9. 敵対
本日2話目の投稿です。コユキ編の続きになります。
そのふたり組に気づいたのは、コユキが10人目の【こびと】を返り討ちにし終えた時だった。
「素人プレイヤーの勘違いとも言っておれなくなったな……」
あれから数刻。柔道着のおちゃらけプレイヤーが語った解釈を裏付けるように、次々と【王子】たるコユキを狙って【こびと】達が襲いかかってきた。
所属を悟られるのはまずいと勘付いたコユキは、相手に【王子】狩りの可能性を感じ取るや否や攻撃するというやや過激な作戦に切り替えていた。味方を潰してしまうリスクもあったが、身を守るためには確証が取れてからでは遅い。
「……だから明日まで待とうぜって言ったんだけどさ」
「ほえ~、でもぐっちゃんはゆんちゃんを探しに行ったんだね~。愛だねえ」
「あ、あい……? かなあ……?」
ピンク色のロリータファッションと、暗い色のマント。セイジの探していた「黒っぽい格好のアッキー」とやらがもしあれだとしたら、どう見ても公式の用意した量産型ではないか。同じパーツを使ったプレイヤーは何十人といると思われる。何の特徴も説明していないに等しい。自分の純黒と一緒にするな。密かに根に持つコユキである。
「……〈鏡よ鏡、壁の鏡よ、教えておくれ。国中で、誰が一番うつくしいか、言っておくれ〉」
小声で手鏡の探知を作動させる。反応なし。どちらも【白雪姫】ではないようだ。
どうする、話しかけるか。コユキのいる細い路地はあちらからは見えていない。今なら気づかれずに退散することも可能である。
少し迷って、コユキは路地から姿を現すことにした。いざ。気合を入れて一歩を踏み出す。かっこつけず正直に言うと、気合を入れなければ他人に喋りかけるなんて無理だった。向こうから見つけてくれたので内心ほっとする。
「こんばんは~アカリちゃんですよ~」
「ども、こんちわ、トオルです」
すぐに少しだけ後悔した。ロリータ女の方、とろんとした喋り方が明らかに電波がかっている。今日は厄日か。変なのにしか当たらんな。
「コユキだ」
気を取り直し、まともそうな少年の方に標的を絞ろうと考える。トオル、ということは少なくとも彼は「アッキー」ではないだろう。セイジのネーミングセンスがもとの名前をどれくらい汲み取るものかは不明だが。と思っていたら。
「ユキちゃんは~、【女王】様じゃないですか~?」
直球。ド直球。そんな安直な鎌かけが通用するとでも思っているのかこの小娘。
「……さあ、どうだろうな。少しは自分で考えたらどうだ」
気持ち顎を反らして返答する。特に意味はない。今更ユキちゃん呼ばわりされたところで動揺するものかというささやかな意思表示だ。
「ちょ、アカリちゃんストレートすぎっ」
むしろ味方の方が慌てているではないか。
「え~だって~、トオルちゃんのスキル使うのに、【女王】様探さなきゃだし~」
その台詞から彼らの正体を推理する。ということは、こやつらはどちらも【女王】ではないということか。更に、トオルは対【女王】スキルを持っている。
「いきなり聞いても普通答えないんじゃないかなあ……てか、そもそも俺の能力【白雪姫】いないと発動しないんで」
「あっそっか~忘れてたよ、ごめんなさいですう」
ふわふわと会話を続ける二人は全く気づいていないようだが、そちらの事情が駄々漏れである。
「そっちの小僧は【王子】だな」
「なっ何で分かるんですか……!?」
「【女王】に対して作用するスキルを持つのは【王子】クラスタだ」
「えっそうなんですか」
「ほえ~知らなかったですう」
はったりである。内心でほくそ笑む。実際のところはそこまで確かなことを知っているわけではないのだ。彼らが少なくとも【白雪姫】ではないということからの消去法である。【こびと】か【王子】の2択で鎌をかけ、たまたま当たったに過ぎない。
(だがそれで構わんのだ。当たりならば当てられて驚くであろうし、そうでなければそれなりの反応があるだろう)
重要なのは発言の内容よりもドヤ顔で断定してみせることだ。たとえそれが不確かな情報であっても。鎌かけとはこうやって使うのだぞ小娘。
「【女王】にダメージを与えるスキルか」
