到着
治親の人数が石毛の城下に到着したのはそれから僅かのこと。豊田から石毛まではその間に湿地帯が横たわるものの、北に迂回する道を馬で走れば指呼の間とも云える距離のために連携の取り易い城なのだ。
豊田からは三郎から聞いていた刺客の人数を考慮し、飯見大膳の配下である五十人程を引き連れて走っている。緊急事態でもあるので人数は全てが移動速度の早い騎馬身分であった。
豊田の木戸を抜けた湿地の北側を、土埃を上げながら疾駆する五十騎の先頭には弥藤三郎がいた。大膳の手勢を先導する為に真っ先に駆け戻っている。
これは大膳を騙る為の手管では無い。悪衛門の手に乗ったかのような状況にはなってはいるが、今の本心から次郎政重を救わねばとの気持ちもあった。
気が焦る三郎、根は正直なものだ。
疾駆する馬は息を切らし、轡から泡を溢している。三郎は苦しげにする馬の平首を軽く叩いてやりながらもただ只管走らせた。
前方に、石毛の城が威容を誇る潰れた餅のように隆起した丘がようやく見えて来た。その城下を西に越えた先が鬼怒川の河川敷なのである。
豊田からの応援がやっと石毛に辿り着いた。
河原に着くと目前には政重と刺客達の死闘を見物しているのだろう、市へ来ていた者達が十重二十重に取り巻き人垣を作っている様子が伺えた。
当時は磔刑などの刑罰も一種の見世物ともなっていたようだ。主に城主への反逆等に対して行われる刑罰だが、これには見物人からも『主に叛く者の末路よ』と石が投げられ喝采があがる事もある。見せしめとしてはそれでも良いが、目の前で行われている事は、殆どの見物人が住まう邑の城主の暗殺である。
それすら自らには関係が無い事として、娯楽として見てしまう見物人達に三郎は苦い思いを覚えた。
「次郎様、御無事にございますか!」
三郎はその人垣を割る様に馬を乗りつけ大音声に叫ぶと、それに答える声があがった。どうやら取り囲まれてはいたが取りあえずは無事であった政重が声を上げると、三郎は勢いよく馬を下り、砂利を蹴立てて走り寄って行った。
人垣を作っていた者達は市にふらりとやって来ていた買い物客はもちろんの事、店を出していた者も被害を受けぬように荷物を畳み、背負子に括りつけて騒ぎの現場を遠巻きに見ている。このために騒ぎの中では崩された舞台以外は綺麗に片づけられた様に何もない。遠巻きからでも争っている人数を良く見る事が出来た。
石毛の兵達の奮戦もあってか既に刺客たちの数は十人程に減っているようだ。
しかし、刺客達は新たな豊田の後詰を見た所で退散の頃合いとみたのか、毛皮を半分に縫い合わせた裃男が「散れ」と声高に叫ぶと、配下の者共は一斉に其々の方向に走り出した。
其々が別方向へと取り巻く群衆達の中へと駆けこむと、これに驚いた見物人達は厄介を恐れて転げるように道を開けてゆく。
「む、逃げるか」
三郎に続いて到着した大膳も声を上げたが、人混みとなっている市では刺客共を追いかけることも思うようにならない。あっという間にすべて逃げられてしまうと、後に残ったのは斬り捨てられ骸になった者達のみだった。
しかし刺客を送り込んだ者が多賀谷と知れている以上政重も深追いをさせる必要は無い。
「苦労」
肩で息を切らせた政重が大膳を一瞥すると、そう一言だけ声をかけてきた。だが余程疲労が溜まっていたのだろうか、それ以降は中々言葉が出せないようだ。
三郎に続き大膳も馬を下りて政重に近づき、怪我をしていないことを確認すると安堵の溜息をもらした。
「御無事でなによりでござった」
大膳の一言に政重は汗だくの顔を天に向けて大きく深呼吸をすると、そこでようやく落ち着いたのか「帰るぞ」と大声をだした。
政重は三郎をチラと見たのだが、特に何を言うでもなく手にしていた刀を鞘に納めただけだった。
このとき、何か一言があるものだ。とは三郎は考えない。
政重の、『許す』その一言で三郎の立場は救われるのだが、どうやら今はその時ではないのだろう。だがいずれは悪衛門の言っていた通りに城からの使いが我が屋敷に来る。漠然とそう考えるのだ。
豊田からの応援も呼ぶ事が出来ただけに期待はあった。
そんな中、政重達を見ている者達が居た。舞台をこの騒ぎで壊された恰幅の良い髭面の男が白拍子達を身の後方に庇いながらも唖然とした表情で政重を見ていたのだ。
一瞬で全ての財物を失ったのだから落胆は大きいだろうが、それよりも目の前で起こった物騒な事件に肝を潰しているのだろう。
その男を見た政重は騒ぎの中心人物であった自分に罪の意識が芽生えたのか、その座長と思しき男に声をかけた。
「白拍子達には申し訳なかった。あとで壊れた舞台の費えを使いに持たせる」
そう一言を残して踵を返すと、何事も無かったかのようにさっさと城に向かって歩きだしていた。
 




