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3章2 Leave me alone 

ベッドに寝転がり、薄い布団を被る。全ての灯りを消した愁の部屋を照らすのは、外から漏れる少しの光だけ。


やっと眠れる。


愁は暗闇の中で息を吐いた。今日は勉強なんてする気はまったくなかったのだが、親に強制されてついさっきまで竜崎が持ってきてくれたプリントをやっていた。


最後まで終わらせるともう夜中の1時を過ぎていて。愁は久しぶりに何かに夢中になっていた。


どこかでバイクの走る音がして愁は目を開けた。


思い出すのは自分にプリントを持ってきてくれたはるかのこと。


プリントを渡すためにわざわざ家まで来てくれた。おそらく、寄り道をして。


どうもわからない。なんでそんなことするんだろう。


お互いに相手をよく知らない。クラスメイトといっても、話したことすらない。現に愁ははるかを覚えていなかった。


愁は少し不安になる。


気まぐれでそんなことはして欲しくない。同じクラスの人が学校に来ていないから、哀れみの感情でも感じたのか。


今のクラスを全然知らない愁にとって、クラスメイトが家に来たということは学校で何らかの動きがあったことに間違いはなかった。


だとしたら、それはなんだろうか。


いい加減動かない状況に担任が業を煮やして、クラスのひとりに様子を見に行かせたとか。この考えが浮かんで、愁の中で何かがパッと色づいた。


そうだ、そうに違いない。


これまでは誰も訪ねてこなかったのに、今になって急にあの女子が来た。


あいつは、クラス代表でここに来たのだろうか。


ひとつ浮かんだ推測は、愁の中で急速に確信へと変わっていった。


もう当分来ないだろうと心の中で締めくくり、愁は寝ることにした。


学校やクラスへの不信感が募る反面、自分を気にかけたくれたはるかへの感謝の気持ちが心のどこかで感じられていた。


しかし、少しずつ湧いてきた感情は、日々のストレスに邪魔されて見えなくなってしまった。




木曜日。


愁は夢の途中でいきなり目が覚めた。時計を見ると朝7時前だった。


いつもならもう一度布団をかぶって二度寝するところなのだが、せっかく早く起きたのだから目をつぶってはいけないと思った。


「…起きれた」


あれだけ目覚まし時計をセットしても目を開けるのがやっとだったのに。


不思議とうれしくなった。


やっぱりあれかな、昨日の勉強が効いたのかな。


ひとり笑いながらそんなことを考えていると、愁は今日も鳴り始めた目覚ましの対応に追われた。




愁はパソコンの電源を落とし、廊下に出て窓の外を見た。時間は8時少し前。父親の車はすでにない。家にいるのが母親だけなのを確認すると、愁はシャツに着替えて下に降りた。


顔を洗おうと洗面所に入ると、ちょうど純子が鏡を見ながら入念に化粧をしていた。


「あら」


純子は少し驚いて何か言おうとしたが、愁は母親がいるのを見ると何も言わずにUターンした。


「おはよう愁」

ドアを閉じる間際に聞こえた言葉は無視した。


リビングのテレビは点けっぱなしだった。今画面に映っているチャンネルでは、ちょうど朝の情報番組が終わって次のワイドショーに切り替わるところだった。


テーブルを見ると、今日はパンとご飯の両方を食べたのか納豆とマーガリンが出ていた。

愁はのろのろとご飯と味噌汁をよそって納豆と一緒に食べ始めた。


テレビを何気なく見つめながらふと考える。納豆を食べると頭がよくなるっていうけど実際どうなんだろう…


確かに小さい頃からたくさん食べさせられてはいたと思う。でも全く根拠がないし、兄の慶太は納豆は大嫌いだ。


そろそろこれも飽きてきたな、と思っていたらドアが開いて純子が入ってきた。


「愁、食器の片づけお願いね」


洗面台に目をやると純子のお茶碗と湯呑みが水に浸けてあった。すぐさま愁は面倒くさそうな顔になる。


「ね、よろしくね」


念を押すように言われて愁は心の中で頷いた。だが顔は相変わらず渋面のままだった。


「なんで僕が…」


つぶやくように言って、愁は素早くご飯を食べ続けた。


時刻は8時5分を過ぎたところ。久しぶりの朝食は思いの外進まなかった。食欲はあるのに、隣から純子が「今日は早いね」「昨日は何してたの?」等といちいち話し掛けてくるからだ。愁はそのたびに集中力をそがれ、唸る。


