大切なもの
更新が遅れてしまい、申し訳ありません。
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レイシーが斬り裂いたマルズロは、悲鳴を上げながら地面に倒れ込む。マルズロの体は黒い煙に包まれると消え去った。
後に残ったのは、口に咥えていた緑色の丸い石。
レイシーはそれを拾い上げ、初穂の元にやって来るとそれを胸の前に突き出した。
「これが、あんたの記憶の欠片だ」
初穂は記憶の欠片をレイシーから受け取る。
手が触れた瞬間、緑玉からまばゆい光が放たれた。どこか懐かしいその光に初穂は心地よさを感じながら、瞼を閉じる。
目を開けると、そこは薄茶色の世界だった。世界の色が全て薄茶色なのだ。古い映画の中に入ってしまったようなそんな感覚。初穂が立っていたのはそれなりに広い部屋で、壁には様々な国旗らしき旗が飾られている。円形の机を何人もの人間が囲み、何やら議論をしているようだ。
彼らは議論に熱心なのか、それとも初穂の姿が見えないのか特に気にすることなく話し続けている。
「今回……五か国の“神の祝福”の皆様にお集まり頂いたのは他でもない、ホロウ復活のことです」
年老いた男性が話す。
五か国の神の祝福。この場には世界の神の祝福が集まっているようだ。確かに、それらしい人物が見当たる。
「そんなの、決まっているじゃない。わざわざ会議する必要なんてないわ」
赤髪の女性が鬱陶しそうに言った。会議に参加するのが面倒なのだろうか、やる気がない。
「1748年から封印は弱まっています。再封印すると言っても……急がなければなりませんわ」
青髪の少女が言う。彼女の言葉に赤髪の女性は眉をひそめた。
「…………このままでは来年にでも邪神は復活する」
まるで独り言のように緑髪の少女が呟いた。
初穂は首を傾げた。邪神とは、ホロウとは。聞き慣れない単語ばかりで頭が付いていかなかったが、ホロウと呼ばれるものが復活するのは世界にとって歓迎すべきことではないことは分かった。
「待ってくれ。ホロウを再封印すると言っても、それは復活を先延ばしにしているだけではないか?」
いきなり立ち上がった少女に、一同の視線が集まる。
(綺麗な人だな……あ、目……)
彼女は愛らしい顔立ちをしているが、その顔つきは凛々しく視線も真っ直ぐだった。見るからに正義感に溢れている。明るめの金髪に、珍しい金目銀目の瞳。
同じ瞳の色に、初穂は親近感を抱いた。
「それは、どういう意味ですかな? スファレライト・ラインハルトよ」
老人は険しい声で問い詰める。
スファレライト、と呼ばれた少女は怯むことなく意見を述べつづけた。
「そのままの意味です、ゴードン議長」
「だったら貴方は何がしたいわけ?」
苛立った声で赤髪の女性がスファレライトを睨みつける。
「何度封印しても、方法を変えても。ホロウの心を救わなければ本当の意味で世界は救われません。私は、ホロウも世界も両方救いたい。もうこの世に暗雲が立ち込めることがないように」
スファレライトは強い口調で言う。しかし、そんな彼女の意見を馬鹿にしたように赤髪の女性は鼻で笑った。
「スファレ、貴方本気で言っているの? だとしたらとんだ馬鹿ね。ホロウは世界の敵、地獄の王。魔王なのよ? 奴の心を救うですって? 神王からも見捨てられたホロウを貴方が救えるわけがないじゃない」
「確かに無謀な策だとは思います。だが……本当にホロウが悪いのか、私にはそう思えない。世界はホロウを悪だと決めつけているだけではないのか。私は封印、という手が正しいとも思えない」
「だったら、具体的なことを言いなさいよ」
「……ホロウを説得します」
スファレの言葉に一同は唖然となる。思わず立ち上がる者、持っていた資料をばらまく者、反応は様々だが皆驚愕した表情だった。
「私に時間を下さい。必ずホロウや世界を救ってみせます」
胸に手をやり、その金銀妖瞳の目を真っ直ぐに向けスファレは言い放つ。
(何だろう、この感覚……)
まるで自分がスファレになったような気分だった。スファレの気持ちが、考えが初穂に流れ込んでくる。理由は分からないが、スファレがホロウや世界についてどれだけ想っているのか痛いほどわかった。
「……他の巫女殿はどうですかな?」
老人が見渡す。他の神の祝福らしき少女達は、少し不服そうだったが頷いた。
「暗夜の時代が訪れる兆候があれば、その時は無理矢理にでも封印いたしますぞ」
「ええ。分かっています」
スファレは眩しいほど、正義感に溢れた笑顔を浮かべた。
そこで光が世界を覆いつくし、視界が変わった。
先程と同じ薄茶色だけの世界だったが、どこか見慣れた景色だった。
長机には食器が並べられており、子供達が楽しそうに食事をしている。
