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3章1 少女の訪問

遂に彼女の登場です。


昨日の家中の目覚まし時計を使った策が功を奏したのか、愁は今朝は学校に行っていた頃と変わりない時間に起きられた。


だが、それも気持ちのいい目覚めとはいかなかった。


昨日の一件のせいで慶太は愁のことを避けていた。あからさまではないのだが、どことなくいつもの振る舞いとは違う気がした。

愁は最初は怒りこそ憶えたが、やがて申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


相手のことを考えてるのに、何故かすれ違う。学校に行かなくなってから敏感になった愁の心は、言葉では言い表せない程疲れていた。


でも、本当は兄のことが好きでも、根底にあるのは家族への憎しみ。


それは愁にとって癒えない傷になりつつあった。





まんがを横に置いて、愁はゆっくりと寝返りを打つ。今日はいつにも増してやる気が起きず、ベッドの上でごろごろしている。

例に漏れず今日も12時頃に起床し、朝食を食べてからは自室にこもっている。普段はテレビを見たりするのだが、今日はそれも出来なかった。


というのも1階に純子がいるからだ。彼女は愁がリビングでテレビを見ている時に突然帰ってきて、愁にまた学校へ行こうなどと言った。当然愁は断り、自分の部屋に逃げ帰って今に至る。


おかげでリビングでくつろげなくなってしまった。自分の部屋も落ち着くが、テレビがない。


愁は起きあがり、まんがの単行本を元の棚に戻した。

ため息がもれる。


純子は仕事が早く終わったなどと言っていたが、愁はまずありえないと思った。

純子は父の隆一と同じ会社で働いているのだ。昔は帰りが夜の8時を過ぎることもあり、慶太と愁はよく寂しい思いをしたものだった。


仕事が早く終わるなんて、ありえない。


やはり、自分の様子を見に来たのだ。愁はそう信じて疑わなかった。


愁は床にごろりと横になった。頭に浮かぶのはこれからのこと。


きっと両親や先生は、見守るだけでは上手くいかないと思っているのだろう。今ではせっついてくる様なことはなくなったが、態度や表情からこちらを探っているのがよくわかる。何度考え直しても、やはりおかしい。


どうして家族なのに顔色窺うようなことをしてるんだろう。

そういう状況だから、仕方ないのか。それとも、向こうに見切りをつけられてるのか。


どっちも嫌なのに。


愁は胸の奥がぐっと熱くなった。思わず涙が零れそうになる。


仰向けになり、息を飲んだ。視界に入るのは、すっかり仲良くなった自分の部屋。

トモダチなんていないし。唯一のメル友は社会人。


この状況でどうしろというのか。愁には活路が見いだせなかった。


愁は少し息を吐いて立ち上がった。窓の外に目をやると、しとしとと降り注ぐ雨。

じめじめとした空気は、愁の気分をいらいらさせる。


今日もごろごろしてようかな。


毎日やることはほぼ決まっていたが、もう飽きてしまった。パソコンも今日は使ってない。愁は布団をめくるとベッドに倒れ込み、体を掛け布団ですっぽり覆ってしまった。視界を完全に遮った布団の中は、息苦しいが少し落ち着く。


10分後には布団の中から規則正しい寝息が聞こえてくるのだった。





その2時間後。愁は誰かがドアをノックする音で目を覚ました。さっきよりも頭はすっきりしていたが、気持ちは落ち着かないままだった。

ふらつきながらドアを開けるとそこには母の純子が立っていた。


「また寝てたの?」


愁はいらつき、頭を掻いて呆れ顔の母親に答えた。


「・・・別にいいじゃん。で、何?」


純子は納得しない顔で愁に数枚のプリントを差し出した。


「これ、クラスの子が届けてくれたの。時間割と宿題だって言ってたわよ」


愁は無言それをで受け取った。パラパラとめくって中を見てみる。

確かに宿題だった。英語と数学の小テストの紙がふたつずつある。


「これ誰が持ってきたの?」


愁の問いに純子は首を振った。


「とりあえず渡してとだけ言われたから、名前を聞くのを忘れちゃって・・・・・・」


愁は時間割のプリントを見てみた。それは予定帳を印刷したものに明日と明後日の教科が書いてあるものだった。


こんなもの貰ってもどうせ行かないのに・・・・・・


せっかく持ってきてくれたのだから、宿題だけでもやろうか。愁がそう考えていた時に純子が思い出したようにつけ加えた。


「そうそう、持ってきてくれた子ね、女の子だったわよ」


それだけ言って純子は愁の部屋を後にした。


女の子・・・?


愁はもう一度時間割の紙を見つめた。そこに書かれている字はあまりきれいではない。


一体誰が?

小さな疑問はみるみる膨れ上がっていく。それに何のためにこれを持ってきたのだろうか?


考えながら愁は紙を裏返しにした。そこは何も書いてない白紙・・・ではなかった。少し小さめの字で何か書いてある・・・・・・


 

みんな心配してるよ。早く元気になって学校にきてね。


                     竜崎


 

竜崎って・・・誰だ?





