第3話 その名はアイセ!
お待たせしました。いつもより少し遅れましたが、ゴブリン処刑話しなんとか書き上がりました。
VRMMORPGというか完全に格闘ゲームっぽいナニかになってますが……どうかお楽しみ下さい。
「助けに来たぞ」
バトルに乱入してきた女の子は、気さくにボクに笑いかけた。
決して知り合いでは無い。そもそもボクはこの世界に転生したばかりだ。
知り合いなんて居る筈もない。
でもこの女の子はまるで付き合いの長い友人にそうするように、屈託のない笑顔を見せてくれた。
[【インターセプト】を確認♪ これより5分間のインターバルに入りまーす♪]
「え? え?」
女神様のアナウンスにボクは混乱する事しかできない。
更に、頭に疑問符が乱舞するボクに追い打ちを掛けるように、目の前に新たなウィンドウが現れた。
乱入女の子の視線を遮るように現れた青い半透明のウィンドウにはこう書いてあった。
『==================
『助っ人登場! どうする?』
『プリーズ!ヘルプミー!!』
『助けなんていらない!お断りよ!』
299
==================』
これは、一体どういう選択肢だろう?
駄目だ……色んな事が立て続きに起きたせいで、全然頭が回らない。
今分かっているのは、目の前の女の子がボクとゴブリンの【ブリン】ちゃんのバトルに乱入して、ボクの味方になっ
てくれた、という事だけだ。
「あの、これ……」
どうすればいいんですか? と女の子に聞こうとした時だった。
ばさり、と音を立てながら女の子が羽織っていた白いコートを脱いだ。
そのまま、流れるような動作でボクの隣に移動し、生まれたままの姿だったボクに羽織らせてくれる。
「風邪を引いてしまう。良ければ着てくれ」
女の子の優しさに、きゅーん、と胸がときめいた。
やばい。優しさがむっちゃ心に沁みる。
元でも回らなかった頭が正体不明のドキドキで更にアホになってしまう!
「先に自己紹介を済ませよう。私は【アイセ】。しがない冒険者だ」
「えっと、ボクは……」
苗字を言いかけてふと、転生した事やら何やらを説明しようかどうしようか少し悩む。
――フルネームを名乗るとややこしい事になる、かな?
夢宮陽とかファンタジーっぽくないし。
向こうもファーストネームしか名乗ってないし……ボクもハルだけでいいか、な?
「……ハル、です」
「ハルか、素敵な名前だな」
素直に、ド直球に名前を褒められるとこうもドキリとするものなのだろうか。
こんな歯の浮くようなセリフを言われたら「はぁ……」とか、機嫌悪い時なら「くっさww」とか言うだろうけど。
今は、なんというか、ボク、素面じゃないです……っ。
「それで、何を悩んでいるんだ?」
「えっと、このウィンドウの選択肢……」
「ああ。これか」
ボク顏に寄せるようにしながら女の子――アイセさんがウィンドウを覗き込んだ。
整った目鼻。細い眉。真っ直ぐな瞳。凛々しさと可憐さを同居させたような美顔だ。
ポニーテール風に結った黒髪も凄く似合っている。
イメージとしては大和撫子風美少女×サムライガール、といったところだろうか。
格好良くて可愛いとか、ずるい。
「ひょっとして【インターセプト】は初めてなのか?」
「えっ? いや、あの、その。【インターセプト】が、と言うより。バトル自体が……」
「初めてバトルをしたのか!?」
「は、はい……」
「もし良ければ答えて欲しいのだが……ハル。君は、レベルはいくつだ?」
「……その、1、です」
「……なんという事だ……」
レベル1というのがそれほどショックだったのか、アイセさんは片手で顔を覆った。
「済まない。私がもう少し早く駆けつけていれば良かったのだが……怖かっただろう…?」
言われて、お手製ハンドアクスを振り上げたブリンちゃんを思い出してしまった。
いくら肉体にダメージが無かったとしても、刃物で切り付けられるのが、平気な筈がなかった。
今まで溜めこんだ恐怖とか鬱憤とか、そう言ったものが一気に溢れ出してくる。
気が付いたらまた涙が溢れだしていた。
怖かった。見知らぬ世界に飛ばされて。
何もわからないまま闘わされて。
痛い思いをして。
恥ずかしい目に遭って。
「……ボク、ファーストキスまで、奪われてっ……」
「そうか。辛かったな……よく頑張ったな……もう大丈夫だ……大丈夫だ……」
アイセさんは白いコートの上からボクを抱きしめ、頭を撫でてくれた。
優しく。優しく。
何も知らない世界で、一人きりだと思っていたボクには、彼女が天使か、はたまた女神に思えた。
「おいこらてめメーっ! いきなりインターセプトしてくれタ挙句にイチャイチャしてんじゃねエよ!
さっさとぶちのめしてやルからバトルを再開し」
「黙れ」
この人なら眼力で人を殺せるのではないだろうか?
そう思わせるほどの、凄まじい殺気を伴った視線がブリンちゃんをとらえていた。
――あ、ガタガタ震え始めたブリンちゃん。よっぽど怖かったんだろうな。
「ハル。良く聞いて欲しい」
「……はい」
「バトルはまだ続いている。今は私がインターセプトを行ったせいで一時中断している状態だ」
「あの、【インターセプト】って何なんですか?」
「既に始まっているバトルに第三者が乱入する事だ。色々な制約があるのだが。
単純に助っ人による増援だと思ってくれて構わない」
「制約、ですか」
「ああ。バトルというのはな、バトルが仕掛けた方がチームレッド、受けた方がチームブルーという扱いになる」
「……あ、そう言えば。ボクはバトルを受けた側ですからチームブルーですね」
「そして【戦力比ゲージ】だ」
「え? 何ですそれ?」
「チームレッド、ブルーの戦力差、と言うよりも戦況、と言った方が良いか。
簡単に言うと二つのチームの優劣を表すゲージだ。
フィールド中央上空にある観戦用モニターがあるだろう?
