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第8話  呪われ村ハイムヴィ!!

やっぱり遅れてしまった。申し訳ない。

その分、今回は内容濃いめでお送りします♪



 元でも寒かった森が、更に寒くなって来た。

 陽が徐々に傾き、茜色に染まる空に少しづつ紫色と藍色が混じり、鮮やかなグラデーションを描きつつある。


 息を切らしてライラは森の中を疾走する。

 防寒用にと、皮の鎧の上から被った毛皮のマントが鬱陶しい。


「先行くからね!!」

「無理すんなよ!!」

「分かった!! でも無茶はするよ!!」


(余計ダメだろ!)


 幼馴染と心の通わない会話を済ませると、ココノはギアを上げて森の中を駆け抜ける。毛皮ファー付のコート姿の彼女は鎧を着ておらず、ライラに比べれば軽装だ。しかしそれを差し引いても足が速い。


(クっソ! もう見えねぇ!) 


 先を走るココノの姿が見えなくなってしまった。


(オヤジ、おふくろっ、トリィ! 頼むから無事でいろよ!)


 焦燥感ばかりが募る。

 ライラは焦りと不安を振り切るように、森の中を走り続けた。



 ――――ふと、遠くから剣戟の音が聞こえた気がした。



 ***



 最初に見付けたのは、父アーベンの変わり果てた姿だった。



 数十分かけて森を抜け、やっと村が目に入った時だ。

 木陰の中、膝を付いたアーベンの背が目に入った。


「オヤジっ!!」

 

 急いでライラは駆け寄る。

 しかしその姿に、強烈な違和感を覚えた。


 ――微動だにしないのだ。

  

 木陰のせいかも知れないが……自慢の赤毛の色もおかしい。

 まるで石のような、冷たい色に見える。


「――嘘、だろ」 


 そしてアーベンの正面に回り込んだライラは、それが比喩でも何でもない事実だったと言う事に気付いた。 


 怒りに満ちた形相を浮かべたその顔が。

 逞しい四肢が。

 自慢の赤毛が。

 装備している鎧でさえも。


 アーベンの全てが石と化していた。


「なん……何だよこれ……」


 考えれば分かる。

 負けたのだ。何者かに。そして石に変えられた。

 だが、それをライラは認められなかった。


 あの父が、負けた? 有り得ない。

 確かに村にはアーベンクラスの強者が他にも居るが、その中でもアーベンは最強だったと自他共に認めていた。


 村最強の、戦士だったのだ。


「いっつもいっつも偉そうにしてたのによぉ。このザマかよ…!」


 誰だ、父をこんな姿にしたのは。

 今、一体どこに……


「……っ! ココノっ!!」


 犬亜人の幼馴染を思い出し、辺りを探す。

 

 ――静かだ。誰かの気配は無い。

 見付けたのはアーベンが使っていた抜き身の【オモカゲ】と【覚醒の剣】くらいだった。やはり。彼は誰かと戦闘し、そして負けたらしい。


(村の方か!)

 

 一度ライラは石化したアーベンに目を向け、


「クソっ!」

 

 後ろ髪を引かれる思いをしながらも、村の中へと駆け出す。

 ココノと村の人達、それに大切な家族の安否が知りたい。


 ――が、ライラはすぐに絶望する事になる。


 村の中に、動いている者は居ないのだ。


 皆、石化している。


 村の中央の広場から蜘蛛の子を散らし、逃げ惑うように――ハイムヴィの民達が石となっていた。 


(石化の、呪いだよな? でもフツー、こんな大勢を相手に一気に出来るもんかぁ?)


 呪いと言うのは高ランクの魔法や高価なアイテムでしか解く事が出来ない。それほど強力な術をこんな広範囲に及ぼす事など、少なくともライラは聞いた事が無かった。


(村の広場に集められてやがる……一体何があったってんだ!?)


