養子
「あの面に中てられましてござるか」
「うむ、中てられた」
「しかし、あ奴め、痛い所を突いて来ましたな」
もたれていた肘かけから体をゆっくりと起した治親が、不思議なものを見るかのような表情をしながら大膳を見ている。
「痛い所じゃと?」
「口にこそ出しませんでしたが、多賀谷は豊田を武力で飲み込む事も出来ると暗に申しておりましたぞ」
「そうか」
「輿入れさせる娘が多賀谷にはいないと言っておるのもその顕れでございましょう」
「儂も気がすすまぬ」
「しかし、その進まぬ気をお進め下され」
「なに?」
「このままずるずると戦を繰り返しても北條殿は小田原に遠く、先ごろ援軍に来て頂けた小田殿も在りし日の勢いを取り戻してきた様にも見えまするがその実は如何なものか。信用が置けなくなり申した。なれば一時しのぎとはいえ、多賀谷と和睦を結ぶは左程悪い事ではござりませぬ」
「しかし人質となるのはその方の娘ぞ」
「我が娘を差し出すことはさして難しゅうはござりませぬ。殿とは君臣の繋がりでござりましたが、娘を養女にだすことによって一族の端に加われることは飯見家にとっては存外な程に名誉なことでもありまする」
「大膳がそう申すならばそれが良いのであろうな。ならば大膳、まずはその方の娘を我が豊田家の養女としよう。しかる後、多賀谷の養子となった白井全洞の孫に輿入れをする。手配は任せるぞ」
治親の了解ののち、豊田から多賀谷へ婚儀の申し入れを受ける旨の使者が走った。
蛇沼合戦からまだ三ヶ月目の事であった。




