第10話 領主ペドフィ=ヒドニスター!
アビリティ【跳躍】を使って裏路地へと飛び込む。地上は人混みでごった返して通れない。けど【跳躍】で高度を取って【滞空】で空中を移動すれば……!
『!? ハル! 気を付けろ!!』
「っ?」
途端に鋭いアイセさんの声!
え!? 何!? ひょっとしてヤベー奴の気配でも掴んだの!? この辺に石化事件の犯人がまだ居るの!?
『その位置では下着が丸見えになるぞ!』
「今言う事ですかそれぇっ!!?」
案の定、裏路地にひしめき合った野次馬が一斉に空を飛ぶボクを見上げる!
「見ろ! パンツが空を飛んでるぞ!」
「言い方ァ!!」
くっそー! 皆スケベ顔でスカートの中ジロジロ見てぇ~!
男ってホント、どうしようもないすけべ! 4ね!
――って、それは兎も角!
「――何だ君は!?」
裏路地を少し進んだ先。袋小路になっている空間に数名の衛兵さんと――ローブ姿の神父様? それから――石化した女の子らしき人影を発見!
ぎろり、と睨みつけてくる衛兵さん達にチョイびびりながらもそのど真ん中に着地する。
「スタアァップ!! そこのサキュバスよ! 止まれ!」
「ご、ごめんなさい! 知り合いかもしれないんです! 確かめさせて下さい!」
立ちはだかる衛兵さんの脇をすり抜け、石化した女の子に走り寄り――下から覗き込んだ。
ぼさぼさの髪。
釣り目だけどパッチリとした可愛らしい目。
安物っぽいジャケットとハーフパンツ。
それにボロボロのマント。
直感した。多分、この子だ。
「あの! すみません! この子名前を教えて頂けませんか!?」
「馬鹿を言うな! 仕事の邪魔だ! さっさと出ていけ!」
むぅ。この衛兵さん、高圧的でムカつくなあ。
何が仕事の邪魔やねん。突っ立っとるだけやろがい!
と、ボクが目くじらを立てていると奥からエルフの衛兵さんが歩み寄って来た。
「……貴方は」
そしてボクの顔を見るなり驚きの表情を浮かべた。
流石エルフ、と言うか……美形のお姉さんだ。
それに装備も周りの衛兵さんと違う。周りの衛兵さんはフルフェイスの中装鎧を着込んでいるのに、このエルフの衛兵さんだけ白い軽装鎧を着ている。隊長さん、だろうか?
ちなみに鎧の胸部装甲は平坦――つまり男性やな!
「教えたらすぐに出ていってくれますか?」
「はい、それはもう」
「な…!? よろしいのですか!?」
「このサキュバスのお嬢ちゃんの事、知らない? シュタットの英雄だよ。冒険者ギルドにもちゃんと登録してる。あの【ヴェイグランツ】の新メンバーだよ」
「この子が、例の?」
衛兵さんの間でざわざわと波紋が広がってる。
いやー。有名になったもんだ。まあ、それだけの事をしたって事かな!(ドヤァ
「あのそれで……」
「一応身分確認させて下さい。ステータス画面の提示を」
「ああはい」
メニューウィンドウからステータス画面を呼び出して、衛兵さん達に見やすいようにウィンドウを180度回転させる。
――あ!? 恥ずかしい称号隠すの忘れてた! うわーん!
「確かに確認しました。ハルさんご本人ですね。シュタットでの活躍はバーグヴァーグにも知れ渡っていますよ。ご苦労様でした」
「――称号すっげぇ」
「――あぁ、流石サキュバス。スケベ過ぎる」
【スーパーウルトラ(中略)どスケベ】の称号をマジマジと見詰める衛兵さん達であった。
っていうかこれセクハラちゃうんか!?
