初めての仲間はもふもふ
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「おい、どうしたんだよー?」
頭を抱えずっと唸る初穂にカーバンクルのクレドは、その前足で突く。
「あ、ごめんね……ちょっと考え事してて」
「ふーん。それよりさ、おれさ、おまえの名前しらないんだよな」
そう言われ、まだ名乗っていなかったことに気付く初穂。
「そっか、そうだよね。私は望月初穂。それとね……実は私、この世界の人間じゃないんだ」
ここにいるのは、初穂とクレドだけだった。
どこかの建物らしいが、内装的に神殿のようだ。大きな柱が円を描くようにそびえ立ち、大理石の床は冷たく、柱にも床にも豪華な意匠が施されている。
そして、地面と少し高い大理石の床の周りには水が流れていた。
クレドが言う水の神殿、というところなのだろう。
自分以外にこの場所いるクルドには言っておこうと、初穂にとってはかなり重大な告白をしたつもりだったのだが、クレドの方は思いのほかあっさりと答えた。
「おう、それくらい知ってるぞ。なんたっておれは、水の神の祝福とけいやくしている幻獣サマだからな!」
「え!? 契約!?」
「そうだぜ。おれはたたかうことはできないけど、はなだけはとってもいいんだ! それに、おまえもふくめてみかたの奴らのぜんぶの能力をあげることだってできるんだぜ、すごいだろ!!」
真っ白な犬歯を見せ、クレドは自信満々に言った。
「貴方が私と契約した幻獣? でも私にはそんな記憶、一切無いのだけど……」
初穂はあの夢ではない夢から覚めてここに居るのだ。眠っている間にやったのかは知らないが、どのみち自分の記憶には無い。
しかし、クレドの答えも曖昧なものだった。
「おれもないぜ。あ、おまえが寝ているあいだに勝手にけいやくしたとかじゃないからな!!」
「じゃあ何故!?」
「そんなこまかいこと、いまはべつにいいだろー」
大口を開けて欠伸をするクルド。その呑気な感じが羨ましかった。
「ねえ、私ってどれくらい眠っていたの?」
暫く眠っていたのは分かる。今でさえ体中が痛いのだ。
「1年くらい」
「そんなに!?」
向(日)こうの世界(本)ではどういう時間の流れなのかは分からないが、アンベルクの時間ではもう既に年を越していたらしい。その衝撃的な事実に軽くめまいがした。
「やっぱり夢じゃないんだね……ここは異世界なのか……」
「なんのはなしだー?」
「ねえ、クレド。貴方は私の“記憶の欠片”を探せる?」
記憶の欠片――。
初穂が失った過去の記憶のパーツだ。これを集めなければ初穂の記憶は戻らない。
そして、夢の中で出会った女性のあの言葉。
『“記憶の欠片”は一部の者にはその行方が分かりますの。今の貴女には物探しの強力な助け人がいるので心配には及びませんわ』
この言葉を信じるとすれば、クレドが一番妥当だと考えた初穂は、少しの希望を胸にクレドに聞いたのだ。
クレドは真っ直ぐに見つめる初穂を、その透き通った紅緋色の瞳で見つめ返す。
「きおくのかけらとか何だかはよくわかんねーけど、はつほの匂いがするものがある場所は分かるぜ!」
「本当!?」
嬉しさのあまり思わずクレドを抱きしめてしまう。本当はクレドを見た時からそのふわふわの毛に顔をうずめたいと思っていたので、怪しまれないように自然に顔を埋めた。
一方のクレドは頼りにされているのが嬉しいのか、その柔らかく膨らんだ尻尾を揺らしている。
「その匂いのする場所にあるのがはつほの大事なものなのか?」
「うん、そうなの。だからクレド、私の記憶探し手伝ってくれる?」
「いいぜ! おれがいればどんなところにあっても見つけられるぜ」
にっと犬歯を見せて、クレドは笑った。
「ありがとう、クレド」
「まかせろ!……それよりおまえ、きがえないのか?」
「え?」
「ちょっと臭うぞー……」
乙女にあるまじき言葉をクレドから頂戴した初穂は、軽く風呂を済ませてから神殿の奥にある巫女の部屋に案内してもらい、そこにあった服に着替えた。
大理石ばかりの床続きだったため、木で造られた部屋はとても暖かく感じる。ここは代々、神の祝福に選ばれた者たちの部屋だったらしい。先代が亡くなってからは誰も使っておらず、部屋の隅には埃が積っていた。
