第19話 ボク達ハメられました……ヴェタルの策略!
念の為の注意書き。
ソフトめな『悪堕ち』描写と、それに付随するちょっぴりエチチなシーンあり、です。
苦手な方(居るの?)はお気を付けを。
(さあて、どうしてくれようかしらっ…!)
アイセに可愛い妹二人をタコ殴りにされた挙句、舐めプします宣言までされてしまったカーディナの心中は穏やかではない。今すぐにでもボコボコにしてやりたい気分だ。
が、怒りに任せて突っ込む、などという馬鹿な真似はしない。そんな事をしたら間違いなくこちらがボコボコにされる。それほどまでこの女は強い。
アイセが先程妹達を倒した時に使った【陽炎】のアーツ。あの瞬間移動の技を封印したとしても、恐らくカーディナの方が分が悪いだろう。
(――それなら)
カーディナは――自分から距離を取った。
「……回復、しなさいよ」
「ふむ? ありがたい話だが」
カーディナの様子を伺いつつ、アイセは刀を正眼に構えると大きく深呼吸。
アーツ【気功術】。戦士系の【初級職】で獲得できるアーツだ。MPを消費し、スタミナを大きく回復させる。
勿論、アイセにスタミナを回復させたのは親切心などでは無い。戦略の一部だ。
恐らく、まともにやっても勝機は薄い。AGIの数値自体はそれほど差は無いだろうが――こちらは大振りの両手剣。向こうは斬撃速度に優れた刀。通常攻撃で戦闘する場合、回避されながら、じわじわと削られるのが目に見えている。
(なら、チェイン合戦に持ち込んで、正面からこちらのアーツを叩きこむ!)
【陽炎】を使わないならチェインの最大回数は知れている。さっきから三回までしかチェインを行っていない。つまりアイセのチェイン3。出し惜しみをしているとしても4回だろう。こちらのチェイン回数は3。回数だけなら負けるかもしれない。
が、正面からアーツとアーツがぶつかった時、速度重視の刀と威力重視の両手剣ならば、両手剣が圧倒する。両手剣の攻撃モーションには怯み耐性が付くからだ。刀の攻撃自体を防御する事は出来ないが、向こうにもっと手痛い一撃を食らわせてやる事が出来る。
更にアイセはの装備は軽装。一撃でも当てれば、こちらの勝ちだ。
(先ずはアーツを撃たせないと)
アーツの硬直を狙うにしても、アーツにアーツをぶつけるにしても、アイセに先にアーツを撃たせなければ始まらない。こちらから先に仕掛けるのはご法度。簡単に避けられるのが関の山だ。
(その為には――)
カーディナは警戒するように後方へと下がる。
一歩、二歩――三歩。
そこでカーディナはおもむろにメニューウィンドウを呼び出し、アイテムのページを開ける。
直後にアイセの目が見開かれた!
「【弓月】!」
斬撃を飛ばす、刀のアーツ。
アイセがアイテムを使おうとするカーディナの気配を察知し、それを防ぐ為に放ったのだ。
(掛かった!)
「【ディバイダー】!」
即座にウィンドウを消し、同時にカーディナも突っ込む。種別【突進】である【ディバイダー】はAGIが高ければ高いほど突進速度が上昇し、ダメージが増加する。
高速の踏み込みで、一瞬でアイセの眼前にまで接近する事が可能だ。
だが当然その剣が届く前に、刀から放たれた剣圧が、カーディナを切り裂く事になる。
ザシュッ!
[カウンターヒット♪]
35ダメージ!
(構わない!)
カウンターヒットのせいで予想よりもかなり痛いダメージだが――カーディナのAPは650ある。その程度なら、くれてやる。
それよりアイセが先にアーツを放った事で、アーツの打ち合いに持ち込めた。この事実の方がよっぽど重要だ。
「【下弦】!」
アイセが一度目のチェイン。カーディナの突進しながらの横薙ぎの一撃を、跳躍で回避。そのまま頭上から、三日月のエフェクトを伴うジャンプ切りを放つ。
ズッシャアッ!
[カウンターヒット♪]
65ダメージ!
(まだまだ!)
