声明
みるみる内に巨大な火柱となった炎の渦は火の粉を巻き上げながら暗天を焼きはじめ、中の陣兵衛を浄土に送る蓮の台に姿を変える。
そこに居る誰もが渦を巻き鱗を光輝かせながら撒き散らし、天に舞いあがる蟠龍を見上げたとき、極楽浄土から降りて来る三尊の姿が見えるような錯覚に陥った。
中には涙を流した者もいる。阿弥陀如来の使いである観音菩薩、勢至菩薩、持幡童子の姿がみえているのだろう。
中心に居た三郎も血が湧きたつ思いで陣兵衛への来迎を凝視した。
なにやら蟠龍の輝きを中心に来迎の仏たちが足も軽やかに踊っている姿が見えるようではないか。
両の掌を一つ打ち鳴らした三郎、両脇の僧侶と共に舎利礼文を誦し始めた。
一心頂礼 万徳円満 釈迦如来
真身舎利 本地法身 法界塔婆
我等礼敬 為我現身 入我我入
仏加持故 我証菩提 以仏神力
利益衆生 発菩提心 修菩薩行
同入円寂 平等大智 今将頂礼
誦し終わると一度、燃え盛る荷車に一礼をくれ、引き続き僧侶達と共に観音経を誦しはじめた。すると集まっていた群衆までもが炎を中心にして口々に経文を唱え出した。
経文の唱和はまるで声明のように深く低く夜の下妻の城下に響き渡って行く。
集団心理と言うものは面白い。
暗闇の中の炎と云う精神作用の強いものを目の前に置いてやり、日頃からの信心を持つ経を深く重い声量で唱えてやると、民衆は暗示にかかる。
数百人の群衆が陣兵衛の荼毘の火を囲んで念仏を唱える姿は盛大な祭りとなっていた。
だが、これを城方が不問とする筈はなかった。
「あの騒ぎは何じゃ!」
本城矢倉の格子窓から外を覗いて驚いた様に叫んだのは夜番で出仕していた糟谷宮内少輔という者だった。
その男の後方には下妻の南方矢倉の物見の男が侍っている。
「あそこで馬鹿騒ぎをしておるのは城下の者共か?」
「いえ、城下の者も幾人かは混じってはおるでしょうが、殆どは城外から流れて来た者達でございます。漏れ聞こえる所によりますと、歩き念仏とか」
「たわけ!」
物見の男に罵声が飛んだ。
言うが早いか糟谷は矢倉を駆け下りると、寝小屋に屯していた足軽達に号令をかけて一人城門を出て行った。
寝小屋の足軽達はいきなりの呼び掛けに驚いたが、急ぎ備えの松明を手に々々持つと、篝火の火を移しながらぞろぞろと糟谷の後を追った。
城門を出た先は漆黒の闇である。
だが、虎口を抜けた所にある水掘り上の曳き橋までもがうっすらと見る事が出来た。その直線上にある野辺送りの紅蓮の炎から、淡いながらも光が届いていたのだ。
相当な光量を持った蟠龍火炎である。
糟谷に続いて足軽十数人が曳き橋を渡り切った所で槍の穂先を揃えた。
ただの馬鹿騒ぎであるなら首魁を取り押さえれば良いのだが、得体の知れぬ連中なのだ。糟谷も身構ねばならない。
「お城の足下にも関わらず夜間に静謐を乱す輩は悉く取り押さえよ」
糟谷の号令一下、松明と槍を交互に持った足軽達は一斉に歩き念仏の輪に流れ込んで行った。
これに驚いた群衆は一斉に逃げだした。だが足軽達の方が足が早かったようだ。
逃げ惑う群衆は炎に目が慣れ暗闇に向かって走りだせない。このせいで至る所で捕縛された者たちが腕を後ろに回されて縄で繋がれていった。
宿願成就の念仏が叫喚に変わりはじめている。
僧侶達が動揺し念仏が止まりそうになったが、三郎が言い放った「読経を続けろ」との命令に辛うじて枯れる声を上げて読経が続く。
僧侶達に読経を続けさせると、三郎は共について来た豊田の護衛の足軽達の所に走った。
「これからが働き所じゃ、ワシに続け」
「やつらを打ち殺してもかまわんのか?」
「手に余るならば構わんが、できる事なら取り囲んで動けなく出来た方が良いな。これが元で戦にでもなったら、ちと厄介じゃ」
これは嘘。
 




