Antique
…………………………。
漣の音。
暗い。暗い海。月明かり。
静かな夜の砂浜。
星の光のかすかな揺らぎ。
おとぎ話でも、始まるのかと思う。
それは誰かの記憶に埋もれてしまったような、古い、アンティークのような不思議な景色。
砂浜にぽつんと、青年の後姿。金の髪が7月の風に揺れる。
果てない闇のような海に向かって、ひとり。
動かない後姿。
時々金の髪が思い出したように揺れる。
白い衣装を纏う、儚い幻のような青年。彼の立ち姿は、人ではなくユニコーンやペガサスを連想させる。
声をかけようか。
近づきたい。けれど近づくべきでないと心のどこかが警告を発している。
神話から抜け出てきたような、すらりとした青年の後姿。
彼が半歩動く。どきりと心臓がざわめく。
見てはいけない。本能が警報を鳴らしている。
また半歩。
その場を離れたほうが良い。ここにいてはいけない。
直感と名残惜しさがせめぎ合う。
半歩。
半歩。
何度動いても、彼は後ろ向きのまま。
半歩。半歩。半歩。
違和感が恐怖に変わる。
半歩。
彼が動き続けているのではない。
半歩、半歩、半歩、半歩、半歩、…………………………
気付いてはいけない。
漣の音。
月明かりが彼の金髪を淡く撫でる。
気付いてはいけない。気付いてはいけない。
半歩半歩半歩……………………
気付いてはいけない。
『私』自身の『時』が、止まったのだ。……