 村の中を進みながら油断なく辺りを見渡す。

 そして――


「ココノっ!」


 石化した民達に紛れ込む、見知った顔を発見する。

 ココノだ。

 彼女は石と化した人間の男性と、犬耳亜人の女性――両親の前で立ち尽くしていた。


「――えへへ。間に合わなかった、ね……」


 振り向くココノの目には、薄っすらと涙が滲んでいる。


「これは、ちょっと……予想出来なかった、かな……」

 

 そのまま石化した両親の前で崩れ落ちると、その場でうずくまる。

 

「……確か呪いって、簡単に解けなかったよね……」

「……そう聞いてる」


 二人の間に沈黙と絶望が舞い降りる。

 ライラはココノに掛ける言葉が見つからなかった。

 

「……ココノ、悪い。まだおふくろとトリィを見付けてねえんだ。探してくるぜ」


 アーベンは村の入口で見つけたが、母と妹は未だに見つかっていない。村の広場にはどうにも居ないようだった。


「……ん」


 顔を伏せながらココノは蚊の鳴くような声で答えた。


「何かあったら大声で叫べよ?」


 返事を聞かずに再び走り出す。辺りには二人以外に気配は無い。念の為の配慮だった。


「――キューン…っ」


 ココノが、捨てられた子犬のように泣いている。

 それにやるせない怒りを覚えながらも、再びライラは走り出す。

 目指すは我が家。

 ライラの家『イェーガー宅』は村の端に位置している。


(石化の呪いは村の広場から広がった、って仮定すっと、ウチまでは呪いが届いていない可能性だってある)


 そして広場には母ツィエレの姿もトリィの姿も無かった。

 

(ひょっとすると――おふくろとトリィだけは難を逃れて――)


 家が、見えてきた。


「っ!?」


 そこそこ広い庭付きの、大きな木製の一軒家。

 辺境の村にしては立派な佇まいの家の前に、見慣れた人影。


 毛皮のコートを羽織った。端正な顔立ちの、長髪の女性だ。

 正面を睨みながら、冒険者時代の得物である長弓を向けていた。

 まるで家を、家族を守るように。


 美人な女性だった。

 二人の子を儲けたにもかかわらず、衰えを感じさせない。

 最も今は、鮮やかな茜色の髪も陶器のような肌も、石と化してしまっていたが。


「……嘘だろ……おふくろまで」


 心が、折れそうになる。

 村の皆が、何より自慢の父と母が、何者かの手により石にされてしまった? それも、こんな呆気なく?


 現実感が、湧かない。


(これじゃ、きっとトリィも……)



「兄さんっ!!」



 ――はっきりと、妹の声を聞いた。


 声のした方向へと視線を向ける。

 石化した母の向こう側。

 庭を抜けた、家の軒先に妹の姿が見えた。


「トリィ!!」


 石化した母を後に、妹の元へと駆け寄る。

 母と同じ、まるで夕日のような茜色の髪。厚着をしていても分かる、ほっそりとした体。ライラとは二つ下にも関わらず、すっとした目や鼻や、白い肌は母にそっくりだ。将来は美人になるに違いない。


 見慣れた、妹の顔だ。


 トリィは、石になっていなかった。 


「兄さん! 良かった、無事で、」


 トリィの言葉を最後まで聞かず、抱き着いた。


「に、兄さん…っ?」

「……お前だけでも、無事でよかった」

「……」

 

 トリィは何も言わなかった。


「……なぁ、教えてくれトリィ。何があった。誰がこの村を、村の皆を、おふくろをこんな目に遭わせた…!」


 抱きしめたままライラは問い掛ける。

 それに対してトリィは――


「……兄さん苦しい」


 抗議するように不満げな声を上げた。


「お、おうっ。わりーっ」


(ったく、マイペースの妹め。感動の再会だろーに)


 内心ぼやきながらも妹の顔を盗み見る。

 夕日のせいかは知らないが、見慣れた妹の顔はどこか赤くなっているような気がした。更に言うと、機嫌が悪いようにも見えない。むしろただ気恥ずかしいだけのような表情だった。

 

「……黒い騎士」


 ふと、その顔が曇る。


「あん? 騎士?」

「うん。顔も見えない全身を覆う黒い鎧と、ガラスみたいに透き通ったマントを羽織ってた。そいつが母さんを、石に変えちゃった」

「透明なマントを着た、黒い騎士……」 


 それが、諸悪の根源。


(探し出して、ぶちのめす!!)


