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謀略  作者: 逍遙軒
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助太刀

「しかし、もうあの山賊は政重の殿に打ちかかっておるのだろう。間に合わなくなる」

「石毛の城から人数が駆け付けるまでは殺らんさ」

 掌をひらひらさせながらそう言うと、もう一つと三郎に耳打ちした。

「お前が石毛殿の助太刀に入ったら山賊を引き離しておけ。それができたら城兵がやって来るまではそこで堪えろ」

「そしてどうする?」

「石毛殿の援軍が来たらお前は豊田に向かうのさ。治親殿に石毛の騒ぎを伝えて来い」

「なぜ?」

「いちいち聞くな、やれば分かる」

 悪衛門の言葉が終わるか終わらないか、微妙な所で再び舞台の方から物が倒されるような音がした。目を其方に向けると山賊共に幔幕の支柱が倒され、観客席の升席が顕わになっていた。

「あれは次郎様!」

 次郎政重が供の人数に周りを警護されながら立ち上がっている所が見えた。

「よし頃合いだ。三郎、石毛殿を助けよ」

 悪衛門が言い終わるかどうかの内に三郎は転がる様に飛び出していた。

河原の砂利石を踏み飛ばしながら幔幕を薙ぎ倒された舞台脇まで走り寄り、腰から刀を抜くと目の前に背を向けて立っていた山賊の一人に切り付けた。

 濡れ蓆を叩くような音と共にその山賊の背が割られ、苦悶の声すら上げずに倒れ込む。と、それに気が付いた山賊の仲間と思しき男が奇声を上げながら三郎に切りかかって来た。

 空を切る刹那の音が耳の傍で鳴った。寸でのところでかわした心算が少々耳朶を切られたかもしれない。

 空振りをした山賊が体勢を立て直す間を与えぬ内に三郎はその山賊の腹に刃を立てた。甲冑を着けていない腹など刀の刃などはすぽりと通す程に柔らかい。

 三郎は人体を突く衝撃を感じた所で刀を抜き払い、男を蹴倒して次郎政重の元に向かって駆けた。走る三郎の後ろからは体を鉄に貫かれた者の苦悶の声が響いている。

 舞台の観覧席からは観客達もようやく外に逃げおおせたようで、升席に残るのは政重一行のみとなっていた。

「次郎様、御加勢致します。西館の弥藤三郎にございまする!」

 この声で周りを囲まれていた次郎政重が三郎に気が付いたようだった。はじめは政重も闖入してきた三郎を山賊まがいの男共の仲間かと思ったが、どうやら違うらしいと薄々感じてはいた。この危急の時、そこまで感じ取れたところは流石に歴戦の将なのかもしれない。

 政重の供廻りも改めて闖入者本人の口から名を聞いて三郎の加勢に生気を取り戻したようだ。

 これに襲撃をしてきた山賊共も先程見た顔がいきなり襲いかかってきた事で気後れしている。と、ここで三郎の後ろから声が上がった。

「城に人数を呼べ!それまでは何としても殿をお守りするのだ!」

 これは悪衛門である。

 三郎は改めて襲いかかって来た山賊共の振り下ろす刀を避けながらも後ろを振り返ると、相変わらずの笑みを顔面に張り付かせた悪衛門が石に腰を下ろしていた。

 気楽に座っておるわ。そう三郎は腹の中で悪態を吐いた。

 だが悪衛門の声に反応したのは政重だった。共の者幾人かに城に向かうよう指示を出すと三郎を呼んだ。それに答えた三郎が政重の近くまで近付き自らの背に政重を隠すように山賊達に向い合った。

「弥藤の三郎か。その方は先ごろ儂を豊田から離れると言ったそうじゃな」

 次郎政重は刺客に囲まれながらもちらりと三郎を見てそう口走った。余裕が出て来たのか焦りの声音ではなかった。

「はい。申しました。恐れながら石毛の城下には、ほれこの様に」

 三郎は顎で目の前の山賊共を示した。

「多賀谷の間諜が多すぎたのでございます」

 政重と三郎は供の者を引き連れて升席を出ると、取り囲む山賊共の刀を凌ぎながら河原まで移動した。

 河原には石が多い。草鞋で足回りを拵えていても走り回るには少々痛いものだ。しばしば合戦場に河原が選ばれるのもその河石故に相手の機動力を削ぐためとの説もあるほどなのである。

 案の定山賊達の動きは機敏さを欠くようになってきた。

「こ奴らが城下に巣食っておったのを見て儂が多賀谷に寝返るとでも思うたのか」

 政重は打ちかかって来る山賊共から身を守られながらも三郎に話し続けた。

「左様にござる。したが今、その多賀谷の刺客に政重の殿が襲われるを見て考えを改めましてございます。ともかくお叱りは後、ここを切り抜けましょうぞ」

「うむ、先ずはそうしよう」

 政重を中心にした三郎と共の武士達は、刺客となっている多賀谷の山賊、いや、正確には雇われた野武士なのだろう。大方何処かの家中を出奔して食い詰めた所を多賀谷に拾われたのだ。

 しかし野武士達の人数が多い。凌ぐには凌げるが長期戦になると人数の少ないこちらが危うい。辛うじて時を稼げているのは両方共に刃を潜る切っ掛けが掴めていないだけの事でしかない。

 だが、じりじりと間合いを詰めて来た野武士の棟梁と思われる毛皮の裃の男が足を踏み出した瞬間、この騒ぎを取り巻いていた見物人の後方が騒がしくなった。どうやら石毛の城から後詰の人数がやって来たらしい。


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