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第7話  秘境の村ハイムヴィ!


 その日は特に寒かったと、ライラは記憶している。


「オヤジ、準備出来たぜ」

「私も準備完了でありまーす!」

「うっし。ガキども、出発すっぞ」


 今から二年半前。ライラの家、【イェーガー】宅の軒先でライラ、ココノ、それからライラの父親である【アーベン】の三人が集まっていた。

 当時ライラは17歳、ココノは18。二人とも冒険者という訳ではないが、ライラは父親のアーベンから片手剣のスキルを学び、ココノはライラの母親【ツィエレ】より短弓のスキルを学んでいた。

 ライラもココノもアーベンやツィエレには遠く及ばないが、森に出る野生動物を狩る、或いはゴブリン等の下級モンスターを退治する程度の事は出来た。


 何より、ライラの父【アーベン】はそこそこ名の売れた元冒険者である。仲間だった【ツィエレ】と結ばれてからは辺境の地【ハイムヴィ】に腰を落ち着けたが、レベル100越えの猛者だった。


「皆、気を付けていってらっしゃい」

「兄さん。ココノさん。気を付けて」


 そしてそんな三人を見送るのは母のツィエレと妹のトリィだった。

 アーベンは肩を竦めながら言う。


「ツィエレもトリィも心配し過ぎだろ」

 

 アーベンは紅い中装の鎧に黒いマントを羽織った完全武装状態。

 武器も新調し、より強力な物を装備していた。


「ダーリン。油断大敵よ? この前の地震のせいで森がダンジョン化しているんでしょう?」


 ほんの一週間前ほど、【アンフォーシュ大陸北部地域】全体に大きな地震が起きた。隣町の【鉱山町バーグヴァーグ】は坑道が落盤に見舞われ、甚大な被害を受けたと言う。今でも復旧の目途は立っていない。


「わぁってるよ。けどま、俺様だから。それに新しいオモチャも手に入った事だしな」


 見せびらかすように、左手で右肩の裏から剣を引き抜く。

 凶悪な反り(・・)のある刀身が陽の光を反射して閃いた。

 握りやつば、独特な意匠――それは刀と呼ばれる物だった。


「【オオタチ/オモカゲ】。業物だよ」


 柄と鞘は星の無い夜のように漆黒だが、1メートルもある刀身はまるで鏡のように研ぎ澄まされ、【オモカゲ】を見詰めるアーベンの顔すらくっきりと映している。


「んでからこっち」


 右手で腰の裏から剣を引き抜く。

 ストレートタイプの片手剣だ。鍔の部分がやや凝った意匠をしているが、全体的にやや細長くシンプルなデザインをしている。左手に持つ【オモカゲ】に比べれば華やかさは無い。むしつばの部分などは薄汚れ、業物とは程遠い。ナマクラかと思う程だ。


「【覚醒かくせいつるぎ】。見た目は……まあ、残念だが性能だけならこっちの【オモカゲ】よりも断然ヤベェ」


「へー」

「おぉ……」


 ココノはあまり興味の無さそうに相槌を打つが、ライラは目を輝かせた。


「【オモカゲ】は師しょ――」


 言いかけた言葉を何故かアーベンは飲み込む。


「――知り合いから貰ってな。【覚醒かくせいつるぎ】はダンジョンのボスがドロップしたんだよ。『棚ぼた』だったぜ」


「えぇ聞いたわ♪ ダーリンの自慢話♪」


 ドヤ顔するアーベンにツィエレは笑顔を浮かべ、続けた。


「いい剣みたいだから売ればさぞかし高く売れるのでしょうね♪」

「はっ!? バッキャロー! テメー! こんないい剣を俺様が手放すわきゃーねーだろーが!!」

「はぁ。モンスターのせいで動物が減って、今年の冬は特に厳しいのにねぇ……お金があれば、私達家族もこの村の皆も飢えずに済むのにねぇ。ねー、トリィー」 

「ねー、かーさん」


 嫁と娘が結託して旦那に非難の目を目を向ける。


「ばっ、ばっきゃろっ! だから俺達がこうやって今から森のモンスター掃除と、獲物の狩りにせっせと繰り出すんじゃねえか!」 

「冒険者でもない兄さんとココノさんを狩りだしてね」


 娘のジト目が無情にもパパを襲う。


「いやいやいや、こいつら自分からお願いしてきたんだからな!? ちょっとでも村の役に立ちたいって!? それにそこらのゴブリンやオークくらいが相手なら、充分戦えるっての」