 無力の余りに振り上げた拳。

 両親を、知り合いをことごとく石に変えられた憎悪。


 その行き先が決まった。


「トリィ! そいつは何処に行った!?」

「こっからじゃ分かんないよ。塀のせいで家の外見えないし」

「ちっ!」

「でも。さっきまでここに居たよ」

「それだけ分かれば充分だよ! お前は家の中に隠れてろ! 分かったな!?」


 念を押すようにトリィの胸元に人差し指を突き付ける。

 が。それをゆっくりと両手で押しのけながら、トリィは言う。


「それは……無理かな」


 トリィの表情が陰る。


「は? いや、無理もクソもねえよ。その黒騎士がこの辺にまだうろついてるかも知れねえ。だからさっさと家に、」



「もうね、足が動かないんだ」



 嫌な予感がした。

 まるで心臓を鷲掴みにされたような気分だった。

 冷や汗が流れ出る。

 ドクドクと、心臓の音がやけに大きく聞こえる。


「動かないって、何だよ」


 視線を下げる。

 膝上まであるポンチョコートの裾のすぐ下。細い足を覆っているのは毛皮付きのロングブーツなのだが――


 その下半分が、既に石化していた。

 

(……あ?)


 それだけではない。少しづつだが、徐々に石化が下から上へと進行している気がするのだ。


「……トリィ……お前、」

「父さんも兄さんもココノさんも出かけてて良かったよ。みんな石にされちゃうところだった。えーと……父さんもココノさんも無事、だよね?」

「人の事を心配してる場合か!?」

「あー。もう手遅れって分かってるから。自分の心配をしたってしょうがないの」

「手遅れって、お前!」

「もう。いいから答えてよ兄さん。父さんとココノさんは無事なの? 母さんから父さんに連絡はしたらしいけど……結局私は父さんの姿、見て無くて」

「……ココノは、無事だ」

「? 父さんは?」

「オヤジは……村の外で……石に」

「……そっか。じゃあ助かったのは兄さんとココノさんだけだね。ふふ。私も一緒について行けば良かったかな? な~んて」


 パキン。そんな小さな音を聞いた気がした。


「っ!?」


 何時の間にかロングブーツ全体が完全に石化していた。


(石化が、進行してやがる!?)


 更に、気が付かない程ゆっくりだった石化の進行が、徐々にその速度を上げている。


 ライラの目の前で、トリィの体が少しづつ石化していく!


「トリィっ!!」 

「もう。いきなり大きな声を上げないでよ、兄さん」

「そんな呑気な事を言ってる場合か! 待ってろ! 家に一個くらい解呪アイテムが」



「使ったよ」



「……は?」


 トリィの言葉に思わず目を丸くした。


「母さんがね、なけなしの解呪アイテムを私に使ってくれたの。冒険者時代に手に入れたレア物なんだって。ランク6までの呪いを解呪した上に、一定時間耐性を得るものらしいけど……結局駄目だったみたい」


 そう言って微笑むトリィ。


「笑ってる場合かよ! 畜生!」


 鈍感なライラでも分かる。彼女の笑みは只の痩せ我慢だ。

 今まさに自分の肉体が石へと変わっているのだ。怖いに決まっている。


「ふふ…っ。兄さんってば…っ、そんなに慌てて……っ……面白いなぁ」 


 現にトリィの声はか細く、そして震えていた。


(どうすればいい! どうすれば…!)


 分かっている。出来る事など無い。


 実の妹が。

 目の前で石になっていく様を。

 見届ける以外には……!


 歯を食いしばる。


(畜生! 何も、出来ないってのかよ!?)