「【テンペスト】!」
こちらもチェイン。着地硬直中のアイセに向けて、連続回転切りを放つ。
「【金剛】!」
アイセが二度目のチェイン。再度跳躍し、上空から切っ先を真下に向けながらカーディナに目掛けて急降下。
「【ドラゴン・スレイ】!」
カーディナがチェイン。落下してくるアイセとすれ違うように跳躍。
が、同時に刀の切っ先に引っ掛かる。
[カウンターヒット♪]
42ダメージ!
(いったぁ! でも、まだ耐えられる!)
カーディナが持つボスアビリティは【ダイアモンド・アーマー】。物理防御力が大きく上昇し、更に敵の攻撃を受けても殆ど怯まなくなる。耐久値が設定されており、一定量の攻撃で無効になってしまうが、時間経過で耐久値は徐々に回復する。カウンターヒットやクリティカルヒットを連続で食らわない限りは無効にはならない。
このアビリティは『肉を切らせて骨を断つ』を地でいく両手剣ととんでもなく相性がいい。今のような相打ち覚悟のインファイトでは猛威を振るう、強力なアビリティだ。
(着地硬直! 頂きっ!)
今度は跳躍したカーディナがアイセに向けて、頭上からジャンプ切りを放つ。
カーディナの知る限り、この状況を打破できる刀のアーツは存在しない。
何故なら刀のアーツはその場で足を止めて、パリィかカウンターヒットを狙うのが主戦法であり、敵の攻撃を回避するアーツが殆ど無いからだ。
しかし両手剣のアーツはパリィ出来ず、今のカーディナならカウンターヒットも怯まずに耐えきる。
つまり、『刀はアーツ合戦中に、両手剣などのパリィ不可武器で頭上から攻撃された場合、回避はほぼ不能』と言う事だ。
「【上弦】!」
が、アイセが三度目のチェインを発動。
三日月のエフェクトを発生させながら、跳躍と同時に切り上げを放つ。
「っ!?」
ズシャアッ!
[カウンターヒット♪]
64ダメージ。いや、それはいい。相打ち覚悟の攻撃だ。
問題は――アイセがダメージを受けていないと言う事だ。
両手剣の分厚い刀身は、確かにアイセを真上から捕らえた。
避けようもない。
だが、その刃はアイセの体をすり抜けたのだ。
これは――
(こいつっ、アーツの無敵時間でジャンプ切りの攻撃判定から抜けたっ!?)
【上弦】は種別【対空】のアーツであり、ジャンプしながら強力な切り上げを放つ。特筆すべきは、この切り上げモーションに僅かながら無敵時間が存在するという事。
しかし、攻撃判定の大きく、長い両手剣に対し、その無敵時間は短すぎる。文字通り一瞬でもタイミングが狂えば真っ二つだ。パリィ以上にリスキーな行為であり、普通は狙わない。
(頭おかしいんじゃないの!? コンマ一秒、いえ、もっとシビアなタイミングの筈よ!)
だが嘆いても仕方がない。
アイセに再び頭上を取られてしまった――それに対処せねば。
相手は空中。さっきの【上弦】でチェインは3回目。まだチェイン出来るならば、恐らく【神風】か【飛燕】にチェインするだろう。
恐らく【飛燕】か。あれは空中で斜め上に上昇しつつ斬撃を放つ刀のアーツ。空中ダッシュの代わりにも使える。こちらから背を向けて放てば、一旦距離を取りつつ安全に着地出来る。
が、アイセの身体が落下し始めても、チェインする気配は無い。
もうすでに技硬直時間の筈だ。
チェインしない――いや、チェイン出来ないのか。
(つまり――今のがラストのチェイン!?)
やはり、アイセのチェイン回数は3か。
つまり――5発目のアーツは無い!
(着地硬直! 貰った!)
「【クレイジー・ベット】!」
【クレイジー・ベット】。両手剣を大きく振りかぶり、力を込めた後に前方を大きく薙ぎ払う。剣圧も発生し、前方広範囲の敵に驚異的なダメージを与えるが発動までの時間が長く、硬直時間も長い。
が、アーツの着地硬直を刈るにはギリギリ間に合う!
(私の勝ちだ!)