「もう! マジマジと見ないで下さい!」
慌ててウィンドウを消す。
「それでその子は?」
「……ラッテ、というハーフリングですね」
――やっぱり、そうだったか。
嫌な予感が、当たってしまった。
多分、頼んだミースさんもこうなるかもしれない――と予想しているかもしれないけど。
――やるせない。
「あの、失礼ですが。このラッテという少女とハルさんはどういうご関係で?」
「……宿泊先のスタッフがこの子と友達だったんですよ。でも領主様が変わってから治安が悪くなって――それっきり疎遠になったって。今は物騒な事件が続いているから片手間でも良いから見つけ出すのに協力して欲しい、って」
「あぁ……そういう事でしたか」
少し考え込むような動作。
「ハルさんは、この町にはいつまで滞在される予定でしょうか?」
「え? えっと――どうでしょう。この町には本当にただ立ち寄っただけですから」
「では何か急ぎの用事や緊急のクエストを受けているなどは?」
「うーん。特に無かったかと」
「それならば、折り入って貴方に、いえ。ヴェイグランツの皆様にお願いしたい事があります」
「と、言いますと?」
「その前に――挨拶が遅れました。私はバーグヴァーグ自警団捜査隊隊長【ベヒター=ゲーニウス】と申します。以後お見知りおきを」
ベヒターさんが軍隊式の敬礼をしてくれた。
右ひじを曲げて、揃えた指先を顔を真横まで持ってくるヤツ。
後ろの衛兵さん達もベヒターさんに習って敬礼してくれる。
いや、壮観やんけ!
こんなん、される側の人間になるなんて思うとらんかったわ!
「ええと。ハル=シックステールです」
答礼の仕方が分からなかったので、両手を腰前で揃えてペコリ、と深くお辞儀した。
「ハルさん。そのお辞儀は……」
チラリと上目遣いでベヒターさんを見上げると少し困惑顔。
あー。ひょっとしてジャパンスタイルは伝わらない?
カーテシーとかした方が良かったかな? ヨーロッパの女性がするやつ。
「パンツが見えてしまいますよ?」
「そっちかぁいっ!?」
一瞬で背筋がピンってなったわ!
そうだよね! そうですよね! こんな短いスカートで45度のお辞儀なんてしたら後ろからみたらパンツ丸見えになるわ!
後ろを振り返る。
路地の見張りをしていた衛兵さん二人と、兜のバイザー越しに一瞬目が合い――すぐに逸らされた!?
「……意外! まさかの白……!」
「あぁ……サキュバスだから黒かピンクだと思ったぜ……!」
クソぅ……本日タダパンツ二回目やん!! 皆ラッキースケベ出来て幸せやな! ――ボクには無いんですかね!? ご褒美的な!
「ええと。ハルさん?」
「はい! 何でもありません! お話の続きを!」
「ええ、では――」
ベヒターさんがこほんと一つ、咳払い。
「クエストの依頼です。我らバーグヴァーグの自警団から、ヴェイグランツの皆さんへの」
「え? ええぇぇぇっっ!?」
衛兵さんから、ボク達にクエストの依頼!?
「情けない話ではあるのですが……正直、我々の力ではこの石化事件、お手上げの状態なのです。犯人は一向に見つからず、犠牲者ばかりが増えていく。石化した方々は教会の神父様の元で厳重に保管、安置しているのですが……」
ちらり、と神父様を見るエルフの衛兵さん。
黒い、カソックと呼ばれる神父服を着た人間のキレーなねーちゃん(胸は無い=男!)が軽くボクに向かって会釈をした。
「このまま増え続けるとその場所すらなくなってしまうでしょう」
「あのっ。犯人が手強い、って言うのは理解できますが――しかしそもそも、そう言うのって冒険者ギルドを通してやるものでは?」
「普通は、そうでしょう。ですが領主様の意向でこの事件、ギルドには頼らず、町の者だけで解決したいと考えられているようです」
「なんでそんな……他の冒険者の力を借りればすぐに解決出来るかもしれないのに……」
「恐らくですが……冒険者を雇う為に金を掛けたくないのか……或いは、そもそも解決するつもりがないか……ひょっとしたらその両方かもしれません」
「そんな……」
お金を掛けたくない、は百歩譲って分かるとしても事件を解決する気が無い、ってどういうこっちゃねん! 自分の領民が得体の知れない石化事件に巻き込まれとるんやで! 一体どんな領主が、
「あ……確かここの領主様って……」
国から派遣されて来たって言う、アバズレ女!
「ペドフィ様の事を、少しはご存知のようで」
「その……宿屋の子が嫌っていました。でも話を聞くと、他の住民の人にも嫌われていそうですね」
「当然ですよ。私も大嫌いです。あのクソビッチ」
「「「隊長!? いけません!」」」
「おっと本音が。ハルさんも神父様も。今のは忘れて下さいね」
他の衛兵さんに突っ込まれながらもどこ吹く風。
お茶目にウィンクする隊長さんであった。
ちなみにこの後、アイセさんと連絡を取ったのだが……正義感にステータスを全振りしているアイセさんは二つ返事でOKしたのは言うまでもない。
***
Topics!
