序章1 不規則な生活
簡単だと思った。
ただ一言を言うだけだから。
「もう学校に行かない」
その言葉が周りにどんな衝撃を与えるかなんて、考えてもみなかった。
ただ、疲れただけなんだ。
同じ事の繰り返しの毎日が、とてつもなく嫌だった。
何回やっても、一緒だった。
それに辛かった。
ストレスばっかり感じてた。
親や教師、クラスのみんな……
全てが敵に思えた。
僕の味方をしてくれる人なんて一人もいないのかもしれない……
そう思っていた。
あの時までは………
生暖かい空気でやっと目が覚めた。上半身を起こして時計を見る…12時5分前だった。
寝過ぎた。
もう一度枕に頭を預け、天井を見つめる。
しばらくして、12時を告げる時報が流れた。その音を聞いて、愁はようやく重たい体を起こした。
寝過ぎて体がだるい……
いつものことなので気にせずにいたが、それでもあと1時間は寝ていたいと思ってしまう。
愁はそんな思いを断ち切り、朝食を食べるために1階へと降りた。
当然のことながら誰もいない。
リビングを抜け、台所にある冷蔵庫を開こうとした時、愁はテーブルの上に何かあるのに気がついた。そこには朝食の残りと思われるおかずと、おにぎりが三つ置いてあった。
温めて食べてね 母
ま、この方が楽か。今日は料理する気もないし。
愁はラップで包んである皿を電子レンジに入れて、温めスタートのところを押した。そして椅子に座り、やや大きめのおにぎりを口に運んだ。
愁以外誰もいない家はひっそりと静まり返っている。電子レンジの出す低い音だけが、愁の耳に届いている。
やがてそれも止まり、再びどうしようもない静寂が訪れる。
愁は自分の右手にあるおにぎりを見つめた。
…美味しい。でも、味気ない。
愁は食べかけのおにぎりを皿に戻し、テレビのリモコンを手にした。食事するときは大体テレビをつけているが、そのほとんどがビデオやDVDだった。だが、家にあるものは全て見尽くしてしまった。
適当にチャンネルを回し、愁はテレビを消した。
…どれもつまんないな。
愁は朝食の残りを黙々と食べていたが、不意に手を止めた。
静かすぎる……
愁は食べ終えた皿を流し台に入れ、残りのおにぎりを持って2階へ上がった。
部屋に入るなりパソコンの電源を入れる。
パソコンの前に座り、画面を見つめながらふたつめのおにぎりを食べる。
愁の一日のほとんどはネットサーフィンに費やされていた。
ネット小説、動画、ゲームの攻略ページ……
愁の退屈な毎日を満たしてくれるものは、それこそ山のようにあった。
それから愁は3時間程ネット小説を楽しんでいたが、4時になるとパソコンの電源を消して1階に降りていった。朝食の皿や鍋を全て洗い終えて、また2階に戻る。
愁はまたパソコンをやる気にもならず、ベッドに寝ころんだ。何もする気が起きず、ごろごろしていたが、ふと勉強机に目がいった。
ノートやプリント類が積み重なっていてかなり散らかっている。いつやったのかもわからないテストの問題用紙もある。
愁は立ち上がって、山積みになっているプリントから手をつけた。学校に行かなくなってからそこはずっと手つかずのままだった。通学鞄なんてほこりをかぶっている。
愁はプリントやノートを要る物と要らない物にわけていった。プリントに軽く目を通し、分別するだけの単純な作業。それでも愁の心の中にあるわだかまりをまぎらわすには、十分といえる作業だった。
気がつくと、部屋はもう薄暗くなっていた。ドアの横にある電灯のスイッチを入れ、時計を見る。
…もう6時30分か。母さん遅いな……
「ただいまー!」
そう思ったその時、兄の慶太が帰ってきた。愁はうるさいのが帰ってきたな、と思いつつ、1階に降りて兄を出迎えた。
愁がリビングに入ると、慶太はパンを片手にテレビを見ていた。
「お、ただいま」
「うん、おかえり」
先に声を声を掛けたのは兄のほうだった。
「なあ母さん知らない?」
「まだ帰ってきてないよ」
そうか、とだけ返事をすると、慶太はテレビに視線を戻した。
愁も腹が減っていたので戸棚にある菓子を二口だけ食べると、すぐに2階の自分の部屋に戻った。
愁はこの時間が苦手だった。
主に夕方から夜にかけて。家族と接触するこの時間帯が、たまらなく苦痛だった。
その日はすぐに母親が帰ってきて夕食になった。隣の席では慶太が学校の事や部活の事を面白おかしく話している。
愁は兄の慶太の話に耳を傾けることなく、黙々と夕食を食べていた。そしてある程度満腹になったら、「ごちそうさま」と小さく呟き、自分の食器を片付けていた。
そして母の寂しそうな視線を無視しながら、愁はさっさと自分の部屋へ引き上げた。
夕食のあとの行動は決まっていた。ゲームをするか、パソコンを使うか、本を読むか。 10時頃まで時間を潰し、慶太に続いて風呂に入る。父親と顔を合わせるのはだいたいその時間だった。
だが今日は早めに風呂に入り、リビングでテレビを見ていた。そして父親が帰ってくると同時に部屋に戻る。
愁はそれからのんびりしていたが、体に少しだるさを感じたので早く寝ることにした。 だが家族が寝静まってからも、愁は眠れなかった。
昼間寝過ぎたから眠れないのだ。
愁は何度も寝返りを打って時計を確認し、時間が過ぎるのを待っていた。
夜になっても眠れない辛さ。
不規則な生活の中で、愁にとって一番の苦痛だった。
結局愁が寝れたのは、日の出が近い4時頃だった。
タイトルが露骨すぎますか。。。
今度は不登校少年の話です。
彼の生い立ちなどは後々語られますので、もしよかったら続きも見てやってください。