発動に【白雪姫】の存在が必要な【王子】の対【女王】スキル。おそらく、ラストの【女王】拷問シーンであろうと推察する。この三者が同じ場面に居合わせるのはそこだけだ。そして、その場面で【王子】が行使する道具ないし行動とくればおおよその推測はつく。
「そう、そうなんですよ! 俺もアカリちゃんも【王子】で、あっでもアカリちゃんのは【女王】倒すスキルとは違うけど」
「えっと~アカリのユニークスキルは~【白雪姫】のライフ回復ですう」
トオルとアカリは自分から進んで情報を差し出し始めた。一度懐に入ってしまえば人間こんなもんである。ちょろい。素直なお子様どもめ。
ついさっきまで「他人と対面で喋るの怖いようふぇえ」とかやっていたことは都合よく忘却するコユキであった。ちょろいのはどっちだ。
「とすると《気つけの酒》辺りだな」
「えっ、ええっとお、《従者の靴》ですよう~」
「ほらあの、王子様の従者が姫の棺運ぶ時に、つまづいてリンゴ吐き出すシーンのです」
親切心からかトオルが助け舟を出す。
(ふむ? キャラ被りはあまり気分の良いものではないな……)
コユキの《木の根》とアカリの《従者の靴》でワンセット。同じシーンの小道具である。ロリータ小娘とワンセットかあ、とがっかりする猫耳小娘であった。
「ぐっちゃんとゆんちゃんというのも貴様らの仲間か?」
「そうですよ~、ぐっちゃんが【こびと】で~、ゆんちゃんは【王子】なのです~」
ぴくり、とコユキが小さく反応した。気づかれてはいない。
「えっと、【こびと】で《ランプ》のミグゥ、そいと【王子】で《石炭》のユウヤが仲間です」
どうやらこのふたり、いやユウヤとやらも含めると3人だが、【王子】でありながら【こびと】プレイヤーと共闘しているらしい。
考えられる可能性としてはふたつ。
ひとつ、ミグゥという【こびと】は幸いにして【王子】と競合しないクリア条件を持つ。
ひとつ、ミグゥという【こびと】のクリア条件は【王子】と競合するが、今のところはそれを隠して味方の振りをしている。
前者であれば問題はない。だが、コユキは後者の可能性が高いと踏んだ。何故ならばセイジの語った解釈は【こびと】全般に当てはまりうるものだからである。
「ゆんちゃんが~昨日フリーズしてからいなくなっちゃったから~、ぐっちゃんは探してるのです~」
「フリーズ?」
「誰かのユニークスキル食らって」
なるほど。ユウヤというのが実は【白雪姫】か。そしてアカリかトオルのどちらかが【女王】なわけだ。コユキは一瞬でそこまで察した。
トオル、アカリのどちらも失念しているらしいが、ユニークスキルというのはただの攻撃ではない。スキルをかけた対象の所属するクラスタ全体に作用するのである。つまり、誰かがユニークスキルを食らうと【登場人物】のパラメータに何かしら大きな変動が生じる。
全クラスタの数値を睨み続けたコユキには分かる。
(昨夜から今日にかけて大きな変化があったのは【白雪姫】の魅力値のみ)
そして鬱陶しかったセイジのユニークスキル自慢。昨夜《ガラスの棺》のユニークスキルを食らってフリーズしたのはユウヤというプレイヤーで、その正体は【白雪姫】で間違いあるまい。
そもそもユウヤとやらが【王子】なら、同じく【王子】であるはずのアカリとトオル、そして何よりコユキが何も影響を受けずにぴんぴんしているのは不自然なのだ。
トオルとアカリがそう言わないのは何故か? コユキを【女王】と見て警戒しているのだろうか? 否。ユウヤ自身が、彼らに対して所属を隠したと考えるのが妥当である。何故ならばこのふたりのどちらか、あるいは両方が敵対クラスタだったからだ。
素直すぎる目の前のふたり、特に小僧の方は見るからに嘘が下手だった。さっきの鎌かけに驚いて見せたのが演技とは思えない。ならば自己申告通りの【王子】なのだろう。
(……ロリータ娘が【女王】か)
【女王】は狩っておくに越したことはない。コユキにとっては明白な敵対クラスタである。この場で狩るか。いやしかし、ミグゥという【こびと】の件も気になる。コユキの頭はめまぐるしく回転した。
(導き出される最適解はこれだ!)