その上に女神様が二人居るのが見えないか?」
「あ、はい」
上空を見上げるとボクとブリンちゃんのステータスと顏アップ(キメ顔)が表示されたモニターがある。
さらにそのすぐ上には赤色のバーがあって左端に赤髪の女神様、右端には青髪の女神様がいた。
どちらもデフォルメされ二頭身になった挙句、剣と盾で武装している。
――あれ? バトル開始時点ではゲージの色、紫だった気がするんだけど、今は真っ赤になってる?
それどころか赤髪の女神様には漫画の吹き出しのように『勝ち確!』とセリフが現れ剣を掲げてドヤ顔。
一方青髪の女神様はOTLの格好をして『絶望しかない…』とセリフが表示されている。
「あ。今、チームブルーのボクが不利、っていう事ですか?」
「そうだ。俗に『挽回不能』と言われる状態で勝敗がほぼ決してしまっている。
【インターセプト】はこの状態でなければ行えない」
「結構厳しいですね。何か理由があるんでしょうか?」
「というよりも実力差が大き過ぎたバトルに対する救済措置、というのが大方の見解だ。
まあ、一方的なバトルは女神様も忍びないのでは、という事だろう」
圧倒的不利な状態に対する逆転要素、って事だろうか。
「成程……何か他に制約はあるんですか?」
「インターセプトは一回のバトルに付き、各チーム一人だけだ」
「一人だけ?」
「人数制限がなければ、不利になる度に【インターセプト】出来てしまうからだろうな」
「うわ、確かに。人数制限が無ければ味方が多い方が有利になっちゃいますよね」
「そういう事だ」
「他に制約ってありますか?」
「ふむ……あるにはあるのだが、それはおいおい説明するとしよう。時間も限られている」
「時間……あっ!?」
ボクは正面に表示されたウィンドウの右下に、例によってカウントダウンを進める数字がある事に気付く。
ウィンドウの右下に示された数字は160を下回った所だった。
「ハル。もしお節介でなければ、『プリーズヘルプミー』のボタンを押してくれないだろうか」
「わ、わかりました」
ボクは『プリーズ!ヘルプミー!!』のボタンを押した。
[インターセプト承認! チームブルーにニューカマー!【助っ人マイスター】の【アイセ】!]
上空の観戦モニターチームブルー側にアイセさんのキメ顔アップが表示される。
AP、SP、MP、HPのゲージが表示される。
[アーツ・アビリティ、装備の設定が終わったらニュートラルポジションに移動してね~♪]
女神様のアナウンスに従い、アイセさんがフィールド中央付近に現れた二つの青い魔方陣へと移動する。
「メニューウィンドウ、オープン」
移動しながらウィンドウを呼び出して何やら設定している。
あれ? 今音声でメニューウィンドウを呼び出してなかった?
ボクもアイセさんから借りた白いコートを着直し、センター側のボタンを留めていく。
うん。オッパイもアソコモ見えない。サイズが(オッパイ周り)少し窮屈だけど大丈夫。
でも空飛んだら確実にアソコ丸見えだなこれ。
なんて事を考えながらアイセさんの隣のニュートラルポジションへと移動し――ふと思った。
あれ? さっきの女神様のアナウンス……『アーツ・アビリティ、装備の設定が終わったら』ってどういう意味?
どうしてアーツ・アビリティ、装備の設定をする必要があるの?
「あの、アイセさん? ひょっとしてアーツ・アビリティの設定をし直しているんですか?」
「ん? ああ、たった今終わったところだ。あとは装備だな」
「……あの、どうして設定をする必要が」
その時だった。
「ぎゃっぎゃっぎゃ! ハルちゃンはホントになんにも知らなイんだナぁ!
いーカ!【インターセプト】にはペナルティが付いてくル!
全てのステータスとスキルが半減するンだよ!」
「え!?」
ブリンちゃんの言葉を聞いてぎょっとした。
スキルの事はよくわからないけど、全ステータスが半減って、とんでもないペナルティじゃないか!?
「しかもそのアイセとかいう馬鹿は、ステータスが半減しているにも関わらず自分の装備をハルちゃんに渡しタ!
そんな事したラ自分のAPが下がるだけなのによウ! 馬鹿だろ馬鹿っ! ぎゃっぎゃっぎゃ!」
「っ!?」
ボクは今更ながらに0になっていた自分のAPが30まで上昇している事に気付いた。
って30!? バトル前、ボクのAPって20だった気がするけど。
いや、今それはいい。
問題なのは、今ボクが着ているこのコートが30のAPを持っていて、それを今アイセさんは着てないって事だ!