そう思った瞬間、
「シックステール流刀剣術/四季の太刀――」
アイセの体に光が閃く。チェインのエフェクトだ。
(4チェイン目!? けどっ)
このタイミングならアーツとアーツのカチ合いになる。
そうなれば、両手剣のパワーでねじ伏せられる!
だがカーディナは気付いてしまった。
――落下するアイセの身体に青白い光の粒子が収束していく。
通常のアーツのエフェクトは、光をオーラのように纏う。これは普通のアーツではない。
これは――
(【オーバー・アーツ】の発動エフェクト!?)
【オーバー・アーツ】。一種類につき、一日に一回しか使用できず、発動後はいかなる手段でも硬直をキャンセルする事が出来ない。更に武器のスキルレベルが6以上にならないと習得出来ない。
しかし【オーバー・アーツ】は通常のアーツとは桁違いの威力を持つ。まさにハイリスク・ハイリターンの大技だ。
(何で使えるのよ!?)
しかしスキルレベル6以上と言えば、レベルが200以上の【一級職】でやっと到達出来るか否か、と言うほど困難であり、本来ならレベル120程度ならスキルレベル4、高くても5と言ったところなのだ。
アイセが【オーバー・アーツ】を使う。それはカーディナにとって想定外過ぎた。
「それでもぉっ!!」
カーディナは叫びながら両手剣を振るう。
そうだ。どの道、アーツのぶつかり合いになればこちらが有利なのは変わらない。【オーバー・アーツ】は確かに強力だが【ダイアモンド・アーマー】ならあと一撃くらいは耐えられる。
【オーバー・アーツ】だろうが正面から叩き伏せる!
アイセが空中で抜刀の姿勢を取りつつ地上に着地。
同時にカーディナが振りかぶった両手剣を薙ぎ払う!
「【雪っ!」
だがカーディナの刃がアイセに直撃する直前――
アイセはすれ違うように、彼女の左脇を切り抜けた!
「なっ!?」
[カウンターヒット♪]
41ダメージ!
(背後に回り込んでっ躱した!?)
ぶぅんっ!
【クレイジー・ベット】が先程までアイセが居た空間を薙ぎ払う。
必中だと思いカーディナが放った3チェイン目のアーツ――最後のアーツが不発に終わってしまった。
もうチェインは出来ない。
(不味い! 硬直が!)
技硬直で動けないカーディナに、無数の氷弾が襲う!
ビビビビビビビシッ!
[カカカカカカカウンターヒット♪]
「アダダダダダダッ!?」
3×7ヒット21ダメージ!
と、同時にバキィンと硬い物が我砕ける音がした。
【ボスアビリティ】【ダイアモンド・アーマー】の耐久値がカウンターヒットの連続に、とうとう限界に達したのだ。
「やば、」
い、と口にする前に、アイセがカーディナの背後から追撃を放つ。
「――月っ――」
更にアイセの刀が蒼く光ると、水の力を纏いながら強烈な切り上げを繰り出した!
ズババシュウッ!
[カカカウンターヒット♪]
157ダメージ。
「あべぇっ!?」
【ダイアモンド・アーマー】が無効化されたカーディナに、最早アイセの攻撃を防ぐ事は出来ない。
満月のエフェクトを纏ったアイセの切り上げが、多段ヒットSEと共にカーディナの身体を上空へと打ち上げる!
「――花】っ!!」
更に、上段に構えたアイセの刀から碧く光るオーラが生まれ、巨大な太刀と化し――
それカーディナに振り下ろした!
(あ…眩しっ…)
空中に打ち上げられたカーディナは自分に迫る緑色の光を呆然と、眺め――
「ぷぎゃっ!?」
次の瞬間、衝撃と共に地面に叩き落とされた。
[クリティカルヒット♪ カーディナちゃんオールブレイク♪ &戦闘不能だよ♪]
(……桜の、花びら……)
東方の地で春にのみ咲くと言われている薄桃色の花。
それが地面にSUPPONPONで倒れたカーディナに舞い落ちる。
女神様のアナウンスを他人事のように聞きながら、カーディナはその風流な光景をぼんやりと眺めた。
(申し訳ありませんヴェタル様ぁ……)
「うきゅぅ……」
目を回し戦闘不能になるカーディナ。暫くの間、目が覚める事は無い。
――双子同様、乙女の大事な所を丸出しにしながら。
***
[Congratulations!! Defeated the local menace!!]