 焦りと絶望ばかりが溢れ出してくる。

 今や石化の進行は胸元まで及んでいた。細い体も、四肢も。全てが石とかしている。


「ね。兄さん」

「……何だよ」

「ココノさんの事、頼んだからね?」

「……やめろよ」 

「幼馴染なんだから。仲良くしなきゃ駄目だよ?」

「トリィ! 遺言みたいな事はやめろ!」

「あと兄さん? 口の悪さと、沸点の低さは直した方が良いよ? 友達出来ないよ?」

「……トリィ…っ、くそっ」


 気が付けば、涙で視界が滲んでいた。

 泣き顔を見られたく無くて、トリィに背を向ける。


「あー、あとそれから。まー、万が一にもあり得ないけど。もし彼女さんを作るなら、面倒見が良くて、気が利いて、料理が出来る人にしなよ? 兄さん、ズボラなんだから。えーと、それからね……」


 鮮やかな茜色の髪が灰色の染まる。


 もう、ライラは何も言えなかった。

 大切な妹の最後の言葉。それを全て聞き遂げようと思った。


「あんまり、期待はしてないんだけどさ――」


 最後のトリィの言葉は、涙声だった。



「――出来るだけ、早く助けてくれると……嬉しいかな…っ」



 それっきり、彼女の言葉は聞こえなくなった。



 ――風の音だけが、耳に届く――



「……トリィ?」

 

 静寂の後、恐る恐る振り返る。



 その視線の先、完全に石と化したトリィの姿があった。



 きっと精一杯の虚勢と、兄を心配させたくないという気遣いだったのだろう。

 沈みゆく夕日に照らされながら、彼女は――


 

 笑っていた。



「……ぁぁあああああぁぁぁぁあぁぁぁっっっ!!!!!」 


 ライラの絶叫が、ハイムヴィに響き渡る。



 ***



「……悪いトリィ。二年半、その黒い騎士とやらの足取りを追ったけどよ……成果は0だ。ダメなアニキだよなホント」 

 

 苦い過去を思い返していたライラ。

 眼前にはあの時と変わらない、石と化したトリィの姿がある。


「ただな。俺にも仲間、って言えるような連中と出会える事が出来た。巷じゃ『サムライマスター』なんて騒がれてるスゲェ奴さ。そいつと、ココノとパーティ組んで。冒険者やって。そうそう。肝心な事を言い忘れてた。俺にも剣の師匠が出来てよ。見た目は狐亜人のちんまいガキなんだけどよ。意味わからねえくらい強くてな。話を聞くと冒険者時代のクソオヤジに剣を教えてた、ってよ。あのオヤジの師匠だぜ? 強くて当然だっての。てーかあのオヤジ、誰かに弟子入りしてる、なんて事一言も言ってなかったよなぁ? 見栄っ張りめ」


 一気に話し――深呼吸。


「今じゃそのサムライマスターと一緒にそのお師匠様に弟子入りだよ。ファミリーにも入った。今俺はライラ=イェーガーじゃねぇ。ライラ=シックステールだ……あー」


 ふと居心地が悪くなり、誤魔化すようにぼりぼりと頭を掻く。


「イェーガーの名前を捨てた事、白状だと思うか? ――その、勘違いしないで欲しいんだけどよ。これは俺なりの覚悟だったんだよ。その師匠がクセモンってかひねくれモンってーか。『弟子入りしたいなら家の名を捨てろ』とか言い出しやがって。だからしゃーなしだよ。しゃーなし。強くなる為だったら手段なんて選んでられねぇ。俺みたいなひよっ子なら尚更だ。だからよ。許してくれや」


 勿論、答えは帰って来ない。


「そうだ。他にも仲間が出来たんだよ。ダークエルフのクッソ生意気なガキと、サキュバスのチビ。ダークエルフのガキは口は悪いわ範囲魔法で仲間もモンスターもまとめてぶっ飛ばすはで超問題児でよぉ。サキュバスのチビは、黙ってりゃおしとやかそーに見えんだけどよ? 中身はまあサキュバスらしいピンクちゃんよ。ただ、まあ? 意外と料理が上手くてよ。あいつの作ったサンドイッチ、お前のより旨かったぜ。トリィ。お前、サキュバスに料理の腕で負けてんぞ?」 


 くっくっく、と意地悪気に笑う。


「まあ、冗談はおいといてだな。そのサキュバス、お前とちょっと被る所があってよ。髪型とか……身長も……お前と同じくらいだ。多分年も近いんじゃねえの? 料理は上手いし……多分、掃除や洗濯とか、得意そうだな。お前と同じで【女子力高め】のタレントを持ってたよ。まあ、顔は似てねえがな。あと体型も。あいつは目のやり場に困るくらいワガママボディだからなぁ~。貧相なお前と違ってw」 


