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しらゆきひめゲーム、始めます  作者: 姉川正義
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7. 魅力

> コユキ さん、魔法の昔話の世界にようこそ! あなたはこの世界の中では《木の根》となります。王子の従者を転ばせ、しらゆきひめを死の眠りから呼び覚ました、あの木の根です。


> 森の生命力に満ちた木の根のように、あなたもしらゆきひめを現世に連れ戻すことができます。あなたの特殊能力は、【白雪姫】の蘇生です。この能力は、その場に嫉妬深い女王がいない時だけ使えます。


> 目覚めたしらゆきひめと王子様が愛を育み、結婚できたとしたら、それこそが真のハッピーエンドと言えるでしょう。


> あなたの物語に幸多からんことを!



 姫君が王子のキスではなく従者の転倒によって目を醒ます。こちらのヴァージョンを採用してある点は悪くない、と思う。


 グリム童話の『しらゆきひめ』に王子と姫のキスシーンなどない。現代商業主義による捏造である。具体的に言うとアメリカという経済大国の油断ならぬ謀略である。1938年、あのアニメーション映画は『しらゆきひめ』の全てを塗り替えてしまった。


 但し、グリム兄弟の『しらゆきひめ』が絶対かと言うとそんなこともないのだ。民間伝承とは作者不詳の物語である。誰が語り始めたのかも分からぬ物語を、誰からともなく語りついできたものなのだ。ヴァリエーションは無数に存在する。故に本来『しらゆきひめ』に原作という概念は存在し得ない。正解や絶対というものがない。


(よって私が《木の根》であるということもまたひとつのあり方に過ぎぬ)


 ごちゃごちゃごちゃごちゃと考えながら今日もコユキは敵を狩る。昨日、一昨日と連戦連勝を重ね、既にステータスはかなりのレベルに達している。それに応じて【王子】の数値も右肩上がりだった。特に魅力値は相当なものである。むしろこれを上げるためにバトルを繰り返したと言っても過言ではない。


 ゲーム開始からわずか数十分でコユキはこの相関に気づいた。自分がバトルで「良い」勝ち方をすると【王子】の魅力値に反映されるのだ。【王子】固有のアルゴリズムか【白雪姫】と【女王】にも適用され得るものか、それはまだ予断を許さない。だがポイントを稼げる戦い方について探求することはコユキの得意分野である。


 データ収集、そして分析。まさに天職。それを活かせる職場がリアルに存在しないのは全くもって社会的損失だ。嘆かわしい世の中である。


 リアルの小雪は部屋から一歩も出ていない。街なんてここ数年見ていない。


 ゲームの中のコユキは市街地で戦っていた。市場と思しき場所だが、自分と敵以外の人影はない。市民は逃げてしまったのか? 否。「プレイヤー以外の敵やNPCは配置していない」と公式が銘打った通り、初めから市民がいないのである。見えるのはひたすら建物のみ。無人の天蓋に商品だけが並んでいる様はなかなかシュールだった。


 この手のゲームに付き物の「村人」が存在しない。それは情報収集を対人コミュニケーションに頼らねばならないということを意味する。このことに気がついた時には脂汗が止まらなかった。


 バトルで敵キャラの情報やルールブックを拾うのはまだいい。会話による情報交換がネックなのだ。いくらヴァーチャルとはいえ他人と面と向かって会話せよなどとは何と無理難題を吹っかけるのか。


(しかし、勝つためには止むを得ん)


 どうにか3日目まで生き延びることができたのは腹をくくったから、ではない。コユキの苦手な会話を請け負ってくれるパートナーありきである。コユキのことを妙に気に入ったようで、組んで行動していた。あちらもまた好戦的スタンスでゲームを進めていたからというのもある。


 その相棒、今日はまだログインしていないようだ。待ち合わせたライオン像の前には現れず、替わりに見知らぬ男が話しかけてきた。どうやら敵クラスタであるらしいと分かりバトルに至った次第である。それもそろそろ終わりそうだ。


 防御力重視の巨体アバターが悪いとは言わない。が、その分コユキのような小柄なプレイヤーに速度で翻弄されることになる。


「相性の問題だ、悪いな。〈炎撃〉」

「がぁあああああっ」


 懐に飛び込んで真正面から火魔法を叩きつけた。ふらりと数度揺らめいて敵の体が倒れる。その後はお決まりの昇天シーンだ。ふむ、本人の証言通り《飾り紐》だったようだ。


> ルールブック No. 43 現実の体とアバターが近いほど操作感は滑らかになります。


 それは経験則から既に知っている。ついでに言うと、リアルの体からかけ離れたアバターでも時間をかけて馴染ませれば問題なく動くことも知っている。但し極端にアバターを加工したプレイヤーは体が馴染む前に狩られて大半が初日で脱落したはずだ。