「……そりゃ、兄さんとココノさんが強いのは知ってるけど」


 トリィが頬を膨らませる。

 ――と、すぐにココノに向き直り、真剣な表情で頼み込んだ。


「ココノさん。本当に、気を付けて下さいね? 兄さんと父さんはこんなだから、ココノさんだけが頼りなんです!」

「まーかせて☆ 猪100匹取って来るから、皆でパーティしようね!」

「……あ、駄目だ。不安しかない……」

「? トリィちゃん? どうしたの? 頭痛いの? 大丈夫だよ! 食べれば大体治るから!」

「いやそりゃお前だけだよ」

「?」


 突っ込みを入れるライラに、ココノは不思議そうに首を傾げた。



 ***

 

『=================

     秘境の村ハイムヴィ

 =================

 所在:アンフォーシュ大陸北部地域

    南部山林地帯

 人口:……(目逸らし

 広さ:……(目逸らし 

 資金:う○ち!

 資源:……(目逸らし

 気候:寒い!乾く!

 主な種族:人間、亜人、獣人、エルフ

 名物特産品:薬草、山菜、猪肉の干物

 長:村長さん(名前?ないよ)

 =================

 概要

 落ちぶれた貴族や、引退した冒険者、

 その他にも行き場を失った者が流れ

 着き、集落を形成した、ってのが

 昔の話。

 ご近所さんが大物冒険者だったり、

 亡国の王子様とかだったりする、

 ある意味凄い所。


 それ以外には田舎と言うだけで特筆

 すべき事は無いけど、ご隠居するには

 丁度いい場所かもね?

 ================』


 ***



 その日、ゴブリンは思い出した。


 自分達がクソ雑魚ナメクジである事を。

 最弱モンスターである屈辱を。


「ぎいいぃぃやあああァァっっ!!?」

「お助けェっ! どうかお助ケ、ヘヴンッ!?」

「逃げロ! 一匹だけでモ多ク、生き残るんダ!」


 見た目緑肌の小柄な少女達――ゴブリン達が蜘蛛の子を散らしたように逃亡している。


 全員、青ざめ、愛くるしいロリ顔が恐怖に歪んでいる。

 モンスターと言えども流石に同情を禁じ得ない様相であった。

 

 そして彼らが何から逃げているかと言うと……


「蹴散らせライラぁ!」

「はっ! もうやってんぜクソオヤジ!」


 赤毛の親子、アーベンとライラだ。

 アーベンは【オモカゲ】と【覚醒の剣】の二刀スタイルで。

 ライラはアーベンから譲り受けた二本のロングソードで。

 二人掛かりで切り込み、ゴブリンの群れを蹴散らしていく!


「「【ブレード・ストリーム】!!」」


 二人は同時にアーツを発動させ、二刀の剣を振り回しながら高速で突進する!


 ズバババババッ!


「「「「あばばばばバァ!!?」」」」


[32ヒットコンボ! ゴブリン四匹まとめて戦闘不能だ!] 


「な、なんでこんな田舎にこんな強い人間が居るンダ!?」

「だから俺ハここで縄張りを広げるのは止めよウ、って言ったんだヨ!」

「助けてオカーサーン!!!」


 と、逃亡する彼らに更なる絶望が襲い掛かる!

 前方に、更なる人影が見えた。


 ペタン、とした垂れ耳が特徴の、犬亜人の少女だ。


 少女は手に持った短弓に複数の矢を同時に番え、引き絞り――そして放つ!


「【マルチプル・シュート】!」


 青白いオーラを纏った矢が4本、同時発射されゴブリン達を纏めて射貫く!