観戦用モニターをよーく見るとアイセさんのステータスが見えた。
AP40、SP224、MP155、HP0。
スタミナは高いけど、APが40って、ボクより少し高いくらいしかない。
ちなみにブリンちゃんのステータスはAP35、SP162、MP70、HP0だ。
「アイセさん! このコートやっぱりお返しします!」
「いや。それはハルが着ていてくれ。何、心配無用。コートが無い方が返って動きやすいというものだ」
そう言ったアイセさんの今の姿は軽装だ。
シャツチュニック風の青い半袖衣服。同じ色の膝上までのスカート。
スカートの下には黒色のスパッツらしきもの。
細い足には革製のロングブーツ。手には黒の指切り型ライダーグローブ。
全体的に青と藍色、黒で統一された衣装だが、冒険者、というにはやや軽装じゃないだろうか。
っていうか金属使っている部分が見当たらない。防御力はかなり低そうだ。
「でも!」
「大丈夫だ。どんなハンデがあろうと、ゴブリンに後れを取るようなやわな鍛え方はしていない。
目を瞑っていても勝てるさ」
「はア!? 言ってくれルじゃねえか!? 言っとくけどナ!
ステータスやスキルが低下すれバ強い武器は装備出来なくなるし、アーツ・アビリティも弱体化すル!
お前がどれだけ強くてモ、ロクな武器を装備出来ないって訳ダ!」
何だそれ!? 強い武器って装備するのにある程度のステータスやスキルが要求されるって事!?
それじゃステータス、スキルの半減って、ボクが思ってるよりもだいぶヤバいペナルティじゃないの!?
「あ、アイセさん…!?」
「大丈夫だ。問題ないよ」
アイセさんはボクに微笑むと更にウィンドウを操作する。
腰に帯びていた二本の鞘が光と粒子となって消失し、代わりに別の鞘が出現した。
恐らくその刀が今アイセさんが装備できる中でも最も性能の良い武器なのだろう。
でもあの。そのなんというかデザインが少々奇抜というか。
その、はっきり言うと、ダサいというかオモチャっぽい?
デパートの玩具売場に売ってそうなオモチャの剣みたいな、そういう作り物っぽいイメージが、
「おまっ、それ【模造刀】じゃねーカ!?
【錆びた剣】、【ピッコピコハンマー】、【モップ】に並ぶ攻撃力1のネタ武器だゾ!?」
「えっ、ええぇぇっっ!?」
ボクは動揺を隠せないままアイセさんを見た。
「ん? ああ、そのゴブリンのいう事は間違っていない。この【模造刀】は攻撃力は1だ。
まあ、その分耐久値がべらぼうに高くてな。修理の手間が掛からないので実は私のお気に入りなんだ」
「いやいやいやいやっ! そういう問題じゃなくてですねぇ!」
「む。ひょっとして心配させてしまったか。すまない。そんなつもりはなかったのだが。
本当に大丈夫だよ。これでも腕には自信がある。それでもまだ不安と言うなら。
そうだな――バトルが再開したらきっと【戦力比ゲージ】に変化がある。
それを見てくれればきっと安心出来るだろう」
[はーい♪ インターバル終了! これよりバトルを再開しまーす♪]
「え!? あ!? もう再開!? ど、どうしようアイセさん!?
ボクはどうしたらいいですか!? 魔法で援護すればいいですか!?」
慌てふためくボクが可笑しかったのだろうか、アイセさんはくすくすと控えめに笑うとこう言った。
「何もしなくていい」
「でも」
[3]
正面にカウントダウンのウィンドウが表示された。
「前に出ないでくれ」
[2]
「分かりました」
[1]
「君は……」
[ファイト!]
ウィンドウが消失する。
「私が守ってみせる」
***
バトルが再開した。
ボクとブリンちゃんの一対一のバトルのようにグダグダした感じは無い。
とても静かな立ち上がりだった。
アイセさんが【模造刀】を鞘ごと左手に持ち、右手には何も持っていない。
その状態で隣に居たボクを庇うように何歩か前に出た。
ブリンちゃんは、啖呵を切ったのは良いがアイセさんに気圧されているらしく、間合いを詰めて来ない。
口ではアイセさんの事を馬鹿にしまくっていたけど多分ビビってる。
あ、そう言えば【戦力比ゲージ】に変化がある、ってアイセさんは言っていたな。
ボクは観戦モニター上の真っ赤に染まってしまったゲージを注視した。
どれどれ――あ、ゲージの上でOTLの格好をしていた青リリウム様がいきなり立ち上がった。
かと思ったらドヤ顔している赤リリウム様に強烈な突進突きを一撃!
目を回しながらゲージの上を吹っ飛ぶ赤リリウム様。
同時に真っ赤だったゲージが真っ青に変色した。
「――ええと」
視線を地上に戻す。アイセさんとブリンちゃんはまだ8メートルくらい離れた距離から動いていない。
だというのに戦力比ゲージ上ではどうやら決着が付いてしまっているようだ。
もう一度視線を上にあげる。
真っ青になったゲージの上でOTLしながら『絶望しかない…』と言っているのは赤リリウム様。
『勝ち確!』とドヤ顔しているのは青リリウム様だ。
これ、ついさっきまでとまるで逆になっているんだけど。
「っていう事は」
この勝負、もしかしなくても楽勝でボク達の勝ち?
「ふむ。掛かって来ないのか? 人をあれほど愚か者呼ばわりしたのだ。よほど腕に自信があると踏んだのだが?」
「う、うるせイ! どうやっててめエを凹ってやろうか、考えてんだヨ!」
「成程。そういう事か。だが今はバトル中だ。悠長に考え事をしている時間は無いと思うが?」
アイセさんの右手が、【模造刀】の柄を握りしめた。
右足を一歩踏み出し、右手で柄を握ったまま鞘を持った左手が引かれる。
これ、居合い切りの構えじゃ――でもこんな遠くから、
「【弓月】」
白刃が閃き、しゅばんっ、と爽快な音を響いた。
いや、振りぬかれた【模造刀】に刃は付いていなかったのだけれど、それでも高速で繰り出された抜刀は白く輝く残像を一瞬だけ描いたのだ。
そして振り抜かれた刀剣からは三日月か、引き絞られた弓を彷彿とさせる形状の剣圧となり、ブリンちゃんに襲いかかる!
