14. 飛び道具
少年の手がどこからともなくボウガンを取り出す。
「いきなり飛び道具かいな!」
立て続けに発射される矢をアクロバティックに飛び退ってかわす。1本、2本、3本。4本目はカナが飛び移る先に的確に放たれた。慌てて体を丸め地面に飛び込む。起き上がる頃には相手は既に次の矢を構えていた。
両者、しばし睨み合う。先に動いたのはカナの方だった。力強く地面を蹴り、敵に向かって駆け出す。真正面から突っ込んでくるカナに怯む様子もなく射かけてくる少年だが、矢が尽きるのは時間の問題だ。その瞬間を狙う!
「うおうっと」
と思ったらボウガン本体を投げつけてきた。横っ飛びにかわす間に次の道具を構えている。
「って更にボウガンかい! いくつ持ってんねん!」
つい性分で突っ込みを入れつつ、内心で感歎した。
(こいつ、意外とやりよる……!)
矢が尽きる瞬間を狙って突っ込んだのはカナの判断だ。だがそれをさせたのは相手だった。本体を投げるのは初めから織り込み済みの動作だったのだろう。あまりに滑らかでためらいがない。まんまと誘いに乗ってしまったことに歯噛みする。
(次はもう騙されへんでえ)
気合を入れ直し、ギリ、と睨んだ。相手の表情に変化は見えない。
カナは意地になって同じ戦法を取った。いくつ持っていようとも、いつかは矢も本体も使い切るのだ。矢をかわし、ボウガンの投擲をかわし、そうしながら相手に近づいていく。少しずつ相手が後退り、押されていくのが分かった。
「もらったァ!」
3つ目のボウガンがあらぬ方向に飛んだ。すかさず一気に距離をつめる。
だが、敵の方が一瞬速かった。懐から新たな道具が取り出される。視界に黒い線が走った。直感的にブレーキをかける。紙一重の差で、カナが突っ込むはずだった空間を鞭がしなって駆け抜けた。音を立てて空気を切り裂いた鞭は上空へ飛んだボウガンをつかみ、カナの方に放ってきた。斜めに前転して直撃を避ける。
「道具ばっかりに頼らんと、てめえの拳でやらんかい!」
叫びざま、落下して跳ねたボウガンを掴んで投げ返した。これはあまりカナの本意ではない。武器や道具を装備していないわけではないが、肉弾戦の方が俄然好みだった。何しろカナの体は普通よりも大きめに設定してあるのだ。腕も脚もスパンが長い。殴り合いには有利である。またこれは攻撃力と比例するのかどうなのか、力も強い。その強力の腕をもってして、ボウガンの重さに驚く。
(あいつこんな重いもんひょいひょい投げよったんか!?)
衣服の上から体格は視認できないものの、さほどガッチリマッチョには見えない。何か補強スキルでも使っているのだろうか。道具ばかり使うので本人は非力なのかとも考えていたが甘かったようだ。
見込み違いもあってやや手前に落ちたボウガンに見向きもせず、頭巾小僧は鞭を振るった。空気を裂く鋭い音が痛みを連想させる。しなる凶器は軌道が読めずかわしにくい。
「あぐっ」
よけきれなかった一撃が肩を打った。予想以上に痛い。
久々に感じた「痛み」に心を揺さぶられた。カナはバトルの実感を得たくて、しばしば痛覚軽減システムを切ったままで戦うことがある。それでもこのところはレベル上昇のため、相手からの攻撃を食らうという経験自体が稀になってきていた。
