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しらゆきひめゲーム、始めます  作者: 姉川正義
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6. 混戦

 アカリが再びログインすると、落ちた時とはガラリと異なる緊迫した空気が満ちていた。


「ほよ、いきなりバトル中~?」


 飛来した何かをユウヤが飛び退って避ける。

 その向こうにミグゥが水魔法を放つ。

 魔法が炸裂した場所に向かってトオルが杖で殴りかかった。


 杖を盾で受け止める敵のアバターがアカリの視界に入った。獣面人体、柔道着にも似ているがどこか中華風の装束。西遊記にこんなんいた気がする。


 杖を振り回すトオルをかわし、猪八戒の鼻面がぐっと後ろに引かれた。何か来る、と思いトオルは咄嗟にストレージから防具を取り出した。


「食らえェ! 〈水撃・濁〉!」

「のおっ何これ!?」


 間一髪、猪八戒が放った大量のコウモリをトオルの左手に表れた盾が跳ね返した。コウモリ噴射の勢いに押されトオル自身の体が後退する。


「キモい! むっちゃキモいこれ! 魔法!?」


 それはアカリも思った。魔法というのはもっとピンクやオレンジの光でふわふわキラキラ発動すべきなのだ。盾に当たって霧散したコウモリはまるでイカ墨の化け物みたいでちっとも可愛くなかった。


 自身の魔法噴射で後方に跳ね飛んだ猪八戒型プレイヤーは、着地するや否やスキルを唱えた。


「〈分裂・三〉!」


 ふおん、と猪八戒の体がぶれ、一瞬後には3体の猪八戒がそこに立っていた。3体がそれぞれにユウヤ、トオル、ミグゥに向かって突っ込む。


 トオルとユウヤは転げ回ってどうにか文字通りの猪突猛進から逃げる。


 ミグゥは彼らよりも上手だった。体当たりを苦もなくかわしたチャイナドレスの裾が翻り、華麗な回し蹴りが豚鼻に炸裂する。トオルの盾よりも派手に吹っ飛ばしていた。


「わあ~ぐっちゃん、すご~い」


 ミグゥの攻撃力が相当高いことだけは分かった。油断するまい、とアカリは決意する。そして参戦のタイミングが分からない。取り敢えず応援だけしてようかな?


「負けてられるか!」


 ユウヤの放った投げナイフが敵の肩に刺さる。見た目にはかなりのダメージだ。ところが、敵はフンと笑うとナイフを引き抜いて投げ捨てた。吹き出す血をものともせず再びユウヤに飛び掛る。


 トオルの方も大差ない状況だった。杖を片手で掴まれ、押し合いに負けている。


「「「無駄無駄無駄ァ! 効かねェよ!!」」」

「ぐっ……!」


 見ている限りではかなり派手に吹っ飛んだり血を流したりしている猪八戒なのだが、一向に弱る様子がない。3体が3体ともニヤニヤと笑みを浮かべたままだ。不可解さに3人がじりじりと焦り始める。


「……こういう時の鉄板! 本体は別にいる!」

「なるほどユウヤ賢い! んでそれどこっ」

「分からん!」


 それぞれの相手に手一杯で探す余裕がない。比較的善戦しているミグゥも徐々に圧され始めている。


「ん~っと、きょろきょろ~」


 ここは伏兵・アカリちゃんの出番。と思ってアカリが周囲を見回すが、木が多くて分からない。


 故に、それに気づけたのもアカリではなくミグゥであり、偶然の間一髪であった。


「ダメっ! ユウヤさんっ!」


 自分の戦いを放棄し、ミグゥがユウヤを抱き込んで飛び退る。次の瞬間、一本の木の後ろから緑色の太い光線が放たれた。僅か数ミリ程度の隙間を掠めて光線はユウヤの体を襲い損ねた。


「「「チッ……避けてんじゃねェよ!」」」

「あっぶねええ! 何だ今の!」

「あの光の色、ユニークスキルです! 当たると何かまずいかも!」

「ってまた来たあ!」


 ダメージを負わない3体の猪八戒に、見えない陰から放たれるユニークスキルの光線が加わった。最早ユウヤに反撃の余裕はなく、ドッジボール状態になってひたすら転げ回る。


「うおわっ来る、てぇ!?」

「トオル!」


 緑の光線がトオルに当たる、と思った瞬間、トオルの相手をしていた分身が体当たりした。突進のダメージを食らったトオルは地面に擦り付けられて呻くが、そのお陰で光線の被害を免れる。


 それを見て、ユウヤは違和感に気づく。まるでトオルを光線から遠ざけるかのような敵の行動。


(もしかして……僕にしかスキルを撃たない?)