その中で一人隅に座ってその光景をじっと見ている少女がいた。
黒い髪を肩上まで切り揃え、まるで人形のような無感情を顔に貼りつけている。
「ねえ、あの子……ずっとあそこに座っているけどどうしてなの?」
ひそひそと小声で話す大人の声が聞こえてくる。
「あぁ、あの子は……あまり馴染もうとしないんですよ。いつも何かしようとしても、皆が終わった後に来るんです」
「そう……それにしてもあの子の目。不気味ね」
初穂は少女を見た。うずくまる少女の瞳は、初穂と同じ金銀妖瞳だったのだ。
「ええ。生れつきらしくって……」
「まるで“化け物”みたいだわ」
化け物。少女は聞こえたのか眉をひそめ、顔を伏せた。
初穂は少女を見て勘付いた。
(ああ……この子は……『私』なんだ)
小さい頃の自分。親もおらず、施設で暮らし、大人や周りの人間から“化け物”と呼ばれる日々。ずっと自分の目が嫌いだった。自分の置かれたこの状況は全てこの目のせいだ、とその頃の初穂は思っていた。それは今も変わらない。
苦しかった幼少期。自分はずっと孤独だった。
■
「おーい、はつほー」
クレドの声が聞こえる。顔に柔らかい感触を感じ、初穂は目を開けた。
「やっと目がさめたか!」
「クレド……大丈夫!?」
マルズロに薙ぎ飛ばされ、意識を失っていたはずのクレドはピンピンしている。
「それより、だ。記憶は戻ったのか?」
包帯を巻きながらレイシーが聞いてきた。初穂は少し考え、言葉を慎重に紡いでいく。
「はい。私の小さかった頃の記憶を少しだけ……後は、スファレライトという人物が出てきた夢、を見ました」
「スファレライト…………」
「何か知っているんですか?」
初穂がそう問うと、レイシーは一瞬視線を逸らした。
「歴代最強と呼ばれる水の神の祝福だったからな」
「歴代最強?」
「ああ。スファレライト・ラインハルトは水の国マディランでは、英雄として扱われているからな。色々な書物のモデルにもなっている」
レイシーによると、今から約120年前に神の祝福になった人物だったという。10歳で神の祝福に選ばれ、その類まれなる才能で様々な危機を救ってきた人物らしい。
「俺も見たことはある。正義感に溢れる凛々しい少女だったぜ」
「確かにそれは私も思いました。そのスファレライトという人物達は、ホロウの復活、再封印などそういう話をしていたみたいで……他国の神の祝福も集めて話し合いをしていました」
「……五か国会議のことか? あんたホロウって知っているか?」
レイシーの言葉に初穂は首を振る。
「ホロウっていうのは、この世界の悪の象徴とされる神だ。そいつが復活しないよう、神の祝福達は封印が弱まればもう一度封印する、ってことを繰り返していた」
「復活すればどうなるんですか?」
「暗夜の時代が訪れる」
「暗夜の……時代」
「まあ、難しい話は今度詳しくしてやる。今はとっと戻って体力回復するぞ」
立ち上がり、森を抜けようとするレイシーを追いかけるようにクレドと初穂は歩き出した。
「あの、レイシーさん」
前を歩くレイシーの背中に話しかける。返事は無かったが、きっと聞いていると初穂は感じていた。
「私と……契約してくれてありがとうございます」
緊急だったとはいえ、あそこでレイシーとの契約が無ければ全員マルズロに倒されていただろう。レイシーが本当に自分と契約したいのかどうかは分からないが、どちらにせよ彼の機転が無ければこうして無事にはいられなかっただろう。
勿論、記憶の欠片を取り戻すことも出来なかったはずだ。
初穂の感謝の言葉にレイシーは足を止める。そして後ろを振り返ると、初穂の頭にぽんと手を置いた。
「……これからよろしく頼むぞ、聖なる君主」
「はい!」
仲間が出来た。その事がとても嬉しくて、少し気恥ずかしくて初穂は笑った。
「それと、あんたが神の祝福だと言う事は出来るだけ伏せておいた方が良い」
「何故ですか?」
「今、世界は異変に包まれている。世界中で神の祝福が不審死を遂げている。あんたも例外じゃないんだ。気をつけてこしたことはない」
レイシーはそう言うと、初穂から視線を外しそそくさと歩き出した。
これから大変なことばかり続くだろう。神の祝福に選ばれ、大きな責務に潰されそうになることもある。だけど、1人じゃない事がこんなにも嬉しいとは思わなかった。
初めて出来た仲間がこんなに心強いとは。レイシーもクレドも大事な存在だ。
そう思えるのはやはり、取り戻した自身の幼少期の記憶なのだろう。
初穂は幼かった自分に言い聞かせるように、これからの自分に伝えるように『大丈夫』と呟いた。
「はつほー。置いていくぞー!」
レイシーの背中に乗って初穂を呼ぶクレド。2人に追いつくように、初穂は走り出した。
「うん!」