「ヒっ…!?」
結論から言うと、ブリンちゃんは反応出来なかった。
しかし、放たれた剣圧はブリンちゃんの頭僅か上を通り過ぎ、後方の森林へと吸い込まれた。
「おまけだ」
真横に振り抜かれていた模造刀を逆袈裟に切り上げ。
更にそこから袈裟切りにへと繋げ、【弓月】を二発追加する。
しゅばしゅばっ、とおっかない剣圧音が響く。
がこれもブリンちゃんにはギリギリ当たらず、後方の森へと吸い込まれていった。
そしてすぐにフィールドのバリアに接触し、【弓月】は消える。
ごくり、とブリンちゃんが生唾を飲み込む音が聞こえた気がする。
三発撃った【弓月】は、結果的にブリンちゃんに一発も当たらなかったけど……
今の、当たったらどうなってたんだろう?
それともひょっとしてわざと外した?
「な、なな何だよ驚かせやがっテ! 当たらねーじゃねえカ! この下手くソ! もっと上手く狙、」
その時だった。
メキメキメキバキバキと音を立てながら【弓月】の剣圧が通り抜けた木々が次々と倒れいった。
小鳥たちの泣き声が姦しく響き渡る。家を追い立てられるかのように羽音を立てながら鳥達が羽ばたいた。
後に残ったのは、随分とすっきりしてしまった森林だ。
ブリンちゃんの背後にあった広葉樹林達は皆、中ほどで倒れてしまっている。
――立派な自然破壊ですねこれは。いや、そうじゃなくて。
今の【弓月】って多分、【刀】で使える【アーツ】なんだろうけど。
威力、高すぎじゃありませんか!?
「む。外してしまったか。私もまだまだ精進が足りないな。では次は良く狙おうか」
再び腰を落とし、鞘に刀を戻し、居合の構えになるアイセさん。
そこでブリンちゃんの恐怖がピークに達してしまった。
「ひああああぁぁぁぁっっっっ!!」
ブリンちゃんが発狂。
がむしゃらに、アイセさんに向けて走り出す!
「その意気や良し。ならばこちらも、それ相応ので技で応えよう」
ぱしん。
アイセさんの周囲の空気が弾けた。
ぱしん――ばちんっ。
これは、雷?
アイセさんの周囲で、ぱちぱちと細かな稲光が走っている。
やがてそれらは刀剣が収まった鞘の中へと収束していく。
「【スラム・クラッシャー】!」
ブリンちゃんが叫ぶと大きく跳躍した。
振りかぶられたお手製ハンドアクスに格闘ゲームの必殺技のように派手な光のエフェクトが追加される。
ブリンちゃんも【アーツ】か!?
上空からハンドアクスによる攻撃が迫る。
「【シックス=テール流刀剣術/雷の太刀】――」
上空を見据えるアイセさんは、動かない。
ハンドアクスが振り下ろされる。
――え!? まだ動かない!?
当たっちゃうって!?
頭カチ割られるよアイセさん!?
振り下ろされるハンドアクス。
それがアイセさんの頭に叩き込まれるまで2メートル。
1メートル。
50センチ。
20センチ。
10センチ。
って駄目だ当たる!?
ブリンちゃんが勝利を確信した笑みを浮かべ、
残り5セ、
「――【雷電】」
紫電一閃。
落雷を彷彿とさせる爆音が轟く。
ブリンちゃんのハンドアクスがアイセさんの黒髪に触れるか否か、くらいのタイミングだった。
「ぼれおっ!?」
ブリンちゃんがライナー状に、豪快に吹っ飛んでいく。
[【カウンターヒット】♪]
赤字で『231』、と吹き飛ぶブリンちゃんから数字が表れ、ブリンちゃんの頭部に愛らしいヒヨコが三羽。ぴよぴよと鳴き声を上げながら飛び回る、ってこれ格闘ゲーム『ピヨリ』エフェクトじゃないですか。
[オール・ブレイク♪]
びりい、なんて音を立てて吹っ飛びながら服が破れ、光の粒子となって消えていく。
哀れ、どさり、と地に倒れ伏した時は全裸になっていた。
あー。これ合法ロリ全裸ですね。眼福? なのかな?
なんて馬鹿な事を考えていた時だった。
「しまった」
「え? アイセさん? どうかしたんですか?」
普通に勝ってるよね? っていうかオーバーキルにも程がある気がするけど。
一撃でブリンちゃんのAPが消し飛んだよ? これで何か失敗したって言うの?
