3章4 文化祭
「あっ、槙原くんだー!久しぶり!」
最初に愁に気づいたのははるかだった。この前会ったばかりなのに久しぶりと言い、手をぶんぶん振っている。一方、もうひとりの女の子は愁を指差して驚いた顔をしていた。
「うっそ。もしかして槙原くん?久々だね~」
「うん。久しぶりだね、坂井さん」
愁はその子の顔を見てなんとなくだが思い出した。同じクラスの坂井真紀。確かクラスでは派手なグループのほうだったはずだ。
「はるか、今何時?」
「もう9時50分になるよ。そろそろ行かないとね」
改めてふたりをよく見ると、余所行きの格好をしていることに愁は気がついた。今まで制服姿でしかみていない同級生を私服姿で見るのは新鮮で、少し緊張もする。
(遊びに行くときぐらいおしゃれして当然か)
「ところで…高松は?まだ来てない?」
「まだコンビニの中でマンガ読んでると思う。ちょっと呼んでくるよ」
なんだやつは来てたのかと思いながら愁は真紀の背中を見送った。その横ではるかがそっと愁に話かける。
「ホントに来てくれてよかった」
「ああ、まあ行くって言ったからさ…」
「ふふふ」
意味ありげに笑うはるかを愁は少し変な目で見た。
(そのふふふって何だよ・・・)
「あーあ、やっぱり武も連れてくればよかったかな~」
はるかが独り言を言った。
(武…?)
誰だろうと愁が考えていると、ちょうどコンビニから高松渉を連れた真紀が出てきた。渉は愁を見ると大げさに声を上げた。
「お~!槙原じゃん!元気だった?」
「ああ、元気だけど」
(そういえばこんなやつだったな。高松は…)
その後も愁に学校のことをたくさん話していた渉だったが、時間がやばいということで4人は西峰高校に向かうことにした。
途中、愁ははるかに聞いた。
「早く行ってなんかあるの?」
「うん。真紀ちゃんとダンス部の公演みたいなって思ってて」
ダンス部は確か体育館での演目だったはずだ。プログラムを見ればわかるのだが、パンフレットは捨ててしまった。
愁は西峰高校がどこにあるのかは知らなかったが、高校生や親子連れなど道行く人たちが徐々に増えていくのを見て、なんとなく目的地へ近づいているのがわかった。
「ねえ高松くんがお化け屋敷行きたいって言ってるけど、槙原くんはどこか行きたいところある?」
「ん…特にはないけど、」
チョコバナナが食べたいと言おうとした愁の目に、白い乗用車が飛び込んできた。その車は市営駐車場に停まっていた。ナンバーも確認しておく。
「どうかした?」
急に立ち止まった愁にはるかが不思議そうに顔をのぞき込む。
「いや、別に。そうだ、チョコバナナが食べたいな」
「チョコバナナか!いいね、俺も食べよー」
渉もチョコバナナに賛成して、はるかはパンフレットの案内に赤ペンで丸をつけた。それからまた3人は何を食べようかで盛り上がった。
(もう来てるんだ)
あの車は明らかに愁の家の車だった。ということは、両親はもう既に西峰高校に向かっている可能性が高い。ここからは周りを警戒しないといけない。
そうこうしている内に4人は西峰高校に着いた。既にたくさんの人が屋外の出店などに列を作り、文化祭はかなり賑わっていた。
「人多いなー」
渉が呟いた。
「この辺じゃ結構いい高校だもんね。そんなことより体育館行くよ!」
「ほら槙原くん早く!」
愁は校門で配られていたパンフレットを読んでいるところだったが、はるかに急かされて小走りで3人を追った。
「槙原、ダンスどうだった?」
愁は欠伸をひとつして答えた。
「なんか、上手くはなかったね」
「だろ?俺もそう思う」
ダンス部の公演も終わり、4人は体育館を出てそれぞれ演技について感想を述べていた。
(ていうか暗くて眠くなったな…)
はっきり思ったことを言う渉と愁に対し、はるかと真紀は「かっこよかったね!」と興奮していた。
「まあ、プロじゃないから仕方ないんじゃないかな」
「そういうことか!」
渉は愁と意見が合致してどうやら満足なようだった。はるかと真紀はまだ興奮が冷めないらしく、相変わらずおしゃべりを続けている。
ここで愁はずっと気になっていたことを口にした。
「ところでさ、みんな」
少し大きめの声で話し掛ける。
「食券って持ってる?」
愁の言葉にみんなキョトンとする。
(やっぱ持ってないか)
「でもここで買えるんでしょ?」
と真紀。
「うん。それはそうなんだけど…」
当日券は買う人がたくさんいて混む、とも慶太は言っていた。
その後4人が見つけた食券販売所では長蛇の列が出来ていた。しかも屋外にあるので日差しが当たって暑い。
「うわ、長いなー」
「待ってる間に何買うか決めればいいでしょ。ほら行こ」
愁は既に欲しいものには目星を付けておいたので、持っていたパンフレットを渉に渡した。
「そういえば槙原くんのお兄さんはここの1年生なんだよね?」
「そうだけど…なんで知ってるの?」
愁はまさかはるかが教えたのかと思い不安がよぎる。そんな愁に真紀が答えた。
「部活の先輩に聞いたの。結構テニスが強かったんだってね」
「ああ、そうだね」
適当に相槌を打つ。