 その前提で見てみると、敵はユウヤに光線、ミグゥとトオルには通常攻撃、とあからさまに使い分けているのが分かった。勿論1体の分身はユウヤに飛び掛ってくるのだが、むしろ光線を当てるための足止めのような動きだ。


(落ち着け、冷静に考えろ)


 ユニークスキル、である。単に攻撃力の高い技ではない。

 ユウヤに当てると効果が高い―――――あるいは、ユウヤ以外に当てるとアウト?


(例えば対【白雪姫】専用スキルで【こびと】とか【王子】に当てちゃうと自分にダメージ、とか)


 こいつが何故ユウヤ達のクラスタを知っているのか、それは不明だが今はそれを考えても仕方がない。ただ分かるのは、ユウヤ以外に光線をぶつけたがらないということだ。


 これは使える、かも知れない。


「ミグゥ! ステルスかけるからっ?」


 混戦の中、すれ違いざまに声をかける。


「―――っ分かりました!」


 意図は一瞬で通じた。ミグゥが自分に追いすがる1体を渾身の力で蹴り飛ばし、その場に立ち止まる。


「〈獣の臓腑〉、ッつぁッ!!」


 ミグゥを追う猪八戒の分身は急に進路を変え、ユウヤに体当たりしてきた。軽々と突き飛ばされてユウヤの体が宙を舞う。更に、もとからユウヤを攻撃していた1体ががっぷりと脚にしがみついた。逃げようと地面を這いずると土の味が口の中に広がった。


「「「今度こそ当たれやァアア!」」」


 すかさず光線が飛んでくる。ユウヤを庇う形で、敵からは見えないミグゥが覆い被さった。緑色の光線がミグゥの後頭部へと吸い込まれ――――――る、かのように思われた。


 キュィイイイイイ。


「ぐ、がぁあああ!?」


 光線は赤色に変わり、放たれた根源に向かって跳ね返る。


 前後して、ユウヤとトオルに組み付いていた3体の分身が霧のように溶けて消えた。木陰から本体と思しき猪八戒がふらふらと姿を現す。


「ぐぅ……何で……ちゃんと、お前、で……合ってる、はず」

「や、やりましたねユウヤさん!」


 ミグゥが身を起こした。

 しかし。


「ユウヤ!」


 動き出しがほんの一瞬間に合わない。敵が最期の力で放った光線が再びユウヤを捉えようとしていた。


「えっちょっ何!?」


 緑色の光がユウヤの体を貫通する、その直前。後方から飛来した別の光がユウヤの体を包んだ。そうして猪八戒の放ったスキルは透き通った・・・・・ユウヤの体をスルーし、木にぶつかって霧散した。