「【雷電】は+4から落雷の追加ダメージが発生するのだが。
スキル半減のペナルティのせいでその追加効果が発生しなかったんだ。
一手でゴブリン一体も仕留められないとは、私もまだまだ未熟だな」
え~? ペナルティが無かったら。更に追加でダメージ入ってたの? どんだけ鬼畜なんですか。
「そう言えばAPが0になっても勝敗はつかないんですね」
「ん? ああ。バトルの勝利条件は四つあってな。
一つは敵チーム全員を【気絶】状態にさせる事。
二つ目はフィールドアウト可能の【レギュレーション】でフィールドの外に押し出す事。
三つ目はタイムアップ時に【戦力比ゲージ】が優勢である事。
最後は敵に降参させる事。
【気絶】させるのが一番メジャーだな」
「【気絶】ですか。あれでも、今のブリンちゃんは気絶状態じゃないんですか?」
すっぽんぽんで大の字に倒れたまま、頭の上でヒヨコをピヨピヨ言わせているブリンちゃんを指さす。
「いや、あれは【ピヨリ】だよ」
「そのまんまかい!!」
「おおっ。キレの良いノリツッコミだな! 感心したぞっ」
「あのそれより。じゃあどうやったら気絶状態になるんですか?」
「大まかに三つだ。
APを0にして【オール・ブレイク】状態になったところを【ブロウ】系、【スタン】系の攻撃を当てる」
「すいません。【ブロウ】も【スタン】も分からないんですけど……」
「【ブロウ】はいわゆる『吹き飛ばし』だ。強力な【アーツ】や力任せの打撃を当てれば大体吹っ飛ぶ。
【スタン】は『痺れ』だな。サキュバスなら【ハートブレイク・アロー】が【スタン】だった筈だが」
「あ、そう言えばそうでした」
【ハートブレイク・アロー】は今ボクが使える数少ない魔法の一つで、強力な攻撃手段でもあるだろう。
詠唱が恥ずかしすぎるからきっと使わないと思うけど。
「二つ目はSP、MPどちらかを0にする事だ」
「え。それ難しくありません? SPが体力で、MPが精神、って感じですよね?
攻撃して敵のSPMPを減らすのって可能なんですか?」
「一部の【アーツ】や【アビリティ】は敵のSPMPに直接ダメージを与えるものもある。
サキュバスなら【アビリティ】の【吸精】がSPMPの両方を吸収する効果を持っていたと思うが」
「SPMPの両方を吸収!? サキュバス強っ!」
「いや、ハル? 何を他人事のように言っているのだ? 君もサキュバスだろう?」
「いや~ははは。あー。それで三つ目は?」
「特定の【アーツ】【アビリティ】で直接【気絶】させる」
「それもう即死魔法みたいなものですよね?」
「まあ、そうだな。どうだ? 大体理解してくれたか?」
「はい。この世界ではすっぽんぽんになった女の子を殴ってバトルを勝ち取るんですね!」
「そういう言い方をされると……いやまあ、その通りなのだが……ん?」
ふと、何かに気付いた様子のアイセさん。
「ハル。君は今、『|この世界【・・・・】では』と言ったのか?」
あ。うっかり口が滑ってしまった。
どうしよう。ボクが異世界から来た転生人だっていう事、正直に話す?
しかし、悠長にそんな事を考えている暇は無かった。
バトルフィールド内に女の子の声が大きく響き渡る。
「【インターセプト】ぉっ!!」
「むっ?」
「ええっ!?」
インターセプトを宣言しつつバトルフィールドに侵入してきたのは、リーダーちゃんだった。
***
[【インターセプト】を確認♪ これより5分間のインターバルに入りまーす♪]
「そう言えばまだバトル途中だったか」
アイセさんが強すぎるからボクもすっかり油断していた。
でも、ステータスとスキルが半減というペナルティがあるにも関わらず、こんなに強いアイセさんにインターセプトするなんて――ひょっとして何か策があるのかな?
「お前だってインターセプトしただろ? 別に構わないよなぁ?」
そう言って不敵な笑みを浮かべるゴブリンのリーダーちゃん。
「勿論だ」
その声を聞いた瞬間、リーダーちゃんは口角を釣り上げ、勝利を確信した笑みを浮かべた。
「聞いたかお前ら!? |遠慮せずに入ってきてイイ《・・・・・・・・・・・・》だとよ!?」
リーダーちゃんがバトルフィールドの外の部下達に向き直り、そんな事を言った。
は? え? 何? リーダーちゃん、何を言っているの?
ボクの疑問はすぐに氷解する事になる。
「インターセプトっ!」
「インターセプトっ!」
「インターセプトっ!」
「インターセプトっ!」
「インターセプトっ!」
「インターセプトっ!」
「インターセプトっ!」
「インターセプトっ!」
「インターセプトっ!」
「インターセプトっ!」
「ええっっ!?」
バトルフィールドの外で待機していた十人以上のゴブリン達。
その内、丁度十人がフィールド内に侵入してきた!?
「あ、アイセさんっ!? これ、どうなってるんですか!?
インターセプトって各チームにつき一人までですよね!?」
「ああ、その筈だが……」
ぎゃっぎゃっぎゃ! と蒼い顔になったボクを見てリーダーちゃんがゴブリンらしく笑う。
「残念だったな! アタシは【レアアビリティ】【集団行動+2】を持っている!
その効果により最大十人まで【ファミリー】からインターセプトに参加させられるんだよ!」
また知らない単語が出て来た。
「アイセさん?【ファミリー】って何です?」
「ゲームで言うところの『パーティ』と同じようなもの、と思ってくれて構わない。後でゆっくり話そう」
「なーにが後でゆっくりだ! 分かってんの!? 12対2だよ!?
しかもうち一人は攻撃力1の武器! そしてもう一人はレベル1!
そこの冒険者は腕が立つみたいだけど装備と相方に恵まれなかったねえ!
ちなみに教えといてやろう! アタシのレベルは38!
こいつらでも下は16。上は31ある。平均レベルは……まあ22くらいね」
平均レベル22!? それが十体!? しかもリーダーちゃんは38!
