因果
その日、石毛の城は多賀谷に接収された。
数百年続いた豊田家もここに滅び、一族連枝は武蔵の国へと流れ家臣達は一部が帰農し一部が多賀谷家に仕える事になった。
「三郎、お前はどうするね」
悪衛門である。この男、三郎に召し放ちをされてからもついぞその場を去る機会を逸して今に至っている。
「ワシか、ワシは百姓になるよ」
「そうか。これで本当に面白いことが無くなってしもうたなぁ」
「悪衛門は美濃には戻らんのか」
悪衛門は暫く考えた。いや、考える風情を見せただけかもしれなかった。
「戻るとするかな。美濃の方はまだまだ面白そうだと噂を聞くでのぅ」
「そうか。戻るか」
ならばと言って、三郎は腰に差してあった宗近を悪衛門に差し出した。
「なんの心算じゃ」
悪衛門は笑っていた。三郎がこの業物をくれると云うのだろう。
「餞別じゃ。お前はワシにとって、唯一の友垣だったのかも知れぬ」
「そうか。しかしお前の差し料はどうするね」
三郎はもう一つ、腰に差してあった刀を抜いて見せた。
「代わりはあるよ。数打ちじゃがな」
悪衛門は以前、宗近を数打ちの刀かと言った事を思い出した。
「ならば遠慮なく受け取ろう。それにしても、儂は暇を出されたのだから年季付きの家人かと思うておったが、そうか。友か。そう思ってくれるのも悪くない」
悪衛門は差しだされた宗近を受け取ると、餞別のお返しとでも云いたかったのだろうか、腰にぶら下げていた煙管入れを中身入りで渡して来た。
「良いのか?美濃までの道中、呑む事ができぬぞ」
「なに、ここから美濃に着くまでは幾らでも宿場があるわい。古河の鎌倉殿の城下でも煙管くらいは売っておろうて」
悪衛門はからからと笑っていた。
「そうそう、一つ三郎に伝えておこう。何れ大膳は罪人として殺されるだろう。それを見てやる事も供養だぞ」
その言葉を残して悪衛門は去って行った。
一方、豊田家臣に引き渡された飯見大膳は多賀谷家中となった元豊田家臣の屋敷に押し込まれていた。
そして合戦の傷も癒えたあるとき、旧豊田家臣達数十人に引き連れられて下妻の大宝八幡宮の辻まで引き出されている。
元豊田家中による逆臣の処刑であった。
切腹を許される事の無い武士の運命は悲惨である。
大宝の辻に首だけを残して土に埋められた大膳の横には竹鋸が置かれていた。また、埋められた大膳の後方に、『この者、主殺しの大罪人なり』そう捨て書きがある。
辻を歩く者に切れ味の悪い竹鋸を挽かせ、長く苦しんだ末に死んだらそのまま埋めて罪人塚にするのである。
埋められた大膳の脇には足軽が一人立ち、獣が大膳を食い殺さぬよう番をさせている。
これを見た通行人は、主殺しの大罪人よと唾を吐き面白がって竹鋸を曳いた。
通常であれば出血が多く一日で死亡するものだが、大膳の苦しみを長く味わわせるためなのか傷は首をぐるりと回り、出血自体は少ない。
この為に二日を過ぎても大膳は命を保っていた。
そして二日目の夜。
大膳の元に一人の男が現れた。
隣に立つ足軽に銭を握らせてその場を二人だけにさせると、そこに膝を着いて首だけの大膳に話しかけた。
「大膳様、お苦しかろうに」
大膳は水も飲ませられなかったために干からびた唇でその男の名を呟いた。
「……さ、三郎か……」
三郎は黙って頷いてみせた。
「本来であればワシが治親の殿を毒殺する筈でございました。しかしそれを思い留まったにも関わらず貴方様がそれをやってしもうた」
大膳の、目を閉じている表情は三郎の声が聞こえているのかどうか。
「豊田家が滅んでしもうた今、何を言っても詮無いが、ワシは百姓に戻って治親の殿の菩提を弔って行きたいと思っておりまする」
しばしの沈黙があった。
「小田殿は東弘寺に入っておぐしを落とし、殿の菩提を弔うと申しておるそうにございます」
「……そうか」
大膳は目を瞑ったままに三郎に答えた。
是非も無いと言うかのように、傷む首をゆっくりと左右に振って見せている。
「……三郎よ、もはや問答は無用。儂はもうすぐ地獄へ行く。お前ももう去れ」
干からびた唇から洩れるように掠れた声が聞こえた。
「分かり申した。ならば最後に大膳様、ワシからの餞別でござる。珍しいものですぞ」
そういって大膳の口元に出したのは悪衛門から貰った煙管であった。
火打ち石を器用に使って火を起すと、火皿に詰めた刻み煙草から芳醇な香りが広がって行った。
「どうぞ」
大膳の口に煙管を咥えさせたとき、三郎の腰から刀が鞘走った。
「せめてものお情けにござる。まかり間違えばワシがそのような姿になっておりましたからなぁ。殿の菩提と一緒に、貴方様の菩提も弔って進ぜまする」
大膳の首は煙管を咥えたまま、ころりと横に転がった。