 ―― 今晩のご飯、兄さんだけ抜きにするね♪ ――


「……石になってなけりゃ、そんな事を言ったんだろうな」


 嘆息する。


「なぁトリィ。もうちょっと、辛抱してくれ。今までは何も出来なかったけどよ。今、俺には頼りになる仲間が居るんだぜ。ただ強い、ってだけじゃねー。アイセは冒険者ギルドに融通利かせてもらえるし、ココノはパーティに必須のヒーラーだ――――あー。そうだよ。ココノ奴、クラス【プリースト】なんだぜ? 笑っちまうよな。んでダークエルフのクソガキが【ソーサラー】。こいつがガチのネットオタクでよ。情報系のスキルが結構たけぇ。解呪に関して、何かしら手がかりを得られるかも知れねぇ。それから――」


 ハル。サキュバスの女の子。

 トリィと似ているようで、似ていない。

 

「サキュバスのチビ、ハルって言うんだけどよ。そいつ『ボクっ子』なんだぜ? 普段の喋り方は大人しい癖に、感情的になるとすぐに『カンスィー訛り』が出やがるし。その癖サキュバスらしく、エロい時にはちゃーんとエロい。訳分かんねぇだろ? ほんと面白い奴でよ……なんか……」


『新しく、妹が出来たみてーだ』


 喉元まで出かかった言葉を、何故か咄嗟に飲み込んだ。


 実際、ハルは既にライラと同じ『シックステール』ファミリーに迎え入れられた。名実共にライラの『妹』と言っても差し支えは無いだろう。


 だがそれを、血の繋がった実の妹前で。

 口のきけない石となった妹の前で言うのは――気が引けた。


「――――あああぁぁーっ!」


 バツが悪くなった、としか言いようの無い空気。

 それに耐えられずライラは立ち上がる。


「わりー、トリィ。もう行くぜ。オヤジにも顔を見せに行って来るわ。おふくろもよ。またな」


 後ろを振り返り、石化した母にも声を掛ける。


(っとその前に、一応オヤジの剣を確認しとくか)


 父の形見? である二刀の剣【オモカゲ】と【覚醒かくせいつるぎ】はあの日、ライラは家の中――アーベンの部屋に安置しておいたのだ。誰にも気づかれないようなところに、こっそりと。

 自分が持っていてもいいかな、とその時は思ったがその二振りはどちらもランクが6だと聞いた。当時のライラにはとても扱える代物ではなかった為、家に置いておく事にしたのだ。


「――くあーっ! 埃がっ! やっべ!」


 父アーベンの部屋に入ると、大量の埃に出迎えられた。

 飾り気の無い部屋だ。インテリアには興味の無い性格だったらしく装飾品が余りない。ただ冒険者であり剣士であった名残からか、いくつもの剣が壁や武器ラックに飾り付けられている。

 あと変わった物と言えば人一人が入れる程巨大な壺くらいだ。


「げほっ! げほっ! 窓っ――開かねー!?」


 庭から生えた何かの蔦が窓を固定しているらしい。開かない。

 腰のポーチからハンカチを取り出して取り敢えずの何を逃れる。

 そしてごそごそと部屋の中を漁り始めた。


「――ありゃ? ヤベー。剣どこに仕舞ったっけかぁ?」


 埃と音を撒き散らしながら部屋を荒らす。


「くっそ! 野盗を警戒して隠したのは良いが、裏目ったかぁ?」


 悪態を吐きながらも根気よく捜索を続ける。

 ベッドの下。クローゼットの中。

 それから――


「――あった!」


 部屋の隅にあった、肥え太った不気味な中年男性の顔が描かれた、不気味で巨大な壺の中。その中に、お目当ての剣があった。


【オオタチ/オモカゲ】、そして【覚醒の剣】。


「うし。無事だな」


(いや。正確に無事じゃねえけど) 


