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謀略  作者: 逍遙軒
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謀略

「治親様に恨みはないが、このままでは豊田は滅ぶ。この戦国の世にあって安穏と今の立場に胡坐をかく者は何れその座から引きずり降ろされるもの。ならば家臣一同を救う為、我が手でその命脈を断ってやる事も一つの公徳でもあろう」

 遠くを見つめるように一気に言葉を吐いた大膳の腹は、もう後戻りがきかぬ程に多賀谷に染まっていた。全洞の謀略が大膳を呑みこんでいたのだ。

「治親様は優しき御方じゃが、その優しさ故に時勢を見誤られておるのは疑いない」

 大膳の独白に全洞は片方の口角を上げた。

「よう決心された。これで大膳殿のお立場も、多賀谷家では盤石のものになりましょう」

「まずは我が家に多賀谷家からの贈物が届いており、続いて全洞殿が参られる。折角であるので我が飯見家で治親様をご招待申しあげたいと話しておこう」

 この後、凶行の日取りを夜遅くまで打ち合わせた二人が分かれたのは朝日が昇って暫く過ぎたころであった。

 下妻からの贈物があった日から日数が過ぎては逆に怪しまれる。すぐにでも実行しなければならぬと言ったのは大膳である。

 全洞が大曾根に去ったその日の内に、大膳は自らは豊田城に登城して治親を酒宴に誘い、一方西館の三郎にも使者を遣わす事にした。

 使者には全洞からの申し条として、戦国の習いとはいえ三郎には迷惑をかけた。罪滅ぼしと今後の為の関係改善のために、特別に三郎も酒宴に招きたいと添えさせている。

 大膳の使者が西館の三郎屋敷に到着したのはその日の午の刻より少々手前の頃であった。

 門前に居た弥平の案内で大膳の使者が庭に入って来たとき、出仕のない今日は庭木の手入れをしていた三郎が脚立に乗っていた。

「弥藤殿、ご精が出ますな」

 豊田の筆頭家老が西館の下級武士にいったい何用なのか。

 とりあえず急ぎ脚立を降りて丁重に挨拶を交わした。

 愛想の良い大膳の使者を屋敷の客間まで案内すると、思いもかけぬ酒宴の誘いを受けた三郎は全身が総毛立った。愈々来たか、そう思った。

 以前悪衛門の襤褸小屋で話した事が脳裏をよぎる。

『嫌な予感はこれであったか』

 脇の下に温い汗が流れ落ち、着衣をうっすらと濡らして行く。

少々の沈黙を保った後、三郎はその話を受けた。

「そのような席に同席させて頂けるとは、それがしは果報者にございます。ありがたくお受け致します」

 断れぬ話を持って来るとは何かあるはず、そう思う。

 高位の者からの誘いでもある為に下手に断る訳にはいかなものだ。その場は愛想よく取り繕い、使者を懇ろにもてなした。

 酒宴の期日は明日の酉の下刻(十八時ごろ)、場所は豊田城下の大膳屋敷であると知れた。

 最早多賀谷の間諜では無い身の上である。下妻での動きを全洞から聞く事も出来ない今、三郎にとって頼れる人物は悪衛門しかいない。

 使者が屋敷を去った今、三郎は納戸に向かっていた。途中おさとが籐五郎と何やら楽しげに話している声が聞こえてくる。

『折角舞い戻った仕合わせじゃと言うのにのぅ』

 ふと憐憫の情ともいえるものが湧きおこっていた。

 納戸の扉を開いた三郎の前には手ごろな甕が一つ、木蓋で封をされている。ずしりと重い。二十貫目(七十五キログラムほど)程もあるだろうか、これは三郎が全洞に使われていたおり、毎月全洞から渡されていた銭であった。

 始めのうちは妻子を人質に取られた自分が情けなくもあり、酒に溺れた時期もあったので全額を取っておけた訳ではないのだが、金回りが良くなったと噂をされるのも危険だと考えて家の納戸にそのまま治めていたのである。

 引き摺るようにして屋敷の上がり框まで銭甕を持って行くと弥平を呼んだ。

「どうなさいました」

「この甕をな、これから石毛の城下に持っていかねばならん。しかしちと重いのでな、ワシと手分けして運んでくれぬか」

 弥平はしげしげと甕を見つめた。

「それは構わんのですが、中身はなんでございます?」

 弥平との話声が框で聞こえたのか、おさとと籐五郎がやって来た。

「お前様、どこかにお出かけにございますか」

 三郎は籐五郎の頭を撫でていた。

「うむ、ちと石毛へ出かけて参る」

「さようにございますか。なにか御顔の色が優れませぬようにございますが、お具合でも悪いのですか」

 おさとは中々鋭いようだ。三郎は心配をかけぬようにと取り繕った。

「なに、先ほど豊田のお城から使者殿が参ったのでな、少々気疲れをしたよ」

 はははと笑うがおさとには見透かされている様な気がしてならなかった。長く此処に居ては要らぬ事を口走り、何処に知らせが走らぬとも限らない。

「さて弥平、背負子を二つほど持ってきて中身を二つに分けて運ぼう」

「それほど重いものでございますか。直ぐに背負子をご用意致しますでちょっとお待ちになって下され」

 そういった弥平であるが屋敷はそれほど広くはない。隣に建っている蔵から直ぐに背負子と葛篭つづらを持ってきた。

「二つに分けるのであればこれも必要にございましょう」

 弥平は埃を手拭で払いながら小葛篭を二つ差し出した。

「気が効くな」

 三郎は甕の木蓋に小柄を差し込んでぱかりと外してみせた。

「おぉ、これは」

「銭じゃよ。二十貫目ほどもある」


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