盛大なファンファーレがボスエリア内に響く。
女神様のアナウンスと同時にメッセージウィンドウがポップアップされた。
多分、ボス討伐完了を知らせる文面なんだろう。
でもそんな事よりも!
「やりましたねアイセさん! 完勝じゃないですかっ!」
三体一のボス戦を制した挙句、宣言通り最後の一人は【陽炎】を使わずに倒しちゃった。更に言うなら――多分アイセさん、ノーダメージだよね?
凄すぎて語彙力無くなっちゃう♪
「だから言ったろ。心配すんなって」
「まあアイセちゃんならあれくらいよゆーよゆー♪」
「流石アイ」
「あぁ。ありがとう」
爽やかな笑みでリアクションするアイセさん素敵か♪
はぁ~カッコ可愛い♪
[パンパカパーン! おめでとー♪ レベルアップだよー♪]
「アイセのヤツ、まーたレベル上がってやがる」
「一人でボス倒したら、そりゃね~」
「バトルボーナス凄い事になってる」
そうだ。バトル後の獲得経験値って特定の条件で色々なボーナスが入るんだよね。ボクがミスティさんを倒した時も『レベル1勝利ボーナス』とか『オーバー・ハート付与ボーナス』とかあったし。
「アイセさん? レベル、いくらあがったんです?」
「20上がったな」
「20も!? それじゃぁ、今レベル141になったんですか!?」
「あぁ」
「えっ!? そんなにレベルってポンポン上がるもの何ですか!?」
「こいつの場合は特別だよ」
「称号効果だよね?」
「【孤高のサムライマスター】の称号。チート」
チート称号!? ボクと同じ!?
いやボクは逆チートやけど。
「あぁ【孤高のサムライマスター】の称号効果は『無条件でバトルの獲得経験値が4倍になる』」
「ふぁーーっ!!?」
四倍!? 無条件で!?
「更に刀による与ダメージが上昇、またスキルが足りなくとも高ランクな刀や刀のアーツを装備する事が出来る。この効果のお陰で【乱入】でスキルが低下しても【オーバー・アーツ】等の高ランクアーツを変わらずに装備する事が可能だ」
つっっっっっよ!!
「――あ。ちょっと気になったんですけど。スキルって、最大いくつなんですか?」
宿屋で話している時は4でも充分に高い、みたいなイメージだったんだけど。
「最大10だな」
「必然的に装備やアーツ、アビリティの最大ランクも10って事だね」
「でも、ランク10の装備もアーツも誰も見た事無い」
「そうなんですか?」
「あぁ。ランク10の装備やアーツは伝説や物語に登場する程度の代物のようだ。実際にその目で見た者は居ない、という話だな」
「店売りにしたって、よっぽどいいとこで最大5、高くて6だろ」
「ランク6以上はレアものだね」
「7、8は国宝レベル。普通の冒険者が持てるモノじゃない」
「成程。それじゃスキル4で丁度中級者くらい、なんですかね?」
「うん。そうだね、そういう認識でいいと思うよ」
「ちなみにアイセさんの刀スキルは幾つなんです?」
「7だ」
「えぇ……めちゃ高くないですか?」
「あぁ、そのようだ」
いやなんでそんな他人事みたいに言うんですか?
国宝級の、伝説の武器とかが装備できるって事でしょ? 多分それ、冒険者ランク【白銀級】で出来る事じゃないですよね?
「はぁ。しっかしこの様子だと念願の【一級職】までそう遠くなさそうだな。ったく恨めしいぜ畜生め」
「あはは。まーたついて行くの一段としんどくなっちゃたねぇ」
「レベル差が開くばかり。うごご」
ヴェイグランツの面々がぼやいているけど、妬みよりも誇らしさの方が大きいみたいだった。台詞とは裏腹に皆ニヤニヤだ。やっぱり皆、リーダーが強くなる事が嬉しいんやなって。
[それじゃあ、ムフフ♪ なボーナスタイム行ってみる~?]
「それは結構」
あれ。アイセさん、ボーナスタイム即拒否?