「ふむ。私が切ったゴブリンとは少しレベルが離れているのではないか?」
「ああ、【ブリン】ね。そいつは『エサ』だから」
「『エサ』だと?」
「分からない? わざとレベルの低いブリンにバトルをさせるんだよ。
相手は雑魚だと思って快くバトルを受けてくれるわ。もちろんピンチになる。
そこですかさずアタシが【集団行動】のアビリティを使ってインターセプトする。
するとどう!? あっという間に一対十二の戦いになる!
仮に向こうもインターセプトしても二対十二! 圧倒的有利!」
「……鬼畜だ」
思わず呟いてしまった。しかし同時に納得もした。
ボクがブリンちゃんと闘っている間、リーダーちゃんはブリンちゃんに手を抜けみたいな事を言っていた。
そりゃそうだ。ブリンちゃんが勝ってしまったらリーダーちゃんがインターセプトする余地が無くなるから。
成程、こういう裏があったのか。
「と、いう事はさっきのバトル、ボクが優勢なままだったらリーダーちゃん達にインターセプトされて大変な事になってた?」
「まあ、私がインターセプトしたので結果として同じ事になっているが」
「どうよ!? この戦術! アンタ達には勝ち目は無いって分かった!?」
「ああ、最近のゴブリンは知恵が良く回るようだ」
ここに来てもまだアイセさんの態度は余裕そのものだった。
それが気に入らないのかリーダーちゃんが不機嫌そうな顔をする。
「何故そんなに余裕なんだよ!?」
「何故って、その戦術は確かに脅威だがそれは実力の近い者同士が闘った時の話だ。
力の差が大きければ数など関係ないよ」
「言ったな」
「言ったさ」
「後悔させてやるぞ…!」
「それはこちらのセリフだ。汚い手を使うゴブリンに、もう容赦も手加減もしない」
リーダーちゃんとアイセさんのや殺る気が膨らむ。
ボクとブリンちゃんはそんな二人の背中に隠れてガクブルしていた。
「ほらブリン! さっさとボタン押せ!」
「へ、へい姉御!」
[インターセプト承認! チームレッドにニューカマー!
【知恵者リーダー】の【マゼンダ】!
【戦闘員】の【ゴブリ】!
【戦闘員】の【ゴリブ】!
【戦闘員】の【ゴブン】!
【戦闘員】の【ゴンリ】!
【戦闘員】の【リンゴ】!
【戦闘員】の【リンブ】!
【戦闘員】の【リブゴ】!
【戦闘員】の【リゴブ】!
【戦闘員】の【ンゴリ】!
【戦闘員】の【ンブリ】!]
名前覚え辛っ!?
なんて余裕をかましている場合じゃない。流石に多勢に無勢だ。
ちらりと観戦モニターに目をやる。
うわ。マゼンダちゃんのAP120もある!
「アイセさん。ボクも戦います。
魔法も【ダーク・キャンドル】なら使い方が分かっているのでそれで援護します!」
「いや。今回も私一人で問題無い」
「ええっ? だってあれだけの数に……」
「言っただろう? レベル20や30が10や20集まった所で大したことは無い。それに……」
「それに?」
「あの下衆なゴブリン達は、この手で倒さねば私の気が収まらない」
下衆、か。確かに、
もしリーダーちゃん改めマゼンダちゃんの思惑通りに、ボクがブリンちゃんにバトルで優勢になっていたら。
もしアイセさんが助けに来てくれんかったら。
ボクは今頃、この十二体のゴブリン達に同時に辱めを受けていたのだろう。
うわ、ぞっとする! 滅茶苦茶危ない目に遭いそうだったんだなボク。
そしてそれを分かっているからこそ、アイセさんは自分の手で倒したい、と言ったんだろう。
分かりやすく言うと鬼畜なゴブリンにアイセさんは激おこ状態なのだ。
[アーツ・アビリティ、装備の設定が終わったらニュートラルポジションに移動してね~♪]
ぞろぞろと、ゴブリン達がフィールド中央寄りの魔方陣へと移動していく。
皆、獲物を狩る狩猟者の顔をしていた。獰猛で、残忍な笑みを浮かべていた。
「ハル。戦術は変わらない。下がっていてくれ。私が全て倒す」
「わ、分かりました」
と、言いながらアイセさんが危なくなったらしっかりと援護するつもりだった。
[全バトルメンバーのニュートラルポジション入りを確認♪
これよりバトルを再開しまーす♪]
正面にカウントダウンのウィンドウが現れる。
流石に、緊張するな。
負けたらボクもアイセさんも酷い目に遭ってしまうんだろう。
気合を入れ直すぞ!
[3。2。1。ファイト!]
「掛かれーっ! 潰せーっ!」
マゼンダちゃんの号令の元、10体のゴブリン達が雪崩れ込む!
その迫力たるや半端なものではない。
いや確かに皆ロリロリしてるよ? でも目はアドレナリンダバダバ出てるのが分かるくらい血走って。
ゴブリンらしい耳障りな鳴き声を上げて。
手にはブリンちゃんのようにボロ装備でなくてロングソードとかハンドアクスとか、きちんとした装備を持ってる。
それが一斉にこちらに向かってくるのだ。
ボクがレベル1っていうのもあるんだろうけど、これは怖いよ!