(兄貴のことなんて何も知らないじゃないか、俺)
そこへ追い打ちをかけるようにはるかが聞く。
「へえ~そうなんだ。お兄さんは今日何してるの?」
「いや…知らないんだ。兄貴とは話さないし」
これは本当だ。
「ふ~ん、そうなの」
家族のことを話しているだけなのに、何故か後ろめたい。
「はいはい!あたし焼きそば食べたいな」
賛成!と渉も声を上げた。
「はるかは何がいい?」
「えっとね…トロピカルジュースがいいかな。槙原くんは他に希望ある?」
(そういえば…)
「槙原くん?」
気がつくとはるかが顔をのぞき込んでいた。
「え?ああ、なんだっけ?」
「だから、他に欲しいものある?って聞いたの」
話の内容を思い出し、愁はたこ焼きを追加した。
(ちゃんとみんなの輪の中に入れてるな、俺)
食券を購入した後4人は休憩所で焼きそばとたこ焼きの軽い昼食をとったあと、お化け屋敷や射的、体育館では音楽部の公演を楽しんだ。一同を引っ張るのは専らお調子者の渉と真紀であり、その後ろをついていくのが愁やはるかだった。
その後文化祭の入場者は午後に入っても衰えることなく増え続けていき、愁たちは休憩のために使われていない昇降口の前に腰を降ろした。
「なんか混んできたな」
「そうだね」
渉と真紀がだるそうに言った。
(人混み苦手だし…そろそろ帰りたいなあ…)
ろくに運動していない愁の体はもう悲鳴をあげていた。
「そうだ!トロピカルジュースまだだったね。私もらってくるよ、4人じゃ大変だし」
はるかが勢いよく立ち上がり言った。
「でも好みとかあるでしょ。そこのふたりは何か注文ある?」
真紀が愁と渉を指さす。
「う~ん…俺は適当でいいよ」
「僕もまかせる」
(動きたくないし)
「そう。じゃ行こはるか」
再び人混みの中へ突っ込んでいくふたりを、渉はいってらっしゃいと手を振って見送った。そういえばと、愁は親と慶太のことを思い出した。同じ場所にいるはずなのにまだ見かけていない。今まで意識していなかったが、今日一日なんとかやりすごせそうだ。
「そうそう槙原」
「なに?」
「おまえには感謝するよ」
「は?何が?」
「ほら、今日のことだよ」
と言われても愁はさっぱりわからない。
「竜崎は槙原のために文化祭誘ったんだろ?今日はおまえのお陰で女子と遊べたしな」
「まさか、違うよ」
自分で行きたいって言っていたからそれはない、と愁は思った。
「槙原は幸せだな~」
「人の話聞け」
そうやって渉にからかわれている時、愁はふいに後ろから声を掛けられた。
「あれ、愁じゃん。おまえ来てたの?」
(この声まさか…)
愁が恐る恐る振り向くと、そこには片手に焼きそばを持った慶太が立っていた。
(最悪だ)
ここに来たことは知られたくなかったのに、見つかってしまった。
もっと周りに気を配ればよかった、などの後悔が愁を襲うが今更遅い。
「来るなら教えてくれればいいのにさ。友達と一緒か?」
「そうだけど」
「ふーん」
慶太は意外そうな表情だった。
「母さんたちはもう帰ったよ」
「あ、そう」
とりあえずこれからは親の心配はしないで済む。
「帰りは遅くなるかもしれないから、伝えといてな。じゃあ」
「あ、わかった」
そう言って慶太は人だかりの中へ消えていった。
(ん?今の伝えるといつ頼まれたの?ってことになるよな)
口が裂けても文化祭で会ったなんて言えない。
「今のっておまえの兄貴か?」
「そうだけど」
「なんか、あんまり似てないな」
「…そうかもね」
実際人に言われても反感は感じなかった。顔もそうだが性格も似通ったところはあまりない、と愁は思った。
「お、帰ってきた」
「おまたせ。槙原くんのはこっちね」
はるかの左手にあるプラスチックのコップを愁は受け取った。
「ありがと」
疲れた~と言ってはるかと真紀はふたりの横に座り込んだ。
愁はジュースを一口飲んだ。
(おいしい…)
「あんまり種類がなくて、残り物だけどごめんね」
「え?いいよ全然。けっこうおいしいから」
愁はもう一口含んで言った。
「これからどうするの?」
「うん、真紀ちゃんはどう?」
はるが隣の真紀に話し掛ける。
「あたしはもういいよ」
「俺もいいよ。てか腹減った」
渉も同意した。
「じゃあ、」
「うん、帰ろうか」
はるかは笑顔で頷いた。
帰りの電車の中で空いている席があったが愁は譲った。愁ははるかに譲ったつもりだったのだが、目の前には何故か渉が座っている。
(一駅ぐらい我慢しろよな)
一日中歩いた愁の足はもう限界に近かったが、愁はなんでもないふりをしていた。
「楽しかった?」
(え?)
はるかが顔をのぞき込んできた。
「今日、楽しかった?」
「うん」
「よかった」
はるかは笑って窓のほうを向いた。
電車を降りてから愁は、家に帰ったらやらなければならないことに気がついた。
まずは証拠隠滅。そして慶太の口止めだ。
(ばれたら絶対なんか言われる。忘れないようにしないと…)
駅を出て3人と別れてから愁は図書館へ向かって歩き出した。その途中ではっと思い出す。
(美術部の展示行くの忘れた……)