「キスで経験値吸収、しないんですか?」
「まあ、流石に、な……」
ミスティさんに、顔色一つ変えずにおでこにキスとかしてたけど。まあ、マウストゥマァウスは流石の天然ジゴロでも気が引けるって事か。
「それにどちらにしろ【孤高のサムライマスター】の称号効果で『キスによる経験値吸収量が4000分の一になっている』」
「あ。ちゃんとデメリットあるんですね」
なんだか安心した。それでもボクのウ○チ称号【スーパーハイパー(以下略】に比べれば全然強いけど。
「――ん?」
そう言えば【孤高のサムライマスター】と【スーパーハイパー(以下略】って、ちょっと効果が似てるような?
「それよりも、だ」
「あぁ、いい加減出て来てくれねえとな」
「まあ、結局私達は何もしないんだけどねぇ~」
「楽ちん」
パーティの皆、落ち着きが無い。
そう、【レッド・トライアングル】の三人組は行ってみれば前座。
本番はこれからだ。
すぅ、とアイセさんが大きく息を吸い込んだ。
「――ヴェタル!!」
アイセさんがボスエリアの中で声を張り上げる。
「【レッド・トライアングル】は倒した!! 次は貴様の番だ!! 姿を現せ!!」
果たしてアイセさんの声にヴェタルは――
「…………」
応え――ない?
っていうか、このボスエリア、【レッド・トライアングル】以外に敵居なくなーい?
「ヴェタル! いつまで待たせる気だ!? それともまさか、この期に及んで怖じ気付いたか!?」
やっぱり反応が無い。
これは――いくらなんでもおかしい。
だってボクがヴェタルの立場だったら、先の戦いで消耗しているアイセさんにのんびりさせる猶予なんて与えない。さっさと姿を見せて攻撃を仕掛けている。
――ヴェタルは、本当にここに居るの?
そう思うのも自然だと思う。そもそもボク達ヴェイグランツをここに呼び出したのも、ボク達を倒す事が目的でないとしたら?
そう例えば――
「――あ」
一つ、仮説を思い付いた。
「あの! シュタットの街で一番強い冒険者って、どれくらいの強さなんでしょう!?」
「あん? 何だよいきなり」
「うーん。田舎だからね。【白銀級】くらいじゃないかな?」
「【白銀級】って皆さんと同じくらいって事ですか?」
「んな訳ない。オイラ達若手で稼ぎ少ないから【白銀級】なだけ。強さだけなら【黄金級】」
「【白銀級】の強さか――ふむ。強さの指標というのなら、ミスティくらいではないだろうか」
ミスティさんくらいの人が、シュタットの中では一番強い?
それは――
「――まずいかもしれません」
「ハルちゃん? どういう意味?」
「冒険者ギルドに行った時、受付のおねーさんが言ってたんです。輸送ルートが潰されて街に物資が届かない、って。これがヴェタルの仕業なら、なんでそんな事をしたんだと思います?」
「そりゃ、嫌がらせじゃねえの?」
鈍いなあもう!
街全体から抵抗力を奪う為、もっと言うなら滞在中の冒険者達からアイテム、という選択肢を奪う為だ。
対吸血鬼用の有用なアイテムは道具屋とギルドで一括管理して、冒険者全体に配布するようだけど、その前にヴェタルが道具屋とギルドを襲ったら、冒険者の皆は対アンデッドの対策もロクに出来ないまま吸血鬼と戦う羽目になる!
「それじゃもう一つ。ヴェタルは【レイドボス】ですよね? 大量のモンスターを従える事が、出来るんですよね?」
「「「「あ」」」」
そこまで言って、ようやく皆気が付いた。
「奴の狙いは私ではなくシュタットだと言うのか!?」
「いやいや、早まんなって、そう決まった訳じゃねえだろ」
「でもライラちゃん。ボスエリアの霧の壁、消えてるよ?」
「と言う事は、ここにもうボスは居ない」
「謀ったかヴェタルっ!?」
「アイセさん、【転移石】を!」
「分かっている!」
アイセさんはアイテムウィンドウを開き、【転移石】を使用する。
――が、直後に『ブブー』とエラー音が響いた。
[現在、そのアイテムは御利用出来ません~♪]
「なっ!? 馬鹿なっ」
アイセさんが何度も操作するが結果は変わらない。
ぶーぶーぶぶーぶぶぶぶー。
[現ざ現ざ現現ざげげげ現在、そのアイテムは御利用出来ません~♪]
「何たるっ!!」
「アッハッハッ!! 貴方達、本当にお馬鹿ねぇ!! 今さら罠である事に気付くなんて♪ 今頃シュタットはヴェタル様の指揮の下、大量のモンスターと同胞によって蹂躙されているわよ!」
【レッド・トライアングル】!? 目を覚ましたの!?
