むくろ
石毛の騒ぎから半年程が過ぎた頃、無縁仏となりかけている骸が転がっていた。
だいぶ朽ちている。
その朽ちかけた骸は仰向けに打ち捨てられていた。
垢じみた小袖に継ぎ接ぎの目立つ括り袴の姿は、どこかの中間か小者であろうとは人の噂だった。
世の無情ではある。
師走の寒さは厳しさを増し空気を硬直させるような気温が続いているにも関わらず幾日か日の光を当てられたそれは、昼頃になると強烈な臭気を辺りに漂わせはじめていた。
だが、道端に骸が転がっていても厄介事を恐れて誰も供養をしてやろうと思う者はいないものだ。それこそ行き倒れなどは日常茶飯なのである。
それが高価そうなものを身に付けていれば物盗り程度はするだろう。
気風が殺伐としていた。
日が進むと益々腐りだす。すると城下外れの道を往来する者は皆、鼻をつまみ目をそむけた。
良く見ると、腐った骸の頭のあたりに捨て札が刺してあったのだがそれも通行人が目をそむける一因にもなっている。
『このもの下妻を謀るものなり』
そう走り書きがしてあった。
『下妻』である。
豊田領内の石毛の外れに打ち捨てられた骸に、これは行き倒れ等では無く殺人であり下手人は下妻であると明記されているのだ。
骸は烏の餌になり始めていた。
「よろしいので?」
質問の主は悪衛門だった。下妻城下の町屋の一角にある半分朽ちかけた様な商家の奥に白井全洞と向かいあっている。
茅葺の屋根があり夜露は幾分凌げそうではあるが、二人が座る板の間は家の外見同様至る所、床板が抜け落ちている。二人の座った所もよく踏み抜かずに済むものだと思える程度には腐っているようだった。
悪衛門に対坐する全洞の口から、ひひひと空気が漏れる様なかすれた笑い声が吐かれた。
「豊田を更に割る為よ」
全洞の、話を終えた後の口を舐める仕草は相変わらずのようだ。
「あの下男を殺してしもうてはこちらの指図で動かせる駒が減りましょうに」
「なに構わん。そもそもあれは石毛の政重を襲う連中に紛れさせて始末させようとしたもの」
全洞は再び口を舐めた。
「ではありますが、豊田の重臣、飯見大膳の屋敷に匿われていた男ですぞ。豊田がどう出るか」
「出られはすまい」
「なにゆえ」
「もう一度あの弥藤とかいう男を使って多賀谷が戦支度を始めた。と広めさせる。あの捨て札を読めば、豊田領内に堂々と捨てられた遺骸に多賀谷の力を見るじゃろうて」
ああ、と悪衛門は頷いた。
下男の死を種にして豊田を割り、合戦を元にして豊田の動きを封じる算段はいかにもこの醜悪な老人がやりそうな手だ、とは思う。
面と腹とは同じものなのかなと思った時、悪衛門の顔には笑みが出た。
「ときに弾蔵」そう全洞は悪衛門を呼んだ。
悪衛門の名は多賀谷では“だんぞう”らしい。
「その方、合戦の折りには商売金坊達の下につくのを断ったとの話、聞いたがまことか」
「さよう」
悪衛門は一つ、間を置いた。
「儂は人の下について戦仕事をするのは好きませぬな。それに」
「それに、何じゃ」
「儂の年季は年明けの五月。合戦の最中、その時期が来てみよ。そのときお前様が死んだら誰が給金を支払うのじゃ」
 