けれどアイセさんはそんなゴブリンの群れに臆する事なく抜刀する。
抜身の模造刀を地面と水平に構えて――
「【シックステール流刀剣術/氷の太刀】――【雪風】」
模造刀の刀身部分から強烈な風と無数の氷弾が発射される。
まるで局地的、かつ指向性を持った猛吹雪。
『あだだだっ!?』
『グミ撃ち』とか『マシンガン』とか、そういう単語を連想させる氷の弾幕にはきちんとダメージあるらしい。
「1」と赤い数字が浮かび上がる。
さらに同時に視界右上に『○○hit combo!』と格闘ゲームよろしくコンボ表記まで出現した。
無数に放たれる氷弾は次々とゴブリンにヒット。ダメージは少ないがコンボ数をどんどん稼ぐ。
さらに無防備に突っ込んできたゴブリン達の足を止めて――
その瞬間。
アイセさんが切り込んだ。
それは青い閃光。
今だに飛来している氷弾を追い越すように。
あるいはそれらに紛れるように。
一人の女の子は剣の嵐と化す。
一刀。二刀。三刀、四刀五刀六刀七刀!
ひょっとしたらもっと多くの斬撃を繰り出していたのかもしれない。
けれど僅か一瞬。
正に瞬きする間に、アイセさんはゴブリン達の群れの只中を一瞬で駆け抜け、無数の剣閃を放った。
ざざっ、と勢いを殺すように音を立てながらブレーキ。
そのままゆっくりと、すらあぁぁと音を立てながら模造刀を鞘に収めていき――
――きん。
ズババババババババババッ!!
納刀音と同時にえげつない斬撃音SEが響きわたる。
「ぎょえぇぇっっ!?」とか悲鳴を上げながら今更ゴブリン達が真上に吹っ飛んだ。
[52ヒットコンボ♪【戦闘員】のゴブリンちゃんは皆【オール・ブレイク】&戦闘不能だよ~♪]
「は? はあああぁぁぁっっっ!?」
「さあ。後はお前だけだ」
「ふっざけんなよ!? いくら氷属性と物理の混合アーツだからって一発で俺の部下が全滅するわけないだろう!?
てめえ、レベル一体いくつなんだよ!?」
「ふむ。今更それを聞くのか。まあいい。自慢するようで少々気が引けるが教えよう。
私のレベルはつい先日、121になったところだ」
「「「121!?」」」
ボクとマゼンダちゃんとブリンちゃんは同時に叫んでいた。
3桁台だよ? この世界はレベル99超えるんだね。
「待て! 待て待て!」
今更ながらのようにマゼンダちゃんはアイセさんの事を凝視する。
「赤いマフラー。刀。それから、」
ボク――正確にはボクの着ているコートをちらりと見るマゼンダちゃん。
「白いコート…! その格好、まさかアンタあのアイセか!?」
「どのアイセですかイ? ってあだァッ!?」
「くっだらない茶々を入れるんじゃねえ!
いいか!?【高みを目指す者】!【孤高のサムライマスター】!
【剣聖】アイセと言えば最近名の売れ始めたレベル100越えの凄腕冒険者だよ!?
それがなんでこんな辺境の地にいるんだよぉっ!?
アンタだって分かってれば喧嘩売らなかったのに!」
「ふむ。まだ修行中の身で『サムライマスター』などと烏滸がましいとは思うのだが……
全く有名になったものだな。だが、それは兎も角」
アイセさんの瞳に殺気がこもる。
「元より、貴様たち下郎共を逃すつもりはない。【降参】するというなら考えるが……」
「え? でも姉御、インターセプトした後の【降参】っテ、ペナルティで全所持金ロストとアイテム確定ドロップでしたよネ?」
「【ボーナスタイム】も30秒から2分に延長だボケナス!」
「あばンっ!?」
すかん、とヘルメットの上からマゼンダちゃんに殴られるブリンちゃん。
「くそっ! こうなったらやけだ! ゴブリン魂、見せてやるよっ!」
「降参しましょうヨ姉御! っていやアアアっっ!?」
マゼンダちゃんがブリンちゃんの首根っこを引っ掴んだまま突撃!
「はっ! その意気や良し! 私も最高の技で迎えよう!」
居合の構えを取るアイセさん。
もう大丈夫だろう。きっと楽勝の筈だ。
「食らえやああぁぁっ!」
マゼンダちゃん叫びながら――ブリンちゃんを投擲!?
「ひぎゃああァァァァ――ぺぎょっ!?」
アイセさんは慌てず騒がず、【アーツ】ではない只の居合切りでブリンちゃんを切り飛ばす。
[ブリンちゃんオールブレイク&戦闘不能~♪]
「隙ありぃぃぃっっ!!」
抜刀直後の隙を狙い、マゼンダちゃんが切りかかる!
「甘い!」
「ともーじゃん!」
武器が届く間合いの少し外で、マゼンダちゃんが地面を蹴り上げた!
オーラのようなエフェクトを纏った蹴りは草花と一緒に土砂を巻き上げる!
「っ!?」
完全な不意打ちに対応出来なかったのか、巻き上がった砂がアイセさんの顔に降りかかる。
これ、目潰しか!?
「卑怯だ!」
「あほかよ! レベル差が100近く離れてる相手に誰が正攻法で挑むか! 卑怯上等だよ!」
一旦マゼンダちゃんはアイセさんから距離を取ると盾を投げ捨て、背中から二本目のハンドアクスを取り出した。
ハンドアクスの二刀流だ!
「っ……そっちがその気なら! アイセさん! 魔法で援護します!」
「いや。その必要はない」
「え。目はもう大丈夫なんですか?」
「いや、全く見えない。が、問題無い」
「そのすかした態度を、今すぐ矯正してやるよ!【へヴィ・ソーサー】!」
マゼンダちゃんがアイセさんの右手側に回り込みながらハンドアクスを投擲!
投擲されたハンドアクスは高速回転しつつ緩やかな弧を描きながらアイセさんに迫る!
