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しらゆきひめゲーム、始めます  作者: 姉川正義
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11. 混乱

 ガギィン!! 金属どうしのぶつかる鈍い音を立て、ミグゥがコユキの刃を受ける。見かけの割に重い一撃に腕がしびれを訴えた。


「ぐっ……!」

「ほれほれどうしたお色気、もっと本気で来んか」


 しかも速い。残像さえちらつくほどの連撃に、ミグゥは受け流すので精一杯になった。ミグゥ《ランプ》レベル 42、コユキ《木の根》レベル 57。もとから攻撃特化型の【王子】と本来は後方支援タイプの【こびと】ではかなり分の悪い戦いである。


「流石はアタシのコユキちゃんやで! 合法鬼畜ロリに苛められるエロいおねーさん、ええなあ!」


 傍観に徹するカナがいい笑顔でサムズアップする。


「ちょっと!? 子どもの前でヘンなこと言わないで下さいっ!」


 慌てふためくミグゥをそのまま親指で指し、カナはその場にいた唯一の男子にニヤニヤとチェシャ猫笑いを向けた。


「ちょお少年、ええのん? コドモ扱いされてんで」

「えっいや、……そんなこと言われても……」


 【王子】か【こびと】のどちらかを選べ、【白雪姫】。そう言われて当の【白雪姫】ユウヤはまだ困惑しているようだった。おろおろと進退を決めかねて突っ立っている。逃げろと言ったミグゥの指示には従わず、かといって加勢するわけでもない。


「自分、何やとろくさいやっちゃなあ」


 コドモ扱いされてもしゃーないがな、とカナは呆れている。


「あの……両方、味方なんじゃ……?」

「まあせやな、【白雪姫】にとってはそうなんちゃう? アタシ難しいこと分かれへんけど」


 【こびと】狩りに勤しむ【王子】陣営の当事者のくせに、随分と突き放した言い方だった。まるで他人事のような無責任さ。


「どっちでもええねん、誰が勝っても。アタシは可愛え可愛えコユキちゃんと遊べたらそれで満足やし。コユキちゃんが望むことやったら手伝うだけやし」


 バトルやらも楽しいのは否定せんけどな、と獰猛に笑う。


「なあ自分、暇やろ? あっちのおねーさんコユキちゃんひとりで足りそうやし、もうひとりふたりアタシと狩りに行かへん?」


 おもむろに誘われて、警戒心なしにカナに近づきすぎていたことに気がついたのだろう。今更になってユウヤはじりじりとカナから距離を取り始める。


 だが、時既に遅し。


「ええええ……ちょ、ちょっと、降ろして下さいー」


 間の抜けた悲鳴に振り向いたミグゥは、長身ツインテールの小脇にひょいと抱えられた緑の頭巾を目にして唖然とした。ぶらーん。荷物か。子猫か。せめて暴れるくらいしろよ。


「どこを見ておる、貴様の相手はこっちだ!」

「ああああもうっ!!」

「お(ひい)さんは頂いていくで! コユキちゃんほんならまた後でなっ」

「あまり遠くに行き過ぎるなよ! おい、余所見をするなと言うておろう!」


 逃がし損ねた刃先が脇腹を浅く切り裂いた。


 大きく跳んで距離を取ろうとするも、すぐに追いすがってきてまた刃がぶつけられる。


 峰どうしを擦り合わせて流し、下段からの逆袈裟を力任せに叩き落し、皮1枚のぎりぎりで突きを避ける。巻き込んで絡め取ろうとした三日月刀は即座に引っ込められてしまった。


 悔しいことに、コユキの魔女っ子装束にはいまだ傷ひとつついていない。一方でミグゥのチャイナドレスはあちこち切り刻まれてぼろぼろだ。破れた布地の隙間から白い地肌がモロに覗いてしまっている。実力差の如実に見える状態であった。


「ふ、酷い状態だな。貴様だけR18のレーティングが必要なのではないか?」

「じっ自分が切っておきながら……! そんなに強いなら服が破れないように戦って下さいよ!」


 着実に追い詰められていくミグゥ。だが、まだ軽口を叩く程度の心理的余裕は残っている。否、追い詰められているからこそ、精神を自分で追い込まない対処が必要なのだ。過分なストレスは行動を狭め、負けを呼び込む。ミグゥはそれをよく知っている。その強さにコユキは少しだけ感心してみせた。


「ふむ、一理あるか。では傷をつけぬように終わらせてやろう……〈火撃・砕〉!」

「きゃあっ!?」


 魔法攻撃も強いのかよこの猫耳! 泡を食って跳び退るミグゥ。その斜め後ろで太い木の幹が盛大に粉砕された。飛び散る破片が生温かいのを感じてぞっとする。ていうかこれ食らったらグロ的な意味でレーティング対象じゃないのか!?