「ヘッショ!?」


 ――かと思われたが。4本放った矢の内、当たったのはたった一つだけだった。


「!? チャンスだ! このまま突っ込め!」

「あいつヘタクソだゾ!」

「むしろかわい子ちゃーンじゃーン! このまま頂きまース♪♪」


 勢いよく犬亜人の少女――ココノへと突っ込んでいく3匹のゴブリン。そんなゴブリンを気にも留めずにココノは呟くのだ。


「あー、やっぱり当たらない。うーん」


 ゴブリンを目の前にして悩み込むココノである。

 そしてそんなココノに隙を見出したのか一匹のゴブリンが飛び掛かった!


「おんどりゃア! 往生せいヤァ!!!」


 そして飛び掛かってくるゴブリンの目の前で――


「あー。やっぱり、これいいや」


 ――ココノは構えていた短弓を放り棄てた。 


「……オ?」


 放り棄てられた短弓に、思わず目が移ってしまうゴブリン。

 え? 武器を捨ててコイツ何するつもりだ? と疑問に思った事だろう。


 その疑問に対して――――ココノは鉄拳で答えた!


 ドゴォッ!!


「ペロシッ!?」


 その細腕にどれだけの力が込められていたのか。

 ふっくらほっぺをしたゴブリンの顔に右ストレートが食い込むと――次の瞬間トラックで跳ね飛ばされたかのように吹き飛び、10メートル離れた大樹に激突する。


「うん♪ こっちの方が手っ取り早い♪」


 ずるり、と大樹に張り付いていたゴブリンが力無く崩れ落ちる。

 白目を剥きながら。

 

「「ひいいいぃぃヤアァあああぁぁアッっ!!?」」


 先走った仲間の末路を見届けた二匹のゴブリン。

 恐怖の余りお互いに体を抱き合い、すぐに走り出す。


「お? 追いかけっこ? えへへ。私、追いかけっこは得意だよ♪ あとかくれんぼも♪ ――ダァッシュっ☆」


 犬亜人のココノは――いや。種族云々以前に彼女自身の身体能力が元より高く、低レベルのゴブリンでは比較にするのも憚られる程のSTR(きんりょく)AGI(すばやさ)が高い。 


 素手で殴り倒すのも、逃げるゴブリンも追いかける事も、彼女にとっては造作も無い事だった。


「追ーいつーいた☆」

「ひっ、お助、ケバプっ!?」


 緑色の顔をしたゴブリンが顔を青くした瞬間、全力ダッシュからのドロップキックがゴブリンの顔面にめり込み、錐もみ回転をしながら吹き飛んでいく。


「お、俺だケでも、生き延びてやる!」


 最後の一匹となってしまったゴブリン。彼は仲間達との絆、輝かしい思い出をフラッシュバックさせながら、その場を後にする。


 幼い瞳には大粒の涙。

 どうしてこんな事になってしまったのだ。

 人間が近くに居たのは知っている。だが略奪も、いたずらもしなかった。

 

 自分達は、この大自然の中で只静かに暮らしていただけなのだ。


 森の中に居る動物達を狩り倒しながら!


「お、俺達が何をしたッテ言うんダァ!!」

 

 世界の不平等さに、ゴブリンは慟哭するのだ。


 しかし運命は無常である。

 アーベンが投擲した【覚醒の剣】が、彼の頭を真横から貫いた。


 ***


 Topics!


『=================

     マルチプル・シュート

================= 

 概要:ランク1短弓アーツ

 種別:射撃、チャージ、マルチロック

 消費:15SP15MP 属性:射撃、刺突

 対象:1~4体  効果:怯み

 威力:びみょ~ 射程:なかなか

 発生:びみょ~ 追尾:(-ω-;)

 =================

 説明


 短弓の基礎となるアーツだね。

 4本の矢を同時に番えて発射!

 チャージをする事で最大四体の標的を

 同時に捕捉し、まとめて攻撃するよ!

 矢一本辺りの威力は大した事は

 ないけど、複数の敵に対して奇襲を

 仕掛けたり、注意を引き付けたり

 するのには有効だね。

 ただしDEX(きようさ)の値が命中率に大きく

 依存するので、ぶきっちょさんには

 向いてないかもね?


 強化されると矢の同時発射数と

 最大捕捉数増えるよ!

 え? 指が5本しかないのに

 どうやって5本以上の矢を番えるか

 だって?


