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謀略  作者: 逍遙軒
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秘密裏の工作

 木戸の柱に背をもたれ掛けながら目を伏せて俯いていると、鬱々と様々な事が脳裏に現れては消えて行く。

 悪衛門は腹をくくれと云った。その通りだろう。

「御本家もワシの調略に転ぶならばそれまでの運命ことなのであろう」

 思い切った事を悪衛門の前で言った割には煮え切らぬ自分の心を可笑しく思った。

「ワシは何をどうしたいのじゃろうか」

 大きく息を吸い込み腹の中の薄黒い何かを吐きだすと、三郎は考える事を止めた。

 幾許かの時がすぎたころ、先ほど三郎が歩いて来た道からかなりの人数と思える足音が聞こえてきた。蹄の音も疎らに聞こえて来たところをみるとその中には騎馬の者も幾人かはいるのだろう。

「何ぞ」

 この早朝、御本家の足下に集団が現れるなど戦時以外は余り聞くものではない。何事かと怪しんだ三郎は、木戸を離れて道の先にある蘆の茂みに身を隠した。

 戦時では無いにしろそこの主は今は不在なのだ。それを見越して何者かが現れたのだろうか。

 三郎は蘆の切れ間から薄闇を見透かした。

 だんだんと近付いて来る一団は二、三十人程の人数だろうか、いまだ遠目なので影しか見えなかったが、その先頭の騎馬の者が何かを命令している事がわかった。

「下妻の人数にしては少ないな」

 集団の人数が少ない事に三郎は警戒を薄めた。下妻からの人数であれば桁が二つは違うだろう。

 次第に近づいて来た騎馬の者の顔が昇ったばかりの朝日に照らされると、その男の顔には見覚えがあった。以前台豊田城に使いに行った折、城主の側近として赤須七郎の傍に侍っていた男だ。

「これは彦蔵さまではありますまいか」

「誰じゃ」

 彦蔵と呼ばれた男は一言そう叫ぶと、辺りを見回しながら腰に差した刀の柄に手をかけ今にも抜刀しそうな勢いである。これに合わせて供の者も其々に槍を掻い込んだ。

 誰も居ないと思い込んでいた早朝の木戸前に人が居たのだから多少の動揺はわかるが、この彦蔵の驚きは少々度を越しているように見える。

「このような刻限に本城に参られるとは何ぞありましたか」

 三郎は急ぎ蘆の藪を出て腰をかがめた。

「これは三郎ではないか」

 一瞬ではあったが彦蔵と呼ばれたこの男の表情が困惑したように見えた。

「何故に此処に居る。御本城様への使いか」

 何か三郎にさえ知られてはまずい事でもあるのか、彦蔵の目が左右に泳いでいる。よほど腹を隠す事が苦手な男なのだろう。

「西館のおん殿からの使いにござます」

 三郎はわざと慇懃に響くようおん、と敬称を付けた。

「左様であるか」

 これに「早朝ゆえ」門の開かれるを待っており申したと続けた。

 木戸から閉め出しを喰らっていたと伝えた訳だが、これが彦蔵の警戒を解く言葉となったようだ。

 武者にしては甲高い笑い声が辺りに響いた。

「今門を開けてやろう、早々に参るが良い」

 言葉が終わる間に、彦蔵が徒歩立ちの者に目配せをすると二人が木戸に走り寄って潜り戸を妙な調子で叩いた。これが合図だったのか、木戸の向こう側には既に人がいた様で言葉を交わす事もなく門が軋む音を立てていた。

「さ、行け」

 彦蔵は蝿でも追うかのように手をひらひらと振っていた。

「彦蔵様は向かわれぬので」

「儂に気遣いは無用。さっさと使いの仕事を済ませて参れ」

 引き連れた郎党に木戸を開けさせておきながら先に門を潜らせてくれると云う。これが常ならば三郎は身を低くして彦蔵を見送らねばならなかっただろう。身分を見れば台豊田の家老と西館の使い番では天と地ほどの開きがあるのだ。

 不審げな顔をした三郎の目線を避けるように横っ面を向けた彦蔵に、三郎は頭を下げ、腰を屈めて前を去った。

『おかしなものじゃ』

 そうは思うものの豊田の重臣に対して軽はずみな詮索ができるものでは無い事は確かだ。

『まぁ何かはあるのだろう』

 分からぬものは分からぬと、三郎はそこで彦蔵を頭から消した。

 豊田城下の北から南に抜けるように造られているほぼ真っすぐに伸びた登城道の両脇には観音堂、諏訪神社、阿弥陀堂などの土地に根付いた神社仏閣が建ち並んでいる。これは歴代城主達の信仰心の賜物なのだろうが、特に寺院の伽藍は壮麗に作られており敷地は広く、その周囲にはぐるりと土塀が結いまわされていた。

 規模は少々の砦等よりも遥かに臨戦的で人数の出し入れにも効果的な造りになっているのは、百年来続く戦乱が形となって現れたものなのだろう。

そこの住持は城主である豊田治親の一族から出されていた。

 これは、“一人出家すれば九族天に生まる“という仏典がもととなった信仰心からなのだろう。

 九族とは自分を中心にして上は曽祖父・高祖まで、下は曾孫・玄孫までを含めた親族を指した。

 この中の一人でも出家すれば、九族全員が悉く天に生まれるとする考えである。領主とはいえ、戦乱の世では信仰心に縋る事が唯一の救いだったのかもしれない。


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