(でも、チャンス! 今ので距離が離れた!)


 スピードでもパワーでも押し負けているミグゥに唯一勝機があるとすれば、それは小柄なコユキとの体格差だ。リーチの長さだけはミグゥの方に分があると言える。懐に飛び込まれると不利。中距離以上に近づかせないようにしなければ。


「〈湧撃・乱舞〉!」


 迷わず範囲攻撃型の上級魔法を撃った。小さな水の弾丸が辺りを飛び回る。ちょっと消費MPは多いが出し惜しみして勝てる相手でもない。


「何を考えたかは分かるがその程度、想定しておらんとでも思うたか! 〈炎撃・乱舞〉!」

「ちょっ上級!?」


 上位の火系魔法をぶつけられ、ミグゥの放った水の弾丸が一斉に蒸発した。白い水蒸気が立ち込める。


(しまった、視界が!)


 相手の姿が見えない。だがあちらも条件は同じはず、焦るな。視界が利かない分だけ聴覚に最大限の注意を払い、じわり、じわりと立ち位置を横にずらした。


「ッ!?」


 背後にひとの存在を感じたと思い、大きく回し蹴り抜く。爪先は鋭く空気だけを切った。ミグゥも、コユキも、一言も発さない。白く曇った情景の中、ただぴりぴりと相手の気配を探っている。


 次第に人工の霧が晴れていく―――。そして。


「ぬ!? いない……だと……!?」

「えっ……?」


 確かに立ち位置はずらしたが、ミグゥはいなくなってはいない。にも拘らず、コユキの視線はその場に立つ辺り一帯を鋭く薙いだ。


「おのれ、逃げよったか《ランプ》! 貴様らだけは殲滅せねばならんというのに……!!」

「ちょっと待って下さい【王子】のコユキさん! その認識は誤解です」

「誰だ! ……へたれ頭巾ではないか。カナ氏はどうした?」


 飄々と姿を現したのは、子猫のように大人しくカナに連れ去られたはずのユウヤであった。何故ひとりで戻って来たのか? そもそも何か雰囲気が違わないか? コユキが不審に眉を顰め、彼女の意識から完全に抜け落ちた形のミグゥもまた訝しく思う。


「カナ氏、さん? えっと、すみません分からないです」

「とぼけるな、さっき貴様を連れて行ったツインテールの女だ!」

「さっき? ……あの本当に申し訳ないんですがさっきまで寝てて」

「……は?」


(……は?)


 コユキは本気で意味が分からないという顔をした。こいつは何を言ってるんだ? ミグゥも同じことを思ったが、一瞬遅れて理解がやってきた。


(さ、さっきのが! トオルさん曰くの「学校モードのユウヤ」! 起きてても寝てるみたいな、ってそういうこと? でっでもどうして!? ゲーム関係の時はちゃんと起きてるはずって聞いたのに)


 VRゲームログイン中に寝惚けるというのは最早ある種の才能ではないだろうか。


「いやいやそれよりも、今はまず重要な話をしましょう。【こびと】、特に《ランプ》が【王子】の敵になるって誤解のことなんですけど」


 それよりも、と流すのは難しい話題な気もしたが、ゲームの話が最優先というあたりもトオルが語ったユウヤ武勇伝と一致する。ユウヤは魔女っ子に向かって淡々と確認した。


「今日ここに集められてる【白雪姫】のプレイヤー達から聞いたんですけど、彼らを囮にして【王子】の人達が【こびと】のプレイヤーを狩ってるんですよね?」


 まだ訝しげな表情のコユキは反応を返さない。否定されないことを肯定と見なし、ユウヤは続ける。


「で、それは【こびと】のクリア条件が【王子】と拮抗すると考えられているから。原作のストーリー上、姫の遺体の所有権を巡って7人のこびとと王子は対立関係にあって、【王子】は【白雪姫】との結婚エンドがクリア条件だけど【こびと】は【白雪姫】が結婚しないで自分達の側に留まるのがクリア条件だから……で、合ってます?」


