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12月24日夜

 街は色とりどりのイルミネーションで彩られ、どこからともなくクリスマスソングが流れてくる。道行く人々はケーキの箱やバゲットの長い袋を抱え、いつもより少しお洒落した装いのカップルは楽しそうに身を寄せて歩いている。

 今日は12月24日。クリスマスイブだ。

 どこもかしこも、妙に浮足立った雰囲気に包まれている。キリスト教徒ではない日本人にはクリスマスなど本来全く関係無いイベントのはずなのに、賑わう街を歩いていると自分も何かしなくてはいけないような気分になる。

 そうはいっても結局俺には何の予定も無く、バイトを終えて一人寂しくアパートへと帰宅するだけだ。

 大学の友人達は彼女と過ごしたりサークルの飲み会があったりで、気付くと所謂「クリぼっち」状態である。しかもバイトもみんな予定があって出られないとかで、人のいい店長に頼まれて断りきれなかったのだ。

 まったくこんな日にバイトなんて。

 華やぐ街並みを眺めると、自然と溜息が漏れた。


「メリークリスマス」


 途中でコンビニにでも寄ろうなどと考えていると、突然声を掛けられた。

 声の主に目をやると、赤い帽子に赤い服のサンタクロースの格好をした外国人風の少年が立ってこちらに微笑んでいた。小学校低学年から中学年くらいか、小さな体にぶかぶかの衣装が可愛らしい。夜に子供が一人でいるなんて物騒だが、親は何も言わないのだろうか。


「僕のことなら心配いらないよ。僕は見ての通りサンタクロース。見習いだけど。忙しい師匠の代わりにお兄さんにプレゼントを持ってきたんだ」


 俺の怪訝な顔から何を考えているか分かったのだろう。なかなか聡い少年だ。しかしやはり子供らしくメルヘンなことを言い出した。いや、夜遊びしているような子供だ。俺をからかっているのかもしれない。


「サンタの赤い服は某飲料メーカーが作ったイメージだろう? 本物のサンタはそんな格好してないんじゃないかな」


 俺はクリスマスの浮かれた空気への苛立ち紛れに、少年に意地の悪い言葉を掛けた。


「サンタクロースに決まった姿なんてないんだよ。人々が心に思い描いた姿になるから、現代では赤い服が定番だね。僕はまだ見習いだから髭は無いんだ」

「ふーん。それで、俺にプレゼントって何? 最近は大人にもプレゼントくれるようになったのか?」


 もっともらしいことを言う少年に少し付き合うことにした。どうせ何も予定は無いのだ。


「普通は大人にはあげないよ。でもお兄さん、子供の頃に一度プレゼント貰えなかったことあったでしょ? あの時担当のサンタクロースがうっかり忘れちゃってね、今年になってそれが発覚したからその分なんだ。お詫びの意味も込めて特別サービスだよ」

「そういえば、貰えなかったことあったな……。でもなんでお前がそんなこと知ってるんだ?」

「サンタクロース見習いだからね」


 そう言うと少年は手に持っていた白い袋の中をごそごそと探って、靴下を取り出した。


「はい、これ。今夜枕元に下げて寝てごらん。あ、寝る前に欲しい物を呟くのを忘れないで。後は明日の朝のお楽しみ。それじゃ、そういうことで。僕も暇じゃないんだよね。おやすみー」

「え、ちょっと……」


 靴下を俺の手に押し付けると、少年はさっさとどこかへ行ってしまった。



  ◇



 帰宅した俺は、コンビニで買ったチキンとビールでささやかなクリスマス気分を味わった。空腹が満たされると荒んだ心も僅かに癒された気がする。暖かいコタツで横になってテレビから聞こえる他人の不幸話で笑うのもある意味クリスマスの定番だ。

 アルコールも手伝って眠気が襲ってくる。このままコタツで寝てしまうのは、怠惰だがあまりに誘惑的すぎる。

 重くなる瞼への抵抗をやめて目を閉じた。

 寝る前に……。そうだ。あの少年が言っていた。靴下を枕元に吊るすようにと。

 あの少年は何者だったのだろう。夜遊びしている悪ガキか。それとも本当にサンタクロース見習い? まさかそんなおとぎ話のようなことがあるわけがない。しかし、俺が子供の頃にクリスマスプレゼントを貰えなかったことを知っていた。当てずっぽうで? 親がプレゼントを忘れるなんていうのはよくあることなのだろうか。そう、あの時俺がプレゼントを貰えなかったのは親父が買い忘れていたからだ。枕元にプレゼントを置くのはサンタじゃなくて親だ。サンタクロースなんているはずがない。

 でも、もしあの少年の言うことが本当だったら、明日の朝欲しい物が靴下に入っているのだろうか。

 そんな夢みたいなことがあるわけない。どうせ朝になっても空のままだということは分かっているが、クリスマスの雰囲気に当てられて子供じみたことをしてみるのもいいかもしれない。


 俺は意を決して誘惑を振り払い、起き上がると少年から貰った靴下をベッドの枕元に吊り下げた。

 ベッドに潜り込み少年の言葉を思い出す。寝る前に欲しい物を呟くように。

 俺が欲しい物は……。


「――――」


 体が温まっていたせいか、俺はすぐに眠りに落ちた。

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