8. 移動
コユキ編の途中ですがユウヤ・リアル編を挟みます。本日もう1話投稿しますので、そちらがコユキ編の続きになります。
雄也が朝から理系クラスにやって来たので、融は少なからず驚いた。
「はよ、どしたん珍しいな」
「おはよ。今ちょっと時間ある?」
「おう。廊下出る?」
連れだって教室を後にし、昇降口で立ち止まる。
「【姫】と【王子】のフラグ立てるヒントが見つかったんだ」
「おっマジで!? てかお前フリーズしてたじゃん、あの状態で続けてたのか」
違う、と雄也は首を振る。
「ログアウトして、ネットで検索しまくってた」
「親父さんのパソコンで? あんまり遊びに使うと怒られんぞ」
「他にないから」
その熱意に融は舌を巻く。父子家庭の雄也は倹約のため、今時の高校生には珍しくパソコンやスマートフォンを持っていない。家には父親の仕事用パソコンが1台あるきりだ。故にゲーム好きとは言ってもレトロなコンシューマーゲームばかりやっていた。初めてのオンラインゲームにかなりのめり込んでいるのが見て取れる。
「攻略サイトでも見つけたか」
「ないんだよ、攻略サイト。公式が消して回ってるらしくて。一瞬SNSに出たのもすぐ消えちゃった」
「……マジで?」
融が驚いているのは攻略サイトが消えるという点ではない。これまでもネタバレ防止のためにそういうことをやるゲームはあった。真に驚くべきはその一瞬で消える情報を一瞬で確保した雄也の執念である。だからそのスペックを他の略。
「あー……まあこれ、情報集め勝負みたいなとこあるからなあ」
たとえば敵を倒すと手に入るルールブックとか。あれをテキストにして晒してしまえばゲームとして成り立たない部分が出てくる。
「トオルと同じで《焼けた鉄のスリッパ》の人の書き込みだったんだけど、バトルのやり方次第で魅力値が上げられるって。これ、注意する項目ね」
そう言って手渡されたルーズリーフには、それなりに綺麗な字でまとめられた加点項目が並んでいた。
・魔法攻撃を物理でかわす
・上級魔法に下級魔法で対抗する
・自分よりレベルが上の相手を倒す
・味方との連携プレイ
・劣勢からの一発逆転
……等々、等々。裏表びっしり3枚分。
「覚えきれるか! 多いわ!」
「言うと思った。えっとね、要するに、実況動画にした時に見応えのある試合って考えるといいと思う」
バトルのパフォーマンス性を意識する。それ即ち「魅力」である。ということらしい。
「お、おう、マジか……。最近のゲームは何かすげえんだな」
「融その発言おっさん。これもコメントについてた推測なんだけどさ、アプリのアルゴリズムじゃなくて人力でジャッジしてるんじゃないかって」
流石は良くも悪くもネジの吹っ飛んだスプートニク・エンターテインメント製品。無料配布の割に人件費がすごいことになってそうだ。
「えーじゃあ昨日の俺らのイマイチだったんじゃね? 転げまわってたし」
「止め刺したの僕らじゃなかったしね。ミグゥのスコアが横流しできると美味しいんだけどなあ」
現状、仲間内で最も火力の高いプレイヤーは【こびと】のミグゥであり、【こびと】のステータスに魅力値の項目はない。世の中うまくいかないものである。
今の彼らに使える作戦としては「仲間との連携プレイ」辺りを狙うしかないか。
「まあ終わったことはしょうがねえべ! 今日から本気出す! 昨日のとこからスタートだよな」
「あ、それを相談しなきゃと思って来たんだった。僕、昨日のとこにいないんだよね」
「ログアウトしたっつったじゃん!? 何で勝手に移動してんの!?」
このマイペース野郎、と怒突く融をかわしもせず大人しくぐりぐりされながら雄也は空中にマップを描いた。
「痛てて……自分で移動したんじゃないんだよ。【白雪姫】全員強制移動」
「えっ何それ」
「そういうイベント?」
ユウヤのステータス画面にはこんなポップがついていたらしい。
> 女王様はしらゆきひめをお城から追い出して死なせてしまうことにしました。
> 【白雪姫】はフィールド〈森〉に移動となります。
現在地は昨日終わった時点での城近くの森ではなく、そこからかなり離れた、より大きな森林地帯になっている。マップの中央下段に城、それを囲むように城下町と小さな森。城壁や街道を経て東北方向に森を示す広大な緑色のフィールド。
「意外とマップ広いんだよな、距離あんな」
「ね、だから今日の待ち合わせをどうしたもんかと」
「範囲内まで近づけばミグゥのスキルでユウヤ見つかるだろ」
「他の【白雪姫】も皆ここにいるんだよ?」
「ユウヤ限定探索スキルねえの!? めんどくせえな!」
ミグゥのユニークスキルは【白雪姫】探索である。この状況の場合ヒット件数が多すぎて大変なことになるだろう。またひとしきり怒突かれたところで、階段を昇ってきた生徒が迷惑そうに舌打ちを聞かせた。
「お、おす茅野。ごめんな廊下で騒いで」
「別に。五月蝿くなんてないよ」
欠片もそうは思っていない口調で言う。融のクラスメイトである。秀麗な顔にはありありと「五月蝿いんだよこのクズども」と書いてあった。
「……楽しそうで何よりだね、文系特進クラスの橋本雄也さん」
雄也の顔は見ずに捨て台詞だけを残して去って行く。
「怖っえー……。つか雄也、お兄ちゃんとか呼ばれないのな?」
「うん? 僕が上だっけ?」
茅野悠人は母親の再婚相手の連れ子であり、雄也にとっては義理の兄弟にあたる。今より更にぼけぼけだった幼少期の雄也は「母さんが僕と同い年の兄弟を産んだ」と語って友人一同を仰天させた。
月日は流れてもうひとり「兄弟」が増えたはずだが、雄也の口からは特にそちらの話を聞かない。
理系クラスだった雄也が2年の途中で文転した背景にはキョウダイの事情が絡んでいるということを、融をはじめとした周囲の人間は気づいている。だから雄也は理系クラスの教室に近寄りたがらないということにも気づいている。気づいていて、何も言わない。
「あっ思いついた、待ち合わせなんだけどさ」
そこで話題の優先順位を間違えない安定のお前は悪くない、と融は思う。そうだ、ゲームの話をしよう。楽しいことだけ考えよう。難しい話はその後でいいんだ。