『=================
バーグヴァーグ自警団
=================
組織人数:がんばれ♪
支給装備:なかなか
平均LV:がんばれ♪
資金資産:がんばれ♪
団長:ゾビー=ファーフェット(♂)
=================
概要
バーグヴァーグの民兵組織だね。
突発的な事故やレイドボスを含めた
モンスター対応する【災害隊】。
街を見回り犯罪防止に努める、所謂
衛兵的な仕事をする【治安隊】。
何か犯罪が起きた時に調査、鎮圧を
行う【捜査隊】の三つの部署に
分かれるよ。
町の治安維持の為に自然と出来た
組織で、鉱山町と言うだけあって
田舎にも関わらず質の良い装備を
使っているみたい。
ただ【グラナトゥア】からやってきた
新領主【ペドフィ】とはうまく連携が
取れていないのが実情。
町の自警団と他所からやって来た
新しい領主。馬が合わないのは
仕方のない事だけど……?
================』
***
『それではどうしようか?』
衛兵さん達と別れ、再びアイセさんと合流。
町を散策中である。
「うーん……」
アイセさんに問われて考え込む。
謎の石化事件の解決か。
協力するのはボクもやぶさかではないけど……何から手を付けようかな……
『……ハルでも考え込むほど難しい依頼なのか?』
「いやボクを何だと思ってるんです?」
『少なくとも私よりも頭の回転が何倍も速い』
それはそうかも知れないけど(←シツレイ!!
「ただ単に犯人を探し出すだけなら……そこまで難しい事じゃないかもしれません」
鼻の効くココノさん。
ネットで情報収集出来るネロ君。
戦闘になったらアイセさんとライラさんが対応出来る。
探偵ごっこのモノマネくらいは出来るだろうし、ベヒターさん始めとした自警団の人に協力を求める事も出来る。
『おぉ! 流石はハル!』
「ただ、実はベヒターさんから『くれぐれも内密に』と釘を刺されたんですよ」
『む? どういう事だ?』
「ヴェイグランツへのこの依頼って、ベヒターさんによる独断らしいです。上司――自警団の団長さんに話を通していないらしいですから、バレたら大目玉って言ってました」
『つまり?』
「ヴェイグランツが事件の捜査をしている、ってバレないようにするのが前提条件です」
『……それは……可能なのか?』
「だから悩んでいるんじゃないですか」
『そもそも報酬は貰えるのか?』
「前金代わりに【低純度クォーツ】を三個もらいました。後は歩合制――事件に繋がる証拠や、犯人の正体などについて情報提供する度に【中純度クォーツ】を貰える予定です」
『太っ腹だな。通常のクエストよりも高報酬だ』
「それだけベヒターさんが本気って事ですね。報酬も、本人と隊員さん達の私物のようですし」
それもこれも……領民が困っているのに何の手も打たないクソ領主のせいやぞ!!
「――あ」
『ハル? どうした』
「いえ。ちょっと……」
一つ、とんでもない事を思い付いた。
――事件の犯人って 領 主 様 ちゃうん?
事件の解決に本腰を入れないのは、事件の真相を知られると困る事があるから――って事じゃないの?
いやいや。安直な考えだ。いくら領主様が金に汚くとも、自分の領民をないがしろにするにしろ――ロリコン趣味の変態レズ女とは限らない!
「見ろ! 領主様だ!」
おや?
誰かの声と共に途端にどよめき立つ通り。
「皆様ご機嫌よう」
良く通る声だった。
釣られるように、声の主へと目を向ける。
「――まあ本当に汗臭く、煙たい町ですわね。息も出来ませんわ」
視線の先には窓付きのおしゃれな馬車が一台。
必死に馬の手綱を操っているのは僕よりも頭一つ小さい、ロリっ子エルフメイド。
そして馬車に乗っているのは――赤と黄色の派手なドレスと帽子で着飾った貴婦人だ。わざわざ馬車を止め、小窓を開け、扇子で口元を覆いながら通りで店を開いている商人達に聞こえるように嫌味を言っている。
商人の皆さんも、揃って親の仇でも見るような目でその女性を睨みつけて居た。
隣のアイセさんも――マスク越しで表情は分からなかったけど、嫌悪感をガンガン発していた。
税をむしり取られる町民と、その税で贅沢を満喫する領主様――
まるでバーグヴァーグの縮図を垣間見たような気分だった。
――あの女がこの町の領主、ペドフィ。
「ほらサリー。いつまで止まっているの。さっさと出しなさい。私のドレスに匂いが移ってしまうじゃない」
なら最初っからこんな往来のど真ん中にやって来んなや!
