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謀略  作者: 逍遙軒
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下男

「もう砥いである、斬れるぞ。しかし三条小鍛冶宗近の業物とは恐ろしいものを持っている」

 そう言いながら鞘から刀身を抜いて見せた。悪衛門の片頬がうっすらと吊り上がっている。

「しかもそれをぽんと儂に渡しよるとはな。数打ちの刀かと思うたぞ」

 しげしげと眺める悪衛門は仕事柄なのか、舐めるようにその刀身を見ていた。

「……宗近とはのぅ」

 三条小鍛冶宗近。

 平安中期に京の東山粟田口三条坊に信濃守粟田藤四郎と名乗るものが住していた。

 この人物があるとき、朝廷からの依頼で太刀を打つように命じられたことがあったのだが、その時は折悪しく相槌を務められる者がいなかった。

 朝廷の依頼に答えようと優れた相槌を求めるために稲荷明神に祈願したところ、稲荷明神の使者として狐が現れた。

 その狐が相槌を務めて完成した太刀が子狐丸と言われている。

 また他にも、この刀匠が三振り打ったと言われる名物があった。それは三日月宗近と伝わる大業物である。

 このような伝承をもつ人物の打った業物がそれだと悪衛門は言っているのだ。

 宗近の打つ太刀や刀には、銘が三条、または宗近と刻まれる。

「ワシは刀にはあまり興味がないから良くは分からんよ。だが一応は父の形見でな。父は他人から吝嗇りんしょくと言われる程の倹約家ではあったが、武具だけには出し惜しみはしなかった。武具に費えを惜しまぬ事こそ武家の身だしなみだと常々言っておったわ」

 悪衛門から受け取った三条宗近の身に我が身が映った。興味が無いとは言ってみたが、凄みのある刀身は背筋に寒さを覚えさせるような拵えである事は分かった。

「ところで三郎、一つ土産話をしてやろう」

「なんじゃ改まって」

 三郎はぱちりと宗近を鞘に納めると無造作に板の間に置き、さっと立ち上がって隣の鍛冶場へと歩いて行った。悪衛門の熾した炭火の上で鯣を焙ろうとしたのだろう。

 この寒さだ、朝から酒の力を借りて温まろうとの算段もある。

「石毛の木戸の先にな、どこかの下男の骸が朽ちておるのは知っておるか」

「いや、近頃は内向きの用事が多くてな。以前のように使い番にはなっておらぬから外の事は余り良くわからぬ」

 縄で括られた鯣を鍛冶場の神棚に乗せて柏手を打った。三郎には鍛冶の覚えはないから何に対して拝したのか分からないが、そこに祭られた神に対しての礼儀だったのだろう。

 顔を上げると今度はその一枚を取り出し、やっとこを使って火の上で炙り出した。

 きゅうきゅうと鳴る鯣の身が丸くなって行くのが面白い。

「そうか」

「まぁ骸の一つや二つは珍しくなかろう。以前の飢饉の折りにはそこらじゅうに仏が転がっておったわ」

 鯣の身を手で伸ばすと今度は裏側を火に近づけた。香ばしい匂いが襤褸小屋を満たして行く。

「だがその骸、多賀谷が見せしめの為に殺したとしたらどうする」

「見せしめだと?」

 三郎は目の前にあった修繕前のくわの刃先を軽く袖で拭くと、そこに焙り終わった鯣を載せて戻ってきた。上がり框まで来ると、食いやすい様に鯣の繊維に沿って細かく割いている。

「その骸はお主とも面識があるかも知れぬぞ」

「誰じゃ」

 三郎は鯣を割く手を止めた。

「陣兵衛と言う名の、元は西館の者らしくてな、古間木の渡邉周防守が多賀谷に内通した折りにその下男として付いて行った男だそうじゃ」

「それが殺されたのか」

 うむ、と悪衛門は頷いた。

「その下男、この前の石毛の騒ぎの折り、あの刺客達に紛れて送り込まれていたようなんじゃが豊田の人数に捕えられてな」

 あの時は三郎も緊張が高まっていたときでもある、敵である刺客の顔を一々は覚えてはいなかったが、見た顔があったかと記憶を引き出そうとした。

「捕えられたのは致し方あるまいが、何故か許されて大膳の下男になっておった」

「ふむ」

 やはりその下男の顔を思い浮かべる事が出来なかった。

三郎の家ですら下男は三人程は居るのだ。それが他家の者全てとあれば何百人いるか。

 三郎は考える事をやめた。


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