 というかその注意事項は最初の取説に書いとけよ。


「目新しい情報はなかったな。……む? この鏡は何だ」


 古びた小さな銅鏡である。拾得して説明文を読む。


「ほう、【白雪姫】を探知する鏡か。これは良いものを落としてくれた」


 コユキ自身が【王子】である以上【白雪姫】を狩るつもりはない。誤って倒してしまうリスクの回避、そして共闘相手を探すのに使えそうだと思った。


 試しに作動させてみる。MP消費は3、初歩の攻撃魔法〈火撃〉と同等だった。


「〈鏡よ鏡、壁の鏡よ、教えておくれ。国中で、誰が一番うつくしいか、言っておくれ〉」


 しかし反応がない。どうやらこの付近に【白雪姫】はいないようだ。消費MPを増やせば探索範囲が増えるかと思ったがそういうことでもないらしい。


 2度目の探知の直後、後方から誰かが近づいてくる音がした。鏡には何も表示されていない。


(ふむ……【白雪姫】以外は全く表示されないのか)


 振り向いてまず目に入ったのは素足。続いて何やら格闘仕様の服装。


「どもっスこんちわー、それオリジナルっスかちょう萌えっスね!」

「……安直な誉め方だな、貴様には語彙がないのか」


 本当のところ、誉められて悪い気はしない。コユキのアバターは自作画像を取り込んで合成した自信作だ。シックな黒セーラー服の上に黒いマントを着せ、黒いトンガリ帽子を被せたなんちゃってゴシック魔女。当然ながら猫耳も装備。ボブヘアーの色は水色にしてみた。


「おうわっ声も萌えっスね!」

「貴様人の話を聞いておらんな、単細胞め」


 そちらはイラスト以上に照れくさい。アニメ的ロリボイスは合成データではない。単に天の賜物だ。「合法毒舌ロリが歌ってみた」といえば知る人ぞ知るコユキの代名詞である。


「ねーねー名前何て言うんスかー」

「コユキ、だ。貴様その如何にも頭の悪そうな喋り方で人生をどぶに捨てておるぞ」

「俺セイジっスよろしくねコユキちゃん」

「初対面の人間に向かってその呼び方は失礼だと思わんのかこの駄犬」


 どいつもこいつも見た目と声だけで判断して人を見下しおって若造の癖に生意気な。自分の方が大概失礼なのは当然の如く棚に上げるコユキである。


「んじゃあラビット」

「ラビット……だと……!?」


 コユキ→小雪→雪ウサギ→ウサギ→ラビット。

 衝撃だった。「いきなりちゃんづけ」を遥かに上回る破壊力だった。


「ラビット、アッキー見なかったっスか?」

「知らん! 流すな!」

「こう、灰色の服着ててー、暗い緑色の頭巾でー、要するに全体黒っぽい地味な格好のショーネンなんスけど、あっラビットも黒っぽいマントっスね!」


 会話の通じない阿呆は嫌いだ、好き勝手に喋り倒しおって。それにコユキのマントは「黒っぽい」ではなく曇りなき純黒である。そこは厨二的に譲れないこだわりだった。


「困ったっス……今日は一緒に【王子】狩りしようっつってたのに」


 ぴくり、と小さくコユキが反応する。聞き捨てならない台詞だった。


「貴様、【女王】か」

「へ? ううん、俺【こびと】っスー」


 何故か自慢げに答えるセイジ。


「キャラはねー、《ガラスの棺》っ。マジろまんちっくじゃないスか?」


 うぜえ。白目をむくレベルでうぜえ。鳥肌が立つレベルでうぜえ。しかし我慢だ、耐えろコユキ。必要な情報を引き出すまでは殴ってはならん!


「何故【こびと】の貴様が【王子】狩りをする? 利害の一致するクラスタであろう」

「えーっ何か他人行儀っス! セイジって呼んで欲しいっス!」


 更なる苛立ちを堪える。こやつ、実は強者かも知れん。この態度が武器なのやも。


「やかましい。いいかこのゲームはな、【女王】対それ以外のクラスタで成り立つ紅白戦なのだ。【こびと】が【王子】を狩ってどうする」

「ふっふーん、ラビットもそう思っちゃってるんスね?」


 何だその自慢したい空気びしびしの発話は。俺みんなが知らないこと知ってるもんねーっと言いたげなニヤニヤは。こういう情報通気取りに限って大した情報を持っていないのだ。


「知ってるっスか? 【こびと】だって一枚岩じゃないんスよー」


 それはそうだろう、同じ【こびと】でもキャラによってクリア条件は違うのだから一枚岩とは言い切れまい。だが、【王子】狩りをする理由にはなっていない。


「俺ホラ、《ガラスの棺》っスから。【白雪姫】の綺麗な死体を永久保存するための道具じゃないスか。【王子】は《棺》から【白雪姫】を出しちゃうから、えーぎょーぼーがいなんスよ」