心の中で思わず突っ込む。きっと他の人も同じ気持ちだった筈。
「は、はいペドフィ様!」
健気にも領主の命令に従い、ロリエルフちゃんは手綱を操る。
馬車が動き出し、ボク達の方へとやって来る。
ボクもアイセさんも通りの脇へと大人しく退避すると、目の前を馬車がゆっくりと通り過ぎる。
「――――う」
思わず声を上げた。
一瞬。ガラスの窓越しに領主様と目が合ったのだ。
嘗め回すような、ねっとりとした視線に全身に怖気が走る。
欲望に取り憑かれ、ギラついた目だ。
犯罪とか平気でやりそうな――ヤベー奴の目だ!
それだけじゃない。
ボクは見たんだ。
馬車の中にもう一人、誰か居た。
領主様の対面の席に座っていたのだ。
――黒い、全身鎧を纏った騎士が。
「……アイセさん。見ました?」
『あぁ。黒い騎士、だな』
謎の石化事件と失踪事件が巻き起こる鉱山町。
民から税を搾り取る領主様とその傍に控える黒い騎士。
領主様が事件の犯人、もしくはそれに何らかの形で関わっている重要人物、って言う考えはひょっとしたら当たっているかも。
「一旦宿に戻りましょうか」
『そうだな。作戦会議と行こう』
本当は手に入った素材で武器を強化したかったけど……それは追々で。今は、町の事件解決を優先させよう。
お腹も空いたしね。
***
「――あの娘、知ってる?」
馬車の中で揺られながらバーグヴァーグ領主ペドフィ=ヒドニスターは対面に座る黒い騎士に問い掛けた。
お洒落で小奇麗だが手狭な馬車だ。
ペドフィと護衛の者が一人、それだけで窮屈に感じる。
対面に全身鎧の騎士が座っているのなら猶更だった。
「と、言いますと?」
「サキュバスの娘よ。通りに居たでしょう? センスの悪いドクロマスクと一緒に」
「確かに、私も見ました。あの顔は……確か噂の『シュタットの英雄』かと」
「へぇ。シュタットを襲ったボス吸血鬼を退治したって言う――ますます興味が湧いたわ」
美しいとも言えるペドフィの顔が――喜悦に歪む。
「――あの娘、良いわぁ。ピンク髪のサキュバス。それにあの童顔に大人顔負けの色香だつ四肢。正に淫乱を体現したような存在なのに! なのに! あの表情、立ち振る舞いには男を誘惑するどころか警戒すらしていないように思える初心さが同居しているの! あれは恐らく――男を知らない生娘だわ…♪」
声を荒げ、まくしたてるように喋る。
そして夢見心地で言うのだ。
「あぁ……私のペットに是非加えて上げたい……いえ。加えて上げるべきだわ。それが私と、あの子の幸せの為なのよ…♪ くふ♪ くふふふふふっ…♪」
「……つまり、次のターゲットはあの娘――シュタットの英雄、ハル、と言う事でしょうか?」
「出来ない、なんて言わないわよね?」
「……お言葉ですがあの娘は新進気鋭の冒険者パーティ、ヴェイグランツのメンバーでもあります。何かあればあの【孤高のサムライマスター】が黙っていないでしょう」
「ふふ。でも、貴方なら勝てるでしょう? あのアイセに」
欲望の貴婦人が眼前の黒い騎士を見据える。
「ねえ【シュバルツ】?」
黒い騎士は、感情を殺したような声で答えた。
「勿論。侯爵夫人のご命令とあらば」
今日って……何か特別な日でしたっけ?
随分と世間様が浮足立っているようですが(すっとぼけ
次回投稿は2/20(土)もしくは2/21(日)AM8:00の予定です。
リアルが忙しくなってきているので『6日1投稿』が少し辛み……
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