 ……細けぇ事ぁ良いンだよ!!

 ================』


『=================

       二刀流

 =================

 右手と左手に武器を一本ずつ持つ

 スタイルの事だね。

 これ自体は珍しくも無い事だけど、

『左右の手に同じ種類の武器を装備』

 する事により二刀流専用のアーツを

 使えるようになるよ!

『片手剣+片手剣』とか

『片手斧+片手斧』とかね♪

 特定のアビリティを利用する事で

『両手剣+両手剣』なんて事も可能♪

 華麗な連撃で、敵をボコボコだ♪

 ================』


『=================

    ブレード・ストリーム

================= 

 概要:ランク1片手剣二刀流アーツ

 種別:突進、連撃   

 消費:25SP20MP 属性:斬撃

 対象:1~3体? 効果:怯み→ブロウ

 威力:なかなか 射程:まあまあ

 発生:びみょ~ 追尾:ふつー

 =================

 説明


 片手剣の二刀流アーツだね。

 突進しながらのー!

 二連撃っ! 更に二連撃っ!

 フィニッシュでぇ、X字切りぃっ!!

 フルヒットでいいダメージ♪

 アーンド吹き飛ばし効果付き♪


 大量の雑魚相手にこれで突っ込むと

  カ ☆ イ ☆ カ ☆ ン


 でも手強い相手には乱用禁物。

 モーションが分かり易いから

 パリィのカモにされちゃうぞ☆

 SPMPの消費もやや激しめなので

 使い所はちゃんと見極めるように!


 強化すると攻撃回数が増えるよ♪

 ================』


 ***



「あー。畜生、もう日が暮れちまう」


 空を見上げたアーベンが苛立たし気に呟いた。


 自然の、緑の、噎せ返るような空気の中。

 木々の隙間を縫うように夕日が指し込んでいた。

 父と同じようにライラも空を見上げ、うげ、と声を上げる。


「マジかよ。肝心な獲物、一匹も獲れてねえぞ」

「……そうだよね……はぁ。猪の一匹も獲れないとか……」


 太陽が真上にある時から森に入ったにも関わらず収穫はゼロ。これでは送り出してもらったツィエレやトリィにどんな顔をすればいいのか。


「参ったな。村長さんからも期待されてたんだけどな」


 森にモンスターが増え始め、ダンジョン判定になってからは野生の動物が劇的に減ってしまった。森に生きるハイムヴィの民にとって、死活問題なのだ。 


「ゴブリンはエグイほど狩れたんだけどな」


 げんなりとした様子でライラが振り返る。


 その視線の先、三人で退治したゴブリン達が山と積まれていた。

 勿論、女神様の加護のお陰で戦闘行為による致命傷は無く、全員気絶しているだけである。


 SUPPONPONで。


「……ゴブリンでお腹は膨らまないよ」

「お、おう。そうだな」


 気のせいか、ココノの様子がおかしい。

 戦闘中は楽しそう(・・・・)に、ゴブリン達をちぎっては投げ、ちぎっては投げ、と大活躍だったのだが。

 

(なんかココノのヤツ、機嫌悪ぃか?)


「…………」


 今は元気が無い。トレードマークの犬尻尾も耳も垂れている。

 あと目が座っている。


「こいつら火ぃ着けちゃおっか」

「何さらっとおっかねえ事言ってんだぁ!?」

「いや、ね。焼いたら食べれないかなー、って思ってさ……塩とコショーも使えばワンチャン食べれるんじゃないかな……」


 グルゥゥ、とココノお腹が鳴る。

 只の村人にしては戦闘能力の高いココノだが、そのせいか燃費がとても悪い。大食い気質なのだ。


「森の動物達が居なくなったのって、こいつらがどっかから湧いてきたせいだし。体で責任とってもらおうよ」


「「「「「ぎゃああぁお許しオオヲォ!!?」」」」」


 ゴブリン達は狸寝入りをしていたらしい。

 30匹近くいる緑のモンスター達が揃って土下座した。


「……いーからこの辺に二度と寄るんじゃねえ。もし次見かけたら……そこのカワイーお嬢ちゃんに頭っからかじられる事になるぜ?」


「「「「「ごめんなさああぁぁァイイッ!!」」」」」


 ズドドドドドっ、と一目散に退散するゴブリン達だった。


「……はぁ」


 それを見送ったココノがその場でいきなり仰向けに倒れた。


「……今年の冬は、保存してる干し肉と野草で過ごすしかないのかなぁ」


 気力も体力も尽きたらしい。

 ひもじさを想像してこの世の終わりのような顔をしていた。


「それでもキツイだろうな。誰かさんが大食いのせいでよぉ」

「……ごめんね」

「いや……マジ謝りすんなよ」


(ったく。調子狂うぜ)