「ぐっ……!」


 不覚にも、一理あると思ってしまった。


 息絶えて尚うつくしいしらゆきひめ。「ただ眠っているだけのような」生前と変わらぬ美貌を土に埋めるのが忍びなく、こびと達はガラスの棺に姫を入れて地上に安置するのだ。どこからでも姫の姿が見えるように。


 王子が遺体を譲ってくれと頼んだ時、7人のこびとは一度それを断ってもいる。


 ――――――確かに、考えようによっては【王子】と【こびと】は【白雪姫】の遺体の所有権を巡って敵対関係にあるとも読める。


「だから俺のクリア条件はー、【白雪姫】が永久にうつくしく眠り続けることなんス。だもんで【白雪姫】の魅力を上げんのにユニークスキルは使いたいんスけど、【王子】には減ってもらいたいっつーか、結婚エンド発生しない程度の勢力でいて欲しいっつーか」


 【白雪姫】と【王子】が結ばれるエンディングのためには双方の魅力値を規定以上に保つ必要があるのは間違いない。それを妨害するというのは実に理にかなった対策だ。


(つまりこやつは―――【こびと】は、私の敵か)


 そう判断した後のコユキの思考は迅速だった。だてに長いことネトゲ廃人をやっていない。365日24時間ネットに張りついている自宅警備員を甘く見ると痛い目に合うぞ。


「スキルを使いたいと言ったな、今。貴様のユニークスキルは……【白雪姫】の魅力値アップか?」

「えっなんで分かるんスか! ラビットエスパー? エスパーラビットなの?」


 一昔前の魔女っ子のようなネーミングはやめろ。貴様の目的と台詞から推理したに過ぎん。


「《ガラスの棺》が【白雪姫】の魅力を上げるとはどういう理屈だ?」

「それは俺も分かんないっス!」


 睡眠は美肌にいいんじゃないスかね、と適当なことを抜かす。深夜にログイン中の全女性プレイヤーに積極的に喧嘩を売っていくスタイルのようだ。


「愚か者め。昔話における眠りには神話学的・心理学的にただの睡眠とは異なる深層の意味があるのだ。ユング大先生を知らんのか」


 眠りと死は同義であり、死とはイニシエーションである。少女は一度死に、再び生き返ることで大人の女性になるのだ。なるほど、「大人の女性として開花する」という意味での魅力値上昇か。


「大方、スキルの副作用として【白雪姫】がフリーズでもするのだろう」

「すごいっス! ラビットマジエスパーっスね!」


 子どものように素直に感嘆してくれる。悪い奴じゃない。悪い奴じゃないのは分かるが。


「その通りなんスよ、昨日スキル使ったんスけど、何か相手がゆーれーみたくなっちゃって! マジウケたっス。透けてるし物理も魔法もスルーしてるし」


 何がウケたのかは分かりかねる。頭の軽い奴はくだらない事象で笑えてお幸せなことだ。


「けどアッキーが、あ、アッキーも【白雪姫】なんスけど、逆に考えたら危ない時には【白雪姫】守るのに使えるスキルじゃないかって。マジ賢いっスわアッキー」


 聞いてもいないのにあらゆる情報を喋り倒すセイジ、自身の危機にはどうやら気がついていないようだ。貴様はあまり賢くはないようだな。正直は必ずしも美徳ではないぞ。


 コユキは情報を引き出すだけ引き出したらセイジを始末するつもりでいる。【王子】狩りなどという不穏なプランを聞いて逃がしてやるほど穏健派ではない。セイジに少しでも警戒心というものがあるならここまでべらべらと喋りはすまい。


(まさかとは思うが、それを跳ね返せるほどのバトル経験を積んで……?)


 一瞬疑いかけて、それはないと思い直す。常に全クラスタの動向を睨み続けてきたコユキである。【こびと】のステータスには他クラスタと比べて初日から大した変動がなかった。察するにバトル向きのキャラクターがいないのだろう。目の前の男も同じだ。


(ふん、情報通とはこれくらいのことを言うのだぞ小僧)


 密かに悦に入りつつ、無論その知識を間抜け相手に開示したりはしない。


「残念だが私に【白雪姫】の知り合いはおらん。ところでな、―――〈炎撃・槌〉!!」

「うわぁっ!?」


 喋りながら用意していた上級魔法攻撃をおもむろに放った。柔道着の腹を炎の槌が貫く―――かのように見えた、その時。


「〈火撃・煙〉!」


 どこからともなく聞こえた小さな声と共に、コユキの体を煙幕が包んだ。


「なっ何だと!? ……ぐっごほっげほっ」


 煙が晴れた時、そこに立っていたのはコユキひとりであった。


「げほ、げほ……初級魔法の応用か……おのれ」


 覚えておれよ。この借りは必ず返す。

 相棒がいたら、コユキちゃんそれは悪役の台詞、と突っ込んでくれたことだろうに。


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