その翌日。愁は窓際でジュース片手に本を読んでいた。


今日は天気がいい。連日降り続いていた雨もようやく上がり、雲一つない晴天になった。しかし今日は蒸し暑い。風もなく、何もしていなくても汗が出てくるような暑さだった。


そんな中、愁は朝食を食べた後に近くの自販機に缶ジュースを買いに行った。人目が少し気になったが、人は出歩いている時間帯ではないのでほとんど誰もいなかった。


1時頃に昼食代わりのトーストを一枚食べてからは、リビングのエアコンをつけてずっとテレビを見ていた。


暑すぎてやってられない・・・・・・

特にすることもないのだが、愁は心の底からそう思った。


そしてやっと涼しくなってきた4時頃からは自分の部屋にいた。今は夕日の光が眩しく、カーテンを閉めているが。


愁はあれから竜崎というクラスメイトのことを考えていた。わかっていることは、クラスの女子ということだけ。

愁はまずクラスの連絡網で名前を見つけようと思った。どんな人物かも気になったが、学校に行って確かめる勇気はない。


ところが母親に聞いても連絡網の紙は見つからず、愁は諦めた。


夜の間はずっと自分のところに来た理由を考えていた。


同情?心配?それともクラス代表で?

先生が頼んだのだろうか。でも、今更こんなことしても・・・・・・


愁はジュースの残りを飲み干し、本を閉じた。気になるのは、時間割の紙も同じだ。

愁は散らかっている机の上から一枚のプリントを手にした。


 

早く元気になって学校にきてね。


 

って、これじゃまるで・・・・・・


「俺は病人かよ・・・」


どこかずれている文章が面白くて、愁は笑った。

その時、ピンポーンと来客を告げる音が鳴り、愁は顔を上げた。


愁は昼間など家族がいない時はよく居留守を使っていた。宅配便などの時もあり、愁はその度に親に叱られていた。


愁は1階に降りた。車の音などはしないから、誰かが歩いてきたのだろう。もしかして、回覧板とか?

愁は今まで通り居留守を使うことにした。たいていは2回ぐらい鳴らすと帰っていくが、今日は違った。


ピンポーン

2回目。愁は特に気にしなかった。


ピンポーン

3回目。何故かしつこい・・・


ピンポーン!

間髪入れず4回目。その後も一定の間隔で呼び鈴を鳴らしてくる。


面倒だな・・・・・・


愁は玄関へ出て扉を思いっきり開けた。


「わっ」

そこにいたのは近所の住人でもなく宅配便の配達員でもなく、制服姿の女の子だった。その制服は愁の通う中学校のものだった。


「えっと・・・なんか用ですか?」


女の子は急に扉が開いて驚いたようだが、次第に表情が明るくなっていった。


「よかった、やっぱりいたんだ・・・」

・・・やっぱり?わかっててやったのか?

不審な表情を見せる愁。その女の子は早口で話し始めた。


「あの、槙原くんだよね。今日はどうしてるか気になって来たんだけど・・・」

「そうだけど・・・・・・ていうかお前誰?」

「え・・・覚えてないの?」


愁は頷いた。目の前にいる笑顔がかわいい女の子が誰なのか、さっぱり覚えがない。


「あのー、同じクラスの竜崎です。竜崎はるか」

クラスにこんな奴いたっけ・・・?


少し沈黙。そして愁はつい最近に竜崎という名前を目にしたのを思い出した。


「あー・・・昨日プリント持ってきてくれた・・・」

「そう!昨日は会えなかったからね。あ、これ今日の分だよ」


そう言ってはるかはプリントとノートを手渡した。


「? このノートは何?」

「一応社会とか理科の写しておいたの。ほら、勉強遅れて大変だし」


愁は心の中で、ご苦労様ですと呟いた。ノートをめくると、はるかがどれだけ頑張ったのかが一目瞭然だった。字はきれいだし、大事なところは蛍光ペンで色づけしてある。


「こんなことされてもな・・・・・・」


愁は小さな声で呟いた。


「え、なに?」

「いやいや、なんでもない・・・」


こんなことされても結局自分は勉強しない。はるかの努力が徒労に終わってしまうのが、愁は申し訳なかった。


「クラスのみんなが心配してるよ」

はるかは神妙な表情で告げた。


「ああ、そう・・・・・・」


そんな台詞は聞き飽きた。


「先生もね。来れる時に顔出してね」


「・・・考えとくよ。そうだ・・・ちょっとあがってく?」


なんとなく気まずくなり、心にもない事を口にしてしまう。


「いいよいいよ。迷惑でしょ?」

「いや、大丈夫だけど・・・」


実際は迷惑だった。単なる社交辞令とばれず、内心ほっとする。


「じゃああたし帰るね」


そう言ってはるかは玄関から少し離れた門へ歩いた。そこで振り返り、愁に言った。


「また来るから。学校来てね!」


はるかは歩道に出て愁に手を振り、自分の家の方向へ駆けていった。

愁はなんとなくだが、その後ろ姿を見送っていた。両手には数学のプリントとノート1枚。


彼女はわざわざそれを持ってきてくれた。自分の為に。


変わった、奴だな。


それが第一印象だった。




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