対応
「野辺送りじゃと?」
大曾根の城は囲む森も無く、木も数本立ち並ぶ程度の区画された広大な敷地を誇っている。軍勢の出し入れを重視した造りは最前線である事を感じさせる城閣だ。
白井全洞が昨晩の出来事を聞いたのはその城の一室。
近頃は霞ヶ浦の畔に建つ菅谷摂津守の居城である土浦の城に押し込んだはずの小田天庵が勢力を盛り返そうと蠢動を始めており、再び土浦の西、藤沢の城を奪還すると更にその西、本領小田城を伺っているらしいとの知らせを受けて急遽下妻から大曾根の自城に戻っていた所である。
おそらくは豊田氏や牛久の岡見氏と連携しているのは間違いないとは思う。豊田に入れてある間諜からも頻りに豊田から土浦と藤沢への使いが出ているとの知らせが届いている。
三郎に広めさせた、年明け五月に多賀谷が動く。を警戒しての事もあるだろう。
天庵や岡見に対しては小田城に入っている太田三楽斎の倅、梶原政景に警戒を求める使者を送ればどうとでもなるだろうが、問題は豊田そのものにあった。
前歯の隙間が広い老人は一人、顔を顰めている。
あの空気の漏れたような笑い声は、今は響かない。
間取りが広く取られた居室は、仕切りは障子のみなので屋内は明るいが、主の性格を反映しているのか何処となく雰囲気は暗かった。
「豊田の者が押して来たのか。首魁が誰かは分かるか?」
使い番の男は濡れ縁から少しだけ開けた障子の隙間に向かって膝を付いていた。
「いえ、その者共は豊田方面から大人数で現れたとの事にございますが、百姓や商人が殆どで、まれに武士もいたようではございますが、如何にも捨て聖が催すような踊り念仏のようであったとか」
「坊主が首魁か」
使いの者は更に頭を下げた。
「また、踊念仏ではありますが、護摩焚きまでしていたとか」
「……護摩焚きとは面妖だな」
「はい。それと、顔に布を巻いた具足姿の男が先頭に立っていたとの事。誰かは分かり兼ねまするが、自らを荒法師と名乗り番卒の者共を斬ったとか」
「荒法師と?」
「はい、その者が豊田は割れぬ。多賀谷の思い通りに事は運ばぬと、申したげにございます。おそらくそれが首魁でございましょう」
全洞は腕を組んでいた。
口先をすぼめて内側から隙間の広い歯を舐めている。全洞の考えごとの癖でもあるのだろう。
暫し思い悩む風でもあった。
「そうか、分かった。下がって良いぞ。いや、待て待て、その方これより下妻に向かって、その踊念仏の護摩壇を調べて参れ。何か分かるかも知れぬ」
そう使い番に申し送って場を下がらせた。
(これはちと早めに豊田を攻めねばなるまい)
居室を出た全洞は下妻の城へ出仕の支度を済ませると近習数人を引き連れて大曾根の城を飛び出していた。
全洞、老人にしては行動が早い。
馬の首に顔を伏せながら大曾根から下妻に走った。寒風の中ではあるが馬の体からは湯気が上がる程に疾駆させている。
後続の近習も必死に追い縋って来る。全洞は大曾根から北に道を取った。そこは東の小田城を右手に見るよう付けられており、そのまま進めば若森、田中を抜けて大宝八幡宮の縁を廻りながら下妻の城へと入るようになっていた。
一刻もしない内に全洞は下妻城の追手矢倉を潜っている。
城に到着した全洞は老人とは思えぬほど足早に城内を進んだ。
おそらく重経は主殿奥の屋敷に居るだろう。そこは城主の生活空間であり家臣は直接入り込む事は許されてはいない。
渡り廊下を進むと重経付きの小姓が奥入口に二人程着座しているのを見つけた。
「殿はおいでか」
気ぜわしく聞いて来た全洞に小姓は頭を下げた。
「危急じゃ」
 




