謹慎
石毛の城に政重と大膳一行が帰城したころ、三郎も西館の屋敷の近くまで辿りついていた。
屋敷の入り口では相変わらず弥平が働いている。今は草むしりをしていた。夏も近くなり多様な雑草が蔓延る季節である。根が深い草は抜く時に余程気をつけねば途中で根が切れる。そうなるとひと雨の後には折角抜き取った青草が再び生えてしまうものだ。ちょっとした草を抜くのにも骨が折れるものである。
腰を屈めての草抜きは思った以上に厄介なもので、半時も経たない内に汗が噴き出し腰が痛くなってくる。初夏である今の時期ではこれに加えてじわりと暑さが空気に漂っていた。
弥平が額の汗を拭う為にひょいと顔を上げたとき、屋敷に近付いて来る人影に気が付いた。顔は上げたが手は休まずに草を抜いているところは、年中の仕事だったせいなのだろう器用なものである。
さて、その草を引き抜く手も休めて誰が近付くのか目を凝らして見た弥平の目に映ったものは、衣服を土埃に塗れさせながら歩いて来る三郎だった。
出かけて行ったときのような『心此処にあらず』といった風情では無く、どことなしに堂々とした歩調である。しかし、その衣服には黒ずんだ汚れが付着していた。
「旦那様、その形はどうされたのじゃ」
三郎と共に頻繁に合戦に出ている弥平にはそれがなんであるか直ぐにわかった。
血である。
所々帰り血を浴びている姿は一種異様なものだ。 着衣の所々に破れもあり弥平は気が気では無かった。
「怪我はござりませぬか」
「ああ、大事無い。ちと石毛の城下で暴れて参った」
確かに今の三郎には体のどこにも不調がある様には見えず、寝不足だったせいでくっきりと現れていた目の下の隈も今は無いようだ。
「暴れた」と言う三郎の軽口にほっと溜息をついた弥平だった。
「これではみつに洗わせても染みは落とせませぬぞ」
呆れたように三郎の服の汚れを手で擦った弥平だったが、確かに時間が経つと血糊は黒く変色して固まり、含まれる脂分で染み込んだ繊維からは中々に洗い落とす事が出来ないものでもある。
「かまわんさ。血の汚れなど戦場の名残と思えば名誉なものだろう」
弥平の目には、三郎が何処となく機嫌が良い様に映った。
「左様にございますか、ならば良うございました」
「そうだ弥平、もし石毛か西館から使いの者が参ったら、直ぐ様ワシに知らせてくれ。ワシが如何様な事をしておっても第一はそれじゃ」
「さようですか。わかりました」
弥平には何の事かよく分からなかったが、皺だらけの相好を崩して了解していた。
それから三日ほど過ぎた。
三郎は裏庭で薪を割っていた。居間で書物を読むにしても、今一つ落ち着かなかった。
(なぜ使いが現れぬ)
偏に理由は是である。
三郎の元には西館はおろか、命を救われた筈の次郎政重からの使いも現れる事がなかったのだ。
これには少々焦りを覚えるものの、しかし今、こちらから軽率に西館や石毛に向かう事はできない。ある種三郎は自主的な蟄居謹慎をしているようなものなのだ。とはいえ外出を禁じられている訳ではないのだが。
一つ、割り損ねた薪があらぬ方向へ飛んで行った。




