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謀略  作者: 逍遙軒
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紫煙

「御本家様が石毛のお城に参られるだと」

「ああ。そう聞いた」

「何の御用で参られる」

「そこまでは聞いてはおらんが、飯でも食いに参るのだろうて。あやういあやうい」

 悪態を吐く悪衛門だったがこれには三郎も同調せざるを得なかった。まさか本当に飯を食いに来るとは思ってはいないものの、目の前には治親が石毛に来る事を知る多賀谷の諜者がいるのだ。弟が籠る城とは言えその弟が調略にころりと転べば治親は血祭りにあげられるだろう。そうなれば豊田は瓦解し多賀谷に併呑されるのは目に見えている。

 悪衛門ではないが、なんと危うい事をなさるものよ。そう思わざるを得なかった。

「うむ、あやういな」

「治親は疑う事を知らぬ大将のようじゃ」

 もう一口と煙管を咥えた悪衛門だったが、既に煙草は燃え尽きていた。名残惜しげに煙管を指で嬲りはじめた。

「そうではない。御本家様は御一門様をご信頼遊ばされておるのじゃ」

「まぁどちらでもよいわさ。ときに」

 土間の入り口で突っ立ったままの三郎を見上げながら煙管の灰を落とすと、再び刻み煙草を引出しから摘まみだして煙管に詰めた。

「石毛の城に何か用事でもあったのか」

 三郎が前触れもなくこの小屋に現れた所を見ると、次郎への使いついでに現れたとしか思えない。まさか儂の首を落としに参ったか、とも思えぬ悪衛門だった。

「悪衛門、お前は雇い主が死んだ事を知らぬか」

『ほう』

 一瞬だったが悪衛門は驚いた。なぜその事を知っているのか。政経死去は下妻の秘事だった筈なのだが、しかし目の前のこの男がそれを口走ると云う事は既に秘事ではなくなったのかとも思う。

 鎌をかけているのかと三郎の目を見てみたが、どうにもそんな素振りはないようだ。

「……うむ、知らぬ訳はあるまい、しかしお前がそれを知っている事に驚いたわ」

「そうか」

「何処から聞いた」

「何処からでも良かろう。だがその事を伝える為に豊田のお城へと参る途中だったのよ」

 成程と云わんばかりに悪衛門は頷くと、再び炭を取り上げて煙草に火をつけた。

 ぽっ、と紫の煙が立ちのぼった。

 しかし、と、煙を味わいながら笑う悪衛門。

「これから向かう先の主が目の前の城に来るとは、なんとも間が悪いものよな。まさか急使でござると石毛の城に入る訳にもいくまいて」

 そう意地の悪い言葉を投げた時、襤褸小屋の木戸を挟んだ狭い通りを幾人かの子供が歓声をあげて通り抜けていった。何か口々に騒いでいた所をみると、既に大道には豊田からの先触れが来たのかもしれない。

「悪衛門、その事だがな」

「どうかしたか」

 戸口に突っ立ったまま腕を組んでいた三郎だが、ついと渋い面を悪衛門に向けた。

「お前達に都合のよい噂を流してやる。その代わり人質を解き放て。良いな」

 いきなりの申し出で念を押された悪衛門は面喰った。確かに以前、素直に働くなら妻子は無事に帰すと言った事はあるが、その権限を悪衛門が持つ筈が無い。

 それが分からぬ三郎ではあるまいが、もしやとは思った悪衛門は保険をかけた。

「そうか、働くか。ならば結果次第では上に取り計ろうてやろう。確約はできぬがな」

「何を言っておる、直ぐにでも雇い主へ伝えて来い。ワシはお前達の為に骨を折ってやると言っているのだ」

 悪衛門は少々この三郎を持てあました。やりもしない内から人質を解放しろと伝えたところで相手にされる筈ないのが分からないのだろうか。

「無理を申すな。まずはお前の働きを見てからじゃ」

 確かにこれ以上の問答をした所でどうなるものでもないことは三郎にも分かっていた。そもそも理屈に合わぬごり押しは通るとは思ってもいなかった。都合の良いように使われる鬱憤を悪衛門にぶつけただけに過ぎない。結局は無言になる事で引き際とした。

「しかし、自ら主を裏切るとは。後生が怖いのぅ」

「自ら裏切ってはおらぬわ。お前の雇い主から命を受けたのよ、忌々しい」

 さも憎々しげに口を鳴らし土間にべっと唾を吐き捨てると、続けて意外な言葉を吐いた。

「今宵はこの小屋を宿にさせてもらう」

「なんじゃと」

 崩れた土壁の隙間から夏の日差しが差し込んで来た。まだ日も高く、今から豊田に向かっても日が沈まぬうちに辿り着く事が出来る筈。何を好んでこんな襤褸小屋を宿にするのか。

 鍛冶場の土間と板敷きの二間しかない襤褸小屋を悪衛門が見まわした。

 三郎は既に草鞋を脱ぎ始めている。

「ここを、宿にするだと」


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