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1章3 不登校のはじまり

純子は台所のテーブルで文字通り頭を抱えていた。


このところ自分の頭を悩ませているのは2番目の息子の愁だ。


人にやさしく、勉強を頑張るいい子だったのに、いつしか家族を憎しみの混じった邪険な目で見るようになってしまった。


さっきだって、聞いてしまった。滅多に大声を出すことなど無いのに、兄に向かって怒鳴っていた。


ため息が漏れる。


その時、リビングのドアが開いて慶太が入ってきた。いつも見ることのない沈んだ顔をしている。


「怒鳴られちゃった」


無理矢理笑顔を作って慶太は言った。そして手早く自分の食器を片付けて、テレビを見始める。


どうすればいいのだろうか。


原因があるのなら、知りたい。でも息子は何も話してはくれない。


担任の教師からも、不登校に繋がるような事は何もないと言っている。


しばらく考えて、純子はハッとした。頭に浮かぶのは、ある3文字。


いじめ。


もしかしたら…愁はいじめられているのだろうか。


でも、愁の通うクラスと学年では表だったいじめは確認してないと聞いている。


なら、教師の知らない所でいじめがあるのかもしれない。


純子は急に立ち上がり、食器を片づけ始めた。リビングでは慶太がテレビに見入っている。


推測だけで動くのは危ない。今愁に「いじめられていたの?」なんて聞いても、絶対答えてくれない。


純子は食器を洗いながら、冷静に考えなおした。


まずは隆一さんと相談して、それからPTAや学校に働きかければいい。


今はいじめによる自殺者が続出する世の中だ。学校側だって、1回はちゃんとした調査をしておいたほうがいいだろう。


純子は考えを固めると、洗い終えた食器を乾燥機にかけて、隆一の夕食の準備を始めた。


愁の不登校の原因が何なのか。ただそれが知りたいだけだった。




最初は、仮病だった。


誰も疑わなかった。勿論それは、愁の普段の態度と行いが褒められたものであるからだ。 しかし、3日連続で休み、1週間も休み続けると、さすがに周りが心配する。


それでも愁は頑なに病院に行くのを拒んだ。それは、本当は体調など悪くないからだ。 そして、2週続けて学校を休んでから、愁は言った。




「もう学校に行かない」


決して軽い気持ちで言ったんじゃない。


あのときの、素直な気持ちを言ってみただけなんだ。


思えば、あの頃の僕は正直な言葉は一言も話してなかった。


家族なのに顔色ばっか窺っていて……なんか変だった。


やっと本音を吐いて、楽になれると思ったら…それからが辛かった。


いっそ消えてしまおうか……そう思うくらい、辛かった。




また、昼過ぎに目が覚めた。


愁はようやく体を起こし、時計に目をやった。もう1時を過ぎている。


今日も、愁は目が覚めてもすぐにはベッドから出ようとはしなかった。眠気がまだ体にくっついてるようで、なかなか起きる気にはなれなかったからだ。


そうしてゴロゴロしてるうちに、30分以上は過ぎてしまう。


愁の毎日は、これがお約束のパターンだった。


今日は金曜日。普段なら喜ぶはずなのだが、明日から休日なので愁は少し憂鬱だ。家族がいない平日の昼間のほうがずっと落ち着く。


愁は適当な部屋着に着替えてパソコンの電源を入れた。


愁が毎日欠かさずにしているのが、メールチェック。


愁は新着の4件のメールに目を通した。


出会い系の勧誘や検索サイトからの広告メール。なんだかよくわからない外国語で書いてあるメールもある。


だが最後の1通は違った。



原田 純  Re:久しぶりです


 


愁はすぐにそのメールを開いた。


 


こんばんは。


お元気ですか?


こっちのロクは元気すぎて手に負えないくらいですよ。


最近愁くんからのメールが来ないので心配しました。手が空いているときでいいから返事をくださいね?


それじゃあまたね。




愁は添付されているファイルを開いてみた。そこには立派に成長したロクの姿が画面いっぱいに写し出されていた。


大口を開けて、笑っているように見える。


でかくなったな、と愁はその画像を眺めていた。


あれから1年以上経つのだ。愁の記憶の中にある、可愛かった子犬の頃の面影はもうない。


最近原田さんやロクに会ってないな……


最近というか、愁はここ何ヶ月も純の家には行ってなかった。メールもあまりしていない。会う気がなくなったわけではないが、なんとなく嫌なのだ。


はっきりいうと、純の彼氏が怖いだけなのだが……


適当に書いた返事を送ってから、愁はパソコンの電源を落とそうとしたが、そこへある考えが浮かんだ。


原田さんに相談すればいいんじゃないか…?


思いついたらすぐ実行。生憎、愁はそんな精神は持ち合わせていなかった。


「無理かな」


愁は声に出してその考えを頭から振り払った。


…大学を出たばっかりの、忙しい社会人にこんな相談しても迷惑掛けるだけだ。


だが、実際愁は精神的に疲れが溜まっていた。誰にもうち明けられずに、どんどんストレスが積み重なっていく。


一体どうして?


自問しても、答えは返ってこなくて。


そんな日々が続くだけ。愁に出来ることは、目の前の現実から目を背けることだけだった。




学校に行かなくなっても、変わったことはあまりなかった。


相変わらず両親は怒鳴ったり怒ってばかり。兄は以前にもまして冷たい。


元々交友関係もゼロに等しかったので、愁の家に電話などの連絡を取るクラスメイトはひとりもいなかった。


愁は両親の「何故学校に行かないのか」という質問にはこう答えていた。


「もう勉強したくないから」「つまらないから」


半分本当で、半分嘘だった。


愁は勉強自体は嫌いではなかった。知ることは楽しい。問題を解ければ嬉しい。


だが、その純粋な探求心は、いつしかしおれてしまった。


隆一はそれだけでは満足せず、他にも何か理由があるのか?と愁に問いつめたが、愁はそれだけだと言って譲らなかった。


本当の理由を何も言わない愁にいい加減呆れたのか、両親はそれ以降何も聞かなくなった。


ただ、毎日のあいさつや少しの言葉を交わすだけ。親子なのに、その繋がりは薄っぺらいものになってしまったようだった。


反対に慶太は少し愁に優しくなっていった。


理由を根ほり葉ほり聞こうともせず、努めて優しく振る舞う。


急に優しくなった兄に、愁は戸惑うばかりで、余計に慶太を避けるようになってしまった。


何が原因かわからないまま、時が過ぎてしまったが、愁に新たな壁が立ちふさがった。 愁の通う中学校。その教師が、新たな障害だった。






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