 しかし、本当に切羽詰まった状況だった。

 隣町のバーグヴァーグは今なお復興活動中で、食べ物を融通してくれる余裕などない。むしろ森で狩った獲物や薬草、その他諸々を村から売り込んでいたくらいだ。きっと向こうも厳しいだろう。


 本気で、村から飢え死にする者が出るかもしれない。


「……いっその事」


 アーベンが珍しく神妙な顔つきで、何かを呟いている。

 その目は、自身が持つ二振りの刀剣を見詰めていた。


 ―― いい剣みたいだから売ればさぞかし高く売れるのでしょうね♪ ――


 ふと、ライラは出発前の母の言葉を思い出していた。

 

(……このクソオヤジ。ひょっとしてマジで剣売るつもりか)


「おいオヤジ。馬鹿なこと考えてんじゃねえだろうな」

「あん? 何の話だよ」

「剣売ろう、って考えてたろ」

「お。気づいたか」

「だから馬鹿な事考えんな、って言ってんだよ。元々冒険者だったんだから出稼ぎしてクエスト受けまくりゃ金なんてすぐ稼げるだろ。おふくろには頭の上がらねえ駄目オヤジだけどよ。それでも腕は良かったんだろ?」

「一言、いや二言多いっての――けどま、ライラの言う通りだな。剣士が強力な剣をみすみす手放す事はねえな」

「そうだよ。オヤジから剣を取ったら何が残んだよ」

「ばっきゃろ。だから一言多いって――おっと」


[You got mail !!]


 親子の仲睦まじき会話に割って入るかのように、女神様のアナウンスが聞こえた。


「……おふくろからか?」

「みたいだな」

「手ぶらで帰るのも気が引けんなぁ。なぁオヤジ。バークヴァーグまで走って食い物買い漁って来いよ。俺達は先に帰ってるからさ」

「自分の親をパシリに使うたぁ良い度胸だ。一体誰の子だぁ?」

「へっ。鏡を見ろっての」

「…………」


 口の悪い親子によるキャッチボール、それが突然途切れた。


「……あん?」


 メールの文面を見ているアーベンの顔が硬直している。


「オヤジ? どうした? ……分かった。きっと獲物が取れるまで帰って来るなって、って書いて」

「ライラ」


 アーベンに言葉を遮られた。

 その顔はいつになく真剣だ。


(いや……焦ってんのか?)


 アーベンは平静を装っているように見えるが――空気が張り詰めている。

 父親から、かつてない緊張と焦燥を感じる。


 ライラは直観した。

 何か、良くない事が起こってる、と。


 ふと、ウィンドウに記されているメールの文面を盗み見る。


 ――『助』という文字を見た気がした。


 次の瞬間。ライラの視線を遮るようにアーベンが新たなウィンドウを呼び出す。

 アイテムメニューだ。アーベンはアイテムを選択し、淡く輝く小さな石を取り出した。


「こいつでバーグヴァーグまで飛べ。ココノも一緒にだ」


 強引に手渡されたのは転移石だ。

 冒険者御用達のワープアイテムだが、そこそこ高く、一般人が気安く買える物ではない。

 念の為にと、アーベンが家から持ってきた物だった。


「は? いや。意味わかんねぇよ」 

「いいか時間がねぇ。そいつで。街に行って。助けを呼んで来い。冒険者ギルドで緊急クエストを手配してもらえ。報酬はランク6の片手剣と両手剣だ。俺の名前を出せばギルドの人間も話を聞いてくれるだろうよ。分かったな?」