【オモカゲ】は鞘も本体も無事だが【覚醒の剣】の方は違う。

 鞘がアーベンと共に石化してしまっているのだ。

 だから今、【覚醒の剣】には納めるべき鞘が無い。抜き身だ。


「まあ、アイテムインベントリに放り込んどく分には問題ねえか」


(しかしランク6の片手剣と両手剣か。悔しいが俺にはまだ使いこなせねえな)


 ライラの片手剣スキルと両手剣スキルはどちらも4。レベルを上げてクラスチェンジし、スキルが上昇したとしてもまだ使えない。


「――性能だけチェックしとくか」


 ウィンドウを開け、操作。

 壺の中にある【オモカゲ】と【覚醒の剣】の性能を表示させる。

 ライラは【オモカゲ】と【覚醒の剣】。二つの剣をステータスが表示された二枚のウィンドウを眺め――


「――――は? マジかっ……」

 

 その余りの性能の高さに、驚嘆の声を上げた。



 ***



 鉱山町バーグヴァーグ。

 二年半前、アンフォーシュ大陸北部を中心に起きた大地震によって坑道内で落盤が発生。甚大な被害に見舞われた。

 時を同じくして。町の食糧元でもあった隣の村のハイムヴィが石化の呪いとゴブリンによる動物の大乱獲のせいで壊滅。


 町は最大の危機を迎えた。



 ――というのが二年半前の話。



「いらはいいらはーい♪ 卸したてほやほやの【ムーンストーン】だよ~♪ 愛用の武器に無属性の魔法付与エンチャントをする【宝石】だよ~♪ 品質は中純度! 今なら69,000Zとお買い得だよ~♪」

「スキルが上がったのに武器が弱いとお悩みの方必見!【港町ハーフン】から取り寄せた【クォーツ】はいかがですかー! 武器強化の必需品ですよー! 今なら低純度から高純度まで取り揃えておりまーす!」

「財布が軽いそこの貴方! 貴方ですッ!! 鉱石を買って武器屋で打ち直してもらえばとっても経済的!【宝石】や【クォーツ】なんか買わなくても強くぅ、なれるッ!! 今なら【チタナイト】を破格でご提供っ!! ……どうだッ!!?」


 街中央の商店通り。

 ここには武器屋防具屋以外にも武器の強化や改造、鍛造に必要な素材屋が密集している。

 今日も今日とて道行く冒険者達や山師達の目を引こうと商人たちの客引き合戦が行われていた。


 吸血鬼騒動があった【田舎町シュタット】やここ【バーグヴァーグ】が存在する【アンフォーシュ大陸北部】は、『最果て』や『秘境』と揶揄されるくらい田舎だったが――武器素材やポーションの錬成に必要な良質な薬草が大量に手に入ると言う事で近年では人が流入している。


 陽が高くなった今も、強い武器を求めてはるばるやって来た多数の冒険者達が、商店を練り歩いていは露店を眺めていた。

 人通りは【シュタット】よりも多いようだ。


「…………」


 と、その中に紛れて小柄な人影が一つ。

 ボロボロのマントで全身を包み、フードを目深に被った子供だ。

 子供は練り歩く冒険者達の陰に隠れながら、さりげなく露店に並ぶ商品を目を走らせる。


 ――挙動不審だった。


 だが背が低く、地味な恰好をしている子供の存在に周囲は気付かない。背丈は小学生程度しかないのだ。


 ――やがてフードの子供は客引きをしている露店宝石屋に目を止めた。


「中純度の【ムーンストーン】が69,000Zってマジかよ」

「あー、お兄さん知らへんの? ここバーグヴァーグは【ムーンストーン】と【モルガナイト】の産地なんやで♪ 他にも【ハーフン】から取り寄せた色んな宝石あるけどな。癖の無く使い易い無属性の魔法付与エンチャントが出来るようになる【ムーンストーン】はここじゃ一番人気よな♪」

「しかし69,000かぁー。くぅー」

「お客さーん? 中純度の【ムーンストーン】とか他所で買ったら100、000余裕で越えるで? ほら♪ 今が買い時や♪」

「ぬうぅぅんっ……」


『カンスィー訛り』のエルフの可愛いらしい女性店員が両手剣を装備した冒険者を捕まえていた。

 