ギュイイィイィンッ! とまるで電動ノコギリを彷彿させる音が耳に痛い。
が、その音を頼りにしたんだろう。
アイセさんは投擲されたハンドアクスを難なく回避。同時に居合の態勢に入る。
した直後に。ハンドアクスに追従するように駆け寄ったマゼンダちゃんが二撃目を繰り出した!
猛ダッシュからのジャンプ攻撃。
――あ!? まずい!
地面を走れば音がする。目が見えなくてもどこから攻撃が来るか分かる。
けど、空中に居れば音はしない!
今マゼンダちゃんがどこに居るか、アイセさんには分からない!
声を掛けても間に合わない――そう思った瞬間だった。
「【水月】」
アイセさんの言葉と同時に、大きな鏡のような物が出現した。
姿見を彷彿とさせる、2メートル程の楕円形の鏡はアイセさんの眼前に音も無く存在している。
それはまるで風の少ない湖面のように、アイセさんの姿を映し、風を受ける事で僅かにその表面を揺るがせた。
まるで水で出来た鏡だ。
その状端に、ハンドアクスの先端が食い込んだ。
直後。
鞘から白刃が放たれる。
驚異的な抜刀速度。まさに目にも止まらないスピードで真上に模造刀が抜き放たれる。
「ぴょげっ!?」
ずばっしゃぁっ! と派手なヒットSEが響く。
今まさに空中からハンドアクスを見舞おうとしていたマゼンダちゃんの体が錐もみ回転しながら真上へと吹き飛ぶ。
117と赤い数字がマゼンダちゃんから浮かび、その頭上に【ピヨリ】エフェクトであるヒヨコが出現する。
[カウンターヒット♪]
「だから言っただろう?
『目を瞑っていても勝てる』……とな。
さあ、今度はこちらの番だ」
上空高く打ち上げられたマゼンダちゃんの体が落下し始める。
「とくと味わうがいい。【オーバー・アーツ】、【散華】」
きゅいん、とアイセさんの体に光が吸い込まれていくようなエフェクトが出現。
アイセさんが居合の構えのまま更に静かに腰を落とし、左手を引く。
マゼンダちゃんの体が重力に従い降下し、アイセさんの眼前へと落下する。
その小さな体が地面に叩きつけられる直前。
溜まった鬱憤と力を爆発させるように。
無数の剣閃が走った!
しゅばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばっっっ!!!
連続切り。滅多切り。なます切り。
そういった言葉が似合うような、高速の連撃。
文字通り無数の斬撃が、マゼンダちゃんを宙に張り付ける!
「あばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばばっっっ!?」
まるで不格好なダンスでも踊るように、或いは重病の発作でも起こしたように小さな体が小刻みに揺れる。
赤い「1」がマゼンダちゃんから湯水のように溢れ出る。
20ヒット、50ヒット――100ヒット!
しゃきん!
心地良い斬撃SEを響かせながら、止めとばかりにアイセさんがマゼンダちゃんのすぐ脇を高速で切り抜けた。
再び真上へと高く打ち上げられるマゼンダちゃん。
その真下で、見得を切るようにゆっくりと納刀を行うアイセさん。
――きん。
ずびずばずばざしゅう! いつもの過剰演出斬撃音。
同時に宙に舞っていたマゼンダちゃんに重なるように。
桜の花が浮かび上がり――一瞬で散った。
[105ヒットコンボ♪ マゼンダちゃんオールブレイク&戦闘不能♪]
マゼンダちゃんの防具と衣服が破壊され、花のように散って消える。
[チームレッドの全メンバ-の戦闘不能を確認! バトルフィニーーッシュッ!!
ウィナー! チームブルー!!]
テッテレレテッテッテー♪
ファンファーレが響き目の前にウィンドウが出現。
『おめでとう! 大勝利!』
「――勝った」
いや。ボク、なんにもしてないけど。兎に角バトルに勝ったんだ。
もう、怖い目に遭わなくてもいいんだ。
「ふむ。【サンド・スプラッシュ】の不意打ちのせいでノーダメージボーナスは逃したか。
それでも対戦相手十二体のボーナスと、インターセプトボーナスと、それから味方メンバーレベル1ボーナス。
模造刀ボーナス。オーバー・アーツフィニッシュボーナスと、それから……」
アイセさんはウィンドウを操作しながら一人で頷いている。
あ。バトルに勝ったんだから、経験値とか手に入るのかな?
レベルとか上がるんじゃないの? 敵のレベル、高かったし……
――あれ?
ふと、体から力が抜けた。
「ハル? 君はどんな感じだ? レベルが上がっただろう?
そうだ。ボーナスタイムはどうす――ハルっ?」
瞼が重い。いや、体がだるい。
そっか……きっと、気がぬけちゃったんだ……
ずっと……張りつめていたから……
「ハル! 大丈夫か!?」
「……ね、むい、で……す」
ああ、安心して休め、そんなアイセさんの声を聞いた気がして。
それを最後にボクの意識は闇に沈んだ。
思えばこれが、ボクとアイセさんの運命の出会いなのだろう。
アイセさんとの出会いはボクの運命を大きく変えてくれた。
でもその事に気付くのは、まだずっと未来の話。
やっと話が一区切りつきました。
次回は今更ながらチュートリアル的な話をします。
ステータスの味方とか今まで説明できてなかった固有名詞等の解説話になる予定です。
よかったら次回もお付き合い下さい。
あと今回時間ぎりぎりまで執筆していたので推敲がかなり甘いです。
誤字脱字も多いと思うので気が向けば報告してやって下さい<(_ _)>