先代も使用していた巫女の部屋にあった服は、全体的にゆったりとしていて肌触りもよく、とても着やすい。肩出しの洋服を着たのは初めてだったので、少し慣れないがスカートも丁度いい長さで可愛いデザインだ。
「もういいかー?」
「うん、ありがとう」
布団に潜って着替えを見ないようにしていたクレドは、むくりと顔を出す。
「そこのたなに干し肉とパンがあるからたべていいぞ」
クレドの言葉通り、質素な棚にあったのはかなりの量の干し肉とパンだった。丁度お腹も空いていたので食べられる分だけ拝借し、口に入れる。
あまり味は美味しいわけではないが、充分ご馳走だ。お腹が満たされていくにつれ、安心感も出てきた。
「それよりこれからどうするんだ? さがしものするのか?」
初穂が食べているのを見つめながら、クレドは聞いた。
「うん。記憶がないと困るから……」
「でもマディランのあちこちに匂いがするぞ? 旅をすることになるかもだけど、大丈夫なのかー?」
「大丈夫だよ」
不思議と自信はあった。
「ふうん。ま、おれがいるからだいじょうぶだよな!」
「そうだね」
初穂は残りの干し肉を咀嚼する。視線を感じてクルドの方を見ると、じっとクレドがこちらを見つめていた。
「どうしたの? 食べたい?」
「いやー……はつほの目ってふしぎだよな。両方で色がちがうもん。金と銀」
クレドに言われて何気なく鏡に視線をやる。そこに映っているのは、自分の見慣れた顔。少し伸びた黒髪と、何を考えているのか分からない目。左右で色の違う目は、金と銀に輝いている。
「私もそう思う。私はこの金銀妖瞳なのがとても嫌だったんだよね……でも何で嫌いだったんだろう? 思い出せないや」
それも散らばってしまった記憶の一部なのだろう。記憶の欠片を探して行けば嫌でも理由が分かるはずだ。初穂は考えるのを止めて、クレドに聞く。
「それで、匂いがする中でここから一番近いのはどこなのかな?」
「チュアリから一番近い所だったら、プラウェンのまちだぜ!」
初穂は地図を広げて町の名前を探す。そこで今更ながら気付くのだが、言葉はもちろんのこと文字もすんなりと入ってくる。それも神の祝福が影響しているのだろうか。
プラウェンの町は現在、初穂達がいるチュアリの町から北東に少し行ったところにある。
「プラウェンまでどれくらいかかる?」
「歩いたら4日、馬車だと1日だぜ!」
歩くのは問題ないが――魔物に襲われるかもしれないが――、4日もかかるのは大変だ。しかし、馬車と言ってもどういう風に乗るのか、そもそもお金を持っていないから乗れないのではないか、と考えているうちにクレドが初穂に言った。
「お金ならしんぱいないぜ! そこの箱の中にたんまり入っているんだ。それにおれも少しくらいはあるしな」
何だかゲームの始めの方をやっている気分だ。
クレドの言う通り、服があった場所の下の方に箱があり中にはお金の入った袋があった。持ち上げてみるとかなり重たい。しかし、これは初穂のお金ではない。勝手に使ってしまっていいのだろうか。
初穂の葛藤を知ってか知らずか、クレドは付け加える。
「それ、まえの神の祝福がおまえのために、っておいておいたお金だから使っていいぞ」
「え? 私に?」
「そうそう。次の神の祝福がお金にこまらないように、って」
初穂は先代の神の祝福の人に強く感謝する。一緒に入っていた革の肩さげ鞄を取り、中に入れた。
「クレド。改めてよろしくね」
「まかせろ、はつほ!」
クレドの前足を握り、初穂は笑った。
いつの間にか異世界へトリップしていた彼女の“記憶探しの旅”は、こうして始まったのである。
初穂「えっと……クレド?」
クレド「やっぱりおんなはいいな~」
初穂「そのぷにぷにした肉球で触られるのは嬉しいんだけど、何で私の胸を触っているのかな?」
クレド「そんなのきまってんだろ! おとこならだれしも思う事だぜ!!
ちなみにおれはおしりでもいいへぼぁっ」
初穂「……」
クレド「は……はつほ、おまえ、かいりき……」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
拙い文章で申し訳ありません。
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