 新たな光線の飛んで来た方向には。


「アカリさん……!?」

「ほええっ!? ち、違うよアカリ何もやってないよお!? 見てただけ、じゃなかったちゃんと応援してたよ皆のことっ」


 支離滅裂である。わたわたしながら自分の背後を振り返るが、当然そこには誰もいない。


「ユウヤ大丈夫か、幽霊みたいになってっけど!?」

「特に異常は感じないけど……あっ何かポップが出た、……うん? 嘘お? マジっすかこれ」

「何書いてある?」

「これも誰かのユニークスキルみたい。行動不能の替わりにダメージキャンセラー、的な」

「てことは~、やったのは、いいひと~?」

「一概にそうとも言い切れませんが……」


 半透明のユウヤはしばらく何かを考えていたが、唐突にトオルに向かって両手を伸ばした。


「えい」

「えっ何、キョンシー?」

「いや、スキルとかも使えないのかなと思って。今試してたんだけど、ストレージも開けないし回復アイテムも取り出せない」


 考えていたのではなく脳内で色々と試していたようだ。


「一般の状態異常とは違いますから、何れにしても回復アイテムはあまり意味がないかと」

「うーん、だよねぇ」


 首を捻るユウヤと対照的に、何故かトオルがわくわくと瞳を輝かせている。


「なあなあユウヤ、感触とかもねえの?」

「そういえば、ない、かな? 少なくとも今、地面を踏んでる感じはしない」

「じゃあさ、てえーいっ」


 間の抜けた掛け声と共にトオルがユウヤに殴りかかった。当然、その拳は透けた体を貫通する。


「おおおっすげえ! 他人の体を貫通した!」


 楽しいらしい。ユウヤが非常に嫌そうな顔をした。


「トオルさあ……」

「ちょ、ちょっと立っててそのまま」


 言うなり、肘をきゅっと直角に締める。そして走り出した。


「ひゃほー! 通り抜け!」

「ゆ、ユウヤさん大丈夫ですか、内臓とか無事ですか」

「ダメージはないんだけどねっ! 気分的に気持ち悪いんだよ!」


 自分の体を走り抜けたトオルに振り向いて苦言を呈する。いえーいとピースサインをするトオルには馬の耳に念仏だった。


「アカリも~、てや~あ」

「ちょっ君も! 悪ノリしない!」

「いいねアカリちゃん、どんどんノってこうぜ!」


 腹の中を他人の拳が通過する光景というのはなかなかに堪えた。たとえ実害はなかろうとも、いや実害がないだけに、麻酔を打たれた歯茎がむずむずするような、痒いのに掻けないような気色悪さがあるのだ。救いを求めてミグゥを見る。


「えっと……てい」

「ブルータスお前もか」


 心配してくれてたんじゃないのかよ。てかあんた大人だろ。


 ユウヤは大変がっくりと脱力した。ふよっとソフトなミグゥのパンチが、実は何気に最も心理的ダメージが大きかった。さっさと通常状態に戻りたい。この幽霊化はどの程度の時間続く効果なのか。ヒントはユウヤだけに見えるポップにあるに違いない。


> 《ガラスの棺》のユニークスキルが発動されました。【白雪姫】は今、棺の中で眠りについています。棺の中は安全です。【王子】が迎えに来るまで眠りましょう。


 但し、ユウヤは今このポップを見せるつもりがなかった。自分が【白雪姫】だと露見するからだ。隙を見てミグゥには相談したいが、まずはひとりで考えてもいいかも知れない。


「あー、それじゃ僕、今日はログアウトします。英語の宿題やってないし」

「えっユウヤ君俺の分もやってくれんの? やっさしー」

「理系クラスの問題集違うやつだろ……」


 夏休みなのに宿題とかやってるんだ~、とアカリは密かに感心した。ゆんちゃんは何か頭良さそう。トオルちゃんはアカリの仲間っぽい気がするけど。


「ユウヤさん、落ちる前にドロップの山分けを」


 ミグゥが言い、敵だったものの残骸に向き直った。ユウヤの幽霊騒ぎですっかり忘れ去られていた憐れな猪八戒である。本体はとっくに消えている。


「俺ポーション切らしてたからもらっていい?」

「僕は特に……あ、MP回復草はいるかも。これ醸成したら効果上がるんだっけ?」

「そうですね、このくず鉄も武器に錬成できそうですし、明日は町に行きましょうか」

「あっストレージ開けないからアイテム収納できない……」

「んじゃユウヤの分も俺預かっとくわ」


 負けたプレイヤーの所持品は勝ったプレイヤーが総取り。『スノーホワイト杯』はファンタジックな弱肉強食バトルロイヤルである。ちょっとした追いはぎ気分が味わえる。


 なむなむ、と敗者に手を合わせていたアカリは、アイテムの山からとんでもないものを見つけた。


「あっあぁっ、そ、その鏡、アカリ欲しいかもっ」

「これですか?」

「別にいいけど……それ何かあんの?」

「か、鏡は女子力のたしなみなんだよトオルちゃんっ」


 大嘘だ。推定飛鳥時代の古びた銅鏡。【女王】が【白雪姫】を探すための鏡だった。


(危ないです~、知られたら大変っ。何でこんなもの持ってるですか、もお~)


 同じモノをアカリが使ったと勘付かれる可能性は極めて低い、はずだ。だが、わざわざヒントを目の前に置いておく必要もないだろう。


 とっくに勘付かれているとは思いもよらないアカリである。


「おっこのナイフ良さそう」


 触れようとしたトオルの手の下で、大振りなナイフが溶け消えた。替わりにポップが表示される。


《ナイフ》 Lv 23

> 狩人はしらゆきひめがあまりに可哀想なのでナイフで刺すことなんかできませんでした。替わりに森の獣を刺しました。

> 《ナイフ》には【白雪姫】を殺すユニークスキルがあります。


「【女王】の《ナイフ》ですか」


 だから鏡なんて持っていたのか。それでこの中の【白雪姫】を特定して狩りに来たのか。


(残念だったねいのししちゃん、君の負け。でも~、アカリは~負けないよ~?)


 同士だかライバルだかにもう一度なむなむと手を合わせておく。


> ルールブック No. 7 ユニークスキルを本来の対象以外にあてると術者に跳ね返ります。


***

「これで良かったんスよね、アッキー?」

「うん。【白雪姫】はまだ死んだらダメだから」

「全くもー、急にいなくなるから心配したっスよー」

「ごめんね。でもまにあって良かった」

「それもそっスね。次、行こっか」

「うん。行こう」


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