いや、それよりっ。やっぱりヴェタルの狙いはシュタット! ボク達はこの洞窟に誘い出されたんだ! シュタットを攻め落とすにはヴェイグランツの皆が――いや、アイセさんが邪魔だったから!
「それにこの【闇歩きの洞窟】にはヴェタル様が直々に転移を封じる結界を掛けてある! ヴェタル様を倒さない限り、ここで転移石は使用出来ないわ! アーハッハッハッ!」
「「ざまあみろ~♪」」
悪役力全開で嘲笑する三人!
裸で倒れたままでなければさぞ恰好が付いただろう!
「おのれぇっ…!」
珍しくアイセさんが怒っている。今にも三姉妹に切りかかりそうな勢いだ。
「アイセさん! 早く洞窟を出ないと!」
「分かっている! 皆行くぞ!」
もの凄い勢いで飛び出したアイセさんに、ヴェイグランツの皆がついて行く。
モンスターのラッシュが一回あっただけで、戦闘自体は少なかったんだけど――このダンジョン、そこそこ大きく、結構歩かされた。いや大きいと言うより、足場と視界が極端に悪いせいでどうしても進行速度が遅くなってしまうのだ。
行きは2時間くらい掛かったこの洞窟。帰りはモンスターも居ないだろうし、道も分かってるから幾分か速く抜けられるだろうけど――街を出発してから、再び帰還するまで――おおよそ3時間くらいか。
その3時間で、ヴェタルがどれだけの事をしたのか。
シュタットの街はどうなっているのか。
今は一秒でも早く街に戻らないといけない。
***
「――それで、守備はどう?」
黒いローブを羽織った女が、顔のすぐ横に浮かぶ『Sound only』と表記された通信用のウィンドウに向けて言葉を発した。
癖っ毛の強い、長いブロンド。モデルのような美しい顔立ち。
野心を湛えた釣り目には、髪と同じく黄金色の瞳。そして縦長の瞳孔。
事の元凶、ヴェタルだ。
「――そりゃ強いのは知ってるわよぉ。この私が誰よりもよぅく、ね。いいから落ち着いて話なさいな」
一体その声で、その牙で、幾つもの獲物を捕らえたのか。
彼女が喋る度に、リップで紅く彩られた唇が艶めかしく滑り、凶悪な牙が覗く。
「――は?【陽炎】? 硬直無しの瞬間移動アーツ? ――え?【オーバー・アーツ】まで使うの!? 話、盛ってないわよね? ――そう、マジなのね。はぁ、成長速度どーなってんのよアイツ。私が集めた情報よりも数段強いし――うん? こっちはどうなってるかって? それは勿論、」
「うあんっ♪」
女の悲鳴が聞こえた。甘く、黄色い悲鳴だ。ヴェタルが上げたものではない。
ヴェタルに抱き寄せられていた女が上げた声だ。
手摺の付いた立派な椅子に腰かけたヴェタルに体を預けるように、その女性は抱き抱えられていた。
いや。比喩でもなんでもなく、女はヴェタルに身も、心も、預けていた。
ベレー帽をかぶり、冒険者ギルドの制服に袖を通した茶髪の女は――ギルドの受付嬢だ。
「あらぁ? 痛かったかしら? ラティちゃん?」
「はぁ…うんっ、違いま――ぁん♪ 分かってらっしゃる癖にぃ♪」
抗議の声を上げる受付嬢――ラティの声は甘い。
背中から腕を回したヴェタルの手に、服の下――乙女の柔肌をまさぐられ、年頃の女の体はあっという間に疼き始める。
与えられる官能に眉根の八の字に寄せ、頬を染める。縦長の瞳孔を細め、真っ赤になった瞳を潤ませるラティの表情は、発情した雌そのものだ。
そう。既にラティは、ヴェタルの持つアビリティ【隷属化】によって吸血鬼へと堕ち、また自分を吸血鬼へと変えたヴェタルに忠誠を誓う下僕へと生まれ変わっていた。
「う~ん。分からないわねぇ? ね? どうして欲しい? どうしたい?」
