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謀略  作者: 逍遙軒
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豊田の策

「おや、あれは」

 そのとき、木戸の二階矢倉で胡坐をかいていた男がぽつりと、誰に話しかけるでもなく呟いた。

「商売金坊ではないか」

 悪衛門だ。

 この男は何処にでも現れる。下妻の木戸番になっていたかと思うと今は豊田の番卒である。しかも待つのが退屈だったのか、人目も気にせず煙管を燻らしていた。

「まったく儂も騙されたものよ。商売金坊とは一人ではなかったのか」

 悪衛門は鼻の穴から煙草の煙を吐きながら、寄せ手の人数に大数珠の男二人を眺めていた。

 風の治まった豊田の地に人馬の踏みならす足音が地鳴りのように響き、合わせて濛々と土埃が舞い上がる。

 地滑りでも起きているかのような光景である。

「まだぞまだぞ!今少し引きつけよ!」

 豊田の鉄砲組頭と弓組頭が其々に敵を引き寄せている。百戦錬磨の組頭は矢所の頃合いを心得たものだ。

 犇犇と寄せて来た多賀谷の足軽達の距離が半町ほどにも詰めると、ちょうど頃合いとなった。

「放て!」

 其々の組頭が竹鞭を振り下ろし、声を張り上げたことを合図に轟音が響きわたると、多賀谷勢の先頭にいた足軽達が一斉に薙ぎ倒されていった。

 味方が討たれた事で猛り狂った多賀谷勢が更に木戸に向かって押し込んで来る。

 鉄砲の連射は利かない。この玉込めの合間に強弓が撓り、征矢そやを射込み怒涛の足を止めるのだが、弓勢が三度程も矢を放つと鉄砲の弾込めも終わって再び目当てを付けた射手から轟音をあげた。

 寄せ手は木戸前で次々と射倒されている。

 一息に木戸を抜く事を諦めたのか、多賀谷勢の後方で退き鐘が打ち鳴らされると、寄せ手は一斉に一町ほど後退してゆき、代わりに弓勢がぞろりと前に出て来た。

 居並ぶ弓勢は五十ほど居る。

 其々が矢を番えると組頭の声と共に木戸に向かって矢を射込み始めるのだが、それは豊田の兵に向けられたものでは無かった。

 その鏃は斧形が付いており、木戸や木楯を割る為の鏃なのである。

 次々と刺さる鏃の上下から木の繊維にそってひび割れが入り、幾条もの矢が射込まれた所はぐずぐずと木くずを飛び散らせている。

 その後ろからは弓隊の援護なのであろう、多賀谷自慢の鉄砲隊が並ぶと一斉に轟音を上げた。

 鉛玉が豊田の矢倉の楯板を打ち割り、中に居た者の体を弾く。

 鉄砲の数では多賀谷に軍配が上がった。

 多賀谷の鉛玉を避けるべく豊田の兵達は楯板に身を潜めるが、運悪く玉が届くと楯ごと鎧に穴を空けられてしまう。

 木戸前の戦闘では次第に豊田が押され、反撃も儘ならなくなってきた。

 この時、豊田の反撃が無いと確信したのか、再び木戸前まで走り出た者がいた。虎蔵、熊蔵兄弟である。

 この二人が丸太の様な樫の棒を振り回しながら木戸に近付き、二人息を合わせて樫の棒を振り抜くと奇妙な破裂音を立てながら木戸は粉々に砕け散った。

 ぽっかりと大口を空けた豊田の矢倉木戸。崩された木戸はもう侵入者を防ぐ事はなかった。

「木戸が開いたぞ!押し込め!」

 再び鬨の声を上げた多賀谷勢が壊れた木戸を更に引き倒しこじ開け、もはや木片の障害物となっていた木戸の成れの果てを放り投げると、そこから一斉に雪崩れ込んで来た。

 鬨の声が再び上がり、押し太鼓が一層強く打ち鳴らされている。

「よし、では手筈通り引き上げるぞ」

 二階矢倉の後方にある馬防柵の裏側で下知をしたのは、台豊田から援軍として入っていた赤須七郎であった。

「大膳、その方は兵を二手に分けて後方の観音の森に一隊を伏せよ。残りを囮として本城方面に走らせるのだ」

「御意、七郎の殿は門の宮と蛇沼脇の観音堂でござるな」

「おう。合図を聞き違うなよ」

 二人の短い会話のあとに、けたたましい退き鐘が鳴り響く。これに合わせて木戸付近で多賀谷勢と揉み合っていた豊田勢が一斉に退却を始めた。

「豊田勢が退きおるか、豊田、恐るるに足らずじゃ。押せ押せ!」

 多賀谷の足軽組頭が叫ぶ。多賀谷の先鋒がどっと押し込んで来る。後から後から押しこんでくる多賀谷勢は勢いが付いた。もう少々の事では引き返せない程の勢いである。

 木戸の有った上宿をぬけ、その南の馬防柵を越えると下宿までをも波が押し流して行くように舐めて行く。

 その時、門を打ち破った商売金坊の内の一人、悪衛門と全洞の中次をしていた虎蔵を呼びとめる者がいた。

 悪衛門であった。


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