(あそこだ…っ)


 子供は気配を消しつつ、人の流れに任せながら目当て(・・・)の露店へと近づいていく。


「お兄さんごっついブツ持ってはるけど……物理に強いモンスターだってぎょうさんおるんやで?」

「いや、でも仲間に魔法使いが……」


 ――あと20歩――


「いやいやお兄さん。そのお仲間が別のモンスターと戦ってたらどないんするん?」

「う。それは……」


 ――あと10歩――


「そんな時にこれ!【ムーンストーン】で改造した武器なら魔法ダメージがズバーン! 物理に強い【ロックゴーレム】なんかにもバッチリダメージ通るで♪」

「いや知ってるよ!? 財布と相談してるの!」


(――今!)


「――【ライト・フィンガー】……!」


 小さな掛け声と共に子供の右手にアーツのエフェクトが宿る。

 同時に何も無い空間目掛けて、何かを手繰り寄せるように右手を翻した。

 まるで空気を掴むような動作。それもほんの一瞬。

 だが。


[You get the item !]


 アイテム入手のアナウンスがウィンドウに現れる。

 今さっきまで何も無かった筈の、小さな右手の中には小さな石ころの感触が一つ。

 子供はそれを短パンのポケットに突っ込んだ。


「あーもうっ!! 分かった! 分かった買うよ!」

「よっしゃ! おおきにお兄さん♪ 大好きやで♪」


 背中で宝石屋の会話を聞く。


(……よし。ばれてない)


 子供はやや急ぎ足で、その場を後にした。



 ***


『=================

     ライト・フィンガー

 ================= 

 概要:ランク3窃盗アーツ

 種別:盗む、隠密   

 消費:25SP35MP  属性:無いよ

 対象:一個    効果:盗みます

 威力:無いよ   射程:ビミョー

 発生:ちょっぱや 追尾:うん○!      

 =================

 説明


 手癖の悪い子が身に着ける【窃盗】

 スキルのアーツだね。

 間近なアイテムに狙いを絞って

 掠め取っちゃうよ♪

 種別【隠密】のアーツは発動時の

 アーツアフェクトや動作自体が他者

 から感知されにくく、簡単には

 気付かれないよ。


 でも犯罪行為だしね?

 バレたら衛兵さん呼ばれちゃうぞ?