コユキは迷わず三日月刀を抜いた。泡を食って飛び退ったふたりから驚きの反応が返る。
「えっちょっコユキさん、急にどういうことですか」
「ふぇえ、どうしたんです~?」
「教えてやろう小僧、……私は【こびと】だからだ!」
嘘はむしろこのゲームの肝だ。だが茶番を美しく飾るためにはバトルが必要だ。戦闘の興奮によってもたらされたミスリードが彼らをコユキの望む方向へ動かしてくれるだろう。
「【こびと】と【王子】は共存し得ない、分かるか小僧」
刀をわざと派手に振り回し壁に追い詰めながら、噛んで含めるように言い聞かせる。
「わっ分かりませんっ」
無様に逃げ回る少年、うろたえ方がまるきり素人だった。これでよく3日目まで生き残れたものだ。
「【白雪姫】が【王子】と結ばれては【こびと】のクリア条件は満たせんのだ。あのストーリーの中で【こびと】は【姫】が永遠に彼らの側にあることを望んでいるからだ!」
「うっそォ!?」
コユキの繰り出した蹴りをほうほうの態でトオルがかわす。全く対応しきれていない。
そこにアカリが突っ込んできた。それなりに鋭い手刀を片手でいなし、コユキは背後に跳ぶ。
「む~、かわされたですぅ」
「滅びよ【王子】、我ら【こびと】の勝利のために!」
仰々しいモーションで火魔法を準備する。但し破壊力のないものを。
「食らうがいい、〈火撃・煙〉!」
「っ!!」
ピンクのロリータに駆け寄るマントが見え、その次の瞬間、視界は煙に覆われた。
「……仕込みは上々、といったところか」
煙が晴れるとそこには誰もいなかった。どうにか逃げおおせてくれたようだ。【こびと】が【王子】を襲ってくる、という刷り込みを抱えたまま。
「うまく潰し合ってくれると良いがな」
【女王】の小娘と【こびと】のミグゥとやらが相打ちになってくれたら最善。おそらく巻き込まれて【王子】の少年も死ぬだろうが、見るからに雑魚なプレイヤーがひとり減った程度ならクラスタ全体の数値にはさほどダメージもない。
ふう、と一仕事終えた溜め息をつき、刀をストレージに仕舞う。
そこへ背後から陽気な声がかかった。
「コユキっちゃーん!! どないしとった、待たせてもーて堪忍なー!」
「カナ氏」
すっかり耳に馴染んだやかましい声に脱力する。実に25時間ぶりの再会だった。
「今日も可愛い声やなーっ。ごめんな一人にしてもーて」
「今ログインしたのか? 遅かったな」
音声を追いかけるように本人の姿が現れる。足首まで届く緑のツインテール。ミニのプリーツスカート。上衣も含めて制服風の衣装だが、コユキのセーラーと異なりブレザーベースだ。特に聞いていないがおそらく自作である。絶対領域に並々ならぬこだわりを感じた。身長が妙に高いのは本人の体格か、それとも理想的な脚の長さを追求したためか。
「ちゃうねんて、聞いてやー」
ツインテールが揺れ、魔女っ子に抱きついた。大柄な大人と小柄な子どもくらいの体格差がある。人形の如くされるがままになりながら問い返す。
「どうした」
「昨日ウチらここの近くにおったやんか、でもな、今日ログインしたら森ン中やってん」
「東北部の森林地帯か」
「これな、公式の仕業らしいわ。何やよう分からんねんけどな、イベントで勝手に移動されるねんて。コユキちゃんも気ぃつけや」
特に意味もなく抱きかかえられ猫耳をもふもふされながらコユキはこの情報を考える。どうやらストーリーの進行に伴って特定のクラスタが強制移動を被るようだ。
(そう言えば、カナ氏の所属を未だに聞いておらなんだ)
コユキの方も明かしていないのでお互い様ではあるのだが。初日に意気投合して以来、互いの素性を知らぬままに組んで戦っている。彼女の傍若無人なまでの強さと傍若無人としか言い様のない胆力には感歎すべきものがあった。
『アタシはアタシやで! どこに所属しとっても関係あれへん!』
あけっぴろげなようでいて何も喋っていない。素直に尊敬した。カナは終始この調子であり、出会うプレイヤーを悉く煙に巻いた。テンポの良さに騙された相手はうっかり余計なことを口にしてしまう。零れた情報を拾ってつなぎ合わせるのがコユキの仕事だった。
「ふむ。心しておこう。他に何か収穫は?」
「んーん、特になし、かなぁ。今日会うたん草食系ばっかりでな、バトルしよう言うたら逃げられてん、おもんないわー」
「この辺りか、何人くらい会った」
「んにゃ森の方、黒っぽいマントの地味な男の子とー、緑の頭巾の地味な男の子とー、あと白っぽいワンピースの清楚な女の子とスク水のキモいネカマと、よう分かってはるランドセルの正統派ロリとチャイナドレスのエロいおねーさんと、緑の頭巾の地味な男の子やな。皆バトルしよう言うたらすぐ逃げてもーて、倒せたんネカマだけやったわ」
無意味に魔女っ子をたかいたかいしながら喋るツインテール。身長に比してカナの記憶容量は大きめだ。緑の頭巾はふたりいたようだが。大人しく抱え上げられてやりながら物騒な答えを返す。
「では、狩りに行くか」
せやな、と頷いてカナはコユキを降ろした。