「いや! 分かんねぇって! 説明しろよ!」

「んな時間はねえんだよ!」

 

 どん、っと突き飛ばされる。

 それだけで体が宙を舞い、元居た所から何メートルも離れた所に吹き飛ばされる。


「さっさと町に行け! 絶対着いてくんな!」


 一方的に言い放つと駆け出すアーベン。本気の疾走だ。

 レベル100越え冒険者の全力のダッシュ。ライラは愚か、万全の状態のココノですら到底追い付けないだろう。


 突き飛ばされ、転倒したライラが体を起こした時にはアーベンの姿は森の奥へと消えていた。


「ってえな、ったく! 何だってんだ!」

「ライラちゃん大丈夫?」


 悪態を吐くライラにココノが駆け寄る。


「別にどうって事ねえよ。けど……」

「けど?」

「……村が、ひょっとしたら、ヤバイかもしれねぇ」

「え? どういう事!?」

「……お前、オヤジが焦ってるの気付かなかったかのかよ……」

「うん! さっきまで空腹と戦ってたし。あ間違えた! 今も!」


(平常運転か!)


「兎に角、あのオヤジがガチダッシュで帰らねえといけないような事が村で起きてるって事だよ!」

「あー。それでさっき、バーグヴァーグに行け、みたいな事を話してたの」

「そうだよ。ったく、どうしろってんだ…!」

「え? 追い掛けないの?」

「馬鹿言ってんじゃねぇ。オヤジが来るなって言ってたろ」

「でも、アーベンさんが全力ダッシュするような異常事態なんだよね? 多分。それって……街に行ってから応援を呼んで、間に合うものなのかな?」

「そりゃ……分かんねえだろ」


(いや、そもそも村はオヤジクラスの元冒険者がオヤジ以外にもちょくちょくいるようなトコだぞ? おふくろも含めて。ゴブリン共がその事知ってたらこの森で縄張り広げようなんて事はしなかったろうし……でもおふくろからのメールを受け取ったあのオヤジの反応……絶対良くねえ事が起きてやがる)


 恐らく、母ツィエレがアーベンに助けを求めたのは間違いない。

 そしてそれ自体が異常だ。

 あの母もアーベンと死地を共にした冒険者であり手練れの狩人だ。

 その母が、尻に敷くアーベンに助けを求めるような事態?

 村に何が起きているのか、ライラには想像もつかない。


(どっちにしろ、俺やココノが加勢に加わったところで……)


「俺は、オヤジや皆の足を引っ張りたくねえよ」

「分かった。じゃあライラちゃんは街に行って応援呼んできて」

「は? いやお前はどうすんだ!?」

「? 村に戻るんだよ? 何言ってるの?」

「はあ!? いやてめっ、状況分かってんのか!?」

「分かってないよ? 分かってないから、はいそーですか、って諦められないんだよ。ひょっとしたら私が加勢する事で何とかなる事態かもしれないし。まあ、そうじゃないのかもしれないけど」

「だったらっ、」

「何より」


 ライラの言葉を食い気味にココノは言い放つ。


「村の皆を残して自分だけ逃げるみたいで嫌」


 裏表の少ない、ココノらしい言葉だった。


(逃げるみたい、か。いや、実際オヤジはせめて俺達二人だけでも逃がそうとしたんだろうな)


「ライラちゃんはどうするの? 私もう行くよ?」


 悩んでいる時間は無い。

 ライラ一人だけで逃げるか、ココノと一緒に村に戻るか。


 二つに一つだ。


 そして、答えは決まっていた。


「だー! もう分かったよ! 俺も行くっての!」


(ココノが村の皆の為に戻る、っつってんだ! 俺だけ尻尾撒いて逃げれるかっての!)


「いよっ♪ 男の子♪ どうせ、俺だけ逃げれるか! とか思ってるんでしょー♪ かっこつけー♪」

「ば、ばっきゃろー! うるせーっての! さっさと行くぞ!」


 幼馴染に見事に内心を見透かされ、動揺する。

 そして照れ隠しに走り出すのだった。


 次回投稿は2/1(月)AM8:00の予定です。

 相変わらずリアルが忙しめなので2/2(火)にずれ込む可能性ありです。


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