「くっそアタシよけてばっかりやんけ!」
気に喰わない。こんなんカッコ悪い。苛立ちを込めて敵を睨みつけた。アタシの玉のお肌に傷なんぞつけよってからに、この罪は重いで。ミミズ腫れ残ったらどないしてくれんねや。もう怒った、許さん。
動きが止まったところに第2撃が来た。今度はかわさない。打たれた方の腕を差し出し、敢えて受けた。激痛を堪え、逆の腕で鞭を掴む。掌の皮が焼けるような感触。骨やってもうたかも知れんな、と思いながらも相手にダメージを与えるべく掴んだ鞭を大きく振り上げた。
そして大きく空振った。捕まれた瞬間にすぐ手を離したらしい。つくづく腹立たしい奴である。獲物のついていない釣竿を放り捨てる。さあ次は何だ。
敵が取り出したのは黒い、柄のない小さな刃物。クナイ、である。細い木の葉のような形状のそれを再び次々に投擲する。いくつ隠し持っているのか、まるで無尽蔵であるかのように間断なく投げつけられて流石のカナも閉口した。集中力がわずかに途切れ、痛みに鈍った右腕がほんの少しだけ逃げ遅れた。
「ッたああ」
刃物、と描写したのが明らかに間違いだったと知る。これはむしろ鈍器だ。白い肌が鬱血したのが目に入った。投げつけられたのは鋭いナイフではなく石。そして案の定重い。小道具の使用を好む割に力技に頼るタイプだった。
(これは下手すると、近接戦に持ち込むのは逆にあかんかも知れん)
殴る蹴るはカナの十八番だが、投げ技など持っていたら厄介だ。その考えを裏付けるように、クナイを投げ終わった敵は新たな武器を取り出した。
城の窓から差し込む月光にぎらりと刀身が光る。いわゆるツヴァイヘンダー、両手持ちの大剣である。斬ると言うよりも叩き斬ると表現する方が正しいような重厚さ。そしてそれを、
「なんで片手で持つねん!?」
両手持ちって言うたやろうが無視したんなや。しかも2本。それ二刀流用の剣ちゃうから。どう見てもちゃうから。
相棒のコユキも二刀流は得意とするところだが、使うのは背丈に合うサイズの三日月刀だ。それをプロペラのように回転させて一気に複数の敵を切り刻む様は、これまでに何度か目にしてきた。まさか似たようなことを、本人の体よりも大きな長剣でやるプレイヤーがいるとは。
見た目の動きだけならコユキと同じくらいの身軽さだった。羽か何かのように2振りの大剣を振り回し斬りかかってくる。異常なまでの怪力。今度ばかりは必死で逃げ回る。
(もう騙されへんで、それめっちゃ重いんやろ!)
普段ならこんな動きをされたら、剣が見掛け倒しで軽いのだと判断して受け止めに行く。白刃取りくらいはやってやる。だがおそらく、この剣を受け止めた瞬間カナの両腕は粉々になる。
半身になり、後退り、飛びのく。下方に叩きつけられた刃はすさまじい勢いで地面を抉った。粉砕され舞い上がる石の破片が恐ろしい。
どうにか拳を突き入れられないかと狙うものの、自在に舞う2枚の刃には隙間と言うものがなかった。皆無だった。いなす、と言うことができないので防戦一方である。
「―――ッ」
大きく胴を薙ぎにかかった刃が、やや低い位置に来た。思い切って力いっぱい上方に飛び上がる。相手の頭上を遥か高く飛び越え、落ちて前転しながら腹をくくった。
(贅沢は言うとれんなこれは……!!)