「もう会社に出たほうがいいんじゃないの」

口調がつい素っ気なくなってしまう。それでも純子は時間があるから、と言って愁と話したがった。


「今日は9時出勤なの。だから大丈夫」


「あっそ」


愁は見向きもせずに食器を片づけ、部屋へと戻っていった。


扉を閉めて愁はほっと息をつく。めずらしく朝ご飯に出てきたからって、あんなに話し掛けられてはたまらないのだ。


まだ胃の中が落ち着かないがベッドに横になる。このまま眠ってしまおうかと思うぐらい、体はすんなり布団に馴染む。


いや、ダメだ。せっかく早起き出来たんだ。またリズムを崩してしまう…


わずかな理性を震い立たせて愁は眠気を追い払う。心に残ったのはヒマの二文字だった。


(今日は何しようかなあ……)


選択肢はあまりない。どこか出掛けるというのもよかったが、平日の昼間に子供が一人で歩いているのはおかしい。


色々と思案しているところに階段をリズムよく上がる音が聞こえてきた。


愁は扉の横で耳を澄ます。


「じゃあ行ってくるからね」

「行ってらっしゃい」


扉越しの会話。二人を隔てるものはすでに家の扉よりも厚くなっている気がした。


純子が去った後、愁は何を考えていたか思い出した。


(久しぶりにあれ、やってみるか)


長らくプレイしていないゲームのタイトルが思い浮かび、愁はリビングへと降りていった。




3時間後。


「あ、やば…」


愁はゲームに夢中になりすぎて時計を見るのを忘れていた。時刻はもう11時50分を過ぎている。そういえばお腹が空いてきた。



(やりすぎたな…)


愁は即刻セーブをしてからゲーム機の電源を落とした。軽く体を伸ばしてから、後片づけを始める。


散らかしたリビングを一通り片付けてから、愁はキッチンに目を向ける。

(なんか自分でやるの面倒くさいな…)


いつもの事だ。そうは割り切っても、今日は朝のイライラもあって準備する気は起こらなかった。


とりあえず食器棚を物色する。

(インスタント物は……ないのか)


冷蔵庫を開けて冷凍食品も探してみるが、これといった食べ物がない。


「しょうがないか…」


小さく舌打ちをして愁は呟いた。そして炊飯器の残りのご飯を確認しようと思った、その時だった。



ピンポーン


玄関の呼び鈴が鳴った。

どうしよう。出るわけにもいかない。


これもまたいつもの事だ、と居留守を使おうとしたその時、


ピンポーン


また鳴った。


ピンポーン


間髪入れずもう一回。



こんな鳴らし方をするのは相手が家にいると確信していて、どうしても出てきてほしい時だ。


そういえば前にもあったな。似たようなことが…

まさかとは思いつつも、愁は玄関の扉を開けてみることにした。


「こんにちは…」


愁の視界に入ってきたのは予想通り、制服姿のはるかだった。


「またおまえかよ、今度は何の用?」


苛立つ愁にはるかは小さくなって口を開いた。


「あの、今日はちょっと言いたいことがあってね…これ昨日までに配られたプリント」

はい、と愁ははるかにプリントを手渡された。中身は保護者への連絡がひとつと数学のプリントがふたつだった。


「ふうん、ありがと。で、言いたいことって何?」

プリントを一瞥して愁は言った。


「えっと…日曜日に西峰高校の文化祭があるよね。ほら、気分転換にどうかなと思って」


西峰高校。兄の慶太が通う高校だった。


「それって、一緒に行こうってこと?」


「そうだよ」

「いいよ別に」


即座に断る愁。思った通りの反応にはるかは困った顔をした。


「でも!ずっと家にいてばかりなんでしょ?たまにはどこか出掛けるとか、いいんじゃないかな…」


「なんでそんなことわかるんだよ。勝手に決めつけるなよ」


図星だった。


「…ごめん」

俯くはるか。愁はもうさっさと帰って欲しかった。


「もういいから。プリントありがとね」


「じゃあ、これだけ読んでみて!これ見てからでも遅くないでしょ」

そう言って手渡されたのは西峰高校の文化祭のパンフレットだった。


こんな物見せられてもどうせ行かないのに…


「・・・わかったよ」


大体なんで最近知り合ったばかりの女の子と文化祭なんて行かなきゃならないのか。そう思ってはいたが親切なはるかにそこまでは言えなかった。


「電話するから、考えといてね!」


「じゃあね」


はるかが背を向けた瞬間、愁は勢いよく扉を閉めた。ため息をひとつ吐いて、床に座り込む。

はるかと喋るのがだるい、と愁は感じていた。

ひとりが好きなんだ。誰にも邪魔されたくない。なのになんで僕はあの子と話をしてるんだろう……



今日は朝早く起きれたのに愁の心にはモヤモヤしたものがいっぱいだった。


「兄貴の文化祭なんて行けるかよ」


手に握られたプリントはいつの間にかクシャクシャになっていた。




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