 ================』


 ***



 商店通りから少し離れた裏路地。

 そこに先程の子供が足を踏み入れた。

 周りを見渡し、誰も居ない事を確認すると今日の成果を短パンのポケットから取り出す。


 ピンク色の宝石だ。


【モルガナイト】。武器に、永続的にH属性を付与する事が出来る貴重で、超が付くほど高価なアイテムだ。


「えへへ~。チョロいチョロい♪ ん~純度は中、ってところ? 売り捌いたら20万くらいかなぁ♪」


 炎や氷の属性を付与する宝石は珍しくも無いが、H属性を付与する【モルガナイト】は希少で、価値が高い。 


 子供は手にした宝石を路地に差し込む陽の光にかざす。

 淡い桃色に輝くそれは、陽の光を浴びる桜の花びらのようだ。


「はーキレー♪」


 同時にフードから子供の顔が少し覗く。

 黒髪にやや尖がった耳。【エルフ】のように美麗でも、【ドワーフ】のように極端に愛嬌のある顔立ちでもない。その中間をとったような平凡な顔立ち。

【ハーフリング】と呼ばれる種族だ。



「――そこの君」



「っ!?」


 子供は慌てて宝石をポケットに突っ込む。

 気配は無かった筈だった。

 ところが声のする方を見ると――路地の奥から黒い甲冑を着た(・・・・・・・)騎士が歩み寄って来る。


 子供は油断なく身構え、黒い騎士を睨みつけた。


「……騎士様がこんなチビに何の用だよ」

「今すぐに、手にした物を返しに行った方が良い」


 フルフェイスの兜から響く声は、美しくもどこか威圧的だ。

 漆黒の甲冑と合わさり、有無を言わせない迫力がある。


「何の事だか分からないね」

「シラを切るのもいいが……見た所年端もいかぬ子供であろう。その若さで人生を棒に振る事もあるまい」

「知ったような口を利くなっての。これでも今年で17だ」

「……ハーフリングか」


 黒騎士がマントに身を包んだハーフリングの体を見やる。

 茶色いぼろマントに包まったその体――細い腕。引き締まった足。それにマントの隙間から程よく実った双房が見える。


「女か」

「だったら何。騎士様がアタシを捕まえて、乱暴しようっての?」

「……馬鹿げた事を」

「だったらほっといてよ。大体盗まれる方も悪いのよ。あんな高価な物を露店に出して何の対策もしてないなんて、」

「否。対策はしている」

「……へ?」


 キョトンとするハーフリングの少女。


「最近、『高価な武器素材が盗難に遭う事件が頻発している』らしくてな。そういう価値のある物には【追跡】の魔法が掛けてあるようだ」

「な、何それ!? 聞いた事無い!」

「私にも子細は分からなかったが……窃盗されたとしても犯人の居場所がすぐに分かるという事だ」

「……やば……」


 見る見る顔を青くする少女。


「更に、窃盗した犯人の情報もある程度分かるものらしい」

「え!? それじゃ……っ」

「ああ。今頃君の名前も居所も、筒抜けだ」

「……そんな」

「いささか派手にやり過ぎたな。つけが回って来たという事だ」


 少女は力なく膝を付く。

 かと思うとすぐに立ち上がり、黒騎士を睨みつけた。


「あ、アンタは一体何なのよ!? それを私に話して、どうしようってのよ!?」


「――――『マーシー』だ」


「……は?」 


 ちょっと意味が分からなかった。


「君の運命は決まっている」

「分かってるわよ! 豚箱行きって言いたいんでしょ!?」

「そんなものでは済まされない」

「……え?」

「何度でも言おう。そんなものでは済まされない。牢屋で反省して開放――そんな生易しい事にはならない。慰み者にされ、その心が擦り切れてしまうまで弄ばれるだろう。臆面も無く、そういう野蛮な事が出来る者が……この街には居る」


 気が付けば、少女の顔が蒼白になっていた。

 捕まっても釈放されるまで臭い飯を我慢すればいい――確かにそう考えていたのだ。


 そして今更その考えが、甘かったと気づかされた。


「ど、どうしようっ、私っ!」


「大丈夫だ」


 混乱する少女に、騎士は言葉を投げかけた。

 その威圧的な姿とは裏腹に、その声音はどこか優しい。


「私ならば君を救う事が出来る」

「ど、どうやって!? 騎士様が弁護でもしてくれるっての!?」


 黒い騎士はゆっくりと顔を振った。


「方法は、言えない」


 そして少女に近づくとゆっくりと膝を折り、視線の高さを合わせる。フルフェイスの兜越しに、二人の視線が間近で交錯する。


「だが約束しよう。確実に、君を救うと」

「……信じて、いいのね?」

「ふふ……商売人を泣かせた泥棒がこんな怪しい騎士を信じるとは……良いのか?」

「自分で怪しい、って……自覚有るんだ」

「それでどうする? 我が『マーシー』を受け入れるのか?」

「ああもう! 良いわよ!『マーシー』でも何でも好きにして!」


「その言葉を待っていた」


 騎士は立ち上がると、その掌を少女に翳す。


 甲冑に包まれたその右手が、どす黒い光を放ち始めた。


 不吉な光。それが【呪い】の光である事を、少女は知らない。

 知らないが――


(透明な……マント…?)


 黒い光と共に、黒い騎士の外套が揺れる。

 最初はそもそも外套を着ていないと思ったが違う。


 路地に差し込む僅かな陽の光が、ガラスのように透き通ったマントを照らしていた。


(綺麗……)

 

 黒い鎧と太陽の光を受けて輝く透明の外套。

 闇と光がこの騎士には同居していた。

 その神秘的とも言える光景に、少女は思わず見とれ――


「――貴公に祝福と、『マーシー』あれ」  


 騎士の声と共に、意識が遠のいていった。


 次回投稿は2/8(月)AM8:00の予定です。

 多分次回は予定通りに投稿できるかな?(フラグ建築)


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