 長々と説明台詞を終えたユウヤに、コユキが渋々といった態で頷いた。


「その中でも特に《ランプ》が目の仇にされてるのは、【白雪姫】探知スキルを持っていて囮に引っかかりやすいから、という以上に、【姫】と【王子】の結婚エンドを妨害するユニークスキルを持っているから、って別の【王子】の人から聞いたんですけど」

「……その通りだ」


 ユウヤはコユキの目を見て喋る。その間、。わざとらしいくらいに。ことここに至ってミグゥは全てを理解した。


(ユウヤさんは説明してる、誰に? ……ここにいないけどいる私にだ)


 ユウヤは【こびと】狩りの事情を見えないミグゥに説明している。いや、ユウヤには見えているのである。何故ならばステルススキルをミグゥに向かって撃ったのはユウヤ自身だからだ。不自然なまでにミグゥのいる方向を見ないのは、うっかりコユキに悟られるのを懸念してのことであろう。


 味方にだけ使えるステルススキル〈獣の臓腑〉。己を身代わりに差し出して仲間を守るキャラクター。


(でも分からない、結婚エンド妨害スキルなんて聞いたこともないんだけど)


 自分と同じ《ランプ》のプレイヤーに出会わなかったわけでもない。情報交換もしてきた。だが、誰もそんなユニークスキルの話はしていなかった。


「えっとですね、まず、そのユニークスキルは存在しません。《ランプ》のユニークスキルは【白雪姫】の探知なので。ユニークスキルって各キャラにひとつずつしかないじゃないですか」

「ぬ、それは確かにそうだが……探知が通常のスキルということはないのか?」

「ミグゥの、えっと《ランプ》のひとのポップ見せてもらったことあるんで間違いないです」


 探知スキル〈灯し火〉はユニークスキルとして記載されている。それは確かだ。


「それと【こびと】のクリア条件なんですけど、これも見せてもらったやつなんですけど、『こびととしらゆきひめがどちらも平和に生きてゆくことができたなら、きっとそれは幸せな物語でしょう』って書いてあったんですよ。こびとの側でしらゆきひめが生きていたら、とかは書いてなくて。……これ、どうでしょう。【王子】と結婚エンドでも全然おっけーだと思うんですけど」


 ミグゥはあの文章を、【白雪姫】と【こびと】のどちらもがデッドエンドを回避できればクリアだと読んだ。【白雪姫】が【王子】でなく【こびと】を選ぶことが条件とは読めない、と改めて思う。


(それにしてもユウヤさん、1回見せただけなのに全文暗記したんですね。良かったー。私ネトゲガチ勢過ぎて自分キモいんじゃないかと思ってたけど、上には上がいるもんだなあ)


 妙なところで安堵するミグゥであった。別にユウヤさんがキモいとは言ってないですよ?


「それにもし【白雪姫】が【こびと】を選ぶエンディングがあるなら、【こびと】のステータスにも魅力値があって然るべきじゃないかなあ、とか」


 ぐぬぬ、とコユキが腕を組んで思案している。


「……あの、嫌な思いさせたらすみません。あんまりにもたくさんの【王子】プレイヤーがそのスタンスで動いてるので僕、ちょっと気持ち悪いなーとか思って。これ、気のせいだとは思うんですけど、もしかして誰かが意図的にミスリードしてたりしませんか?」

「!!」


(!!)


 コユキにとってもミグゥにとっても意表を突かれた一瞬だった。


「相打ちを狙う【女王】か……!?」

「そこまでは分かんないです」


 何かを思いついた様子のコユキは〈俊足〉スキルを発動して駆け出した。去り際、「もしお色気《ランプ》に遭うたら達者で暮らせと伝えてくれ」と言い残して。「達者で暮らせ」はツンデレなりの「勘違いで襲撃してごめんねてへぺろ」だろうか?


「ユウヤさん! 助けてくれてありがとうございました」


 すぐさま駆け寄ろうとしたミグゥに対して、ユウヤは平坦なトーンで応じる。


「あ、もうすぐ日付変わるな。ミグゥ、移動したら動かないでその場にいて? 僕が迎えに行くから」

「はい?」


 ちょっと言ってる意味が分からないです。ミグゥは疑問符を浮かべて立ち止まる。


「明日が5日目でしらゆきひめが女王に殺されるシーンだから、もしかしたら【こびと】は山から強制移動になるんじゃないかなーって」


 かなーって、と小首を傾げたユウヤの姿が霞んで歪む。

 ミグゥの意識はそこで途切れた。


お読み頂き、またブクマ頂きありがとうございます。

このまま毎日更新しますので最後までよろしくお願いします。

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