12月25日未明 【彼女になる前?】
寝苦しさを覚えて目が覚めた。外からは時折自動車や新聞配達のバイクの音が聞こえてくるが、部屋の中は暗く、朝までまだ少し時間があるようだ。
すぐ近くで衣擦れのような音がした。
目を開けて音のした方を見た俺は、あまりの驚きに息を呑んだ。
枕元に吊り下げた靴下がゆらゆらと揺れている。赤い毛糸の靴下はあるべきものが入っているように膨らみ、つま先をあちらへ向けたりこちらへ向けたり落ち着かない様子だ。
何より驚いたのは、靴下から伸びた白い脚だ。
靴下に包まれたきゅっと細い足首の上に滑らかな曲線を描くふくらはぎが伸び、形の良い膝の上のふとももにも余計な脂肪は付いていない。それでいて女性らしい柔らかさを感じさせる丁度良い太さである。
しかし、ふともものさらに上へと視線を動かしても、その先は虚空が広がるばかりで胴体も右脚もどこにも無い。一本の脚だけが暗がりの中にぼんやりと白く浮かび上がっている。左足の付け根辺りは綺麗に丸く皮膚で覆われ、元々胴体など無いかのようだ。
「あら? 起きちゃったの? 困ったわね、気付かれたらこのままでいるしかないわ」
女の脚が喋った。脚には口など無いのにどうやって喋るものか不思議だが、その声はこの脚に相応しいと思わせる声色だった。
「どうして俺の部屋に脚があるんだ? しかも喋る脚なんておかしいだろう」
「『脚』だなんて、女性に対してそんな物言い失礼じゃなくて?」
女の脚は拗ねたような声を出した。
「気を悪くしたなら謝るよ。ごめん」
「分かったならいいわ。許してあげる」
彼女は機嫌を直したらしく、軽く膝を曲げるような動きをした。大きな動きはできないようだ。
見れば見るほど美しい脚だ。すっと真っ直ぐで膝下がとても長い。白い絹のような肌と相まって、マネキンの脚のようにも見える。これほど綺麗な脚を持った女性にはついぞ会ったことが無い。
「君に触れてみてもいいかな?」
「乱暴なのはだめよ。乱暴にされたら、わたし泣いてしまうわ」
「分かったよ」
指先でそっと脛の辺りに触れてみる。想像通りに滑らかでしっとり柔らかい肌だ。ほのかに温かい。そのまま触れた指を滑らせてふくらはぎへと移動し柔らかな部分を軽く押すと、細いながらきちんと筋肉の弾力を感じた。
円い膝の上もすっきりしている。そこらを歩く女性の多くは、膝の上にだらしなく肉が乗っているのにも関わらず平然とミニスカートを履いていたりする。
この脚だったらどんなに短いスカートでもきっと似合うだろう。タイトな物もいいかもしれない。プリーツの付いた物もいいかもしれない。スカートではなくてショートパンツも魅力的だ。素足のままももちろんいいが、ニーハイソックスも悪くない。
想像の中の絶対領域の部分を指でなぞる。ふとももの内側は、ふくらはぎとは違うマシュマロのような柔らかさだ。
「もう、エッチねえ」
子供のいたずらを咎めるように言う彼女の声は、どこか艶めかしい響きを帯びていた。
「この靴下脱がせても大丈夫?」
「いいわよ。そうしたらベッドに寝かしてちょうだい」
彼女の許しを得て丁寧に靴下を脱がせる。隠れていた踝と踵、つま先までが現れ、彼女の肌を覆う物は何も無くなった。
彼女の踝も踵も足の爪も、どこも生まれたての赤ん坊のような清らかさだ。どんなに手入れしたとしても、年齢を重ねれば踵の皮膚が硬くなったりするものだ。彼女にはそれが無い。白く柔らかく、重力さえ感じたことが無いような姿をしている。きっと彼女が今夜靴下から生えたばかりだからだろう。
「きれいだね」
「ありがとう。ねえ、寒くなってきたわ。お布団を掛けて」
俺は彼女に布団を掛けその横に一緒に横たわった。このままもう少し、彼女を腕に抱いて眠りたい。
ふとももに頬を寄せると、吸いつくような肌触りに安らぐ心地がした。口づけて甘く噛むと、彼女はくすぐったがっているように震える。
彼女の反応を楽しむように、俺はふとももから膝の裏、ふくらはぎへと愛撫を進めていった。
最後に足の先、指の一本一本、指と指の間まで優しくなぞっていく。
小指に噛みついた時、彼女の甘い吐息が聞こえた気がした。
テーマ:『片腕』ならぬ『片脚』




