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謀略  作者: 逍遙軒
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悪衛門

『急ぎの使いでもあるが、なに、豊田は目と鼻の先じゃ。少々の手間も悪くはあるまい』

 大道から横に伸びる幾筋かの細道に入ったその先に悪衛門の鍛冶小屋はある。

 掘立長屋の粗末な造りは雨風を凌ぐ程度の造りであり、少々大声をだせば街道まで声が響いてしまう安普請では密談は相応しくない。しかし、その襤褸さ加減が世間からの疑いの目を逸らせているのも事実だった。左右の建物も土壁が所々崩れており、重石が乗せてある板葺も苔が賑わっている建物なので風景に溶け込んでいる。

 がたがたと鳴る引き戸を開けた三郎、小屋に入りざまに声を上げた。

「相変わらずの襤褸小屋だな、少しは手入れでもせい」

 世には『草』と呼称される者がいる。それは親子数代に渡って敵国に住み、その国の情報を雇い主に流し続けるものを指す名詞である。暗殺等を専門とするものばかりが目立つ忍ではあるが、重要な役目として情報収集のみに特化しているものも居た。

 悪衛門は美濃の国から流れたと云う。忍であるのか定かではない。が、やっている事は『草』と変わりがない。序に云うならば、まだ己一代なので根の浅い『草』とも云える。

 その草の小屋には秋の刈入れ前に修繕を依頼されていたのか、昼なお薄暗い土間には刃が所々かけた鎌がごろごろと置いてあった。

「呼ばれもせずに此処に来るとは珍しいな」

 悪衛門は三郎が来る事を知っていたかのように言葉を返すと、鎚を振る手を止めて肩越しに振り向いた。

 中からは相変わらずむっとした熱気と悪衛門の視線が三郎の体を包んで来た。夏特有の湿気でじわりと汗が滲んでくる。

 ぴたりと閉まる事が無い襤褸小屋の木戸を後ろ手に添えて蒸し暑い土間に足を踏み入れると、力を込めて引いた木戸がさんから外れそうなほど揺らいだ。

「今日は聞きたい事があるから来たまで」

 悪衛門はちらりと揺らいだ入口を見たが、これは何時もの事なのだろう。興味もなさそうに自らの手元に視線を戻した。

「ほう、なにを聞きたい」

 やっとこで掴んだ鎌の刃先を水に入れると鉄で水が焼かれる音が心地よく響く。さっと白い湯気が上がった。

「今日、石毛の次郎様の所では何がある」

 何がある、そう断定した。この男は必ず何事かを掴んでいるとの確信があった。

「知っておるのだろう」

 ついあの破寺の陰鬱な声の男と重なってしまう悪衛門に辛辣な感情が沸き出てくるのを押さえられなかった。記憶に残っている声は異なる人物を示しているのは分かっていたが、この感情はどうなるものでもないらしい。

「そう邪険にものを申すものではないぞ」

 人質を取っている側の者が邪険にするなとは、それはそれで言い草ではある。

「聞かれた事に答えろ」

「やれやれ」

 悪衛門は呆れたように鼻先で笑うと、やっとこに挟まれたまま水に漬けられていた鎌の刃を傍らに置いておもむろに立ち上がった。自分でも言い草だとでも思ったのか中途半端な笑いが表情に張り付いたままだった。

「次郎殿が事、のう」

 思案げな風をしながら狭い小屋の中で三郎の脇をすり抜けると、板の間の上がり框に腰をかけた。

「まずは一服」

 そのまま体を後ろに捻り、慣れた仕草で奥にあった煙草台を手元に引き寄せた。

 この小屋には火種は何処にでもある。悪衛門は煙草台の引き出しに入れていた刻み煙草を一つまみ取りだすと、備え付けてあった煙管の先に詰めて手近な炭から火をつけ、旨そうに煙草を呑みはじめた。

「そういえば」

 悪衛門は鼻から煙を出しながら何かを思い出したらしい。

「いつだったか、豊田の治親殿が来るとか聞いたな」

 一言、そう言い終わると再び煙草を呑んだ。襤褸小屋には不釣り合いな高級品の煙が漂う。煙草が余程好きなのか如何にも旨そうに呑むものだ。


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