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謀略  作者: 逍遙軒
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虚言

「お主たちも是を他に漏らすと、そりゃきついお咎めを受けるかもしれぬ」

「何を勿体ぶっておる、はよう聞かせぃ」

 ここで三郎は再び咳払いをすると、周りの気配に気を配るような素振りを見せてから小声で語りだした。

「実はな、下妻の政経殿が死んだらしいのだ」

 この言葉に使い番達は固まった。

 相食み合う近隣の主が死んだ。そうなれば後を継ぐのは二十歳にもならぬ嫡男である彦太郎(後の多賀谷重経)とかいうモノになる。いまだ海の物とも山の物ともつかぬ若造が領主となるならば、政権が安定しない内に此方から戦を仕掛けて息の根を断つか、先代との遺恨を捨てて誼を通じるか。そのどちらかになるのは間違いない。

 両雄並び立たずの言葉の通り、共存はあり得ないのだ。また今は多賀谷家の後ろ盾である常陸佐竹家が近隣までその矛先を向けている時だ。この期に多賀谷家と昵懇になり年若い彦太郎を取り込み、直接佐竹家と誼を通じる事も視野に入れねばならない。これとは別に北條家に誼を通じたがっている者は、豊田の地から西へ五里ほどにある古河こがの御所に在る小田原北條家三代目氏康の甥でもある公方義氏公に、佐竹家の先鋒となっている多賀谷の主が死んだ事を伝えて飯沼を挟んだ対岸にある逆井さかさいの城か関宿の城から北條家の人数を出してもらう事も有り得るだろう。

 古河の公方義氏は関東地方での室町政権における古い権威でもある。古くは佐竹家、多賀谷家、豊田家も其々この古河(鎌倉:関東)公方足利家に従属していたのだが、古河公方家の執事である関東管領上杉家が室町将軍家の密命によって公方家と敵対させられてからはその時々で足利、上杉の両勢力の間で離合集散を繰り返していた。しかし永禄年間に起った長尾景虎の小田原攻め以降、豊田家は足利家、多賀谷家は上杉家に従属する形をとった。

 それから幾許もしない内に権威自体も足利家から北條家に移ると、上杉家も本来は家臣であった筈の長尾家に家督を譲っていた。また多賀谷家は主家であった結城家から独立の道を歩み、常陸佐竹家との間に誼を通じたのが今の姿である。

「政経殿が死んだだと」

「あぁ、渡邉の姫御前屋敷ひめごぜやしきの下男が葬儀の支度がどうのと聞いたらしい」

 使い番達が思わぬ知らせに身を入れるのを見計らって更にひとつ、「でな」と言葉を繋いで大風呂敷を広げた。

「来年の梅雨の頃、下妻から彦太郎が軍勢を集めて押し寄せるらしい」

 余りの事に使い番達はしわぶきひとつ発する事はなかった。

 この豊田の地は北の下妻からは軍勢を遮る細流一筋すら無い。百年来多賀谷家の浸食から領土を守れたのは豊田より東、筑波山南側に本拠を置く関東八屋形の一つ、鎌倉幕府御家人だった八田知家の流れを持つ小田氏と同盟を結んでいたからなのだが、近頃はこの小田氏も武蔵の岩付から流れて来た太田資正と名乗る年寄り親子に城を追われ更に東、藤沢の城に逃れたと聞く。 いまこの同盟と同じように頼れる存在となるのは、形だけは傘下に入っていた北條氏のみとも言える状況だった。

 三郎の話を聞いていた同僚が一つ、深く溜息を吐いた。

「多賀谷が戦を仕掛けて来るか。三郎、なにが大した事が無く思えた、じゃ。充分大事ではないか」

「いやいや、これはあくまでワシが偶然耳に入れた事。聞き間違いかもしれぬ。だからな、これが本物であれば殿から各城への使いを仰せつかるだろう。そうなればその時こそこの話が本物とわかるわい」

 三郎は城主である次郎五郎から此処に詰める者皆使いに出される事を予想していた。だからこそ同僚達に話して聞かせたのだ。次郎五郎から火急の使いとして豊田各城へ、特に本家豊田治親の元へ下妻城主の死去を伝えよと指図されるだろう。そうなれば先程の大風呂敷も伝わる。虚報を流すには使い番の口から洩れるのが一番確実で早いものだ。

 この時もう一つ、三郎は言葉を付け加えた。

「殿のあの様子では、当家は北條を切り捨てて下妻に誼を通じるかも知れんなぁ」

「次郎五郎の殿が下妻に誼を通じる、か。」

 確かにそれは、三郎の口から聞かずとも有り得ない事では無い。しかし、三郎の風呂敷に疑問を持つ者がいた。


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