毒島 健太【職業:暴走族】 目覚め
知ってる……天井だ。
目が覚めるとよく知ってる白い天井が目に入った。喧嘩で大怪我した時とか世話になってる、親類が経営している小さな診療所のベッドに俺は寝ているらしい。
俺の目が覚めたのに気がついたのか、脇に座っていたハゲた男が急に立ち上がり叫び声を上げる。
「ケンタさん!目覚めたっすか!マジ心配したっすよ!うおおおおおおおおお」
ハゲ頭でテンションの高いコイツは、うちの切り込み隊長やってる飯屋土文だ。所々にある傷跡に未だ血が滲んでいることから、まだできて時間が経っていないことがわかる。
返事をする前に体を起こそうとすると、頭に激痛を感じ思わずベッドに倒れてしまう。
痛みのした箇所に触れてみると、白い包帯が巻かれており、血が滲んでいたのか少し手に赤い液体が付いていた。
「そのまま寝ててくださいよ! ケンタさん釘バットで殴られて丸1日意識不明だったんすから!!」
「釘バット……ああそうか、宗治の代わりに俺は殴られて……」
変な夢を見た気がするがあれはなんだったんだろうか。なんか死んで異世界に転生したような気がしたが、今俺は病室のベッドに寝ているし、この痛みは本物だ。
試しに飯屋をつねってみたが覚める気配はない。紛れも無い、現実だ。
「飯屋、俺は誰だ?」
「イタタタ……は? 何言ってんすかケンタさん。ヒロみたいなこと言い出して」
ヒロ……あいつはよく「我が名はヘラクレス! 日ノ本一の武士にして最強の邪神である!!」とか訳のわからないことを叫びながら殴りかかるというなんとも残念な性格をしている。あれでテンション次第で俺よりも強い時があるからたちが悪い。
「あいつと一緒にされるのは心外だ……でも、そうか、俺は生きてるのか」
「そうっすよ! 生きてるんすよ! 待っててください、すぐにおやっさん呼んできます!」
そう言って診療所唯一の医者であるおやっさん──俺の叔父を呼びに行く飯屋。
頭の痛みに気を耐えながらなんとか上体を起こすことに成功した俺は、とりあえず今の状況を自分なりに確かめることにした。
抗争があった日を起点に考えよう。
12月初めに隣県の暴走族【リッパーナイト】の構成員と、俺たち覇李飢怒紋朱咫亜の構成員との間で殴り合いがあったのが事の始まりだ。
肩をぶつけられたとかなんとか、相手方の適当な言いがかりが原因で、発生した喧嘩の結果うちの構成員たちが勝った。勝ったのだが、それを気に入らないリッパーナイトが復讐として族全体で遠征してきたというわけだ。
12月20日に俺が殴られた抗争があり、意識を失って1日経っているとのことだった。携帯で確認したが今日は12月21日……あと少しで22日。うん、1日経ってるな。
よしケイラスの話は夢だ。俺死んでないし、少なくとも体に目に見えた異常はないし。夢だ夢。夢であったほうがいい。俺はヒロではない。
「なんでガッツポーズしてるんだ健太。頭打ってバカになったか? いや、元々バカか」
のっそりと扉を開けてデカイ男が病室に入ってくる。
メガネをかけて白衣を着た、細身のくせに身長2m近くあるこのおっさんは、俺の叔父で外科医の毒島秋道だ。外科医と言いつつ外科以外にも色々やる。
たまに近所の動物を看て獣医みたいなことをしたり、なんかカタギじゃない人の銃弾を摘出したり、俺たちのような不良を格安で治療したりしている。
生きてさえいれば確実に治すその腕前から、ついたアダ名は死神医師。昔は腕利きの医者で学会でも有望視されていたらしいが、何があったのかこんな診療所を開いて気ままにやっている。
「元々バカは余計だおっさん。治療あんがとよ」
「かわいいかわいい甥っ子だ、死なせてやるものかよ。まあお前があんな程度で死ぬとは思ってないがな。今回は釘が頭に刺さっててフランケンシュタイン見たいだったぞ」
薄ら笑いを浮かべながら懐からタバコを取り出し火をつける。おっさんここ禁煙じゃ……。
「俺がルールだ」と言って俺の傍らに立ち診察を始める。
仲間に連絡していたのか、扉を開けて飯屋が入ってきてそのまま手を後ろに組み不動となった。
「血圧は問題なし、呼吸の乱れもないな。口開けろ口。うわクセ……歯磨いてるかお前?」
余計なお世話だ。
「頭は……悪そうな形してんなあ。そのまま釘刺しといた方がイカしてたんじゃないか? 傷口は……少し血が滲んでるが大丈夫だろ。ギリギリ頭蓋骨で止まってたしな。結構しっかり縫っておいてやったが、少なくとも1ヶ月は激しい運動は厳禁だぞ」
「釘なんか刺さねえって。そういや抗争はどうなった?」
「うすっ、ケンタさんが気を失った後激昂した宗治さんとヒロさん、陽茉莉姐さんが大暴れしやして、りーダーは逃したもののリッパーナイトは壊滅っす。こっちの被害はケンタさん以外は軽傷ばっかなんで安心してくだせえ!」
どうやら幹部組が頑張ってくれたようだ。族長がダウンとは情けない……次はヘルメットか盾でも持ってくべきか──いやそれじゃ示しがつかない。族長たるもの素手ゴロ一番槍は欠かせない。
「お前ら結構派手にやったみたいだな。爆発音が聞こえてたらしいじゃないか」
それは多分陽茉莉のせいだろう。科学知識豊富な陽茉莉はよく【生かさず殺さず】の威力で調節した爆弾を自分で作って喧嘩で使用している。
警察相手のルート確保と煙幕爆弾も見事なもので、俺たちが警察から逃げきれるのはアイツのおかげであると断言できるほどだ。今度シュークリームを買ってやるとしよう。
既に日付は変わり22日の深夜となっていた。俺は大丈夫だからと飯屋を帰らせ、ついでに他の奴らに様子を見に来るなら昼くらいに来るよう連絡を頼む。名残惜しそうにしていたが、いい加減眠たそうにしていたおっさんに蹴られて渋々帰って行った。
俺のために夜勤していてくれてたおっさんも寝室に戻り、病室に静けさが返ってくる。仲間の様子はどうしているかとか、鍛え直しプランやリッパーナイトへの報復方法を考えているうちに眠気がやってくる。
ゆっくりと目を閉じて行く俺は、起きる前に見た夢のことなどとうに忘れていた。