「も、もっと触って下さいぃ♪ 私ぃ、ヴェタル様の事を、もっと感じたいんですぅ♪」
「あら。ふしだらで、イケない子ね? 私はギルドのお尋ね者の悪ーい吸血鬼よ? 貴方達の敵。ほぅら。真面目なラティちゃんはお仕事しないと。悪い吸血鬼がここに居る、って、他の街へ連絡しないと」
「そ、そんなのどうでもいいんです♪ もっと、もっといけない事をして下さい。教えて下さいっ♪」
「ふふ♪ ほんと、イケない子。それじゃ――そうねぇ。一緒に一芝居して、あのアイセを騙してみましょうか♪ 罠にハメるの♪」
「アイセさんを罠にハメる? ――はぅ…っ♪ そんなの駄目。ダメなのにぃ♪」
恐ろしいヴェタルの提案に、言葉とは裏腹にラティは瞳にハートマークすら浮かべて媚びた声を上げる。
アイセを心酔し、サインまでねだったあの受付嬢が。
いくら【隷属化】のアビリティを持っているとは言えこれは異常だった。確かに【隷属化】は吸血鬼化させた相手を支配するがそれは――
『主に逆らえなくなる』。
『命令に従ってしまう』。
――など、言ってしまえば『魂への干渉』なのである。
今のラティや、【レッド・トライアングル】の三姉妹のように、ヴェタルを心酔、或いは『愛』とも呼べる感情を抱くのはあり得ない。
これはヴェタルの持つ【ユニークアビリティ】、【心魂掌握】と呼ばれる、精神操作の能力の賜物だ。この二つのアビリティによる相乗効果で、ヴェタルによって吸血鬼に変異した者は、どれだけ真摯な心を持っていたとしても彼女に忠誠を誓う、邪悪な存在へと堕ちてしまう。
「ふふ。私と同じで、悪い子」
「んあぅっ♪」
ベロリ、と血が止まったばかりの吸血痕を舐め上げられ、ラティは甘い悲鳴を上げた。うなじに走る甘い愉悦に顔をのけぞらせると、立派な牙を覗かせながら糸を引く涎を垂らし、血で汚れ、乱れた制服を汚した。
『やー!? 誰だか知らないけどズルいズルい!!』通信ウィンドウから妬みの籠った悲鳴が上がる。
「――ふふ♪ 心配しなくても貴方達3姉妹も後でちゃぁんと可愛がってあげるわ。ヴェイグランツを――いえ、アイセを倒した後に、好きなだけ、ね?」
(そう後は、アイセを倒すだけ。予想よりも少々強くなっているけど、私の勝ちは揺るがない)
後は、悲願の瞬間を迎えるのみ。
そしてその後は、このシュタットを吸血鬼の楽園へと変え、その頂点へと立つ。
あのアイセすら陥落させられれば、他の冒険者など取るに足らない。
【隷属化】、【心魂掌握】、そして誰にもまだ使用していない、未開示の【ボスアビリティ】。この三つがあれば、敵う者などいる筈も無い。
「早くいらっしゃい。アイセ」
待ち切れないとばかりにヴェタルは舌をなめずる。
黄金色の瞳が、野心にギラついた。
第一章もいよいよ大詰め。次回からヴェタル戦開始!
次回の投稿は10/12(月)AM8:00の予定です。
以下、いつものオマケコーナー。
【プリーズテルミー! リリウム様!】
今回のお題は~?『シックステール流刀剣術』!
『=================
シックステール流刀剣術
=================
巷で噂のあの【アイセ】のファミリー
【シックステール】の長が編み出した
【オリジナルアーツ】だよ。
『火』『水』『風』『土』『雷』『氷』、
のいずれかの属性を武器に纏わせ、
強力な技を放つ!
オーバー・アーツ【四季の太刀】は
複数の属性と剣技を組み合わせた
正に必殺奥義!
四属性って意味じゃないからね!
================』