渋々ながら、カナもまた道具を装備した。鋼鉄のブーツ。好んで使いたくはない。絶対領域のこだわりのバランスが崩れるからだ。しかし背に腹は変えられない。正直なところ、ここまでひりひりさせられた戦いは初めてだ。速度、重さ、技、どれをとっても間違いなく過去最強の敵だった。
「覚悟せいや……意地でもあんた沈めたるわ」
再び斬りこんできた刃を靴底で受ける。今度は、よけなかった。痺れるような痛みが走るが歯を食いしばって堪えきる。そのまま足を踏み出すと相手の体が押されて後ずさった。思った通りだ。力は異様に強くとも、本人の体が見た目に反して重いわけではない。
むしろそれを補うために重さのある武器を使うのだろう。体重は初期値から足せずとも腕力はレベルによっていくらでも補正が効く。
よろめいた相手はすぐに立て直してきた。右から左から襲い来る斬撃をかわし、受け止め、隙を狙う。
「今や!」
右側から大きく袈裟切りに来た1本を半身になってかわす。勢い余って大剣が下に流れた。その真上に飛び上がる。斜め下に向いた刃先をブーツで力いっぱい踏みつけた。そして空いた方の足で、上方に向かって蹴り上げる。
「うるあああっ」
バキン、と鈍い音がして真っ二つに大剣が折れた。敵の手を離れて吹っ飛んだ柄が木にぶつかり、べこっと細い幹をへし折る。頭巾男は慌ててそこから飛び退った。倒れた木が土煙を上げる。
「ふふん、どうや! 怪力はあんただけとちゃうねんで!」
顎を反らして見下ろしてやった。文字通り見下ろす角度である。流石にこれは予備がないらしく、敵は1本の剣を両手で構え直した。折られたことに感想はないらしい。ここまで一貫して無言無反応のままだった。だがこれからはそうはいくものか。
1本になった剣は速度を増したが、カナの敵ではない。かわして蹴りを叩き込むことも可能だった。顔の前に構えた剣に、真正面からカナの蹴りが炸裂する。剣ごと少年の体が吹っ飛んだ。
「ッ!」
それでも剣を手放さず悲鳴も上げないのはたいしたものだ。両腕が痺れているだろうに。
「自分ようやるなあ。ちゃんと名前聞いといてええか」
戦士が自ら名乗り合うことには単なる情報以上の値打ちがあるのだ。それは互いへの敬意である。戦闘脳のカナはそう考える。
「アタシはカナや」
初めにきちんと名乗り損ねたことを思い出しつけ加える。そして喋りながら相手の胸に鋼鉄のブーツの靴底を乗せた。これを踏み抜けば、終わる。
「……アキラ。【白雪姫】で《雪》」
小さな声が返った。カナは少しだけ不機嫌になった。
「まだそんな嘘言うてんの? ちゃうてもう知ってんねんから」
ふるふる、と瀕死の敵が微かに首を振る。
「確かめてみたらいいよ。カナさんのユニークスキルで」
ぎ、と苦い何かを噛み潰したようにカナの顔が歪んだ。
「……へえ、よう知ってんな。死にたいんか自分?」
「うん。【白雪姫】は今日が死ぬ日だから」
ならばお望み通りに。間違った相手にスキルを当てた時のリスクは、考えなかった。
両手を体の前に突き出す。掌を重ね、そこに意識を集中する。全身から熱が集まった。重ねた掌に淡い緑色の光が宿る。使うのは初めてだ。
> あなたの特殊能力は、【白雪姫】を死なせることです。
アキラの胸に向かって放った。光線がその心臓を貫く。瞬間、終始無表情だったその顔がはれやかに笑ったように見えた。光がおさまると、薄い体は紙くずのようにふわりと地面に倒れていた。
「……結構えぐいねんなこれ」
そう言いながらもカナは淡々と死体に跪いた。感傷は侮辱だ。いつも通り冷静に、屠った敵の残したアイテムを回収するべきなのだ。
「カナ氏、待て!」
そこに鋭い制止がかかった。ようやく追いついてきた相棒の声だ。
「どしたんコユキちゃん、……え?」
そこでカナもようやく異常に気づく。いつもの昇天シーンではなかった。少年の体は静かに、すうっと薄れて空気に溶け消えようとしていた。それは昇天ではなく、消滅。天国もなく地獄もなく、ただ破棄されたデータが消えるように。
後には何も残らなかった。
「どうゆうことやの、これ……」
呆然と呟くカナ。スキルを発動した上での勝利だから、だろうか。こんな時に知恵を出してくれるはずの、頼れる相棒の方を見る。魔女っ子の目は呆然とこちらを見据えていた。
「カナ氏……カナ氏は、私の敵か……?」
> 《ナイフ》の能力が発動されました。【白雪姫】は死んでしまいました。
> ユニークスキルβの解放ルートが開かれます。
幸せだった時間が、崩れてゆく音がした。




