の中に見えたシルエットは、長身ツインテールとちびっ子猫耳のでこぼこコンビ。


「げっ怖い人達」


 びびったセイジが思わず立ち止まる。


「あっお色気ねーちゃん!」

「へたれ雑魚!」


 あちらはあちらで酷い言い様だった。


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